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2012年8月14日 (火)

いじめの構造(講談社)

 珍しく、アマゾンに在庫がなかったので届くのに時間がかかりましたが、到着してからもオリンピックに気を取られ、またここ数日は細かな作業に時間を割かれ、この盆休みまで開かないままでした。

 読み始めてすぐ、いじめとその後の対応の実例に腸をねじられるような思いがしました。自分も現役教師だったときどれくらいのいじめを見逃してきたのだろう。隠れてやることだから見つけづらいことは間違いがないけれど、見逃してしまったらいじめられた子には救いがない。いつか再開した時に「気づいてもらえませんでした」といわれはしないかと考えてしまいました。

 はじめの一年は無我夢中で、学校の”荒れ”に追われました。2年目にクラスの子から手紙をもらっていじめを知りました。いいかえれば手紙がなければ気が付かなかった。すぐに注意してやめさせたつもりですが、果たして本当に止んでいたかは今となってはわかりません。
 そのころはいじめがこんな社会問題になるとは私は思いもよりませんでしたが、数十年たって教員最後の年もその対応に追われていたことは確かです。取組半ばで去りましたが、数年後電車の中でいじめられていた子に再開して感謝されたのは、支えになってくれました。

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