2019年6月 4日 (火)

鳩森八幡の富士塚

富士山の山開きは7/1ですからそれに合わせて、都内のほとんどの富士塚の開山式は6/30,7/1です。
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しかし寛政元年(1789)の築造の最古の富士塚といわれる鳩森神社では6/3です。常時開放されていていつでも登れるのですが、その日に合わせて行ってみました。開山式は午後5時からとのことで出会うことができませんでしたが、ちょうど大提灯を飾りつけているところでした。
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「登山」をしている人もちらほらいましたが、屋台が並ぶ様子もないのであまり大がかりな式ではないのかもしれません。でも登山道に提灯がはりめぐらしてあって夜の景色に期待を持たせます。
登山道は自然石を組み合わせた階段になっていて、山頂には奥の宮の祠、山体には身祿様が安置されている洞窟、烏帽子岩、釈迦の割れ石と富士山を再現しています。
山頂の金明水・銀明水は石のくぼみにたまった水を見立てているのがかわいらしい。登山道が何本もあるのが違いを感じさせます。
ふもとには、水は枯れていましたが、菖蒲田があり花の盛りを迎えていました。
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2019年6月 1日 (土)

再開した江戸博特別展

江戸東京博物館の全面改装が完了して、先駆けてオープンしていた通常展示会場に送れること1年、ひさびさに特別展が開かれました。「江戸の街道をゆくという」テーマで往事のインフラを見せてくれるのは大好きです。IMG_0807友の会に参加していますので、特別展の入場は500円です。これなら展示物の入れ替えで2度来訪するのも気楽です。でもこの友の会の特典は去年は全く使えなかったわけです。
IMG_0829 会場入口すぐに家康の肖像画出迎えてくれます。IMG_0808 参勤交代を指示した「武家諸法度」。何通もあるにちがいありまさせんが、実物を見るのは初めてです。
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地図や屏風、書状などの街道に関連する資料が並びますが、圧巻は「楽宮下向絵巻」です。今回の展示の副題は「将軍と姫君の旅路」とあり、庶民の旅ではなくて、将軍の日光社参などを扱っているのです。楽宮は家慶との婚約が決まって10歳のときに中山道を下って江戸にやってきました。その時の行列と周辺の様子を描いてありますが、端から端まで絵巻をすべて展開してあり、圧倒されました。
行列を迎える庶民には乳をはだけて子供に含ませる女性が何人かいて、そのざっくばらんさには驚きました。

婚姻の道具や前も見た雛飾り、輿、和宮下向の絵巻(一部展示)などのあと最後を飾るのは東海道を描いた浮世絵です。ただし普通の風景が浮世絵ではなくて、将軍家茂の二度にわたる上洛の行列が描かれていて新鮮でした。(ただし将軍家は直接描けないので源頼朝に比されている)IMG_0828
この特別展も6/16までです。

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2019年5月24日 (金)

浮世絵展・二題

久しぶりに日常のループを外れてほんの少しの遠出をしたので記します。

いずれもNHKで紹介されて浮世絵の展示会に行きました。ひとつは松涛美術館の「女、おんな、オンナ」と女性をテーマにしたものでした。以前だったら松涛でも自転車で行ったものですが、しばらく控えているので、半蔵門線で渋谷に出ました。道玄坂を上がってさほど遠くないのですが、乗ってみたかったからハチ公バスを使いました。
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この美術館、60歳以上でシニア料金を適応するのでちょっとお得です。訪問の日が渋谷区民無料デーにあたったからなのかけっこうな混雑でした。スタッフのギャラリートークに大勢が集っていました。
今回の展示はもともと、春画をやりたかったのだそうです。しかし近年静嘉堂文庫で大々的に行われたことから、女性の生活を取り上げる中でその一部と工夫したのです。遊びや教育、労働といろいろな場面でコーナーをくくります。女性をテーマにすると役者絵のジャンルがすっぽり抜け落ちます。しかしそれが女性が憧れの役者の浮世絵を持っているというシーンでちゃんと描かれているのは感心しました。
浮世絵に見る女のくらしという副題ですが、浮世絵以外にも衣装や化粧道具なども展示してあり、江戸東京博でみた篤姫の道具に再会もしました。
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最後の部屋が春画です。NHKではうまく局部の隠れている資料を使っていましたが、ちゃんとしたワ印です。前期・後期の二部構成だけでなく、特に春画はA/B/Cの三期に分けて数多くの作品を展示するように設定してあります。近所で年間パスがあるのなら、鑑賞コンプを狙ったことでしょう。
そして、鳥文斎英之の春画絵巻が大トリに控えていました。唯一の肉筆作品で、女陰までが美しい。この1点でも来たかいがありました。


もうひとつ、千葉市美術館で開かれている、「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション」です。明治期に訪日したアメリカ女性が浮世絵と出会い、その後生涯をかけて蒐集したものです。
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コレクションの特徴は初期浮世絵が多く含まれることです。春信が代表する、墨一色で手彩色・墨と紅の二色刷りの作品はこのコレクションにのみ存在するものもあるそうです。これだけ多くの黎明期の浮世絵が並んでいるのは初めてでした。日本では忘れられ、西洋で価値を認められた浮世絵の運命そのものがここにあります。
でもやはり素朴で今の目で見ると物足りないのは確かです。
多色刷りに移行した錦絵を集めた部屋に移ると、その場所そのものが輝きだしたようです。北斎の風景画が埋め尽くされるようになると落ち着きます。

フロアをさがるとコレクションの多くを占める広重が迎えてくれます。五十三次の「日本橋」の先刷り・後刷り・変わり刷りが並んでいるのは珍しい。「あたけの夕立」も二種類。コレクターの気持ちがわかります。
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どちらの展示会も26日、日曜日までです。

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2019年3月10日 (日)

三月の初午祭りと地口行灯

日曜日は旧暦の初午でした。この日に初午祭りをやる地域もあり、かつ地口行灯を飾るとのことで、佃島に行きました。実は過去には二の午の日に行われたことがあるようで、確認に行ったところ、この日の日程が掲示されていたのでした。自転車で派手に転倒して足を痛めていたので大江戸線・月島駅で降ります。   
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佃の入り江をはさんでごく狭い範囲に4つの稲荷神社が集まっています。かつては長屋の路地に一つはお社があったでしょうからその名残なのかなと思います。波除稲荷・於咲稲荷は一つの境内に並んでいます。佃小橋を渡った対岸には森崎稲荷。そして住吉神社の境内にいくつもある末社の一つが入船稲荷です。   
佃天台地蔵尊の路地を通り抜けたのですが、波除・於咲稲荷に近づくと太鼓の音が聞こえてきました。そして玉垣にはちゃんと地口行灯が並べられていました。隣では地域の人が集まって祭りを祝っていました。   
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森崎神社には行灯がありません。しかし鳥居の前に置かれた太鼓に三々五々やってきた子供たちが思い思いにバチでたたきます。「明烏」にでてくる世界がここに残っていました。

 

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住吉神社のところでも大人たちの酒盛りがあり、地口行灯が飾られています。こちらの行灯はちょっと古いようで傷んでいるものもありました。   
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そして境内にはやはり太鼓が置かれていて子供たちがたたいて遊んでいました。   
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これ以上地口行灯がのこる初午祭りが見つかるかはわかりません。それどころか初午祭りさえ執り行われない稲荷神社のほうが多いでしょう。つい文化の継承なんてことも考えて今いました。

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2019年2月27日 (水)

江戸川区の富士講と富士塚

荒川を越えて西に行くのは久しぶりです。

でもまずほんの少しルートを外れて、小村井香取神社の梅を見に行きました。MXやらJCOMのローカル番組で何度か目にしたのです。先週までと打って変わった暖かさで梅はどれも満開でした。
でも江戸時代にあった梅屋敷をミニチュアにして再現した梅園「香梅園」は平日のせいか閉ざされていて、何人かの来訪者も残念そうでした。全部外から見えちゃうんですけどね。 IMG_0687

本筋に戻って荒川・中川と渡って江戸川区郷土資料館に行きました。毎年どこか山開き行事をしている富士塚を求めて7月1日前後に都内をさまよっていますが、江戸川区では逆井の富士塚に来たことがあります。でも知らなかったのは江戸川区には現役の富士講が存続していることです。(全国でも十余り、区内で一つ)
「講」といっても積立・代参機能はなく、各自がその場で費用を自分で持つ現代的な組織です。

富士塚自体も江戸川区には15を数えます。残念なことに移転や縮小で古い形を保っているものはないようですが、地図と写真が展示されており、機会があれば全部踏破してみたいものです。うち2カ所では山開きの行事も続いています。
この展示会では富士講に伝えられる参拝の衣類や、道具、「御身抜」と呼ばれる礼拝の対象となる軸(本尊のようなもの)などがまとめられています。写真撮影は大地図以外は禁止ですが、立派なパンフレットがおいてあり、カラーの資料を手元に置くことができます。
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郷土資料館は区の施設グリーンパレス3Fにあり、となりの通常展示室には江戸川区の古代から現代までの通史を示す資料が置かれています。
子の富士講展示会は3月3日までです。

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2018年12月24日 (月)

まだあるの?名人の音源

NHK昭和名人寄席というCDが発売され、15枚組のCDのなかに、追いかけている明治生まれの昭和の名人たちの未発表音源がふくまれていることに驚きました。この世代の名人たちは一応確認してからでないと、「レコード・テープで出てた」「放送音源の録音がある」という可能性もあります。さいわい、例によって文京区だけが購入、貸し出しをしているので、予約して実際に聞く予定です。志ん朝と違って新譜に希望者が群がるまではいかないので、10人以下の貸し出し予定(しかも2セットある)ですから2か月も待てば順番がまわってくるはずです。

来年はNHK大河ドラマで志ん生のドラマも含まれたり、ナレーターは志ん生役のビートたけしが担当するらしいので、志ん生その人も何らかの形で取り上げてくれるといいなと考えています。

それどころか、秋からのラジオ番組で名人の音源がいくつか紹介されました。NHKラジオ深夜便の、正蔵「中村仲蔵」、TBSラジオ寄席の、金馬のものは残念ながら既発売のCD音源でしたが、圓生の「文違い」は通販CDのもののようで、それなりに価値がありました。そして、昨日のラジオ寄席、文楽の「富久」は冒頭を聞いた限りでは「落語はろー」サイトのリストにありません。1966年の高座と紹介されました。

お運びでございまして有り難く御礼を申し上げます。間ぃ挟まりまして相変わらず、お馴染みのお笑いを申し上げることにいたします。
「そこぃ行くのは久さんじゃないかい」
「おやっ、どうも。久しくお目にかかりませんな、なんですか、いまどちらに」
「ゥン、ここぃ床店だしてるんだ」
「ヘエ、床店だしてって、どういうご商売で」
「富の札売ってるんだよ」

こんな冒頭ですから間違いないと思います。まだ年末までラジコタイムフリーで聞くことができます。

いやーまだまだ眠ってるんですね。

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2018年12月15日 (土)

平成最後の「討ち入り」

ここ数年なかったような「忠臣蔵」「赤穂浪士」映画・ドラマの放送に今年は恵まれました。BSでは同じ時間帯に東宝・大映の二本の映画をやりましたし、過去のTV時代劇も数本放映されました。示し合わせたわけでもないでしょうに

地元図書館では毎年恒例ですが、赤穂事件関連の講演会がありました。今回は忠臣蔵物語の変遷について、その時代に合った脚色が取捨選択されているという内容でした。落語の「仲蔵」で、小野定九郎の描写に苦心しますが、その山崎街道の場面もやがては映像化されなくなります。それどころかお軽勘平の物語自体がカットされていきます。松の廊下の刃傷沙汰の原因も時代によって変化します。確かに「仮名手本忠臣蔵」に近づけたドラマで、大石主税と加古川本蔵・小浪親子の物語は苦笑してみるほかはありませんでした。
バラエティーでも「なんでも鑑定団」で堀部安兵衛の手紙が発見されたとかなんとか。

すみだ文化資料館でも恒例の忠臣蔵展がありました。

今年は、これまでタイミングが合わなかった、江東区、永代橋近くの「ちくま味噌」の様子を14日の当日に、見に出かけました。ここは討ち入りのあと隅田川沿いに南下した一行が甘酒を振舞われたという逸話を残す会社です。その時代の醸造家が存続しているだけでも驚きですが、忠臣蔵のこの時期、店頭で商品を販売し、甘酒の試飲をさせるという習わしです。
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自転車で30分。小名木川を万年橋で渡って、清澄公園のわきをぬけて、現場に到着しました。良い天気でしたが、特に人が集まるでもなく、テーブルの上に商品を並べて社員一人が寒そうに立っていました。声をかけて写真を撮らせてもらうと紙コップに甘酒を注いでくれたのでちょっとぬるめのご厚意を飲み干しました。討ち入り同志のではなく、あとで業績をしのぶ江戸町人の気分でした。
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2018年11月 4日 (日)

象潟寄席

今は浅草寺の裏を奥浅草と呼ぶのだそうで、アニマル浜口の道場ちかくの店もテレビで紹介されたりします。そんな一つでランチした帰りに町会の掲示板に目が行きました。翌日の浅草ねぷたまつりのポスターが貼ってあったのです。ちょうどこの6月に津軽地方を旅行して、五所川原・弘前・青森の祭り展示場を訪れたので興味をひかれたのでした。そこには同じ日の町会主催の「象潟寄席」の告知が小さく並んでいました。

土曜日、ダメもとの気持ちで会場に行きました。会場は浅草見番なのです。落語もそうですが、もしこの場所に入れてもらえるなら、この機会を逃す手はありません。入り口の人に尋ねたら、快く迎え入れてくれるではありませんか。甘えて上がり込むと、無料なのにお茶ペットボトルまで手渡されました。
挨拶のなかで伝統芸能を町内で開催することに意義を感じていることがわかりました。今回で5年目だそうで、こういった落語会は初めてのお客さんがいましたから、その甲斐はあるのだと思いました。
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演者はセミプロの講談師が口明け、ちょっと落語家の到着が遅れているようでした。落語は金原亭馬玉、馬久の兄弟弟子。まず馬玉「近日息子」。あまり耳にすることのない好きな噺でした。はじめからクスグりの連続でオチもよくできているし「近日」はちっとも古びた言葉じゃないし。でも三木助のひとつしか音源をもってません。Youtubeには文朝や喜多八なんかがあがってますね。つづいて馬久「鮑のし」がつづいてお中入り。次は二つ目「強情灸」真打「そば清」と古今亭の仕方噺で、動作の有効性の認識をあらたにしました。とくに「そば清」は蕎麦の曲食い(うどんの音・とろろそばの音・きしめんの音を出す)が大ウケでした。
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見番を出るとまだ昼間。時間をつぶしてドンキの地下駐輪場において弘前ねぷたの開始を待ちました。浅草で人が集まるからねぷたが呼べる、ねぷたが来るから人が集まる。うまく回っているようです。ねぷたはやはり灯が入ってから。弘前で試し打ちをした祭りの太鼓の音が轟く中巡行が始まると、浅草サイズのちいさなねぷたが三台ですが美しいものでした。

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2018年11月 2日 (金)

大門から神社への通り抜け

夜の酉の市の電球に照らされた熊手のきらびやかさに魅かれて、見に行ってしまいます。今年の一の酉は国際通り側からでなく、裏の吉原神社のほうから回りました。
ずっと大規模な改修工事が続く山谷堀公園を抜け、見返り柳のところでしばしとどまりました。昔から道がくねって奥は見通せないようになっています。夜に吉原の中を通り過ぎるのはめったにないので交番を過ぎてネオンがきらめくようになると気持ちが高揚してきます。
気づくと熊手を手に引き上げてくる人たちとすれ違いました。
その中に子供たちがいるのを見て、かつては酉の市の時だけ大門以外の裏口が開けられて遊郭の中を通り抜けることができたのを思い出しました。さすがに仲之町通から曲がってネオンのほうに向かう子供の姿はみませんでしたが、時を経た現代もこの日は大っぴらに通り過ぎることができる日なのでしょう。自転車は病院の手前でもう人混みができていたので、それ以上進めず、路肩に止めざるを得ませんでしたが、子供同士のグループも見られました。
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鷲神社までの間におびただしい屋台が並んでいます。もうこの年では屋台にワクワクすることはないというか、使っている材料や調理を考えると口にする気にならなくなりました。ちょっと前のべったら市に行っても、小春軒だとか今半なんかの町内の店がで店を出しているところでしか買い食いをしませんでした。でも、屋台は進化して、はやりのホットクなどの流行のものが現れたり、逆に昔ながらの切山椒の屋台もあったり、生き残りのバイタリティを感じます。
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迷路のように神社まで続く熊手の屋台っだって、熊手の飾り物に毎年工夫を凝らしています。勝った人と店との手締めもあちこちで聞こえました。身動きもままならない喧騒にかえってほっとする気持ちもあります。高層ビルの広い通りでは味わえないものです。

自転車が置いてあるから元の所へ戻って同じような道で帰路につきましたが、日本堤消防署の所の掲示板で今年の「防災のつどい」の内容を知りました。HPでの告知がないんです。笑遊亭の落語が予定されていました。今年は検索する限りでは、浅草署の「つどい」はかろうじてロケット団の出演だし、落語が見つかったのは京橋署のものだけでした。昨年の尾久書は発表がないし、心配していたのでここで確認できてよかった。近所の向島署でも復活してほしいものです。

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2018年10月26日 (金)

居残り左平次を鑑賞

先日、柳家小里ん・小もん親子会にいって、弟子が口開けとトリをやるという変わった形式でしたが、師匠が「居残り左平次」をやって中入りの時間が無くなるという熱演でありました。   
ちょっと前にNHKの「落語ディーパー」で左平次を取り上げていて、志ん生・圓楽・談志の主人公の性格付けの違いについて語っていたので小里んはどう演ずるかその場面を待ちました。   
   
番組によってはじめて気づかされましたが、左平次がそばつゆを持って勝っつあんの部屋に入り、紅梅花魁ののろけでとりまく運びなのですが、圓楽・談志が「いただきたい」といって酒をねだるのに対し、志ん朝は相手のほうから盃を勧められる展開となっているのです。なるほど志ん朝のやり方のほうが品がいい、ニンに合った感じがします。   
この違いは番組の中では「志ん朝の工夫かも」なんていってましたが、それぞれの師匠(小さんは「居残り」の音源がない、というより廓噺をやってない)の型でした。圓生は酒をねだりますし、志ん生は酒を勧めます。NHKもそれくらい調べればいいのにと思いました。   
さらに番組では左平次を映像化したら、勘三郎がいいとか、勝新太郎だね、いや渥美清、現代なら大泉洋だなんて盛り上がってましたが、だれもフランキー堺のことを思い出してくれなかったのに歯がゆい思いをしました。   
   
さてその時を待っていると、左平次は「一杯どうだ」と盃を渡されました。本来柳家の噺ではなさそうなので、談志は圓生系、小里んは志ん生系ということになります。サゲも番組では話題にしていました。今回は「ごま塩頭」の圓生系のサゲでした。(志ん生のは一つだけ残る音源が「中ほどでございます」と切ってしまうのでサゲが残っていない)   
ちなみに兄弟子の小三治は、勝から酒を勧めているので、源が同じかもしれませんがサゲは独自のものです。

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