« 国立演芸場へ | トップページ | 熈代勝覧CD-ROMレビュー »

2012年7月11日 (水)

「猪買い」は江戸でできるか 3

 頼んでおいた千葉徳爾「狩猟伝承」が届いたとの連絡で、借りに行きました。ざっと内容を確認すると、やはり民俗学の書物で、狩猟に関する習俗について書いてあるもので、今回の目的には合いませんでした。

 検索で、歴史学のほうから日本の獣肉食に関する研究を進めている、原田信男さんを知りました。そのものずばり「江戸の獣肉流通」(2000年)という論文を書いておいでです。それは読むことができないので、関連著作を4冊借りました。どこかにその論文の内容も使われているでしょう。

 発行と順序は逆になりますが、「歴史のなかの米と肉」(平凡社ライブラリー/1993)から読みました。これは、研究の概観を古代から近代にかけて書いた大著です。あとがきに「英雄・政治家ではなく歴史に名を残さなかった人たちの生活に関心があった」と述べています。

 そのうえで、米食を求めていくのと反対に肉食を忌避していったという主題で、農村のあり方や、稲作の祭事に傾倒していった天皇制や、差別の問題を解こうとしています。そういう通史的な本なので、江戸時代の肉食に関しては紹介のみです。この人の視点がわかったところで、次の本を読み進めます。

Komeniku

 「江戸の料理史」(中公新書/1989)では対象に近づきます。江戸料理文化について文献を読み解くもので、末尾に地方の料理文化に触れた章はあるものの、全編江戸料理について時代順に解いています。本来イノシシの漢字は「猪」だけでなく「猪の肉」であるという文になるほど肉用の動物なのだとわかります。江戸前期には正面きってではないものの、肉食の文化がまだ強く残っていることが書かれています。その後いったんは廃絶した「ももんじや」が化政期に全盛を迎えました。
 長崎では外国人向けの肉を、日本人も楽しんでいたこともうなずけます。八百善の商法も興味深かったです。
 例の万八楼の大食い大会も、きちんと「虚説である」という資料も紹介していて好感が持てます。さまざまな江戸本が事実としてだけ書いているのは残念ですから。

 というわけで、獣肉以外の部分もおもしろく、読んだのはここまでです。

|

« 国立演芸場へ | トップページ | 熈代勝覧CD-ROMレビュー »

コメント

ご苦労様です(^^)

長崎の出島で食べられていたのは、牛ですね。
江戸の人も猪は好んで食べていたそうですが、牛はかなり抵抗があったみたいですね。
やはり労働させて、家族同様にしていたそうですので、ためらいがあったのでしょうね。

猪の肉が需要がかなりあったというのは、裏の流通ルートが確保されていたのでしょうか?
興味が湧くテーマですね(^^)

投稿: hajime | 2012年7月12日 (木) 08時36分

〉本来イノシシの漢字は「猪」だけでなく「猪の肉」であるという文に


肉を「しし」と読ませるのは今では余り見ませんが、太り肉(ふとりじし)・堅肉(かたじし)という言葉が有りますね。

池波正太郎の小説では脂がのった色っぽい年増を「置き肉(おきじし)がみっしりのった」と形容していたような。
池波正太郎を読んだのは10年以上前なので違ってるかもですが、現代の感覚と違う表現なので印象に残っています。

本題と余り関係無いコメントでごめんなさい。

投稿: nam | 2012年7月12日 (木) 08時42分

hajimeさん、馬・牛に関しては禁忌の度合いが強かったことが書かれていました。鳥は抵抗がないけれど、鶏は食用としなかった時期があるとか、兎は「羽」と数えて鳥扱いで食べたとか。
 肉を常食とした集団は肉食が忌避されるにともなって差別が強くなったとか。このあたりは実は現代の「いじめ」と似た意識があって、幕府が利用したらしいです。

投稿: snob | 2012年7月12日 (木) 09時15分

namさん、「鹿の肉」(かのしし)という言葉もあったそうで、それは初耳でした。宍とも書いたようです。
 そしてイノシシだけが現代に定着しているという。魚には比べようがないですが、よほど好まれたのでしょう。

 また頑張って読みます。返却時期が迫ってきました。

投稿: snob | 2012年7月12日 (木) 09時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「猪買い」は江戸でできるか 3:

« 国立演芸場へ | トップページ | 熈代勝覧CD-ROMレビュー »