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2011年11月 6日 (日)

落語の言語学「金明竹」

 談笑の「金明竹」を聞いたので、少し考えてみました。まず、談笑の噺はそれほど聞いてはいませんが、楽しめます。今回の演出では、与太郎がカラバカでとんちんかんを起こすのではなく、借りに来たとき「しめた」というような表情をして「骨は骨」とか「盛りがついた」とか言っています。彼の個性を反映したものでしょう。

 最近の落語家に多いのですが、途中にメタ演出が入ります。正しくどんな言葉を使えばいいのかわかりませんが、落語の中の世界からいったん離れて、その落語を外の世界から表現します。与太郎に「おじさんは高校野球を見ている」と言わせて「古典じゃないのか」とつっこむ。最近の噺を聞くとよく使われている演出です。
 噺の出だしから与太郎の台詞を聞いて、「今日はこんな感じでやろう」とおじさんが始めますし、与太郎が太鼓をたたいて、「ここで火焔太鼓になったらたいへんだろう」とメタくすぐりがはいります。
 喬太郎もよく「落語研究会だ、いいのか」とか「DVD収録?使えるものなら使え」とかメタをやります。圓丈などの新作でもよく使われます。(こういうくすぐりを指す用語はあるのでしょうか)

 そのほかの筋運びは古典に忠実です。「赤ちゃんにかかとの皮」「猫の爪切り」「部屋掃除の水まき」「骨皮」「金明竹」へと続きます。で、その金明竹の部分が津軽弁でした。聞いてみて、大阪弁じゃなくてもいいんだなと思いました。落ちにつながる「ツィがツィがった」はちゃんと処理して、おかみさんが「キがちがった」と言っているのだと理解させてましたし。

 地方弁版金明竹といえば円丈です。「名古屋版金明竹」を続けて聞いてみました。若いころの音源だけあって、口跡が今より良かったです。

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コメント

こんにちは (^^)

談笑さんの「金明竹」は私も聴いたことがあります。
思ったより古典してるな。と言う感じでした。
「メタ」と最近は言ってますが、昔は「素に戻る」とか言ってた気がします。
あの演出はもう一度古典の世界にお客をひきずり込む自信が無いと出来ない。と以前談志師が語っていました。

「金明竹」の東北弁は小袁治師が最初だったと思います。
今では色んな方言のバージョンがある様ですね。
それもたのしいですね。(^^)

投稿: hajime | 2011年11月 6日 (日) 12時18分

 hajimeさんこんにちは
 談志のその指摘は腑に落ちる気がしますね。ネット配信で若手をよく見るのですが、とちったりウケなかったとき、よく自分をいじる場面を見かけ、すっかりしらけてしまうことがよくあります。寄席で見るときは流せるときもあるから不思議です。

投稿: snob | 2011年11月 6日 (日) 12時24分

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