« 初台から新宿 | トップページ | 実体験とことば »

2012年11月 9日 (金)

Wikipedia

 Wikipediaは資料としてとても重宝します。授業のネタを結構拾います。でもその場で済んでしまうような題材はいいのですが、間違いもあるので重要なことの断定は避けます。

 続けて数度、他の方のブログに、落語に真摯に向き合っているのがわかるので、指摘をさせていただいたことがあります。冷静に受け入れていただきていねいなコメントも頂戴し、対応は済ましておいでです。

 その後、他にあちこちでWikiそのものを写した情報を見かけますので、検索したときにこのページもかかるように、あえて検証記事にとりあげます。この記事は後半の、「図書館で調べました」がメインです。
  のちに書き換わってしまう可能性があるので、該当部分をWikiからそのまま引用すると


そば清(そばせい)は古典落語の演目の一つ。元々は上方落語の『蛇含草』という演目で、3代目桂三木助が東京に移植した。主な演者に4代目三遊亭圓生、2代目桂小金治、林家木久扇などがいる


 餅を食う「蛇含草」をそばに直したのが三木助と書いてありますが、この文章内に矛盾があって、4代目圓生は1846年(弘化8年)8月 - 1904年(明治37年)の人なので(Wikiより)、1902年生まれの三木助(Wikiより)の移植した噺の演者にはなりえません。三木助が「蛇含草」を東京に持ってきて演じ、餅を食うしぐさでウケたようなのでそのへんが混同されたのでしょう。

 また圓朝全集に「そばの羽織」が掲載されているという情報もあります。実際に圓朝全集を確認しようと、おいてある図書館を調べると貴重本として禁帯出としてあるところがかなりあります。そのあたりは項を改めるとして、情報が正しいかどうかは、タイトルを確認できればよいので、電話で問い合わせてみました。図書館にはリファレンスサービスがあって、簡単なことなら代わりに調べてもらえます。
 角川版の第7巻に「羽織の蕎麦」が掲載され、作品解題に3行ほどの解説があるので読んでもらいました。「蕎麦を餅に代えて『蛇含草』ともいう。圓朝の父円太郎が上方より移したともされる」 そこまでが正しいかどうかはともかく、江戸時代から東京にあったのは間違いなさそうです。

 Wikiの、例えば鉄道関係の記事は事細かにこだわるマニアが常に修正していそうな印象を受けます。それにくらべれば落語の記事は雑のようですね。マ、調査のきっかけとして使うのがよろしいということでしょう。

|

« 初台から新宿 | トップページ | 実体験とことば »

コメント

興津要氏の「古典落語(大尾)」からそば清の解説を引用します。

別名を「そばの羽織」「羽織のそば」ともいい、古い江戸落語で、原話は、民間説話の大蛇伝説の一種であり、それに中国説話の薬草のはなしがくわえられたという。これと同種の落語が、上方の「蛇含草」で、このほうは、餅を食べる設定になっている。この餅を食べるストーリーの原話は、寛文十二年(一六七二)刊の笑話本『一休関東咄』所収の「大しょくばなしの事」で、演出上も、餅を食べるしぐさがたいへん派手であることは、「そば清」の比ではない。
(引用ここまで)

サゲは同様であるものの、原話が別にある全く別のネタだとして良いということでしょうか。
東大落語会の「増補落語事典」によると明治期の雑誌『百花園』にも「そば清」もしくは「そばの羽織」の速記があるようです。

Wikipediaの落語記事はサイト『千字寄席』(http://senjiyose.cocolog-nifty.com/)からのコピペが発覚して問題になったことも有ったような。
Wikipediaよりも『千字寄席』さんの記事のほうがよっぽど信頼がおける印象です。

こんなとき『圓朝全集』が青空文庫で読めると有りがたいのですけどね。
青空文庫でもテキスト化が検討されたが『圓朝全集』の著作権はまだ切れていないと判断されたようです。
http://www.aozora.gr.jp/houkokusyo/enchou.html

投稿: nam | 2012年11月10日 (土) 08時35分

講談社の「古典落語」は全部持っているのですが、押し入れのどこかに隠れているので図書館に質問した次第です。

>別のネタ

明治期の小さんのように、移植した、とはっきりわかっているもの以前は、同じネタが移ったのか別々に似た話が発生したかは、口伝の演芸であるため、確証はないのだと思います。

圓朝全集の青空文庫化は途中まで進んでますよね。

>著作権法に照らしても、また道義の観点からしても、
>『圓朝全集』を底本に電子化した作品の公開をためら
>う理由はない。

というのが結論であると思います。

投稿: snob | 2012年11月10日 (土) 15時15分

>口伝の演芸であるため、確証はないのだと思います。

結論としてはそうなりますかね。


>圓朝全集の青空文庫化は途中まで進んでますよね。

ありゃりゃ。なんという読み違い。
青空文庫でも念のために検索したはずが、ミスっていたようです。
おっちょこちょいにもほどが有る。
たまにやらかすんですよね。お恥ずかしい。

投稿: nam | 2012年11月10日 (土) 15時53分

青空文庫って素晴らしい取り組みですね。アメリカで日本の著作も勝手に電子化する話が起きた時、著作権者がいるのにと感じました。いちいち確認してすすめるほうがスジでしょう。

落語の著作権保護期間の終わった音源も、"青空化"してくれないものかといつも思います。

投稿: snob | 2012年11月10日 (土) 18時05分

著作権保護期間は著作者の死後50年間ですから、三代目柳好(1956年死去)や八代目柳枝(1959年死去)、三代目三木助(1961年死去)の速記や音源は自由に公開していいことになるはずです。また2015年には三代目金馬、八代目可楽など大所の著作権が一斉に切れます。著作権が切れたらもちろん誰でも音源をネットで公開してもいいわけです。私もちょっと考えたことがありますが、サーバー代が馬鹿にならないので、結局見送りましたが。

投稿: mirach | 2012年11月10日 (土) 22時54分

>50年

 その直前に駆け込みでよいので、埋もれている音源がどっと出てくれることを期待しています。「三木助全集」のように。

 特に、その後の志ん生。残る「一目上がり」をまず聞きたいです。志ん生全集からみると他にも秘められているものがまだあるはず。

投稿: snob | 2012年11月10日 (土) 23時16分

 三代目の三木助が上方の餅噺の「蛇含草(じゃがんそう)」を東京に移植して「そば清」にしたなんて話はどう考えたって辻褄が合いませんねよ。

 「道光庵 草をなめたい 顔ばかり」って古川柳が1765年に浅草の蕎麦屋の道光庵にある訳ですから、「蛇含草」はむしろ江戸噺を上方に持ち込んだものと推測できます。

 著作権に関しては、私独自の考え方があります。もちろん著作者の金銭的利益は法律によって守られるべきなのは当然です。米国の映画会社などは75年説を主張していますが、金銭的利益が発生するものに関しては、その権利を主張できるものがあるのならば、期限を区切らすに無制限でもいいと思います。

 私は、厳密に著作権法を適用するならば図書館と云うスタイルは存在出来ないと云う立場から、金銭的利益を伴わない研究目的使用や学術的な資料、および・・・そもそも各大学のデータベースの自由な利用を目的として作られたインターネットのシステムに於いては、そもそも著作権云々が入り込むべきではないと思っていて、インターネットを通じて利益を得ている連中は、そもそもそのシステムの著作権違反だと思います。

投稿: 藪井竹庵 | 2012年11月12日 (月) 20時04分

図書館がなくなったら困りますぅ。実際有料化の話もありますし頑張ってもらいたいものです。
日本には最終的に、国民の頭脳しかないのですし。

投稿: snob | 2012年11月12日 (月) 23時04分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: Wikipedia:

« 初台から新宿 | トップページ | 実体験とことば »