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2012年8月15日 (水)

遺髪の始末

 ここ3週間ほどの文化放送の落語番組を録音してためてありました。それを今日ようやく聞いたのですが、奇妙なやり取りに気づきました。

 8月5日に”志の輔ラジオ 落語でデート”の中で、ゲストが真鍋かおりで、文治(9)の「三年目」を流しました。この番組ではゲストもちゃんと落語を聞いているようで、落語体験2度目の真鍋が、噺の中でひっかかることがあったと言い出しました。最後のサゲが「髪が伸びるのを待っていました」であるわけですが、それを聞いてはじめて昔は「死者の髪をそる」ことがあったんだとわかったというのです。
 だから剃髪のことを当然と思っている人とは、サゲの決まり方が違ってくるわけですね。

 それを聞いた志の輔が、「ゲストにそういう指摘をしてもらえると役に立つ、当然だと思うことを今の人が知らないということに気が付かされる」というのです。そして大いに感激していました。志の輔自身は母親の亡骸の髪をそったそうです。よし、工夫しようという意欲がある感触でした。

 あれ?志の輔だってその後の葬式で剃髪しなくなったことくらい知っているだろうに。落語家はみんな気づいていないんでしょうか?

 圓生の「三年目」を確かめました。女房が安心して死んだところではただ、「泣く泣く野辺の送りを済ませ…」と片付けています。サゲでは「死んだとき坊さんにしたでしょ。」「親戚でひと剃刀ずつ当てて坊さんにした」「坊さんで出たら愛想をつかされるから毛の伸びるまで待ってました」
 志ん生も、死んだらすぐ「百か日が過ぎ…」と剃髪には触れません。この大御所たちには葬式の常識なのでしょう。

 時代が下って、志ん朝は、やはり死んだあとやはり「泣く泣く野辺の送り…」に移行します。最後は「坊さんのまんま出たんでは、あなたに嫌われると思って、毛の伸びるまで待ってました」(落語名人会:1982年)
 ところが、別な一席では女房の死んだ後、「そのころのしきたり通り、ねェ、ちゃあんと頭を丸めましてお棺の中におさめて、泣く泣く野辺の…」とさりげなく振っているではありませんか。(志ん朝初出し:1992年)

 こうやっておけば、昔の葬式を知っている人と同じ土俵に立てます。
 10年の間のどっかで変えたのですね。志の輔が前座の時にもう立川流は協会を抜けていましたから、大学では、”志い朝”を継いで志ん朝のコピーもしていた人も、その後の志ん朝のこの変化は知らなかったのかもしれません。

 それにしても「三年目」の音源はあまりないのですね。小三治の若いころ(落語研究会:1982年)も、ただ「野辺の送り…」でした。その後を知りたいものです。

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コメント

記事を読んで、文中に出て来なかった五代目圓楽師のNHKのCDを聴いて見たところ、「泣く泣く野辺の送りを済まし・・」と剃髪には触れていませんでした。
以前、立川談四楼さんの「三年目」がラジオで流れまして、その時も「剃髪」には触れていませんでした。
本当にこの演目はあまりCD化されていませんね。不思議ですね。
2008年に扇遊師が落語研究会で演じていますね。
最近では、2002年に志ん橋師が演じてるくらいですね。

早速、データーを活用させて戴きました(^^)

投稿: hajime | 2012年8月16日 (木) 11時06分

 この落語は亡くなる前の夫婦のやり取りにヤマがあって、サゲも素晴らしいと思います。祖その割に「落語はろー」の落語研究会リストで早速さがしてもお書きになってられる通りあまり演じられていません。あと検索で見つかったのが歌丸くらいですか。今度気を付けてさがし集めてみようと思いました。

 あと、番組中で真鍋かおりが気になった、「目でおせんべを噛む」のクスグリは志ん生由来かと思ってましたが、圓生もやってますし、もっと前からのものなのでしょうね。三語楼かな?

投稿: snob | 2012年8月16日 (木) 11時22分

歌丸師のも聴いてみましたが、同じでした。
すると、ちゃんと説明してるのは志ん朝師だけですかねえ~?

ほとんどの噺家さんが「泣く泣く野辺の送りを済まし・・」と演じてるのは、
圓生師の型だからだと思います。
志の輔師あたりだときっと違いがあると思うのですが・・・

「目でおせんべを噛む」のくすぐりは三語楼師由来と聞いた事があります。
(あまりあてにはなりませんがw)

寄席などでもかなり回数は聴いてるハズなのですが、剃髪に触れている記憶が無いですね。(単に忘れてるだけかも)

投稿: hajime | 2012年8月16日 (木) 12時49分

>歌丸師のも
 わざわざありがとうございます。

 いや実は、志ん朝のようなさりげない工夫もいいし、圓生型でサゲの時に剃髪に気付くでもこの噺の価値は下がらないとは思っています。ちゃんとそこで理解できるわけですから。事前に「らくだ」でも聞いていれば問題ないですしね。

 それより、ここで大発見をしたような志の輔に、ま、古典の人ではないですが、勉強不足だなと感じたのです。

 ”目でおせんべ”は志ん朝では豆に変わっていたような記憶があります。

投稿: snob | 2012年8月16日 (木) 13時55分

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