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2012年7月 2日 (月)

「猪買い」は江戸でできるか 2

 もうまったく本棚にスペースがないこともあり、書物の購入も制限しています。塾で必要なものとマンガ「風雲児たち」くらいで。
 とりあえず、手持ちの中から探してみると、中江克己「お江戸の意外な食事情」などに江戸の肉食の記述がみられますが、そういうことがあったという程度です。

 たとえば仮に猟師の日誌や獣肉店の仕入帳の解説をした本でもあれば、一発で解決するのですが、なさそうなので、歴史についての記述の中から拾うことになります。日本の狩猟について書いてある本はたいてい、秋田・阿仁のマタギなどの本格的な狩猟生産についての記事となってしまいます。

 そういうわけで、しぼって、東京近郊の地史から見ていきましょう。新編埼玉県史には鷹場の項目があります。あくまで鷹狩は鳥の狩猟であって、そのためにどう人を動かしたかが書いてあります。別編資料に、鷹場の動物相という項目があったので期待しましたが、やはりどんな鳥がみられるかだけでした。やはり資料には狩猟の項目もあったのですが、それは(編集当時の)現在の狩猟に関する民俗学的記述で、秩父地方と江戸からも離れたものでした。

 ただし、鷹狩に関して注目すべき記載がありました。享保2年に、「江戸十里四方の鉄砲は取り上げるが、猟師鉄砲は例外」とするお触れです。時代が早すぎますが、十里以内に猟のための鉄砲はあったことはわかります。

 Kari
(歴史民俗博物館:江戸図屏風・川越近郊)

 家光のころの武士の狩りですから「猪買い」はまだできません。


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コメント

こんにちは。


目黒区のサイトの「目黒の鷹狩り2」というページで以下の様な記述を見つけました。
(携帯電話からのコメントのためURLを示すことが出来ません。「目黒の鷹狩り」で検索して頂くと辿れると思います。)


8代将軍吉宗が駒場野で、初めて鷹狩りを催したのは享保3年(1718年)秋のことである。以後、吉宗の遊猟は15回を数えたという。また、駒場野では鷹狩りが中心であったが、次第にウズラ狩りやイノシシ狩りも行われるようになり、鉄砲を使う大がかりな狩りへと発展していった。
(引用ここまで)


駒場辺りでイノシシ狩りが出来たということになりますね。
鷹狩り場で獲れた猪肉が庶民の口に入ったとは思いませんが、可能性が出てきたと言えるでしょうか?

投稿: nam | 2012年7月 2日 (月) 19時49分

 ご教示有難うございます。読んできました。
 
 鷹場での生物相を知りたかったのは、鷹場での獲物が民間に流れることは考えづらいですが、その周辺の農村では保護区内から作物を目当てに出てくるイノシシに悩まされた可能性が高いと思ったからです。イノシシは保護区とそうでないところの区別はできないし、大量の作物のある畑は狙いやすいですしね。

 そうなると、農村はその対策を定期的にするはずです。そしてとった獲物は売りに出してもおかしくない、と。

投稿: snob | 2012年7月 3日 (火) 19時27分

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