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2011年12月30日 (金)

落語の言語学「時そば」

 先日のテレビで鯉昇の時そばをみました。

 もともとこの噺のサゲは一人目が「九つどき」、二人目が「四つどき」に蕎麦代を払うところからきているわけです。四つどきの次に九つになるという不定時法の性質を知らなくても、「ああふさわしくない時に蕎麦屋に行ったんだ」とはわかるわけですからそこのところは神経質になる必要はないでしょう。現に私もその二つの時の関係は調べるまで知りませんでしたし。
 しかし、時刻を「ひとつ・ふたつ…」で数えることは知らなければサゲが成り立ちません。サゲ以外に演出で噺をおもしろくすることはいろいろできます。もともと最初のそばと二度目のそばのギャップが笑わせどころの一つです。喬太郎はマクラのコロッケ蕎麦の小噺で教室の中学生も爆笑させました。鯉昇も二人目がそばを食べて苦しむ顔や悶え、そばをすする音のジングルベルでウケてました。

 こないだ水戸黄門が最終回を迎えましたが、時代劇が激減した今はこの時の刻み方はどこまで継承されていくのか。せっかくの質のいいサゲがもったいないところです。マクラで仕込んでおくのも一計です。

 鯉昇の提案には驚かされました。「今、何どきだい?」と聞くのではなく「蕎麦屋さん娘はいくつだい?」と聞いたのです。年齢なら「九つ」や「四つ」と答えるのも自然でしょう。変えてほしくない!と思ったのは、まだ知っているから。私には受け入れられませんが、古典落語の継承にはこういう試みがいくつも行われるのでしょう。

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コメント

こちらにコメントしようとしたら自分のブログにsnobさんのコメントがありましたので、そちらを優先しました。(^^)

鯉昇師の「時そば」は進化してるというか、絶えず変わっていますね。
今の娘さんの年の前は箸についてうんちくがありました。
今のバージョンでは無くなっていますが・・・
ですので油断なりませんww

でも、あそこまで変えると「時そば」と呼んで良いのか?
と言う疑問が残ります。
それならいっそ、「今何時だい?」「へい10時で、」「11.12.13.・・・」と演じたほうがすっきりすると思うのですが・・・これもぶち壊しですかね?(^^)

投稿: hajime | 2011年12月30日 (金) 21時08分

確かに… 「時」そばではなく「歳」そばですね。ま、マクラで仕込むのも芸がないですから、マクラで不定時法の小噺でも振っておくのが(あれば)、無難なところでしょう。

投稿: snob | 2011年12月30日 (金) 21時18分

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