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2012年8月 9日 (木)

「猪買い」は江戸でできるか 6

 嘉永年間に目黒・駒場原で”鹿狩”が行われています(根崎光男「将軍の鷹狩」(同成社))から、動物は割と近くにいたのかもしれません。

 ここでちょっと視点を変えて、専門猟師でなくても、江戸近郊で鉄砲が使えわれることがあったかという本を見つけたのでかいつまみます。
 武井弘一「鉄砲を手放さなかった百姓たち」(朝日新聞)は、農民が刀狩でも鉄砲を取り上げられてはいない、というところから解き明かします。対象が関東の農民なので、大いに参考になりそうです。イノシシが江戸のそばにいたとしても庶民に鉄砲がなければ話が成り立ちません。
 目を回しただけのイノシシを鉄砲でこづいて逃げ出し、「ほれ、あんなに新しい」とサゲる。槍や落とし穴じゃこういきません。

 ”刀狩”は、身分を明確にすることが目的で、武装解除は完全に行われなかったそうです。というより、実務は村に委ねられたため、獣害を防ぐ”農具としての鉄砲”が残されました。一揆の際は武器として使わない暗黙のルールもあり、徹底的に摘発されたのは第2次世界大戦後のGHQ指示になるそうです。

 ただし、支配者も見逃していたのではなく、登録と度々の確認を命じました。

 忍城(埼玉県行田市)付近で鳥を鉄砲でとった百姓が磔になっています。鷹場・鳥の狩猟は厳しく規制されたことがわかります。鷹場は平野部にあまねく広がっていてそこでの発砲は禁じられました。やがて獲物の鳥の激減があり、保護の必要から山間部までそれは広がりました。猟師以外の鉄砲は没収されることになりました。やがて事情が少し変わって焼印登録されて百姓のもとに残されました。二季打(4月から7月)・四季打(2月から11月)と期間を限ったもの、猟師用の通年のものなどと登録されていました。未登録の”隠し鉄砲”さえありました。

 この書籍で扱っているのは、三波川村(現藤岡市)、伊奈村(あきる野市)、日野宿周辺・柴崎村(立川市)、川越藩、岸村(東村山市)、大野村(埼玉県ときがわ町)などで、実例を資料を示して紹介しています。

 江戸時代はつねに同質の政治が行われたわけではないので、初期・生類憐み時代・吉宗鷹狩復活以降で、鷹場同様に鉄砲の扱いも変わります。
 おおむね吉宗以降では、御拳場と呼ばれた将軍の鷹場・江戸市中五里以内では、すべての発砲が禁止でした。町方に鉄砲があった記録がありません。猪・鹿などが作物を荒らす場合、幕府が派遣する触れが出ました。さらにその外では大名の鷹場が広がりますが、近くでは二季の発砲は良いが他に必要なときは役人とよく相談するよう書かれていました。さらに山中では期間は鳥以外は構わないのが基本です。

 三波川村は山間の村で獣害が甚だしいため、なんとかして農民の方から鉄砲を増やしてほしいと願い出ました(1701年)。

 日野宿周辺が1838年の令で鉄砲を調査し、100丁余りを報告しています。そのようすを柴崎村の名主が日記に残しました。

 伊奈村の鉄砲数報告が表にまとめられています。1675年に4丁、1865年は3丁となっています。

 川越藩は1844年に幕府に対して猪・鹿だけでなく狼まで日中に現れるので、特別に鉄砲の通年使用を認めてほしいと願いました。大目付は、水戸藩以外には許可できないと答えています。

 岸村では御三家の鷹場を抱え、ここは猪狩り・鹿狩りも行われたので案山子さえたてられませんでした。1768年 にはあまりの被害に、領主から鉄砲の貸し出しを願って、鉄砲撃ちも雇って駆除をしました。2か月で12匹の獲物がありました。

 大野村は畑作と炭焼きが生業で、猪・鹿の害が大きく、2丁の猟師鉄砲、5丁の四季打鉄砲がありました。百姓は金を払って、鉄砲保持者に駆除を頼みました。

 Teppo

 はじめて知識を得ることばかりでしたので、何度も読み返して時代と地域を確認し、とうとう貸し出し期限を超えてしまいました。いそいで返しに行かなければ。

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コメント

地元の記録を少し調べたら、面白い事が判りました。
猪狩りとは直接関係ありませんが、弘化三年(1846)に、将軍家慶が付近で鶴狩りを催すため、堀切の花菖蒲園の見物は禁止するよう、代官から名主や菖蒲園主に申し渡しがあったそうです。
かなりの人出が出ていたので、禁止にしたみたいですね。(^^)

投稿: hajime | 2012年8月 9日 (木) 12時17分

 おお、そんなことがありましたか。やはり地史を当たれば何か出てくるかもしれませんね。
 それにしても菖蒲園さんのご先祖様にも迷惑なことだったでしょうね。

投稿: snob | 2012年8月 9日 (木) 12時53分

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