2018年12月24日 (月)

まだあるの?名人の音源

NHK昭和名人寄席というCDが発売され、15枚組のCDのなかに、追いかけている明治生まれの昭和の名人たちの未発表音源がふくまれていることに驚きました。この世代の名人たちは一応確認してからでないと、「レコード・テープで出てた」「放送音源の録音がある」という可能性もあります。さいわい、例によって文京区だけが購入、貸し出しをしているので、予約して実際に聞く予定です。志ん朝と違って新譜に希望者が群がるまではいかないので、10人以下の貸し出し予定(しかも2セットある)ですから2か月も待てば順番がまわってくるはずです。

来年はNHK大河ドラマで志ん生のドラマも含まれたり、ナレーターは志ん生役のビートたけしが担当するらしいので、志ん生その人も何らかの形で取り上げてくれるといいなと考えています。

それどころか、秋からのラジオ番組で名人の音源がいくつか紹介されました。NHKラジオ深夜便の、正蔵「中村仲蔵」、TBSラジオ寄席の、金馬のものは残念ながら既発売のCD音源でしたが、圓生の「文違い」は通販CDのもののようで、それなりに価値がありました。そして、昨日のラジオ寄席、文楽の「富久」は冒頭を聞いた限りでは「落語はろー」サイトのリストにありません。1966年の高座と紹介されました。

お運びでございまして有り難く御礼を申し上げます。間ぃ挟まりまして相変わらず、お馴染みのお笑いを申し上げることにいたします。
「そこぃ行くのは久さんじゃないかい」
「おやっ、どうも。久しくお目にかかりませんな、なんですか、いまどちらに」
「ゥン、ここぃ床店だしてるんだ」
「ヘエ、床店だしてって、どういうご商売で」
「富の札売ってるんだよ」

こんな冒頭ですから間違いないと思います。まだ年末までラジコタイムフリーで聞くことができます。

いやーまだまだ眠ってるんですね。

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2018年12月15日 (土)

平成最後の「討ち入り」

ここ数年なかったような「忠臣蔵」「赤穂浪士」映画・ドラマの放送に今年は恵まれました。BSでは同じ時間帯に東宝・大映の二本の映画をやりましたし、過去のTV時代劇も数本放映されました。示し合わせたわけでもないでしょうに

地元図書館では毎年恒例ですが、赤穂事件関連の講演会がありました。今回は忠臣蔵物語の変遷について、その時代に合った脚色が取捨選択されているという内容でした。落語の「仲蔵」で、小野定九郎の描写に苦心しますが、その山崎街道の場面もやがては映像化されなくなります。それどころかお軽勘平の物語自体がカットされていきます。松の廊下の刃傷沙汰の原因も時代によって変化します。確かに「仮名手本忠臣蔵」に近づけたドラマで、大石主税と加古川本蔵・小浪親子の物語は苦笑してみるほかはありませんでした。
バラエティーでも「なんでも鑑定団」で堀部安兵衛の手紙が発見されたとかなんとか。

すみだ文化資料館でも恒例の忠臣蔵展がありました。

今年は、これまでタイミングが合わなかった、江東区、永代橋近くの「ちくま味噌」の様子を14日の当日に、見に出かけました。ここは討ち入りのあと隅田川沿いに南下した一行が甘酒を振舞われたという逸話を残す会社です。その時代の醸造家が存続しているだけでも驚きですが、忠臣蔵のこの時期、店頭で商品を販売し、甘酒の試飲をさせるという習わしです。
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自転車で30分。小名木川を万年橋で渡って、清澄公園のわきをぬけて、現場に到着しました。良い天気でしたが、特に人が集まるでもなく、テーブルの上に商品を並べて社員一人が寒そうに立っていました。声をかけて写真を撮らせてもらうと紙コップに甘酒を注いでくれたのでちょっとぬるめのご厚意を飲み干しました。討ち入り同志のではなく、あとで業績をしのぶ江戸町人の気分でした。
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2018年11月 4日 (日)

象潟寄席

今は浅草寺の裏を奥浅草と呼ぶのだそうで、アニマル浜口の道場ちかくの店もテレビで紹介されたりします。そんな一つでランチした帰りに町会の掲示板に目が行きました。翌日の浅草ねぷたまつりのポスターが貼ってあったのです。ちょうどこの6月に津軽地方を旅行して、五所川原・弘前・青森の祭り展示場を訪れたので興味をひかれたのでした。そこには同じ日の町会主催の「象潟寄席」の告知が小さく並んでいました。

土曜日、ダメもとの気持ちで会場に行きました。会場は浅草見番なのです。落語もそうですが、もしこの場所に入れてもらえるなら、この機会を逃す手はありません。入り口の人に尋ねたら、快く迎え入れてくれるではありませんか。甘えて上がり込むと、無料なのにお茶ペットボトルまで手渡されました。
挨拶のなかで伝統芸能を町内で開催することに意義を感じていることがわかりました。今回で5年目だそうで、こういった落語会は初めてのお客さんがいましたから、その甲斐はあるのだと思いました。
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演者はセミプロの講談師が口明け、ちょっと落語家の到着が遅れているようでした。落語は金原亭馬玉、馬久の兄弟弟子。まず馬玉「近日息子」。あまり耳にすることのない好きな噺でした。はじめからクスグりの連続でオチもよくできているし「近日」はちっとも古びた言葉じゃないし。でも三木助のひとつしか音源をもってません。Youtubeには文朝や喜多八なんかがあがってますね。つづいて馬久「鮑のし」がつづいてお中入り。次は二つ目「強情灸」真打「そば清」と古今亭の仕方噺で、動作の有効性の認識をあらたにしました。とくに「そば清」は蕎麦の曲食い(うどんの音・とろろそばの音・きしめんの音を出す)が大ウケでした。
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見番を出るとまだ昼間。時間をつぶしてドンキの地下駐輪場において弘前ねぷたの開始を待ちました。浅草で人が集まるからねぷたが呼べる、ねぷたが来るから人が集まる。うまく回っているようです。ねぷたはやはり灯が入ってから。弘前で試し打ちをした祭りの太鼓の音が轟く中巡行が始まると、浅草サイズのちいさなねぷたが三台ですが美しいものでした。

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2018年11月 2日 (金)

大門から神社への通り抜け

夜の酉の市の電球に照らされた熊手のきらびやかさに魅かれて、見に行ってしまいます。今年の一の酉は国際通り側からでなく、裏の吉原神社のほうから回りました。
ずっと大規模な改修工事が続く山谷堀公園を抜け、見返り柳のところでしばしとどまりました。昔から道がくねって奥は見通せないようになっています。夜に吉原の中を通り過ぎるのはめったにないので交番を過ぎてネオンがきらめくようになると気持ちが高揚してきます。
気づくと熊手を手に引き上げてくる人たちとすれ違いました。
その中に子供たちがいるのを見て、かつては酉の市の時だけ大門以外の裏口が開けられて遊郭の中を通り抜けることができたのを思い出しました。さすがに仲之町通から曲がってネオンのほうに向かう子供の姿はみませんでしたが、時を経た現代もこの日は大っぴらに通り過ぎることができる日なのでしょう。自転車は病院の手前でもう人混みができていたので、それ以上進めず、路肩に止めざるを得ませんでしたが、子供同士のグループも見られました。
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鷲神社までの間におびただしい屋台が並んでいます。もうこの年では屋台にワクワクすることはないというか、使っている材料や調理を考えると口にする気にならなくなりました。ちょっと前のべったら市に行っても、小春軒だとか今半なんかの町内の店がで店を出しているところでしか買い食いをしませんでした。でも、屋台は進化して、はやりのホットクなどの流行のものが現れたり、逆に昔ながらの切山椒の屋台もあったり、生き残りのバイタリティを感じます。
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迷路のように神社まで続く熊手の屋台っだって、熊手の飾り物に毎年工夫を凝らしています。勝った人と店との手締めもあちこちで聞こえました。身動きもままならない喧騒にかえってほっとする気持ちもあります。高層ビルの広い通りでは味わえないものです。

自転車が置いてあるから元の所へ戻って同じような道で帰路につきましたが、日本堤消防署の所の掲示板で今年の「防災のつどい」の内容を知りました。HPでの告知がないんです。笑遊亭の落語が予定されていました。今年は検索する限りでは、浅草署の「つどい」はかろうじてロケット団の出演だし、落語が見つかったのは京橋署のものだけでした。昨年の尾久書は発表がないし、心配していたのでここで確認できてよかった。近所の向島署でも復活してほしいものです。

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2018年10月26日 (金)

居残り左平次を鑑賞

先日、柳家小里ん・小もん親子会にいって、弟子が口開けとトリをやるという変わった形式でしたが、師匠が「居残り左平次」をやって中入りの時間が無くなるという熱演でありました。   
ちょっと前にNHKの「落語ディーパー」で左平次を取り上げていて、志ん生・圓楽・談志の主人公の性格付けの違いについて語っていたので小里んはどう演ずるかその場面を待ちました。   
   
番組によってはじめて気づかされましたが、左平次がそばつゆを持って勝っつあんの部屋に入り、紅梅花魁ののろけでとりまく運びなのですが、圓楽・談志が「いただきたい」といって酒をねだるのに対し、志ん朝は相手のほうから盃を勧められる展開となっているのです。なるほど志ん朝のやり方のほうが品がいい、ニンに合った感じがします。   
この違いは番組の中では「志ん朝の工夫かも」なんていってましたが、それぞれの師匠(小さんは「居残り」の音源がない、というより廓噺をやってない)の型でした。圓生は酒をねだりますし、志ん生は酒を勧めます。NHKもそれくらい調べればいいのにと思いました。   
さらに番組では左平次を映像化したら、勘三郎がいいとか、勝新太郎だね、いや渥美清、現代なら大泉洋だなんて盛り上がってましたが、だれもフランキー堺のことを思い出してくれなかったのに歯がゆい思いをしました。   
   
さてその時を待っていると、左平次は「一杯どうだ」と盃を渡されました。本来柳家の噺ではなさそうなので、談志は圓生系、小里んは志ん生系ということになります。サゲも番組では話題にしていました。今回は「ごま塩頭」の圓生系のサゲでした。(志ん生のは一つだけ残る音源が「中ほどでございます」と切ってしまうのでサゲが残っていない)   
ちなみに兄弟子の小三治は、勝から酒を勧めているので、源が同じかもしれませんがサゲは独自のものです。

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2018年10月13日 (土)

東京駅ステーションギャラリーの横山崋山展、「紅花屏風」

全く勉強をしたことのない事項はしかたないもので、テレビ番組から教えてもらって知りました。横山崋山というのは文政年間に活躍した絵師で現在ではすっかり忘れられた存在だそうです。初めて目にする名前で録画も1週間たってぼんやり見ていました。その中で紅花屏風の展示が明日14日までとわかってあわてて出かけることにしたのです。 
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ステーションギャラリーは以前と入口が変わっていてまごつきました。自販機で入場券を買い、エレベーターで3Fに移動します。9歳のときに見事な牛若弁慶の絵を残したといい、山水図や唐子図、花鳥、人物の素晴らしい絵なのですが、足早に過ごします。自動ドアから出て階段を2Fに降りました。    
   
これからは写生力をさらに生かした作品です。まず花見の様子が生き生きとを描いたものから。江戸のころには中国の文物・風景が尊ばれたのでしょうが、やはりこういうほうがいい。浮世絵にたいする思いと通じるものがあります。この展覧会の目玉は「祇園祭礼図絵」で、祇園祭の山車が精密に描かれている絵巻物です。上下2巻がすべて展開されていて、珍しいことに下絵もきちんと残っていて展示されています。その緻密な絵は現在失われた一つの山車を復元するに足る資料で、その準備も始まっているそうです。 
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今回のめあては「紅花屏風」で、同じ部屋にありました。京都の紅花商人の依頼で産地の東北・山形にまで取材に赴き、6年の歳月をかけて完成したものです。祇園祭では屏風を外から見えるようにおいて、民衆を楽しませたのだそうです。紅花の種まき、収穫から加工して紅を出荷するまでを描き、作業の人々が談笑したり、喧嘩したり、おやつを食べたりと生き生きとしています。現地での射精が元になっているといっても工程をわかりやすくする編集はくわえてあり、紅花というのは蕾から加工の途中までは黄色で、大半を占める黄色色素を取り除いて赤色を抽出するのですが、そんなことを知らない当時の民衆にははじめから花を赤で描いて見せています。 
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最上地方は江戸時代から今に至る紅花の産地ですが、江戸時代の一時期、中山道沿いの現在の埼玉の中央部に著名な産地がありました。自分の家の近くの地域なので昭和の終わりごろから町おこしの一環で紅花をフィーチャーしていることを、「忘れ去られてものをいまさら」と冷笑してはいるのですが、武州の紅花生産も屏風の右隻に描かれているというのです。崋山はそちらにも滞在して取材しているはずです。    
その証拠となるのは紅餅の大きさです。日照が長い関東では紅餅が大きく、東北では小さくなるといいます。 
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なるほど、左隻には最上川から北前船の舟運も描かれていますが、右には小川が流れているだけです。してみると、先祖代々由緒も何もない農民だったはずなので祖先の知り合いくらいは描かれているかもしれません。ぜひ目にしておきたいと足を運んだわけです。    
   
他には本願寺の火災を描いたものとか、京都の町の俯瞰図も興味を引きました。俯瞰図は作成当時焼失していた方広寺の大仏殿が描かれたものとふたとおりあり、足をしばらくとめて見比べてしまいました。    
   
展覧会自体は11月11日までです。

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2018年10月 9日 (火)

久々の生落語

自分が学生の頃は存在しなかったので考えることもなかった英検準1級を対策することになり、もうあまりに多くの単語を忘れていることに驚きました。身についてなかった。使わなきゃ忘れるもんだということを実感しました。

近所を歩いていたら近くの文化センターに落語のチラシが貼ってあるのが遠目に確認できました。年会費を払っている落語会も今年は行くチャンスがなく、先日のすみだまつりの無料落語も水道歴史館の落語も用事が重なりました。建物の中に入って詳しいことを知ろうとすると受け付けの人から声をかけられました。「まだ始まったばかりで無料です」ちょっとためらいながら入場しました。なぜかというと地域の「老人会」の催しものだったのです。

もう違和感のないくらい年を取っていたのですね。水泳のタイムが少し伸びていい気になっていたのが打ちのめされました。
でも順応するのも早い。それでも場内最高峰の席に座って拝見しました。口明けの大道芸人が出し物をやっている最中で、それが終わると天狗連の人の「時そば」。力のある人でした。色物が入ってトリは二つ目の春風亭昇太郎が「ちりとてちん」を演じてドッカンドッカンうけてました。

放送の落語は欠かさず聞いていますが、生はやはりいいもんです。

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2018年8月 5日 (日)

はねだ日本橋

空港で見送りをした帰りに国際線ターミナルに寄りました。キットカット巨峰の新バージョンが出たこともありますが、江戸の街並みを模した商業施設の「はねだ日本橋」をちゃんと見ておこうと思ったからでした。

それというのも竹内先生の講演のなかで、この展示物を作るのに江戸東京博物館へ事後承諾だけれど申し入れがあったとの話があり興味を持ったからでした。橋のある商業施設「江戸小路」は京急からエスカレーターを3Fに上がると吹き抜けの向こうの正面に見えます。早朝だったのですが、ロビーは人でごった返していました。つっ切ってもう一つエスカレーターを上がったところが「江戸小路」。入り口の両脇に東京都の江戸工芸をアピールするウインドウが並びます。つついてアサガオ(造花)の棚が華やかです。これは季節でかわるのでしょうか。
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多くが開店前でしたが、いくつかカフェやレストラン土産店も開いているところがありました。店舗は江戸情緒を思わせる作りですが、リアルさは追及していません。ロビーほど人がいなので外国人に「江戸」がどれだけアピールするかはわかりません。
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羽田日本橋はつづく「お好み横丁」を奥に入ったところにあり、まず下から橋を見上げるように誘導され、戻る形で橋に上がって渡ります。そこが5Fで、橋からはロビーが広く見下ろせ、反対の壁には江戸図屏風から日本橋、江戸城や浅草を抜き出した絵で飾られています。橋の大きさは実物の1/2ということですが、下から橋げたを見るとけっこう本気で作ってあります。橋を渡ると広場になっていて、ガチャがおいてあったり、絵馬のような願いをかけるスペース「お祭り広場」がありました。
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ひととおり見学して駅に戻るところのセブンイレブンには変わらずキットカット(限定地域:空港版)が積まれています。先ほどの にも10箱入り(30枚)のものが売られていましたし、通販でも手に入りますが、ここだけはバラで売ってくれます。前回はなかった「メロンマスカルポーネ」もバラになってましたし、目当ての「巨峰」も買えました。

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2018年7月25日 (水)

日比谷公園の二つの展示

江戸時代に関する展示が行われていることを偶然知ったので、一挙両得と、自転車で出かけてきました。この時期は少しの移動で汗びっしょりです。30分ほどで着くのですが、途中、のらくろ商店街でソフトクリームを食べちゃいました。

ひとつは緑と水の市民カレッジ3Fのみどりのiプラザで「作られた江戸城と日比谷公園の地形」でした。IMG_3313IMG_3314
20数枚からなるパネル展示で、江戸のもとの地形がどのように活用されて江戸の町が成立したかを解説しています。パネル説明以外の品物がほとんどなかったのは残念でした。発泡スチロールの高さを強調した江戸城の地形が力作です。童友社の江戸城プラモには微笑んでしまいました。これは5年前のアンコール展示で、8月10日までです。
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その下の階では小石川後楽園開演80周年というコーナーが設けられ、都立公園になってからの資料が並べられていました。

もうひとつは日比谷公会堂の裏側(?)の市政記念館の地下にある領土・主権展示館でひらかれた「長久保赤水展」でした。こちらは全く知らない人物です。「いったい何者?江戸の地図男」という惹句がついていますから現在では埋もれた人なのでしょう。国家機密として秘匿された伊能図とちがって、江戸時代の人々に常用された日本図を制作したらしいので興味を強く持ちました。
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会場の「領土・主権展示館」というのも初めて聞きました。行ってみてわかりましたが、国民に領有を争う地域について広報する目的の組織のようでした。(ただし北方領土は北海道に主たる施設がある)

展示館の向かいにしつらえれた特設会場は長久保赤水に関するパネルと複製資料でいっぱいでした。どうやら地元・茨城県高萩では顕彰会がつづくなど尊敬されている人で、資料の多くは国土地理院が収集したもののようです。知る人ぞ知る人物なんですね。
赤水は水戸の儒学者で地理学・天文学・農政学を研究し、各地の地図や日本全図(蝦夷を除く)を発行しました。伊能忠敬のように実測した(幕府の後ろ盾があった)わけではなく、情報を基に地図を完成しました。
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そしてそれが江戸時代の人々が行動するときにこの「赤水図」大いに使われたのです。主な街道と宿場が記されていて庶民は旅先に思いをはせたことでしょう。「吉田松陰も絶賛」なんて文句もあります。脱藩しての東北旅行をはじめ、諸国の情報を整理するには地図が必要ですよね。

驚いたのは、ロシア語版の赤水図が並んでいたことです。レザーノフが持ち帰ったとのことです。近い時期にシーボルトは伊能図のコピーを持ち出してシーボルト事件を引き起こしましたが彼もまた赤水図を持ち帰っているそうで、新しく知ることばかりで小さな展示室を何周もしました。こちらの展示は8月4日までです。
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なお、この地図に韓国が実効支配している竹島がのっていることが領土・主権展示館を会場とした理由のようです。本館のほうにももともとから赤水図を展示していました。
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2018年7月21日 (土)

区内の展示:すみだ郷土文化資料館の「隅田川花火390年」など

月末に隅田川花火を控えて、毎年恒例の花火についての展示です。今回は気合が入っていて、入館料がいつもの倍。…といっても200円ですが。入館券もこの展示会専用のものが用意され、記念品の江戸の浮世絵、明治の錦絵などのクリアフォルダをもらえます。(在庫限り:現時点ではまだ大丈夫)

通常は3階と2階の企画スペースをつかうのですが、今回は墨堤の花見のジオラマにカーテンをひいて隠し、空襲画の部屋も含めて2フロア全面をまるまる花火の展示にあてました。タイトルの390年とは、天海僧上が舟から花火を見た記録が残っているそうで、その史料も展示されています。
展示の入り口には、幕布が船花火を許可(1648)し30年後に花火の販売も許す町触れが迎えてくれます。おおむね時代順にならび、花火の技術書や浮世絵がこれでもかと並びます。貞秀の「東都両国ばし夏景色」は何度各所で見たか。それがクリアファイルの一つの図柄にもなっています。
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花見ジオラマのスペースには、昭和11年のモノクロ花火映像が再生されます。撮影は老中阿部家の子孫の伯爵だそうで、大変珍しい記録です。

花火は砲術とも結びつき、明治には軍による水雷火の演示や遠征隊を見おくる昼花火にもつながります。昭和の花火再開からの資料を並べて展示が完結します。区内には両国回向院の隣に花火資料館があり、そちらには花火の仕組みを分割模型などで展示していますから、あわせて観覧するのもおもしろいかもしれません。
この郷土文化資料館の展示は8月26日までです。

区内の施設、江戸東京博物館、北斎美術館、たばこと塩の博物館、相撲博物館をつづけて巡ってみましたが、どれも展示が一部分模様替えがあります。
北斎は新しい企画展、ますむらひろしの北斎展が始まっています。マンガ家の北斎コラボ作品をそのもととなった作品と並べているちょっと変わった展示会です。 

江戸東京博は浮世絵が架け替えられています。芝居と遊郭ゾーンでは四谷怪談(歌舞伎)の浮世絵が楽しめます。
たばこと塩・たばこゾーンの浮世絵が江戸時代のオランダ人を描いたものになっています。オランダ人はたいてい陶器製のパイプを加えているのがお約束だそうで、なるほどこの博物館にふさわしいものでした。実物の陶器パイプは常設展示なのに、浮世絵と結びついて考えたことがありませんでした。
相撲博物館は「七夕と相撲」。訪問して意味が分かりました。日本書紀や続日本紀でも相撲の記述は七夕と結びついていたと教えられました。展示物も相撲の始祖である野見宿禰関連のものもが集められています。バスから降りてきた団体客には歴代横綱の写真のほうが興味深かったようですけど。

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