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2012年11月30日 (金)

千字寄席(PHP研究所)

 著者は古木優・高田裕史さんで1995年発行。下巻は1996年。Wikiでなんですが、監修の立川志の輔は名前貸しであるように書かれています。上巻には”上”の表記がないのですが、50音順に「青菜」~「鈴ふり」まで207席、下には「水道のゴム屋」~「藁人形」195席が収められています。

 定価はそれぞれ1800円。ただし絶版であるため、アマゾンマーケットプレイスで500円前後から。2000年にはPHP文庫から215席の抜粋版・1200円が出ています。こちらもマーケットプレイスで700円前後です。
Senji
 書名どおり、あらすじが約千字でまとめてあります。独自の記号も多いですが、できるだけ再現してみました。「時そば」の項目をどうぞ。

時そば
【別】時うどん(上方)
【評】粋◎◎艶-熟◎◎◎◎笑◎◎落◎◎◎◎
あらすじ 夜鷹そばとも呼ばれた、屋台の二八そば屋。冬の寒い夜、屋台に飛び込んできた男、「おうッ、何ができる?花巻にしっぽく?しっぽくウしとつこりらいてくんねえ。寒いなァ」「今夜はたいへんお寒うございます」「どうでえ商売は?いけねえか?まあ、アキネエってえぐらいだから、飽きずにやんなきゃいけねえ」と最初から調子がいい。持って食う間中、看板が当たり矢で縁起がいい、あつらえが早い、割りばしを使っていて清潔だ、いい丼を使っている、鰹節をおごっていてダシがいい、そばは細くて腰があって、竹輪は厚く切ってあって……と、歯の浮くような世辞をとうとうと並べ立てる、食い終わると「実は脇でまずいそばを食っちゃった。お前のを口直しにやったんだ。一杯で勘弁しねえ。いくらだい?」「十六文で」「小銭は間違えるといけねえ。手ェ出しねえ。それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、今何刻だい?」「九ツで」「とお、十一、十二……」。すっと行ってしまった。これを見ていたのがぼーッとした男。「あん畜生。よくしゃべりやたったな。はなから終いまで世辞ィ使ってやがら。てやんでえ。値段聞くことねえ。十六文と決まってるんだから」。それにしても、変なところで時刻を聞きやがった。あれじゃあ間違えちまうと、何回も指を折って「七つ、八つ、何刻だい、九つで」とやった挙句「あ、少なく間違えやがった。何刻だい、九つで、ここで一文かすりやがった。うーんうめえことやったな」。自分もやってみたくなって、翌日早い時刻にそば屋を捕まえる。「寒いねえ」「へえ、今夜はだいぶ暖かで」「ああ、そうだ。寒いのはゆんべだ。どうでえ商売は?おかげさまで?逆らうね。的に矢が……当たってねえ。どうでもいいけどそばが遅いねえ。まあ、オレは気が長えからいいや。おっ、感心に割り箸を……割ってあるね。いい丼だ……万遍なく欠けてるよ。鋸に使えらあ。鰹節をおごって……ぶあっ、塩っからい。湯を埋めてくれ。そばは……太いね。ウドンかい、これ。まあ、食いでがあっていいや。ずいぶんグチャグチャしてるね。こなれがよくっていいか。竹輪は厚くって……おめえんとこ、竹輪使ってあるの?使ってます?ありゃ薄いね、これは。丼にひっついて分からなかったよ。月が透けて見えらあ。オレ、もうよすよ。いくらだい?」「十六文で」「小銭は間違えるといけねえ。手を出しねえ。それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、今何刻だい?」「四ツで」「五つ六つ七つ八つ……」。(ちくま三木助、桂三木助▼三
●原→享保11年(1726)刊の笑話本「軽口初笑」中の「他人は喰より」、安永2年(1773)刊「坐笑産」中の「あま酒」、同年刊「芳野山」中の「夜鷹蕎麦」、同4年(1775)刊「富久喜多留」中の「甘酒」など、類話の小咄は多い。落語としては上方種だが、明治期に柳家小さん▼三が東京に移植。
●キ→①夜鷹そば=夜鷹(本所吉田町や柳原土手を縄張りとした最下級の街娼。一回二十四文)がよく食べたことから。種物が充実して盛んになったのは文化年間(1804-1817)。幕末に二十文、さらに二十四文に値上げされた。②何刻=冬の夜九ツはおよそ子の刻、午前0時~2時。四ツは午後10時~午前0時。江戸時代の時刻は、明六つから、およそ二時間ごとに、六五四九八七と繰り返していく。
●演→小さん▼三以来、代々小さん系の噺。三木助▼三は、小さん▼三の高弟・三笑亭可楽▼七に直伝されたものを、「月がみえらァ」など、独自の情緒的表現とくすぐりを加えて十八番とした。三木助の師匠・春風亭柳橋▼一を始め、そばの数え方を「ひいふうみい」と演る演者が多かったのを、時刻との整合から「一つ、二つ」と変えたのも三木助。現役では柳家小三治ほか、多くの演者が手掛ける、落語の代表的な噺。
●余→三木助はマクラに「ひょっとこそば」の小咄を付けている。客が食べてみるとえらく熱いので、思わずフーフー吹く。その顔がヒョットコという訳。

 著者の二人が、同じcocologでWEB版「千字寄席」を開設しています。423席の解説が読め、わたしもよく見に行っています。更新頻度は高くないですが、圓菊さんの追悼の記事には、圓菊好きでない私も感銘を受ける名文でした。なんどか主張するように、訂正・追加が自由なWEBが、事典的なデータベースにはふさわしいでので、とてもありがたいです。(数日間アクセスできずに何かあったかと焦りました)
 上の「そばの数え方」は明らかなミスですが、WEBではちゃんと「そばの代金の数え方」と直ってます。

 それにしても、三木助「時そば」がここでも先の本でも例示されますが、速記本からでした。それが今、小学館「三木助全集」で実際に音が聞けるようになったのは、時代の恩恵です。

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コメント

これは私も持っています。
志の輔師は名前貸しですか、どうりで納得する所があります。(^^)

噺家さんの代数を調べる時は橘左近師の「東都噺家系図」を参考にしています。
必要なときは図書館等で色々借りて調べるのですが、このところの病でままなりませんでした。
やっと回復傾向のなりました(^^)

投稿: hajime | 2012年11月30日 (金) 16時40分

噺家の人物事典も数種類ありますね。一人で抱えるのは大変ですから図書館、大助かりです。

>回復
我が家でも息子が嘔吐に苦しんでましたが、流行のノロではないようで、1日でケロッとしてました。

くれぐれもお大事に

投稿: snob | 2012年11月30日 (金) 17時17分

 藪さん的優柔不断落語論で云うと・・・落語ってのは訳の判らないスライムのようなモノが初代 可楽以来、二百年以上に渡って庶民の娯楽として支持されてきたんだと思います。

 いろんなものを調べればそれは確かに落語に繋がるのかも知れませんが・・・でも、庶民にはそう云う事は無関係のはずです。私の藪的落語論ってのは志ん生の感性を大事にしています。志ん生くらい苦労した噺家はいないはずです。その苦労した噺家の眼を通して語る落語論こそ私は一流の落語論だと思うんです。

 もちろん私は談志の落語論を評価しています。でも彼の落語は評価できないってのが難しいんです(^ω^)

投稿: 藪井竹庵 | 2012年12月 1日 (土) 11時17分

>談志

 談志はあまり身近じゃなく、Cavanさんの出していただく放送音源でしか知らないですが、その中の落語論は的確だと思います。

 実はこの類の本の楽しみは、落語論や調べものより、知らない噺に触れることがあります。たまたま「時そば」を選びましたが、近くに載ってる「殿集め」というのが初見でしたが、工夫次第でとても面白くなりそうだと思いました。誰かやってますかね?

投稿: snob | 2012年12月 1日 (土) 18時52分

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