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2012年8月

2012年8月31日 (金)

テレビ番組の発想

 このところ、授業の中で”言わせてる”感が強くなってしまい、子供の反応が鈍いのが気になります。全く自分が悪いんで、不定詞を使ってインタラクティブな活動を設定できていないのです。もうすぐ始まる”比較”では様々な活動が組んであるのでネジの捲き直しです。

 テレビは楽しみのためにも見ていますが、いつも授業で使えるものがないかは考えます。今回クイズ番組を見ていてその発想にびっくりしました。

 比較ではいろいろなものを比べることになりますが、学校現場では学年の先生たちの年や身長を使いました。その他にも世界の川とか国の広さとか。でもそれは教師の狭い視野からでした。

 先日のクイズ番組では、長さを比べるのに、”信濃川”と”アメリカ横断の距離”を比べたのです。川の長さを並べただけなら知識が問われます。知識がなければあてずっぽうになります。でもこのクイズはもっと漠然としたイメージで答えることができるじゃないですか。もちろんクイズなので他に”九州新幹線”・”富士山の麓から山頂までの道のり”・”ワイキキ海岸”・”東京-小笠原”など難しい選択肢も中にはありました。

 こんな異種格闘技は私には思いつきません。こんどこれをそのままFlashで、生徒の答えを反映できるように作って使いわしてもらいましょ。

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2012年8月30日 (木)

はなしびと

 フジポッド配信の見参楽に”特撰寄席はなしびと”が加わってました。事件以来、閉ざされていた”お台場寄席”にジャンプしてみたら21日から再開したようです。毎週火曜日更新で、初回が菊之丞「酢豆腐」、28日菊六「やかんなめ」が配信されていました。
 MCはおかず、一部噺家自己紹介映像の後にCM、本編とつづきます。お台場寄席のソースを受け継いだかどうかは知りません。一之輔や菊六の真打昇進話をマクラにふっているのでそれほど以前のものではないでしょう。調べたら、6月30日に神楽坂の「毘沙門天善國寺 書院」での「神楽坂落語まつり」からで、今後、朝太「粗忽の釘」・一之輔「百川」と続くそうです。

 これで、落語配信(江戸)番組がインターネット落語会とこれの2本に戻りました。一時期はNifty寄席(無料から有料、さらに終了)やピザハッ亭、いーふろん亭などの無料サイトがあり、次々と閉鎖されました。ひところは二つ目クラスばかりが流されて、「これではまだ金が取れないなぁ」とか勝手に思ってました。
 でも、こうなって、力がある人の高座が配信の中心となって、人を集めるにはやはり、と納得します。世には若手を育てるというお旦気質のかたもいらっしゃるでしょうけれど、自分はまだまだです。

 それにしても今更ですが、つかちゃんは惜しいことでした。世に認められ充実した生活を持っていても、分別盛りであってもある衝動に駆られるのですね。アメリカの映画監督もそうでした。分からないではないですけれど…

 つかちゃんは、まだ音声配信だったころの”お台場寄席”で、小さん「子別れ」を流してくれました。それは志ん朝とのリレー落語で、「いつかそちらも配信したい」と言っていたので、心待ちにしたものでした。

Hanasibito

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2012年8月29日 (水)

正蔵 カセットトーク(新潮社)

 この”新潮カセットトーク”シリーズは、圓朝作の長編人情話を集めたもので、「名人長二」の志ん生、「双蝶々」の圓生もありますが、そちらはすべてがCDになっています。(小朝のジョーク集は別シリーズ?)

 ところが、林家正蔵の4本は長らくCD化されませんでした。内容は

1 「粟田口 佐賀町河岸」「粟田口 国府台の紅葉狩り」「粟田口 丈助の最後」、
2 「緑林門松竹 医者秀英の家」「緑林門松竹 三味線堀の殺し」、
3 「緑林門松竹 原ノ郷の茶店」「緑林門松竹 新助市原ノ郷の捕り物」、
4 「緑林門松竹 またかのお関」「緑林門松竹 新助市の最期」

 というラインアップです。

 おととし、EMIから”THE正蔵”として、CD+DVDの製品が出ましたが、その中に「佐賀町河岸」と「丈助の最期」だけが収録されています。これでは中途半端です。いまだ、このカセットの価値は変わりません。

 「粟田口」は志ん生が、”抜き読み”と断って音源を残しています。「またかのお関」は圓生のものがあります。正蔵はもっと”遺そう”という気持ちだったのでしょう。圓朝は「やんま久次」をエピソードとして取り入れたけれどのちに削除したといいます。で、正蔵はそれを復活しています。のちには単独でも演じているので好みだったのでしょう。「粟田口」は3年かけて高座にかけましたが、これでも短縮版だそうです。

Awata

 板橋区・文京区・東久留米市・清瀬市・西東京市に4本とも。荒川区・練馬区・目黒区・渋谷区が部分収蔵。荒川区は「粟田口」の1本ですからいいですが、他は「緑林門松竹」が完結しません。テープは早いうちに借りましょう。
 鶴ヶ島市も「粟田口」と「緑林門松竹」から2本、松戸市・横芝光町には全4本と白井市・千葉市・流山市・館山市に「粟田口」があります。

 ----追加

 コメントで葛飾区が抜けているとの情報をいただきましたので修正します。しかし現在は「粟田口」と「緑林門松竹」から2本で、1本廃棄されたようです。

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2012年8月28日 (火)

品川区立図書館

 落語に力が入っていて、圓生指数は299(244AV)です。新着視聴覚資料を見ると大半が落語DVD(落語のピン)、CDです。いま新たに”圓生百席”をバラで何本か買ったのは欠けた分を補ったのでしょうか。小さんのNHK落語選集もこのひと月の間に、3セット購入して、すべて貸し出し中です。

 図書・視聴覚は合計20点、3週間借りられます(9月から2週間に変更)。ビデオ・DVDは4点1週間まで、予約ができません。また貸し出しは住所を問いません。

 ポニーの全集、イラストが改まった圓生の新版が入っているのはこの区と江戸川区だけです。志ん生の最新版もそろっています。
 ここでそのほとんどを借りたのが、テイチク”花形落語特撰”の文楽・金馬のカセットです。この資料を複数の図書館が持っています。こういうケースはめったになく、千代田区にも何本かはありますが、一部だけだったと思います。

 品川駅が品川区でないことはよく知られていますが、各図書館はJR駅近くにありません。東急・京急が区内を巡っていてそちらが最寄になります。
 私はもっぱら品川図書館を利用しました。ここに資料が多いことも理由ですが、京急・新馬場駅を利用することも、JR品川駅で降りて、旧東海道沿いを下っていくこともあり、JR駅から簡単に行けることも一因でした。何度かは自転車で目黒区図書館から目黒川沿いに移動もしました。

 品川図書館は山手通りに面していて、その通りを境に旧東海道は北品川商店街と南品川に分かれています。土蔵相模のあった往時の面影は全く残ってないのですが、思い浮かべながらぶらぶら歩くのもよいものです。
 図書館は2階から4階部分で、品川区の中央図書館らしく、豊富な蔵書を探索できます。筑摩書房の”落語全集”が開架でおいてあるのはめずらしいです。また、教科書展示会もここの1室で行われます。

Shinagawa

 また、品川で京急に乗り換えて新馬場に行ったときは、決まって京急品川駅構内で立ち食いそばを昼食にしました。高校時代に東京の名画座に出かけた時も昼食は立ち食いそばでした。その頃は店によって味がかわったものですが、今は画一的です。その中でも京急の”えきめんや”はおいしい方だと思います。天ぷらは店内で揚げていて保温器に入っています。

 あとは南大井図書館にも大森駅から何度か行きました。JRから歩けるのはこの2つくらいでしょうか。こちらはセンター2階の小さな図書室です。
 ただ受け取り・返却だけなら大井町サービスコーナーを利用できます。ここならJR駅の近傍ですね。

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2012年8月27日 (月)

文法

 今回、めんどくさい内容でごめんなさい。

 新任の頃は、「単語・熟語と文法を知れば、英語は自由に使いこなせる」と思ってました。指導者の先輩たちもそういってました。ところがそれでは、誰もが”話せる”ようにはならないことは明治以来実証されていることでした。

 文法が”真理”ではないことはいろいろな言語をかじったことでわかっているはずでした。”所有格”・”目的格(語)”という基本用語も、他の言語では”生格(属格)”・”対格”を使ったりします。
 国語文法に至っては、”○○文法”のように個人名がついている、つまりある人の解釈だということです。文法は研究者のもので、学習者用には作られていないんですね。

 言葉の分析の仕方ですから、例えば国語に”形容動詞”というのがありますが、他のどの国でもそんなものはありません。機能を見ればどうみても”形容詞”です。だから「日本語の形容詞には、”い”でおわるものと”だ”で言い切るものの2種類ある」と説明しても不都合はないはずです。

 だいたい、母親から文法を教わりながら言葉を覚える幼児は一人もいません。じゃあどのような手順なんだろう?
 どうやって文法説明抜きで英語を覚えていくか、市販本も何冊か読みましたが、単なる母親視点の物語で肝心なことはわかりませんでした。

 一人、後輩に才媛がいて、ネイティブの幼児がとうやって英語を獲得していくか大学で研究しているというので、その成果を首を長くして待っています。

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2012年8月26日 (日)

「猪買い」は江戸でできるんじゃないかな

 所詮1次資料にあたることのない、誰かの研究の成果をさらおうという姿勢なので急進展はないでしょう。ここらでいったんまとめておきます。

 鷹場の制度のせいで、江戸十里四方(半径五里)では鉄砲は使用できませんし、その外側でも使用はかなり規制されました。職業猟師はさらに外側の山間部にしかいません。江戸のももんじやへの仕入れはかなり遠くから水運を利用して行われました。
 落語家が「池田の猪買い」を江戸に移して…と思ったとき、”江戸からじゃ猟師に会えないんだよ”、と一蹴されるのもわかります。
 もとより、「夏の医者」「そば清」「元犬」など非現実ものを抱える落語も、けっこうそういう指摘には弱いものです。

 それを回避するには、”大阪へ旅した江戸っ子が池田に行く” ”旅の途中、小田原あたりの宿で山の猟師を紹介される” ”2,3日かけて江戸から秩父や丹沢・群馬に出かけていく”方法が考えられます。

 しかし、近郊でも鷹場保護のせいで、猪の獣害が江戸後期までありました。その撃退は落とし穴・槍・空砲など非効率なものでしたが、ときには実弾を許可されて、鳥に害がないように慎重に狩猟しました。鉄砲の使用はだれでも許可されたのではなく、毎回特定の人物だったと推定されます。期間は主に春から夏ですが、雪のちらつく暮れまで許可がでることもありました。

 そこで、大家さんに相談すると、近郊の田舎で親戚が毎年猪を獲るから、そこを紹介するという設定が成り立ちます。その人はパートタイム猟師で、村のためにときどき鉄砲を使います。獲った猪は流通には乗りません。村内で処理するとか、獲った人の役得になります。川越方面か松戸、越谷、東久留米あたりを想定して、「池田」のような有名な産地はありませんから、地名は出しません。

 こんな設定は噺の中に持ち出す必要はありませんが、新鮮な肉・江戸から1日・雪中の猟と舞台は整います。

 せっかちな江戸っ子とのんびりした田舎の人とのやり取りは、上方落語とは違った味が出るのではないでしょうか。最初のうちはぎこちないでしょうが、数年かければやがてこなれます。

 素人の思考実験で、誰かが高座にかけるわけじゃないですが、長い期間にわたって楽しむことができました。これからも折に触れて資料を探してみようと思います。

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2012年8月25日 (土)

大須演芸場の番 京橋・築地・有楽町

 本当はこないだの月曜日にリクエスト資料を取りに中央区に行くつもりでした。でも暇がなくて延期していたら、その間に「大須演芸場」の順番が回ってきたので、文京区にも寄れるのでちょうどよくなりました。資料は1週間は取り置いてくれます。
 それに月曜はちょっとメダリストのパレードもあったわけで、それも見たいなと思っていましたけれど、行かなくてよかった。あんな、永代橋だった落ちるような人数がいたのでは、のこのこでかけたのでは人ごみにもまれるだけだったでしょう。

 中央区の図書館は区役所の裏にあります。今日は朝から出かけたので、ビデオを借りた後、初めて築地場外市場というところに足を延ばしました。さすがの品ぞろえで、久しぶりに”花咲ガニ”を見ました。懐かしい。

Tukiji_2

 昼には早かったので、そこでは何にも口にせず、銀座を通って有楽町駅。アンテナショップの”どさんこプラザ”にいって、夕張メロンソフトを食べて暑さをしのぎました。

 そのあと、文京区の図書館に行って念願の志ん朝「大須演芸場」を借りました。大きい。CD30枚ですからねぇ。予約特典、初回特典は?とすぐに探しましたら、BOOK3に封入してありました。図書館は5月の発売前に予約していないはずですから、予約特典は予定までに、はけなかったに違いありません。

 現在120人待ちになってますので、できるだけ早く聞いて次の人に回したいです。まず「三年目」を聞きました。例の”葬儀の剃髪”をどう演じているか。
 聞き始めて、音の悪さにぎょっとしました。志ん生、文楽時代の音質です。でも、聴き始めると気になりません。すぐに話に引き込まれます。マクラもこれまでのCDと違う、惹句どおり、のびのびと話していて、これまでの音源と違う感じです。録音・発売を意識していないからですか。
 この「三年目」は、1996年で最後発ですが、説明なしの”泣く泣く野辺送り”に戻っていました。

* * *

 新たに小三治のDVDがでるようですね?

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2012年8月24日 (金)

テレビの英語

 テレビの情報なので、どこまであてにできるか。フィンランドでは自国テレビ番組があまりなく、幼児のうちから英語のドラマを吹き替えなしでみているので、英語が得意になるといいます。ちょっと前ならフィンランド人に本当かどうか確かめられたのですが。

 子供を教えていると、思春期に急激に英語をしゃべらなくなるのが気になります。ふたつ理由があって、自分について主張することがなくなること。ここのところ”Who do you respect?”と質問を続けたのですが、答えがない。あとは間違えることへの恐れです。

 間違えたって平気だと教えたいのですが、テレビであんまりでたらめな英語を使ってほしくないですね。Let's cooking. とか、”ボリューミー”とか、英語の放送をしなくたっていいですが、あえて誤用を用いる必要はありましょうか?放送局も考えてくれるといいんですけどね。

Letscooking


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2012年8月23日 (木)

志ん生復活!落語大全集(講談社)

 DVD13巻の全集なのですが、こういう売り方は感心しません。というのはほとんどが静止画像に既存の音声をつけたものだからです。DVDのためわずかな図書館にしか見つかりません。CDで出ていればもっと多かったでしょうに。

 それなりに映像は入っているのですが、対談とかインタビューが多く、”落”マークの付いた肝心の高座映像は、「おかめ団子」「巌流島」「鰍沢」の3つです。どれもNHKオンデマンドで個別に購入できるので、そちらの方がリーズナブルだと思います。
 ただ中でも金馬との対談は聞いて大変面白いものです。

 講談社が、音源として”初”マークをつけたものは、「富久・紙入れ・替り目・五目講釈・千早振る・目黒のさんま」です。「小噺五題」にも”初”がつけられていますが、これはポニーとキングから出たものと同じ…はずです、たしか。(あれ?メモが見つからない。お持ちの方、ご確認していただけると)

 映像の「最後の小噺」は新年のあいさつから始まって小噺をひとつ演るのですが、さすがに聞き取るのが厳しい。講談社もこれには”落”マークをつけていません。

 さて、私はこれを国会図書館の音楽・映像資料室で視聴させてもらいました。関東地方には他にこれを置いてあるところが見つかりません。新潟市・田原市・日進市と、そしてはるか北海道大学の図書館に確認ができます。

Fukkatu_2


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2012年8月21日 (火)

神奈川県の横断検索

 サイトデザインは東京の北区と同じで、他でもときどき見かけます。業者による熾烈な入札競争が繰り広げられているのでしょうか。デザインは同じでも機能は自治体で仕様に裁量があるようです。このブログで神奈川県のことがほとんど出ないのはこの横断検索のためです。

Kanagawa

 私の目的のために決定的に不都合なのが、”視聴覚”の検索ができないことです。千葉県のように「分けて検索ができない」のではなく、各市にあるCDなどの視聴覚資料が検索から除外されるのです。
 圓生指数を出そうと思って検索をかけると、225です。ヒット数が339と表示されるのは、同じ書籍が複数点所蔵されているからでしょう。
 ”全選択”と”全解除”ボタンがあるので、6つに分かれた地域を選択するのは楽です。
 しかし図書しか網にかからないのでは数字が比較の役に立ちません。いずれ各市を個々に検索して合計することになるでしょう。宝物が見つかるといいなあ。

 伊勢原市だけ、52と突出しています。この市は図書と視聴覚の両方が検索されます。市の検索では分けられるので連携に問題がありそうです。

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2012年8月20日 (月)

志ん生、語る(アスペクト)

 志ん生に関して、小さんや家族、弟子がエピソードを語る5年前の1冊。また志ん生の盲小せんについての語りも収められています。

 付録CDがついていて、「小咄二題」「お直し」「疝気の虫」を聞くことができます。「お直し」はクラウンの”ベストコレクション”のものと同じですが、これが入手困難なので、こちらのほうが容易です。
 といっても版元で絶版、アマゾンでは品切れ、中古ででているものが37円(CDなし)、CDあれば1000円超えです。素直に図書館に足を運ぶのが吉。

 「疝気の虫」はコロムビア・ビクター・講談社などでいくつか出ているものです。ただしアポロンやポニーのものはマクラにカットがあるので、避けましょう。

 「小咄二題」は、”志ん生・幻の音源初公開!”と目玉になってます。たぶん既存音源からの抜き出しを集めたものではないと思うのですが…経緯はわかりません。もしかすると、いわゆる”逃げ”の一席なのかもしれません。10分あまり客は存分に楽しんでいて、こんな高座に臨めたのはうらやましい。
 庭に塀、雷はなるほど、親父の頭は徳利、頼朝の髑髏、と冒頭から小噺連発です。本編も「小僧とぼた餅」「庭蟹」とちょっと長めの小噺です。「庭蟹」は「化け物使い」のマクラとして使われましたが、明らかに違うバージョンで、得した気分です。

 書籍だけあって、所蔵図書館が、いつもと様子が違います。
東京都立・足立区・板橋区・大田区・葛飾区・北区・江東区・品川区・新宿区・杉並区・墨田区・世田谷区・台東区・中央区・豊島区・練馬区・文京区・港区・目黒区・稲城市・国立市・狛江市・多摩市・調布市・八王子市・東久留米市・日野市・府中市・町田市・武蔵野市、
三郷市・川越市・ふじみ野市・富士見市・坂戸市・東松山市・川口市・さいたま市・鴻巣市・上尾市、
千葉市・習志野市・八千代市・市川市・浦安市・柏市・我孫子市・銚子市・市原市

Kataru_2

 書籍なので、追加しておきましょう。神奈川県立・横浜市・川崎市・藤沢市・平塚市・厚木市・大和市・相模原市にも確認できます。前橋市・高崎市・みどり市、水戸市・土浦市・龍ヶ崎市・牛久市、小山市・下野市にもありますよ。


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2012年8月19日 (日)

「猪買い」は江戸でできるか 7

 「江戸近郊におけるニホンジカ・イノシシの生息状況」という気になるタイトルが検索にかかります。野生生物保護学会で発行する機関誌「ワイルドライフ・フォーラム」6巻3号(2001年2月号)に掲載されたものです。国会図書館で読みましたが、農工大の先生方のレポートです。残念ながら大会での口頭発表のレポートで論文そのものではないので、概略だけでした。保護学会は”現在”の報告が主なので貴重です。

 それによると、「鷹場の鹿狩りの資料からは1633年~1693年の間に鹿183頭、猪42頭が狩猟された。鉄砲許可願いなどの文書が各地に残っており、獲物数も記録がある。江戸近郊、洪積世台地・沖積層平野に生息分布が確認される」とあります。地図などの資料もなく詳細な論文がでればいいと思います。


 たんねんに、自分の地域のことをまとめる人はいるもので、新井博「川越市今福の沿革史」(今福菅原神社氏子会)という本を借りました。おそらく市販せず、氏子など関係者だけに配布された資料と思われます。

 400ページを超える労作ですが、その1節に「鉄砲拝借と猪、鹿退治」というタイトルがついています。今福というのは、川越市でも南に下った街道沿いの地域です。先の「鉄砲を手放さなかった百姓たち」では、川越藩の例が載っていて、この資料は参考にしていないようですが、より具体的な地名です。あとは時代が合えば。

 本家川越市では禁帯出資料ですので、県立図書館のほうから取り寄せてもらいました。該当の節には、今福村周辺で猪・鹿・狼などが繁殖して畑作物や苗木を荒らしたので、寛政7年(1795)に4カ村合同で藩に対して鉄砲拝借願いを出しました。その結果、10丁の鉄砲が貸し出され、その受け取り証文が掲載されています。貸出期間は4月1日から7月29日までで、借用人の村・氏名に加えて石高、弾丸の量、江戸からの距離も記載されたものです。
 うち今福村ではその成果が報告されていて、猪・鹿各1頭が仕留められました。さらに翌年も拝借願いが出されています。

 その後の文書は残っていないようですが、この2年で害獣を根絶したとも思えません。1795年では2、30年ほど早い気がしますが、川越南部なら江戸から1日で来られますし、周辺地域まで拡大して考えれば「猪買い」の舞台としてもかまわないではないでしょうか。

 明治になって入間県が調査したところ、近隣地域に29丁の鉄砲が数え上げられています。その数は城下を中心に、83丁にのぼりました。藩が解体して下賜されたか、農兵となった時に手に入れたかは不明ですが、需要はあったものと思われます。

 今回はたまたま検索で発見しましたが、地誌をていねいに探すとおもしろい結果が出るのかもしれません。

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2012年8月18日 (土)

志ん生と文楽 栄光の上方落語(角川書店)

 いくつか出版社系のCDがあります。これは角川書店から発行された10枚組のCDブックです。

 桂文團治「帯久」「鬼あざみ」をはじめとして、橘ノ圓都、林家染丸、林家小染、桂春蝶、笑福亭松鶴、桂米朝、桂春團治、桂文枝、桂枝雀とそうそうたるメンバーが並ぶ中、CD10に『上方で演じる東京の名人』と題して古今亭志ん生「ふたなり(1959)」、桂文楽「つるつる(1966)」、柳亭痴楽「宿題」と江戸落語が含まれています。
 さすがに上方落語だけあって、関東にはほとんどありませんでした。先年探したときは、埼玉県でふじみ野市にみつけただけです。バラでおいてあるので、江戸落語のCDは貸出し中が多いです。
 もちろん関西で探すといろいろなところに置いてあり、大阪府と大阪市に複数セットありました。もちろん借りられません。時期を待って大阪の弟のところに遊びに行ったときに、会社帰りに借りてきてもらって聞きました。

Kamigata

 その後、いくつか増えたようです。
 今は文京区と練馬区にあります。練馬区は2セットで一つは”1枚目に音飛びあり”と記されています。修復できないくらい大きな傷がついているのでしょうか。文京区は仮AV処理されているくらい最近のものです。私が探したときにはなかったので、ここまで待つより、旅行を利用してよかった。今18人待ちです。
 千葉県にはありません。

 大阪では江戸落語がウケることはあまりなかった、と聞きます。文楽は大阪の圓馬のところに通い詰めて稽古したので、呼吸を飲み込んでいたけれど志ん生は散々だったとも伝わります。このCD(朝日放送音源)では、病前ですし、ちゃんと笑いを取っています。
 文楽は、大阪だけあって出囃子は「野崎」ではありません。収録は晩年に近いですが、元気のよい高座です。中途で切らずに、”井戸替えの夢”までやってます。

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2012年8月17日 (金)

副詞的用法

 以前学校で教えた時は、「学校にはいろいろな人が来る、何しに来るか」と教師や生徒、教委、業者を見せてto teach, to study, to check, to sell などを言わせました。生徒のところで、to eat school lunch で笑いをとったものです。でもちょっと練習量が足りませんでした。

 どこかいろいろな人が集まるところがないか頭をひねってましたら、アド街っく天国を見て、スカイツリーを使うことに気付きました。

 スカイツリーに集まる人の写真はネットにたくさんありますが、いま一つ人と行動に焦点が絞れません。簡単イラストと、それぞれ背景(写真)も添えて見せます。

 1 スカイツリーにたくさんの人が来るが大きく2種類に分かれる:スタッフと客

 2 客もチケットを持っていれば(展望台からの眺望写真): They visit Skytree to see a beautiful sight.
To_see

 3 買い物の人 (ショップ): They visit Skytree to buy.
To_buy

 4 食事の人(料理):: They visit there to eat lunch.
To_eat

 5 カップルは (夜景とディナー): to date この単語は知らないですが、聞けば理解できます。
To_date

 6 スタッフは: このあたりで、生徒が to work と言い出します。
To_work

 7 スタッフを細分化します(ショップ)。ここでテレビの制服映像が役に立ちました。: They go to Skytree to sell.
To_sell

 8 料理人なら(食事 ): to cook
To_cook

 9 受け付けは(エントランス): to guide も出ましたが to welcome も教えます。
To_welcome

この日はここで終了です。動作が不定詞で出るようになりますが、まだ意味はよく分かっていないはずです。

 次週、

 10 清掃スタッフ(モップとバケツ): to clean
To_clean

 11 ワイパーを持たせて(窓にゴンドラ): to clean windows
To_clean_windows

 12 ダイバー(水族館):: つい先日教えた to take care of fish が生徒からでればしめたものです。でも to show だって上出来です。
To_care

などと続けたあとに、子供たちが去年いった長野県に話題を変えます。

 Last year, you went to Nagano to ... と促したときに to ski と続けられればほぼ理解できたといってよいでしょう。同じように You go to school ... と続けます。 to study がでるでしょうか。

 この辺になってようやく、日本語だと「~するため」に対応することを伝えます。そして過去に、各自どこに何しに行ったか、発表させます。

 スカイツリー題材はこれから先10年は使えるかも。

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2012年8月16日 (木)

圓生指数

 このブログでは、とても限定された落語について取り上げています。昭和の名人の代表にされる噺家たちだけで、現役では小三治だけです。落語がどのように後世に伝えられていくかにも興味を持っていますが、今のベテラン・若手にそれだけのものが見つかっていません。

 他の話題もありますが、図書館でそういう落語家の資料を探すという今の趣味はしばらくこのままでしょう。そこで、自分の趣味に合う図書館を見つけるのに、「圓生のCDをどれくらい検索できるか」で判断することにしました。経験から圓生があればそのあたりの落語家の資料もある傾向だ、といえます。

 実は図書館検索では”落語”ジャンルの検索ができません。 
 書名”落語”で検索すると、タイトルに”落語”を含まない、例えば”圓生百席”をはじめとした、多くの落語CDが抜け落ちてしまいますのでふさわしくありませんし、自分の趣味じゃない噺家がノイズとなります。
 そこで著作者”圓生”での検索が手頃です。微妙に毎回数字が違うのが困りますけど目安にはなるでしょう。

 というわけでこれから図書館の記事を書くときに、この検索数で比較をしたいと思います。勝手にこれを圓生指数と名付けて優劣をつけていきます。

 ちなみに、これまでとりあげた図書館のでは、東京都の圓生指数は5864(4735)、埼玉県1608(1238)、千葉県1161、そして国立国会図書館では408(114)という成績になります。(千葉県以外カッコ内は視聴覚資料)
 やはり東京が圧倒的です。

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2012年8月15日 (水)

遺髪の始末

 ここ3週間ほどの文化放送の落語番組を録音してためてありました。それを今日ようやく聞いたのですが、奇妙なやり取りに気づきました。

 8月5日に”志の輔ラジオ 落語でデート”の中で、ゲストが真鍋かおりで、文治(9)の「三年目」を流しました。この番組ではゲストもちゃんと落語を聞いているようで、落語体験2度目の真鍋が、噺の中でひっかかることがあったと言い出しました。最後のサゲが「髪が伸びるのを待っていました」であるわけですが、それを聞いてはじめて昔は「死者の髪をそる」ことがあったんだとわかったというのです。
 だから剃髪のことを当然と思っている人とは、サゲの決まり方が違ってくるわけですね。

 それを聞いた志の輔が、「ゲストにそういう指摘をしてもらえると役に立つ、当然だと思うことを今の人が知らないということに気が付かされる」というのです。そして大いに感激していました。志の輔自身は母親の亡骸の髪をそったそうです。よし、工夫しようという意欲がある感触でした。

 あれ?志の輔だってその後の葬式で剃髪しなくなったことくらい知っているだろうに。落語家はみんな気づいていないんでしょうか?

 圓生の「三年目」を確かめました。女房が安心して死んだところではただ、「泣く泣く野辺の送りを済ませ…」と片付けています。サゲでは「死んだとき坊さんにしたでしょ。」「親戚でひと剃刀ずつ当てて坊さんにした」「坊さんで出たら愛想をつかされるから毛の伸びるまで待ってました」
 志ん生も、死んだらすぐ「百か日が過ぎ…」と剃髪には触れません。この大御所たちには葬式の常識なのでしょう。

 時代が下って、志ん朝は、やはり死んだあとやはり「泣く泣く野辺の送り…」に移行します。最後は「坊さんのまんま出たんでは、あなたに嫌われると思って、毛の伸びるまで待ってました」(落語名人会:1982年)
 ところが、別な一席では女房の死んだ後、「そのころのしきたり通り、ねェ、ちゃあんと頭を丸めましてお棺の中におさめて、泣く泣く野辺の…」とさりげなく振っているではありませんか。(志ん朝初出し:1992年)

 こうやっておけば、昔の葬式を知っている人と同じ土俵に立てます。
 10年の間のどっかで変えたのですね。志の輔が前座の時にもう立川流は協会を抜けていましたから、大学では、”志い朝”を継いで志ん朝のコピーもしていた人も、その後の志ん朝のこの変化は知らなかったのかもしれません。

 それにしても「三年目」の音源はあまりないのですね。小三治の若いころ(落語研究会:1982年)も、ただ「野辺の送り…」でした。その後を知りたいものです。

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2012年8月14日 (火)

”落語はろー”で落語研究会

 現在の第5次落語研究会ですが、全容が知りたいとおっしゃる方があって、私も国立演芸場で訊ねてみたことがありました。ところが毎日見に行ってる「落語はろー」のページで、演題リストが公開されました。なかなか手に入らないデータです。

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いじめの構造(講談社)

 珍しく、アマゾンに在庫がなかったので届くのに時間がかかりましたが、到着してからもオリンピックに気を取られ、またここ数日は細かな作業に時間を割かれ、この盆休みまで開かないままでした。

 読み始めてすぐ、いじめとその後の対応の実例に腸をねじられるような思いがしました。自分も現役教師だったときどれくらいのいじめを見逃してきたのだろう。隠れてやることだから見つけづらいことは間違いがないけれど、見逃してしまったらいじめられた子には救いがない。いつか再開した時に「気づいてもらえませんでした」といわれはしないかと考えてしまいました。

 はじめの一年は無我夢中で、学校の”荒れ”に追われました。2年目にクラスの子から手紙をもらっていじめを知りました。いいかえれば手紙がなければ気が付かなかった。すぐに注意してやめさせたつもりですが、果たして本当に止んでいたかは今となってはわかりません。
 そのころはいじめがこんな社会問題になるとは私は思いもよりませんでしたが、数十年たって教員最後の年もその対応に追われていたことは確かです。取組半ばで去りましたが、数年後電車の中でいじめられていた子に再開して感謝されたのは、支えになってくれました。

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2012年8月10日 (金)

生徒の夢

 吉田選手の決勝戦まで仮眠をとって、金メダルの後は女子バレーとサッカーの敗戦を残念がって…。

 不定詞の3用法なんて、ネイティブの意識にはありません。ただ日本人に教えるときに、「~こと」「~ため」を統合して教える方法が見つかりません。

 その名詞的用法で、アメリカの幼稚園の卒業式で子供が「大きくなったら」というスピーチをしている映像を見せて、I want to be を導入しました。
 昨日、そのあと段階を経て My dream is to ...を言わせたのですが、みんなが例に倣ってあたりさわりなく to be a soccer player など職業をあてはめる中、ひとりだけ to eat ice cream every day.とつづけました。

 こういう「夢」って大人になったら言えないし、小学生じゃこの英語が言えない。every dayがなかったら「夢」じゃない。ちょうど今だからいえる「夢」で、それを言ってくれたのはこちらも予想外で、嬉しくなりました。

 このような瞬間がときとして訪れ、報われた気持ちになるのです。

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2012年8月 9日 (木)

「猪買い」は江戸でできるか 6

 嘉永年間に目黒・駒場原で”鹿狩”が行われています(根崎光男「将軍の鷹狩」(同成社))から、動物は割と近くにいたのかもしれません。

 ここでちょっと視点を変えて、専門猟師でなくても、江戸近郊で鉄砲が使えわれることがあったかという本を見つけたのでかいつまみます。
 武井弘一「鉄砲を手放さなかった百姓たち」(朝日新聞)は、農民が刀狩でも鉄砲を取り上げられてはいない、というところから解き明かします。対象が関東の農民なので、大いに参考になりそうです。イノシシが江戸のそばにいたとしても庶民に鉄砲がなければ話が成り立ちません。
 目を回しただけのイノシシを鉄砲でこづいて逃げ出し、「ほれ、あんなに新しい」とサゲる。槍や落とし穴じゃこういきません。

 ”刀狩”は、身分を明確にすることが目的で、武装解除は完全に行われなかったそうです。というより、実務は村に委ねられたため、獣害を防ぐ”農具としての鉄砲”が残されました。一揆の際は武器として使わない暗黙のルールもあり、徹底的に摘発されたのは第2次世界大戦後のGHQ指示になるそうです。

 ただし、支配者も見逃していたのではなく、登録と度々の確認を命じました。

 忍城(埼玉県行田市)付近で鳥を鉄砲でとった百姓が磔になっています。鷹場・鳥の狩猟は厳しく規制されたことがわかります。鷹場は平野部にあまねく広がっていてそこでの発砲は禁じられました。やがて獲物の鳥の激減があり、保護の必要から山間部までそれは広がりました。猟師以外の鉄砲は没収されることになりました。やがて事情が少し変わって焼印登録されて百姓のもとに残されました。二季打(4月から7月)・四季打(2月から11月)と期間を限ったもの、猟師用の通年のものなどと登録されていました。未登録の”隠し鉄砲”さえありました。

 この書籍で扱っているのは、三波川村(現藤岡市)、伊奈村(あきる野市)、日野宿周辺・柴崎村(立川市)、川越藩、岸村(東村山市)、大野村(埼玉県ときがわ町)などで、実例を資料を示して紹介しています。

 江戸時代はつねに同質の政治が行われたわけではないので、初期・生類憐み時代・吉宗鷹狩復活以降で、鷹場同様に鉄砲の扱いも変わります。
 おおむね吉宗以降では、御拳場と呼ばれた将軍の鷹場・江戸市中五里以内では、すべての発砲が禁止でした。町方に鉄砲があった記録がありません。猪・鹿などが作物を荒らす場合、幕府が派遣する触れが出ました。さらにその外では大名の鷹場が広がりますが、近くでは二季の発砲は良いが他に必要なときは役人とよく相談するよう書かれていました。さらに山中では期間は鳥以外は構わないのが基本です。

 三波川村は山間の村で獣害が甚だしいため、なんとかして農民の方から鉄砲を増やしてほしいと願い出ました(1701年)。

 日野宿周辺が1838年の令で鉄砲を調査し、100丁余りを報告しています。そのようすを柴崎村の名主が日記に残しました。

 伊奈村の鉄砲数報告が表にまとめられています。1675年に4丁、1865年は3丁となっています。

 川越藩は1844年に幕府に対して猪・鹿だけでなく狼まで日中に現れるので、特別に鉄砲の通年使用を認めてほしいと願いました。大目付は、水戸藩以外には許可できないと答えています。

 岸村では御三家の鷹場を抱え、ここは猪狩り・鹿狩りも行われたので案山子さえたてられませんでした。1768年 にはあまりの被害に、領主から鉄砲の貸し出しを願って、鉄砲撃ちも雇って駆除をしました。2か月で12匹の獲物がありました。

 大野村は畑作と炭焼きが生業で、猪・鹿の害が大きく、2丁の猟師鉄砲、5丁の四季打鉄砲がありました。百姓は金を払って、鉄砲保持者に駆除を頼みました。

 Teppo

 はじめて知識を得ることばかりでしたので、何度も読み返して時代と地域を確認し、とうとう貸し出し期限を超えてしまいました。いそいで返しに行かなければ。

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2012年8月 8日 (水)

千葉県の横断検索

 バレーボール、卓球、サッカーと見続けていると、落語資料をさがしまわるヒマがありません。手持ちのデータによる記事で失礼します。

 千葉県の横断検索では、図書資料と録音資料を分けて検索することができません。しかし、音楽資料はわかりませんが、落語のCDなどは東京・埼玉ほど多くないので、噺家で検索しても総攬するのに苦になりません。それでも印西市には希少な「古典落語の巨匠たち」があって聞きに出かけました。流山市の「小さん全集」にも助かりました。それもこの横断検索のおかげでした。

 初めに感じたのはここの検索は速い、ということです。ネットワークの負荷状況にもよりますが、東京・埼玉・千葉と続けて資料を探すことが多いので、それが比較実感です。もっとも東京の場合はデータの多さがあるとは思います。

 東京・埼玉の横断検索について書いていたとき書きもらしましたが、東京は、検索の途中で区を選んで資料を表示できますが、埼玉・千葉は途中で市の結果を開くと検索がそこで中止されます。そういう操作性が体感速度に影響します。

 千葉県内では、千葉市・浦安市・松戸市・流山市・市川市に落語CDが多く収蔵されています。
 検索自治体の選択ですが、すでに全市が選択状態です。横断検索する目的で開いているのだから、これは好ましい。自治体を絞る場合は、全キャンセルが1ボタンでできるので、そのあと、中央・東部・西部の3エリア別かあるいは自治体ごとにクリックして選択します。
 検索終了後に左側のペイン(分割画面)で、自治体ごとの検索結果を見ます。右ペインに表示される図書館と、別ウィンドウ・タブの佐倉市・茂原市・浦安市などがあります。
 年度末に限ったことだったのかもしれませんが、メンテナンスで接続されない市にけっこう出会いました。また千葉市に関しては横断検索から予約に進むことができないです。私は予約できないので関係ないことですが。

Chibakensaku


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2012年8月 7日 (火)

ゆとり教育と揺れ戻し

 オリンピックを見るためにチャンネルを切り替えているうち、競技の合間のバラエティー「タカトシの時間ですよ」に目が留まりました。その日はどんな質問にも専門家が100%答えるという内容で、世界で一番権力を持つのはだれか、とかDNAの話とかが面白くてみていました。すると評論家の人の友人がゆとり教育の提唱者で、今はそのひとも後悔しているという話を始めました。

 ちょうどうちの子たちもゆとり教育世代ですが、そうでなくとも、その始まりのころに学校現場にいたものとしてはあきれました。ゆとり教育の導入には大きな疑問を持っていました。そのころこういうブログみたいな手段があれば心情を吐露していたことでしょう。子供たちに実験しないでほしかった。
 それでなくても1970年代の「クラブ活動」に始まりや1990年ころの「選択教科」など明らかな施策の失敗がつづいていましたから。

 ただその反動で評論家たちが、詰め込み教育を礼賛しているのにももっと大きな違和感を持ちました。その当時の「落ちこぼれ」などの問題を無視していることもそうですが、日本の英語の最大の問題、「話せない」のは明治以来の英語教育の結果だからです。

 ゆとり教育でも話せるようにはなりません。トレーニングの時間を減らし間隔をあければ「話す」にマイナスなのは自明です。
 今は時間は増えましたが、内容は変わったのでしょうか。大学・高校入試が、「話す」ことの評価にシフトしないとなぁ。

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2012年8月 6日 (月)

イギリス料理はまずい

 英語そのものを教えるほかに、英語圏以外を含めて「外国」についてもたびたび教えます。そのソースは主にテレビで仕入れた知識になります。テレビで放送することがすべて真実であるとは限りません。昨年、江戸時代の意外な真実という内容の番組中で、「大奥の新参舞」をやってましたが、稲垣 史生「楽しく読める 江戸考証読本」では疑問符がついていました。でも面白いから断定して伝える、それがテレビです。

 一応そういう目で見ても、伝えたくなることがあります。オリンピックにちなんで、立て続けに日本テレビが、「イギリス料理はまずい」件について「所さんの目がテン!」「ネプアンドイモトの世界番付」の2番組で取り上げていました。それもときどき見分けのつかないユージとJOYがそれぞれレポーターとなり、しゃもじを振り上げて家庭の食事を突撃する、という構成。
 どの家でもレトルト・冷凍の出来合いの食品を使い、味がないと思ったら各自が酢やケチャップをかける、最後に専門家が出てきて「産業革命時に料理する伝統が失われた」と解説でしめる同工異曲。「今は伝統料理の見直しが始まっている」という付け加えも同じでした。

Fishnchips


 新知識もあり、おもしろかったですが、文化がこのように失われるのかと考えさせられました。

 イギリス料理のことはどうでもいいのですが、「世界番付」ではその次に、「世界に良い影響を与えたと思われている国ランキング」の話題に変わり、日本がトップで、器用とか熱心のほかに「日本人が親切だから」という理由が大きいとされていて、これを子供たちに知らせてもいいなと思いました。

 rich, famous, strong, kind どれになりたいか、という授業を行ったのですが、誰もが rich を選びました。このことを知ったら少し変わるかもしれません。


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2012年8月 5日 (日)

ロンドン・オリンピック

 連日、日本選手の活躍に寝不足です。サッカー試合中のけがも軽そうでよかったです。

 今回は続々現れるメダリストに授業に協力してもらいました。金・銀・銅のメダルごとに選手の写真を見せて、Who is that? と質問するだけです。何しろニュースでなんども出る顔ですから、名前を知っているかギリギリなので、解答意欲をそそるのです。これが各政党トップでは話になりません。

 毎回オリンピックは夏休み中なので、学校の授業に使うことはタイムリーではありません。塾ならではの教材で、週ごとにメダリストが増えていくので、期間中はもりあがります。来年になるとほとんど記憶に残ってないので使えなくなります。

 これができるのは小学生で、中学生だと誰かという問いにあまり興味を示しません。中学生には競技を質問して、do(es) judo, do gymnastic, do archery, swim(s) の復習にしたり、今の時点で誰がメダルを取りそうかという未来の練習に使います。

Olympic2012


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2012年8月 4日 (土)

名詞的用法

 伝統的な方法では

 toと動詞の組み合わせを不定詞といい、一つの用法に”~すること”という名詞的用法がある。だから”サッカーする”のが好きなら I like to play soccer. という。さぁ、サッカー観戦が好きならなんという?

 こんなふうに不定詞の名詞的用法を説明します。教師になりたての頃は私もそうやってきました。のちには英語だけで授業をするようになったのですが、今は

 1.うどん・そば・スパゲティ・ラーメンの写真を投影して、What do you want? と質問
   子供は、単語で答えるので、You want Udon! と言い直しを暗に求める。I want Udon.

 2.チョコレート・キャンディ・クッキー・ケーキを見せて、I want cake.
   コーラ・ジュース・コーヒー・紅茶の写真で、I want cola.

 3.ここで、卓球・ゴルフ・ゲートボール・ソフトボールの写真を見せると、生徒は戸惑います。
   I want golf.ではおかしいことがわかるので、助け舟を出します。I want to play table tennis.

 4.4か所、外国の写真、シドニー・パリ・ロンドン・ニューヨーク
   I want New York.とでも言おうものなら、Are you Shocker?とからかいますが、
   再度助け舟、I want to go to London.

 5.次いで女性アイドル・男性アイドルをみせると、生徒から I want to see ...がでてきます。

 6.最後に4種類のキャラクター商品から選ばせると、I want Kitty goods. でよいのに
   I want to buy Kitty goods.をいえるようになります。

 この時間だけでは定着しないので、次はマクドナルドのバーガーを選んだり、ジューススタンドのメニューで、eat, drinkをつかって自発的に言わせます。
 この自発的=食べたいもの・飲みたいものを言わせることが大事です。そうしないと英語が使えるようにならないと考えてます。

 さらにその先で I like +不定詞、次にI want to be ...とだんだんといわせますが、これは学校で教えた時に確立した手順で、効果はあると思っているのですが、時間がかかるのが難点です。普通の塾は伝統的な方法で教えて、次は問題を解きはじめます。うちのほうは問題を解く時間が少なくなります。

 だからだと思いますが、生徒が一人普通の塾に去りました。英検のクラスには残るのですが、2つの塾に行く余裕がないとのことでした。

 

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2012年8月 3日 (金)

江戸明治東京重ね地図(丸善)

 今更ながらです。私自身ももう2年以上毎日のように開いています。ひんぱんに発行された江戸の地図:切絵図は地図測量の概念がないので、方角・距離が正確ではありません。それを現代の地図に重ねて作り直したものです。
 illustratorを使って、丹念に古道と現在の痕跡を合わせて作成されました。有名ソフトとあって、レビューもたくさん書かれています。

Kasane

 縮尺が5段階切り替えられ、地図をすべてスクロールで移動できます。地名などで検索したり、関連した古写真や浮世絵がポップアップします。
 最大の特徴は3つの時代を三角スライダを使って重ね透かして比較ができるところです。透かし具合は無段階です。ブラタモリや街歩き番組をテレビで見ているときは、ノートパソコンでテーブルの上に必ず開いて楽しんでいます。
 自分でメモや画像を貼りつけけられるので、広重「名所江戸百景」や「江戸名所図会」なんかを貼りこむとおもしろいかも、と思いました。

 Windows7でも動作が保障されています。解像度を高くしてもより広い範囲を見られます。XPでたまにフリーズしたのがなくなったような気がします。
 PCソフトとしてほんのわずか瑕疵があります。地名や建物名を選んでジャンプすると、該当範囲が矩形で囲まれるのですが、この線が消えません。いや他の場所にジャンプすれば消えるのですが、そのままESCキーで消せるとかないのです。
 地図全体が長方形でありません。海の一部が範囲外です。地図の範囲外は青地で表現されますが、スクロールして青地がみえると、マウスを離すと地図内に戻ってしまいます。たとえば最小倍率で、台場・海保を見ようとすると、すべてを並べてみることが不可能です。海なのだから何もないデータを入れて矩形にすればいいのに。

 でもデータはしっかりしています。巣鴨のとげぬき地蔵もちゃんと元の位置にあります。文字なども拡大縮小に耐えるベクトル図形に直されているので、きれいです。ブラタモリ特別版でスタジオいっぱいの古地図を作ったとき、このソフトのデータを使ったのかなと思いました。
 惜しいのは、拡大縮小をラジオボタンでなく、スライダで無段階にやってほしかったことです。

 さらに希望としては、昭和戦前を重ねたい。江戸も幕府以前と元禄(吉良屋敷があった頃)などいくつかの時代を重ねて見られると素晴らしいと思います。関東大震災直前もいいなぁ。

 今更レビューを書いたのは、今年新作が出ていることに気づいたのです。その「今昔散歩 重ね地図」の発売はジャーピル社ですが、どちらも制作はAPPです。旧作の江戸は安政3年、新作は万延元年と4年ほどの差、明治は40年で同じです。旧作の現代は平成15年、新作は…ないようです。違った使い方を想定しているみたい。
 新作は、国土地理院の高度データをもっていて、疑似立体表示ができます。追加データのダウンロードや、古地図データの切りだしとGoogle Mapなどでの読み込みなどの機能が謳われています。

 さて、旧作を持っていて、2万円強を出す価値があるか。書籍・CDなら図書館で試せるんですけどねぇ。

 

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2012年8月 1日 (水)

「猪買い」で江戸から出られるか

 今回は番外編です。以前にコメントで金町の関所について教えていただきました。歴史はニワカなのでまさか江戸川あたりで関所とはちっとも知らなかったです。御存じの方にはなんでもないことでしょうが、門外漢には新知識、新知識。

 箱根の関所は有名ですし、うちのほうの中山道は碓井まで関所がありません。昨日調べたら甲州街道は小仏なんですね。日光御成街道は栗橋です。それに比べると金町は江戸の目と鼻の先です。市川にも関所はあったことも知りました。

 ネット上では「江戸近郊農村において、農民が鉄砲などで捕獲した農害獣の猪や鹿を利根川を利用して江戸へ運び…」という文言がはびこっていますが、どうもコピペのように思えます。後半の「利根川を利用して」は原田教授の著作からのような気がしますが、「江戸近郊」が具体的にわかりません。これが本当にすぐそばの村なら「猪買い」にいいわけで、だから調べているのですが、現在松戸方面も候補に考えてます。

 そこで、金町関所について一冊だけ本を読んでみました。加藤貴・編「大江戸 歴史の風景」(山川出版)というものです。五街道のことがかいてあるのですが、関所は金町を取り上げて章をさいています。

 関所を通るときには、関所手形が必要というのは知っていました。しかし、それは女と鉄砲だけで、一般男子はそれと性格の異なる往来手形で通れていたそうです。関所手形は幕府発行、往来手形は菩提寺を中心に名主なども発行した身元証明書です。それを見せるだけで通れました。金町松戸関所に提出した手形が大量に残されていて、名主が自村以外の者に発行したり、旅籠が発行したりも少なくないそうです。
 軍事・治安目的もあったにせよ、流通の要所でもあるのですから、問題がなければそれほど通行は難しくはなかったのではないでしょうか。
 松戸金町、市川の関所のほかに、小名木川を通って江戸を出る行徳船もあり、時代はちがいますが、芭蕉はそれをつかって松戸小金原を通って鹿島に抜けています。これは中川船番所で改められましたが、旅人については「通ります」「通れ」という形式的なものだったようです。中川番所はブラタモリでも取り上げてました。

 松戸方面を候補から除外しなくても済みそうです。

Yamakawa


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