2024年2月13日 (火)

朝日神社の地口行灯

ときどき、新しい情報が手に入ることがあります。今年の初午での地口行灯は六本木の朝日神社です。

初午の翌日に訪れてみました。六本木交差点は五叉路ですがそのうち一本が小径になっていて芋洗い坂との道標があります。
その急坂を2,3分下ると朝日神社はありました。隣が空き地なので境内に行灯が奉納されているのが、手前からわかります。
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参道には間隔をあけて行灯があり、本殿の両脇にそれぞれ4列3段にまとまって置かれています。参拝してふと見ると賽銭箱のとなりにパンフレットがあったので、手に取りました。意外なことに地口行灯だけの説明でした。36点の行灯の写真に「元句」「地口」が並べられ、さらにそのローマ字表記と単語の英訳が記されています。
例えば、元句「花より団子」に地口「穴より団子」が穴に団子を入れる絵に添えられ、その読みHna yori DangoとAna yori Dango、そしてAna=flower, Ana=hole, Dango=Japanese sweet dumpling ballといった具合です

これは大いに意図がありそうで、宮司の方に尋ねました。この初午行事は令和2年から、失われつつある江戸文化の再興と特に減少する行灯職人の助けになればと始めたまだ新しいものだそうです。
始めたのに、コロナ禍のせいで大々的にやれなかったのでした。それで今になって情報が自分のところに届いたのでしょう。
「元句」でさえ日常の会話に上ることがなくなった現在、毎年行灯を増やしていくという、この心意気に感じ入りました。2月いっぱい飾られています。

日比谷線から浅草線に乗り換える東銀座駅は歌舞伎座の入り口です。地階と1階に売店がありますが、そこにも2月中地口行灯が掲げられています。一角に祀られているのは歌舞伎稲荷という稲荷神社なのです。
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2024年1月28日 (日)

たばこと塩博のおもちゃ絵展で地口行灯

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すでに終了しましたが、久しぶりにたばこと塩の博物館に行きました。数年前の「おもちゃ絵」展のPart2です。入場すると前回を圧倒する展示でした。実は前後期が設定され、うっかり前期を逃していたことを後悔しました。
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両国橋に居並ぶ赤穂浪士や、芝居小屋の回り舞台、見事なものでした。
亡くなった所有者の研究第一人者から博物館が委託を受けたとのことですので、今後も繰り返し、内容を深めて展示されることでしょう。
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もうすぐ初午ですが、なんと地口行灯のおもちゃ絵がありました。人々から愛着をもたれた行事だったのだと再認識しました。

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2023年2月 6日 (月)

見逃していた初午の地口行灯

コロナ禍もあって、すっかり江戸を見つける活動がお休みでした。地口行灯もここ数年目にしてません。昨日、初午の日に記録を整理していて、銀座の稲荷神社の地口行灯があることがわかりました。都営浅草線東銀座駅の近くの宝珠稲荷神社です。よく知られてるとのことで不明を恥じるしかありません。

これまでの地口行灯はいつしか二の午(千束稲荷・合力稲荷)だったり、近くの日曜日(白笹稲荷)、旧暦の二の午(佃島)だったりと初午の行事からずれて奉納されていました。この宝珠稲荷神社はどうでしょうか。
奉納の翌日の朝ならまだある可能性が高い。二の午の日の翌日、9時に墨田区を自転車で出発しました。蔵前橋を渡り、東日本橋から中央区役所脇を通って東銀座。宝珠稲荷神社はビルの間にちゃんと一区画を保っています。遠くからでも地口行灯が見えました。
初午の日に飾られるという昔ながらの様式を守っている希有な例なのかもしれません。

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なお、鳥居に最も近い場所に行灯を奉納しているのは金原亭馬生師匠です。木挽町生まれだそうで、神社の通りは現在も「木挽通り」。氏子さんなのでしょうね。

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2022年12月20日 (火)

無人販売

70年代、自分が中学生の時、入学した学校には購買部というものがあった。名札ケース(当時は名前が彫られた名札ではなく、紙カードに記入してはさみこむものだった)や筆記用具・ノートなどの文房具を持ってこなかった生徒がそこで買えるのだ。
昼休みには、購買委員という生徒が回り持ちで購買部を開け、販売する。ミニ社会体験といったところだろう。

授業の合間の休み時間は生徒では開け閉めする時間がない。だから「無人購買」といって品物を少しだけ手に取れるようにセットして、料金箱が置いてあった。一部には秩序ある「よい学校」の証として称えるむきもあった。

しかしそんなモラルなんか、教職に就いた「荒れる学校」の時代にはとっくに吹き飛んでいた。自己主張と無秩序は紙一重だった。物はなくなり金は盗られ、無人購買はなくなっていた。購買部も購買委員もやがて消滅した。

こんなことを思い出したのは、ニュースでアイスや餃子の無人販売店で金を払わずに持ち去る事件を目にするようになったからだ。
たしかに田舎では農家による野菜の無人販売なんていうのはずっとあった。料金は人袋100円とか。
コロナでもあって、このところ東京でも無人販売店が増えてきたというわけだ。その防犯対策はおそまつで監視カメラ。見られているという点で人間と同等ではなかったようで、事件が続発している。

店は被害者ではあるけれど、販売員を置くコストを抑えることで、事件を誘発する。被害届を出して警察が動く。犯人は捕まるかもしれないが、社会コストは上昇することになっているのではないか。

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2022年1月30日 (日)

試験のカンニング

世間を、共通試験でスマホカンニングした女子大生が騒がせました。ちょうど数日前に英検準1級の過去問で、アメリカでの大学生のレポート剽窃を題材にした問題をやったばかりでした。2004年の問題で、概要は、大学生のレポートの"ズル"がインターネットのせいで増えている。そういう剽窃をデータベースを活用して発見するアプリもあるが、教師は後難を恐れて対処しないというもの。実際、そういうレポートに0点をつけた教師が、親からの猛抗議で辞職を選んだという。

日本でも人ごとではなく、自分が赴任する学校に新校長が着任したが、「生徒のカンニングはカンニングを許す環境を作った学校が悪い」と初っぱなから訓示していた。校長になる前に出世コースの県教委で、親からのクレームをさんざん受けてのことらしい。

昇進の早い校長は転勤が早い。別の学校に転出して、翌年自分を呼び寄せた。学年主任として転任したのだけれど、自分の学年で定期テスト中にカンニングが発覚した。隣の席の生徒にテストペーパーを見せてくれと事前に頼んだのだ。文章題で同じ間違いをしていることが発覚のきっかけ。次の試験で二人の様子を観察すると、机がちょっと近づいていて、解答用紙を机の右側に寄せて解いている。右側の生徒が同じ間違いを書いた生徒だ。放課後に二人を呼んで、やわらかに事実確認をすると、即座に認めた。

カンニングあったテストの監督は他学年の先生なので、校内に報告をすると、すぐに校長から呼ばれ、「カンニングはさせる方が悪いから、親に謝罪せよ」と指示を受けた。納得のいかない表情が現れていたのだろう。「謝らないなら、君には対処からはずす」と続いた。

まあ、親を招いて校長の前で謝ったわけだが。カンニングしたと申告した問題だけを無効にし(誤答なので影響ない)テストの点数や成績には反映させないことも指示された。その年の終わりに教師を辞めることにした。

翌年、その校長は市の教育長になったので、その方針で市の教育は運営されたのだと思うが、やめてしまっているたので、実際は知らない。

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2021年10月11日 (月)

小三治師匠逝く

あぁ、とうとう

小三治さんが亡くなられてしまった。近頃は決まったネタしか聞けなくなっていたけれど噺が始まるとひきこまれることは変わらなかった。
NHKで「噺家人生悪くねえ」(2019)を、今年になって「止まらない男」と3回もバージョン違いを放送したけど・・・

追悼番組は今のところTBS「落語研究会」が臨時で18日に「転宅」を放送するだけのようだけれど、今さらながらもっと見たい、聞きたい

追記
18日の予定が変わっていました。それどころか18・19日の番組予定が公式ページにも載っていません。なんらかの混乱があるようですが

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2021年8月24日 (火)

ブルーインパルス再び

オリンピック開会式の日は千駄ヶ谷には行かずにできるだけ見られるところ探して飯田橋駅まで達しました。大勢が集まってはいましたが国立競技場ほどの密はなかったと思います。
パラリンピック開会の日は遠出せず、地元の隅田公園で飛来を待ちました。ワンセグのニュースで都内への進入を確認して北区から足立葛飾を回り混んでくるのを桜橋の上で待ちました。
橋の上や隅田川テラスには結構な人が集まっていました。荒川より向こうと思いますがスモークを出し始めました。都心と違ってビルの影に隠れることはありません。そのままスカイツリー近くを通って東京湾方面に南下、そこからまた都心に機首を向けていきました。

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スカイツリーあたりにはしばらくスモークが漂っていました。

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2021年8月21日 (土)

みなもと太郎さん逝去

あーとうとうこういう日が来てしまいました。子どもの頃にも著作は読んでいましたが、大学を卒業して通っていた喫茶店においてあった「風雲児たち」に夢中になりました。
自分でも単行本を集め始めて、マンガを卒業してからもただ一つ読み継いでいる作品となりました。

体調を崩し連載を休止する前から、もう完結しなくてもこの作品の価値は変わらないと思うようになっていましたが、いよいよ未完となりました。

結末まで見届けたかったのはやまやまでしたが、この作品を生み出してくれただけで先生には感謝です。
ご冥福を

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2021年8月 1日 (日)

聖火

熱さのピークを超した夜、お台場にあるオリンピック聖火台にいきました。日中は密を避けオリンピック放送にかじりついていますが、2時出発ならさすがに人は集まっていないでしょう。
自転車のルートを湿すようになってくれて、グーグルマップは都内の移動に欠かせないものになりました。スカイツリーを超えて三ツ目通りを南下、26km50分の道のりです。
木場を過ぎて臨海地区に近づくと警官の姿がちらほら。兵庫県警のパトカーも巡回しています。

車道を避け海沿いの公園の小径にグーグルマップは案内してくれましたが、新しくできた塀までは関知しません。ちょっと迷って「夢の大橋」に着きました。柵が巡らされ、警備と警官が一人ずつ。見物の人は5,6人でしょうか。
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夜だと聖火台の構造はよくわかりませんが、聖火そのものは暗闇に浮かぶ方が美しい。
これで東京オリンピックを直に目にするのは最後です。またテレビの放送にかじりつきます。

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2021年7月24日 (土)

五輪見学

オリンピック楽しみにしていたのに、直前にミソまみれになってしまいました。
無観客はもともとチケットがないので影響ありませんが、下町まで来るはずだったマラソンはかすめるように見るつもりでしたが懐かしい札幌に行っちゃいました。イベントを直に見られるチャンスはあと聖火リレーでしたが、区部を走るのは取りやめになりました。

あとはブルーインパルスの飛行士かないと定め、昨日は密にならないように都心に自転車で向かいました。
下町上空もジェット機は巡航してくれるのですが、五輪の輪っかを見てみたい。上野の山に上がりましたが、どうも空が開けない。文京区シビックセンターの展望台は閉鎖です。もとより密になるような場所には足を踏み入れるつもりはありません。
神楽坂を下って飯田橋駅前で信号待ちをする間にT4の編隊がスモークをひいて目の前を通り過ぎました。
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外堀を超えて牛込橋のたもとで待つと戻ってきたブルーインパルスが国立競技場上空で五輪を描きはじめ、ビル群の切れ目にその一端だけですが目にすることが出来ました。
DSC_0483DSC_0483[1] 輪の一部

千駄ヶ谷まで行けば花火やドローン編隊も見られたのでしょう。プログラムを知らないので思い当たりませんでした。

あとはお台場に置かれた聖火が夜もともっているようなら遠巻きに眺めてみようかと思います。

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