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2012年12月19日 (水)

ガイド落語名作100選(弘文出版)

 京須偕充さんの1999年の著作。同年には「ガイド名作100選プラス」を発行しているのですが、あとがきからは初めから2冊発行は確定していなかったことがうかがえます。無印にはA級を集めた、といっても「プラス」がB級というわけではないといった選定の打ち明け話があります。無印のほうが、”一般的な”噺であるといえるでしょう。
 100演目ずつ50音順に並んでいるのですが、どちらも”あ”から始まっているので、確認したい噺がどちらの本に収めてあるか、迷います。そこで、「プラス」の巻末には無印の演目リストがついています。無印にはそれがないので、できをみて発行を決意したのでは?各2100円。
Guide100

 特徴というと「誰の口演がおすすめか」が記述されているところで、さすがレコード制作に携わる京須さんらしいです。では「時そば」で確認してください。

70…ときそば
時そば
【プロット】
 江戸の夜更け、担ぎ荷で街々を歩く夜鷹そば屋の売り声も凍てついている。
 口の達者な客がやって来た。寒さをかこち不景気をねぎらい、自分の縁起にはまる屋号を喜び、そばの出来上がりの早さをほめ、清潔な割箸といい丼に感服、ツユの香り、熱さ、ダシを讃え、そばの細さと腰の強さに脱帽、本物で分厚い竹輪に感激、と息もつかせずトントン拍子にほめちぎった。どっちが客だかわからない。
 さて銭勘定。そばの相場は十六文、一文ずつ手から手へ。これまたトントン拍子。
「ヒイ、フウ、ミイ、ヨオ、イツ、ムウ、ナナ、ヤア、そば屋さん何刻だい」
「九ツ」
「十、十一、十二、十三、十四……」
 調子に攪乱されて一文飛ばされたことを、おそらくそば屋は気がつくまい。物陰で事態をぼんやり眺めていた男も、何度か指を折った末の理解だった。そんな奴だから解明の喜びは莫大だ。よし、おれもやってみよう。翌日、張り切りすぎて時刻早めに行動開始。
 夕べと違って暖かい夜、繁盛を喜ぶそば屋、変な屋号。初めから何もかもチグハグだ。調子がトントンと運ばない。
 出来上がりの遅いこと、使い古しの割れ箸にガラクタな丼、ぬるくて口が曲がるほど辛いツユ、うどんと見紛う太さ、そしてベトベトのそば、ようやく竹輪らしきものを探し当てれば超薄切りの竹輪麩。トントン拍子どころか、仕込みのセリフが全部裏目になっちまう。
 もうイヤ。ああ、まずい。食べたくない。かくなる上は、どうしても勘定でモトを取らずにおくものか。ここだけはトントン拍子、
「……イツ、ムウ、ナナ、ヤア、何刻だい」
「四ツで」
「イツ、ムウ、ナナ、ヤア……」
【コメント】
 理屈を言えば、ヒイ、フウより一つ二つのほうが、数と時刻の唱えが一致して錯覚を誘いやすいということにはなる。実際、定評があった三代目桂三木助(一九〇二~六一)の口演はそれを実践していた。
 だが、この種の錯覚はあくまでもトントン拍子の所産ではありたい。そのほうが、噺が生きたものになる。ヒイフウは江戸庶民にふさわしい唱え方だし、一つ二つより圧倒的にリズミカルで軽快なテンポが生まれる。
 『時そば』には理詰めの構成はいらない。人物描写も情景描写も重要ではない。調子の良いリズムと程よく流れるテンポがなければ、つまらない噺になってしまう。
 ヒイフウ式唱え方でも、ナナ、ヤアの次はココ、トオだから、九でのすり替えは不自然ではない。ただし三木助の話術はとてもイキがいいものだったから、この人に限っては、一つ二つでも、差し障りはなかった。
 九刻は二十四時、四刻は二十二時。猿真似男がいかに早過ぎたことか。江戸時代の生活時間の実態、話芸のための語呂の良さなどを考え合わせると、よく出来た噺である。
 名人・三代目柳家小さん(一八五七~一九三〇)が上方噺『時うどん』を江戸風に直したのだという。初歩的なネタのように思う向きもあるが、パターンのコピーが裏目に出るおもしろさが身上なので、パターンそのものをかっちりとインプットする腕前がなくてはつとまらない。その点では至難の噺だ。
 六代目春風亭柳橋(一八九九~一九七九)がおもしろかったが、内輪にやりながらそれ以上の存在感を示す柳家小さんの口演が、まずは図抜けて逸品だろう。
 不景気を慰めるパターンをそば屋に先取りされ、「商売は飽きない(商い)と申しますから」と言われて拍子抜けする表現は、往年では柳橋、今は柳家小三治がたまらなくおもしろい。
 まずさに堪えかねて食べ残すところは、柳橋、三木助、小さん各人各様の個性でおもしろいが、「ヤンなんちゃった」と悲鳴もどきの音をあげる小三治の滑稽は出色のものだ。

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