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2012年12月

2012年12月30日 (日)

江戸の暮れ

 久しぶりに「タイムスクープハンター」をやりました。杏は歴女ぶりを「鶴瓶の家族に乾杯」で伊豆韮山にロケをしたときも発揮していたので、彼女がドラマ部分に出てきたのは本望だったのではないでしょうか。以前もスペシャルか何かででましたっけ?

 ストーリー本筋はともかくとして、時代劇や歴史ドキュメントでもでてこない、江戸の暮れの様子を再現していたのが、私にとっては興味深い点でした。獅子舞・餅つき・門づけ・暦売り・掛取りと映像で再現されるのはめったにありません。
 そういったものに焦点を当てる番組ですから、大奥にタイムスリップ、長持ちに入ったり女装して江戸城七つ口を突破など展開にはさすがにオイオイと思いましたが、生暖かく…。

 再放送も大晦日にあるはずです。

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2012年12月29日 (土)

吉原花魁日記(朝日文庫)

 江戸について調べていると、どうしても避けられないのは吉原です。

 落語のマクラでは、なぜああいういい所がなくなったという言葉が発せられることがあります。もちろん本気ではないと思うのですが、江戸時代のある時期は文化の発信地であったことは間違いないでしょうし、現在でもなお人々の興味を引き、多くの書籍が発行されています。かつてのNHK「ブラタモリ」やBSTBS「謎解き江戸のススメ」でも避けて通るわけにはいきませんでした。

 ただし、吉原については書籍でもネットでも間違った情報の孫引き、ひ孫引きが多くみられ、引用も気を付けなければなりません。
 で、花魁自身が記録を残したものがないか探していたところ、時代は下りますが、この本と続編の「春駒日記」に行き当たったわけです。
Oirannikki

 著者の光子は明治38年高崎市生まれ、大正13年に貧困から19歳で吉原に売られます。廓は写真見世となっていましたが、それでも江戸の名残が色濃くありました。当時の19歳は世間知らずで、どんな場所か知らずに放り込まれて、数日後に処女を奪われ世への復讐を誓い、日記をしるすようになります。女衒・楼主・客を憎み、常に心は清くありたいと思うのですが、数か月後には「ゆうべは客を十二人とる」と記録する状況になります。

 そして2年後、自由廃業を決意し、脱出、追っ手におびえながら、女流詩人として名をはせた柳原白蓮のもとに身を寄せて自由の身となります。

 のちに出版したこの手記には、当時の出版検閲による伏字が復元されずに残りますが、具体的にどう搾取されたかが克明に描かれます。客の支払いのうち7割5分を楼主がとり、のこりの1割5分は借金の返済にまわされます。手元にくる1割から種々の経費を払うとほとんど残らず、客がつかないと罰金を科せられ、紋日の着物も法外な値段、客が壊したものは花魁が弁償と、借金が膨らむ仕掛けになることがわかります。

 花魁たちは、それなら客をだまして金を巻き上げてやろうという気になります。
 また、苦界の中にも間夫を見出して安息を得ようとします。

 警察も娼妓を守ることはなく、病院であっても患者は搾取をされます。治療代はさらに借金となります。兵士には休むべき日中に安価で売らなくてはなりません。

 この公娼制度はGHQの指導でなくなるまで続きました。

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2012年12月26日 (水)

荒川区にも「東横落語会」が

 古今亭志ん朝の「東横落語会」が、荒川区にも入りました。21枚のCDを12セットに分割しての貸し出しです。一回5点までの貸し出しなので、3回かかります。でも住所を問わない図書館で収蔵してくれるのはありがたいです。
 荒川区の図書館は都電沿いにあることが多いですが、私はいつも日暮里図書館に取り寄せて借りています。JR駅だとあるいは南千住図書館ですか。

 現在、予約人数がゼロです。貸し出し中でもない。今予約ボタンを押せば順番が1番目になります。おそらくここ数日中に収蔵したのではないでしょうか。年末年始に休業になるのが惜しい。
 文京区ではまだ96人待ちなので、こちらに乗り換える需要はありそうです(およそ1年半待ち)。

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2012年12月25日 (火)

ひいふうみい

 いくつも落語事典の類を見て、それぞれの傾向が分かりました。落語事典を開くとき、知っている噺のあらすじを読むのを目的にする人はいないです。初めてみる噺=すたれた噺なのでしょうが、リメイクで面白くなりそうなものもありました。
 私の場合は①知っている噺については、他の情報(成立の経緯や別オチ、演者)②未知の噺のあらすじと情報、が目的です。初心者用であれば、読んで面白いあらすじ、わかりづらい用語の解説も必要になるでしょう。

 ところで、例えば圓生の演る「首提灯」の中にある、「上半身と下半身が分かれて働く」部分は事典で「胴切り」として独立しています。上方ではそれだけで演じられるのかな?
 寄席のルールで、ツく噺はやらないといいます。ネタ帳のタイトルだけでは重なる可能性が排除しきれないからですね。

 「時そば」なら載っていない事典はないだろうと考えて、比べる材料にしましたが、同じあらすじを打ち込むのは飽きますね。事典の特徴がもっともあらわれる噺をそれぞれ選ぶ手もあったと思いました。
 しかし、過半数の事典で三木助流の「いち、に、さん」の高評価が見えました。1968年の筑摩書房「古典落語」(全10巻)でも三木助の速記を採用しています。それだからなのか、あえて「ひい、ふう、みい」でよいのだと主張もありました。
 そこで、CDやネットであたってみると、三木助の師匠の柳橋が「ひい、ふう、みい」で数えているのをはじめとして、下の噺家の「時そば」はみんな「ひい、ふう、みい」なのです。

柳家小さん(5)・柳家小三治・柳家さん喬・柳家喬太郎・柳家小満ん・柳家花緑・古今亭志ん朝・古今亭志ん五・古今亭文菊・滝川鯉昇・三遊亭遊之介・三遊亭遊喜

 実際のところ「一つ、二つ、三つ」は他の系統には広まっていないようです。一昨年の三木助全集CDでようやく実音で聞けるようになりましたが、それだけです。弟子筋の音源も探ってみたいところです。

※鯉昇の「時そば」は”娘の年齢”や”好きな甘味”でやるときは「一つ、二つ」だったりします。

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2012年12月24日 (月)

志らくの落語二四八席辞事典(講談社)

 辞典と事典を兼ねたものなのでこのタイトルだそうです。自分の独断と偏見を書いたもので読んで面白いものを目指したと書いてあります。志らくの落語に関する思いが込められていて、どう演じるべきかという視点が顔を出します。その意見が正しいとは限らないので、突っ込みを入れてほしい、と。2005年発行、1500円。
 なお、こちらは「粗忽長屋」のタイトルで載っていて、「師匠の立川談志は主観長屋と銘打った」と紹介しています。
Siraku248

 この書も、50音順ではなくて、テーマ別(「粗忽者」「与太郎」「ご隠居」など)です。ただし最後に索引が付属するので、タイトルで探すのはこちらでできます。そして簡単な辞典が2ページちょっと、語句の説明をしています。

 では志らくの考えとは。

「昔の名人の物真似をしてもしょうがない。圓生の通りやるなら、圓生の音源を聞くよう勧めるべきだ。新しい落語を作らなくては意味がない。
 そうはいっても名人の通りやりたいという気持ちは必要。名人の形を自分の形にして蘇らせるのが伝統芸能だ。」
 だから「やぶ入り」には白旗を上げています。
「この落語、三代目金馬にしかできない、金馬のための落語。たまに血迷って演るが、金馬のビデオを見せたほうが、と後悔する」

時そば  ときそば   詐欺ではなくゲーム
 一杯十六文の二八そば。勘定を払うときに、「一(ひい)、二(ふう)、三(みい)、四、五、六、七、八、何時で?」。そば屋が「九つで」と答え、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、と一文かすめた男がいた。これを見ていた奴が、真似をして、「一、二、三、市、五、六、七、八、何時で?」。するとそば屋が「四つで」、男は「五、六、七、八……」。
 詐欺というほどのものではない。完全なるゲームだ。真似た男も、お金のためにやってはいない。遊び感覚だ。
 男がそば屋に「四つで」と言われた後、どのような心境で銭を払うか、これが問題だ。自分が損をしたことを知り、情けない顔をして払うか。それともまったく気がつかないで、はずみで払ってしまうか。
 どちらもありだと思う。粋なのは後者、笑いを求めたければ前者。情けない顔で泣きながら払ったほうがわかりやすい。
 高度なのは、ゲーム感覚で払うやり方だ。最初ははずみで、すぐさま損をしたことに気がつき、そしてゲームに負けた悔しさをあらわに、しかし、してやられたという相手をたてる、そんな表情で払う……難しすぎるか。でも、そういった噺なのです。

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2012年12月23日 (日)

古典落語100席(PHP文庫)

 文庫としては1997年発行ですが、元は1992年に単行本だったもの。編集はPHP研究所。立川志の輔・選/監修とありますが、どこまでかかわったかは不明です。ただ、「粗忽長屋」の見出しが「主観長屋」となっているのは立川流の主張を前面に立てたのでしょう。
 時期的に同じ出版社の「千字寄席」に先立っていますが、現行本で購入することができます。520円。
Php100

 同じ立川流の志らくが「落語のあらすじ紹介本はどれもつまらない。落語そのものを聞いたほうがよい。落語家・ファンがあの噺はどんなだったけ?としらべたいときに必要性が生じる」と書いていますが、それには100席ではとても足りなません。この本に収められているのはファン以上ならだれもが知っている噺だからです。とすると落語を何席か聞いて興味を持った初心者向けということになります。そうなっているでしょうか。
 まず、目次をみると50音順に並んでいません。分類別になっていますが、どんな分類かというと「現代SFもびっくりの奇想天外な噺」「情緒たっぷりの廓噺」「ほっとする親子噺」などです。「親子酒」がほっとする内容かどうかはさておき、索引もありません。一席2ページであらすじが主です。ではページを開きます。

喉が鳴り、笑いが吹き出す江戸の味
時そば
◎―鐘の音と聞いて除夜を連想するようじゃ、落語常識を疑われる。この噺を思い出さなきゃ。
「そばぁうぃぃ」天秤棒をかついて歩くそば屋を、いかにも江戸っ子の職人が呼び止めた。
「しっぽく一つこしらえてくんねえ。寒いねえ」
「今晩は大変お寒うございます」
おめぇんとこの看板は変わってるな。こりゃ的に矢が当たってて、あたり屋。いい看板だなあ」
 看板をほめているうちに、そばができる。
「おっ、はええじゃねえか。気がきいているね。江戸っ子は気が短えからね」
 割箸をほめ、丼をほめ、汁を一口飲んでまたほめる。
「鰹節をおごったね」
 そばをつまんでさらにほめる。「いいそばだね。腰が強くって、ポキポキしてやがら。チクワも厚く切ったね。なかなかこう厚くは切らねえもんだ。うすいといたいたしいやね」。
 やがて勘定。そば屋が十六文だと言うと、職人は小銭を取りだし一枚ずつ数えながらそば屋の手へ「一つ、二つ」。八つまできて突然、大きな声で「何刻だい」。そば屋が「へえ、九つで」「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と銭を渡していってしまった。
 この様子を陰からこっそり見ていたのが、ちょっとボーッとした野郎。
「あん畜生、よくしゃべりやがったなあ。はなからしまいまでよくしゃべるから、食い逃げかと思ったら、銭を払ってやがる」
 様子を思い出しているうちに、職人が一文ごまかしたことに気がつき、翌晩、小銭を用意し、まねしようとそばを食いに出かけた。
「しっぽくこしらえてくんねえ。寒いねえ」
「へえ、今晩はお暖かいようですな」
「お前んとこの看板は変わってるね。こりゃ的に矢が……当たってねえや。ずいぶんあっさりしてやんな。丸が書いてある。丸屋あ、ああそう」
 と、なんだかうまくいかない。
 そばのできは遅いし、丼はひびだらけ。「こりゃノコギリにも使えていい」などと無理にほめ、そばをつまんで「そばは細いほう……ん、これうどんなの。ああ、そば、そばも太いほうがいいや食いでがあって。チクワは……、お前んとこはチクワ入れないの。え、入ってます。あった、あったよ、丼へピッタリくっついて。こりゃ薄いや、向こうがすけて見えらあ。もっとも厚くたってまがいにフを使っている店もある。お前んとこは本物、あー、本物のフだ」
 とにかく勘定をということになり、そわそわと小銭を取りだす。
「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ。何刻だい」
「へえ、四つで」
「五つ、六つ、七つ」
解説 これほど先が読めていても楽しめる落語はない。逆に言えば、予想通りになる瞬間の言葉と間と縁起を楽しんでもらいたい。もちろんそばの音も。

 確かに裏表紙の惹句に、「古典落語入門の決定版」と書いてありました。それでも、次の「居酒屋」の解説に「先代の七代目金馬」なんて表現にあたるとげんなりです。

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2012年12月22日 (土)

古典落語(講談社文庫)

 興津要さんの「古典落語」は、子供のころ、講談社文庫から次々に出版されるのが楽しみでした(1972~1974年)。上・下2巻だったのが、続・続々・続々々・大尾と増えていきました。本当は本棚に収まっているはずで、6冊分の空きがあります。隣には同じ編者の「江戸小咄」が残されています。でも繰り返し読んだ後どこか別にしまいこんで見つからないんです。
Kodansyabunko

 今では絶版ですが、電子図書で手に入ります(630円)。そういってもあるものをダブって買う気にはならないので、講談社学術文庫から上・下2冊から抜粋されたもの(1250円)を図書館で借りてみました。
 それぞれの噺の後の興津さんの短い解説も楽しみでした。ちょっと「時そば」で確かめましょう。当然あらすじではなくて速記がまるまる載っています。

 時そば
 むかしは、二八そばというものがありまして、十六文であきないをしておりました。
 なぜ二八そばといったかというと…(略)…

「じゃあいいかい……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、いまなんどきだい?」
「へえ、四刻で」
「いつつ、むっつ、ななつ、やっつ……」

【解説】
 原話は、享保十一年(一七二六)刊の笑話本『軽口初笑』にあるが、落語それ自体は、明治時代に、三代目柳家小さんが、大阪落語「時うどん」を東京に移入したものという。
 噺としては、与太郎型のぬけた男が、人まねをして失敗しするというよくある型だが、前半の職人体の男の軽快な口調と、後半の与太郎型の男の間のびした調子とが対照的で、たまらなくおかしい。
 「いまなんどきだい?」などと、日常会話につかわれるくらい有名な落語。

 全部で197編の落語が収められていたようですが、元の6冊を揃えている図書館もあまり見当たりません。学術文庫でも後にもう一冊続きましたが…。そのうち見つけましょう。

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2012年12月21日 (金)

TV雑誌

 ふだんまったくしないのですが、おまけ塾も正月は休みになることだし、年末年始の番組表を買いました。
 映画だスポーツだジャニーズだと巻頭にはいろいろなジャンルの特番が紹介されます。でも「落語」ってやっぱりないんですね。

 そんな中、2日にはTV東京、3日にNHKが恒例の寄席中継を入れてます。あとはBSになってしまいますね。(CSまで広げればTBSが24時間落語をやってくれるのですが、その1日のために加入するのも憚られます)
 BSTBSが元旦に「柳家小三治一門会」を2時間やり、大晦日にBSジャパンが「年忘れ落語スペシャル」として「談志の芝浜」で2時間、つづけて「今どき落語 円楽・昇太・志の輔・一之輔 夢の競演」でやはり2時間と大盤振る舞いです。
 前回みたいに日本の話芸で小さんの映像が出たりはないようです。

 来年はどんな年になるのでしょうか。

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2012年12月19日 (水)

ガイド落語名作100選(弘文出版)

 京須偕充さんの1999年の著作。同年には「ガイド名作100選プラス」を発行しているのですが、あとがきからは初めから2冊発行は確定していなかったことがうかがえます。無印にはA級を集めた、といっても「プラス」がB級というわけではないといった選定の打ち明け話があります。無印のほうが、”一般的な”噺であるといえるでしょう。
 100演目ずつ50音順に並んでいるのですが、どちらも”あ”から始まっているので、確認したい噺がどちらの本に収めてあるか、迷います。そこで、「プラス」の巻末には無印の演目リストがついています。無印にはそれがないので、できをみて発行を決意したのでは?各2100円。
Guide100

 特徴というと「誰の口演がおすすめか」が記述されているところで、さすがレコード制作に携わる京須さんらしいです。では「時そば」で確認してください。

70…ときそば
時そば
【プロット】
 江戸の夜更け、担ぎ荷で街々を歩く夜鷹そば屋の売り声も凍てついている。
 口の達者な客がやって来た。寒さをかこち不景気をねぎらい、自分の縁起にはまる屋号を喜び、そばの出来上がりの早さをほめ、清潔な割箸といい丼に感服、ツユの香り、熱さ、ダシを讃え、そばの細さと腰の強さに脱帽、本物で分厚い竹輪に感激、と息もつかせずトントン拍子にほめちぎった。どっちが客だかわからない。
 さて銭勘定。そばの相場は十六文、一文ずつ手から手へ。これまたトントン拍子。
「ヒイ、フウ、ミイ、ヨオ、イツ、ムウ、ナナ、ヤア、そば屋さん何刻だい」
「九ツ」
「十、十一、十二、十三、十四……」
 調子に攪乱されて一文飛ばされたことを、おそらくそば屋は気がつくまい。物陰で事態をぼんやり眺めていた男も、何度か指を折った末の理解だった。そんな奴だから解明の喜びは莫大だ。よし、おれもやってみよう。翌日、張り切りすぎて時刻早めに行動開始。
 夕べと違って暖かい夜、繁盛を喜ぶそば屋、変な屋号。初めから何もかもチグハグだ。調子がトントンと運ばない。
 出来上がりの遅いこと、使い古しの割れ箸にガラクタな丼、ぬるくて口が曲がるほど辛いツユ、うどんと見紛う太さ、そしてベトベトのそば、ようやく竹輪らしきものを探し当てれば超薄切りの竹輪麩。トントン拍子どころか、仕込みのセリフが全部裏目になっちまう。
 もうイヤ。ああ、まずい。食べたくない。かくなる上は、どうしても勘定でモトを取らずにおくものか。ここだけはトントン拍子、
「……イツ、ムウ、ナナ、ヤア、何刻だい」
「四ツで」
「イツ、ムウ、ナナ、ヤア……」
【コメント】
 理屈を言えば、ヒイ、フウより一つ二つのほうが、数と時刻の唱えが一致して錯覚を誘いやすいということにはなる。実際、定評があった三代目桂三木助(一九〇二~六一)の口演はそれを実践していた。
 だが、この種の錯覚はあくまでもトントン拍子の所産ではありたい。そのほうが、噺が生きたものになる。ヒイフウは江戸庶民にふさわしい唱え方だし、一つ二つより圧倒的にリズミカルで軽快なテンポが生まれる。
 『時そば』には理詰めの構成はいらない。人物描写も情景描写も重要ではない。調子の良いリズムと程よく流れるテンポがなければ、つまらない噺になってしまう。
 ヒイフウ式唱え方でも、ナナ、ヤアの次はココ、トオだから、九でのすり替えは不自然ではない。ただし三木助の話術はとてもイキがいいものだったから、この人に限っては、一つ二つでも、差し障りはなかった。
 九刻は二十四時、四刻は二十二時。猿真似男がいかに早過ぎたことか。江戸時代の生活時間の実態、話芸のための語呂の良さなどを考え合わせると、よく出来た噺である。
 名人・三代目柳家小さん(一八五七~一九三〇)が上方噺『時うどん』を江戸風に直したのだという。初歩的なネタのように思う向きもあるが、パターンのコピーが裏目に出るおもしろさが身上なので、パターンそのものをかっちりとインプットする腕前がなくてはつとまらない。その点では至難の噺だ。
 六代目春風亭柳橋(一八九九~一九七九)がおもしろかったが、内輪にやりながらそれ以上の存在感を示す柳家小さんの口演が、まずは図抜けて逸品だろう。
 不景気を慰めるパターンをそば屋に先取りされ、「商売は飽きない(商い)と申しますから」と言われて拍子抜けする表現は、往年では柳橋、今は柳家小三治がたまらなくおもしろい。
 まずさに堪えかねて食べ残すところは、柳橋、三木助、小さん各人各様の個性でおもしろいが、「ヤンなんちゃった」と悲鳴もどきの音をあげる小三治の滑稽は出色のものだ。

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2012年12月18日 (火)

北区にも「大須演芸場」が

 志ん朝の「大須演芸場」(河出書房)が、北区にも入ったようです。予想外でした。「文化放送」や「東横」も購入しなかったし、練馬区が先に入れると思ってました。

 現在貸し出し中で予約者が3人なのですが、ヒットしたのは、付属解説書なんです。豊島区の文楽全集や流山市の小さん全集でもそうでしたが、解説書を図書として登録する事例はままあります。

 で、AVのほうを検索してもヒットしません。解説書の注釈には、「本資料はCDブック『古今亭志ん朝 大須演芸場』の付属解説書として刊行された。北区立図書館では、CD資料について全32巻を16セットのCD資料として整理し、本資料は独立した「図書」として整理した」と書いてあるので、まさに今CDが登録されつつあるのだと思います。こんなダイナミックな瞬間に出会うのも珍しいです。推移を見ていこうと思います。
 32巻のCDとあるので、特典盤は付属するようで、良かったです。

 区内在住・在勤でないと、インターネットでの予約はできませんが、区外者でも館内のOPACからならできます。うまく登録とタイミングを合わせれば、10セットまで早いうちに借りられます。文京区のほうはまだ130人超待ちですから。

続報(12/23)
 CDが登録されました。検索した一覧からそれぞれのセットにジャンプすると、現在予約は3人です。WEBでOPACが利用できる人は狙い目ですね。
 全部借りるのに2回必要ですから、あとになるほど予約した10セットの中で貸出日がずれてくると思います。何セットかたまるまで待つ人・土日まで行けない人とかいたりして、全部を借り終えるにはかなりの期間を要するはずです。

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2012年12月15日 (土)

落語大百科(冬青社)

 2000年発行です。691演目を収録。うんちくの量が半端ない川戸貞吉さんが事典を作ると、ハードカバー5冊になってしまいます。まえがきを読むと「…それを見届けに天国から来たのが立川流家元立川談志なのであり…」が目に飛び込んできてびっくりしました。よくみると談志本人のしゃれのめした献辞なのでした。
 子供のころの百科事典も、順に刊行されて配本が完了するにはかなりの期間がかかりました。これも半年に一度の刊行で、完結まで2年かかっています。おかげで読者から途中で情報が入って、ないと思われていた、圓生「権兵衛狸」・正蔵「おかふい」のエアチェック音源を譲ってもらった話などが挿入されます。放送局がマスターを残していて日の目を見れば素晴らしいのですが。
Hyakka

 これを本棚にそろえるとどの巻に何が入っているのか困ります。本の百科事典であれば50音が示されているところですが。ちなみに、1巻「あ~か」2巻「き~しょうぎ」3巻「しょうぐ~なかやのさ」4巻「なかやのは~ほ」5巻「ほ~わ」です。

 そのうんちくを楽しむ本ですね。では「時そば」で味わってください。

【時そば】
 俗にいう二八そば、一杯十六文のそばを売る歩く夜鷹そばを呼びとめて、そばを注文した男がお世辞タラタラ。「俺はこれから手なぐさみに行くんだが、お前ンとこの屋号が的に矢が当たってて、“当たり屋”とは縁起がいい」にはじまり、「注文してすぐに出来てくるのは江戸ッ子にとってありがてえ」「割箸を使ってるとこァ綺麗でいい。綺麗といえば器も綺麗だ」「鰹節をおごってるから実にいいダシで美味い」「細くて腰が強くていいそばだ」「ほかのそば屋は竹輪麩をつかってるが、お前ンとこのは本物の竹輪だ」と褒めること褒めること。食べ終わって勘定となると、「銭は細けえんだ、手ェ出してくれ。一ィ二ゥ三ィ四ゥ五ッ六ゥ七八ァ」と手渡しながら「何刻だい?」「へえ九ツで」「十、十一、十二、十三、十四、十五、十六」と銭を払っていってしまった。一文誤魔化したわけである。これを脇で見ていたのが、少しばかりボオッとした男。「あまり世辞ばかりいいやがるから食い逃げかと思ったら、銭を払っていきゃァがったからますます勘弁出来ねえ」とブツクサいっていたが、そのうちに刻を訊いて一文かすめていったことに気がつき、えらく感心。「よーし、俺もやってやろう」と翌くる日細かい銭を用意して待ち受けていた。やがて丸屋というそば屋がきたが、昨夜の当たり屋とは大違い。なかなかそばが出来上がらず、箸も使いまわしの丸箸ときた。ヒビだらけの容器に苦いダシ、うどんかと思えるほどの太いそば、入っているのも竹輪ではなく本物の麩と、食べているうちに嫌になるようなそばだった。でもまだ感情を誤魔化す楽しみがあると「銭は細ッけえんだ、手ェ出しねん。一ィ二ゥ三ィ四ゥ五ッ六ゥ七八ァ、何刻だい?」「へえ四ツで」「五ッ六ゥ七八ァ……」

 私がこの噺をはじめて聞いたのは、まだ小学校四年生ぐらいの頃だった。演者は六代目春風亭柳橋。戦後の混乱期に五球スーパーのラジオから流れてくる『時そば』を聞いて、柳橋の妙な節回し、「あッはッはァ」という笑いとも合いの手ともつかない調子を、一遍で覚えてしまったものだ。
 戦後落語の花が豪華に咲き乱れた頃に大学生になった私は、本格的に落語の世界へ没入しはじめた。当時の好事家が口を揃えて褒めたのは、三代目三木助の『時そば』だった。安藤鶴夫ことアンツル先生を中心にしたグループが特に絶賛したのが、「あッ、月が見えらァ」と竹輪の薄さを表現した三木助の手法であった。
 いまならば「何をいってやァんで」といいきれるが、何せ落語に熱中しはじめた頃である。「ああ、なるほどそういうものなのか」とえらく感心してしまったような、いささかくすぐったい思い出もある。
 現在、そばを食べるくだりを表現も豊かに、細かく、きちんとしたしぐさで演じる第一人者は、五代目の現柳家小さんである。華麗に、粋で、それでいて克明なしぐさ、きちっとした型が賞賛された、あの戦後落語の開花期を彷彿とさせるものがある。
 これに対して五代目古今亭志ん生はどう演ったか。不幸にも私は志ん生の『時そば』を聞けなかった。以下は現三遊亭円楽からの受け売りだが、志ん生は箸として扇子を使わないでそばを食べたという。扇子が目の前に置いてあるのに、それを使わず指で食べたのである。
 美学尊重の当時の好事家が志ん生を認めなかったのは、こうした演り方に対してであろう。これも人から聞いた話だが、のちになってアンツルさんは、さんざん悪くいったことに関し、志ん生の家に謝りにいったという。
 それはさておき、話を『時そば』に戻すことにするが、「師匠、どうして扇子を使わないんですか?」と円楽が訊いたときの志ん生の答えがすごい。
「お前さんねェ、この噺はなァ、そばァ食うとこ見せんじゃァないの。ゼニを誤魔化す噺なんだぜ」
 なんとすごい言葉であろうか。志ん生のすべてが表現されているではないか。志ん生の落語のとらえ方がにじみ出ていると思う。
 むろんこの場合、扇子を使ったほうがいいに決まっている。しかし、それでもなお志ん生に魅かれるのは、落語を見つめる志ん生の目のしたたかさのせいなのだ。
 この噺、大阪では『時うどん』というが、桂文珍が英語落語に翻案した。英語落語といえば亡くなった桂枝雀を思い出すが、文珍のは文字どおり英語ばかり、日本語をひとつも使わないのだ。なのに、はじめて英語を聞く人でもよくわかる。なぜかといえば、文珍の前に上がった者が、『時うどん』をきっちり喋るしかけになっているからである。

◆おすすめ 柳家小さん、古今亭志ん朝、柳家小三治

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2012年12月12日 (水)

落語讀本(文春文庫)

 同じ矢野誠一さんで出ているので、どんなのかなという興味で借りてみました。1989年刊行。表紙に副題で精選三百三席とあります。マーケットプレイスでは41円から1800円までまちまちです。ところで同じ矢野さんの「志ん生のいる風景」など文春文庫2点がKindle用の電子書籍で再刊されていますから、あるいはそういった形で再び世に出るかもしれません。

 それというのも、303編が50音順に並んでいないのです。季節で五つに分類されています(春夏秋冬と新年)。50音順でなくても、目次でページを調べてめくる手間は並んでいる場合と同じです。困るのは目的の噺が入っているかどうかわからないこと。
 ところが、巻末に落語リストがあり、ページも入っているので、ここを目次に使えば50音順と変わりありません。こういう本は一度は掲載順に全部目を通すでしょうけど、調べるのに使うときは目的のものの場所さえわかればいいのです。このリストは「落語手帖」とちがって演目一覧ではありません。太字は掲載してある題名、通常文字は別題名(「麻のれん」と「按摩の蚊帳」など)
 このへんが、もし電子図書になればワンタッチでジャンプするはずなので使い勝手がよくなるでしょう。
Tokuhon

 体裁が文庫本で、1演目2 or 1ページですから「落語手帖」α文庫よりスペースが小さい計算です。だから、あらすじも短くしてありますし、その他の情報は、各演目で「うんちく」「味わい」「こぼれ話」「噺の成立」「能書き」「雑学」などから選択・組み合わせて記述しています。

 「時そば」で確認すると、寄席文字の題名がめくりの形の枠に入って始まります。

時そばときそば
 時うどん
あらすじ 往来で夜鷹そばをよびとめた男。看板、割箸、丼、だし、蕎麦、ちくわなど、すべてのものをほめちぎり、「いくらだい? 十六文、銭は細かいよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、いま何どきだい?」「九つで……」「とお、十一、十二……」と、うまく一文ごまかした。これを見ていた別の男、俺もやってみようと、翌る晩こまかい銭を用意して少しはやめに別のそば屋をつかまえた。前日の男のように世辞をいおうとするのだが、すべてひどくてほめようがない。勘定を払う段になって、「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、いま何どきだい?」「ヘェ、四つで」「五つ、六つ、七つ……」

味わい 落語をほとんどきいたことのないひとでも、この『時そば』の巧妙なる勘定のごまかし方は知っている。酔っぱらって、のみ屋の親父やタクシーの運転手を相手に、こんな冗談を演じた体験のあるむきも少なくないはずだ。
 それだけに、落語家の側からいうならば、『時そば』は決してやさしいはなしではない。おなじように人口に膾炙している『饅頭怖い』にしてもそうだが、かんじんのサゲばかりでなく、はなしそのもののすべてが、きき手に熟知されてしまっているのである。そんなきき手を納得させるちからといったら、落語家の個性的な語り口、つまりは「藝」ということになるか。
 きき手の立場にしても、先刻承知しているはなしに、くりかえし何度でもふれたいというのは、その落語家の持ち味によって、おなじ『時そば』というはなしに、まったくちがった色彩を発見したいからなのである。
 落語は、誰をきくかが大事なのであって、何のはなしをきくかは二の次だなどとよくいわれるが、この藝の本質を過不足なくいいあらわした言葉だ。その意味でも『時そば』は、典型的な落語なのである。

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2012年12月 9日 (日)

江戸東京博物館・常設展

 江戸博と歴史民俗博の模型をどのように復元したか、その模型の用途に応じた工夫が記録された「復原・江戸の町」 (ちくまプリマーブックス・1998年)を借りたので、それと見比べようと江戸博の常設展示を再見しました。

 十年以上前に訪れたっきりですが、常設展はそうたびたび訪れるものじゃあありません。一部入れ替えはあるといっても、大規模ではないですから。ここ数年、江戸時代関係の知識が増えているので、また違った目で見えるのじゃないかと期待しました。

 両国駅を降りると、忠臣蔵の季節で、ボランティアと廻る忠臣蔵史跡ツアーを毎正時出発で募集(保険料等500円)してました。来週14日にも行われるそうです。14日は義士祭の日です。墨田区立図書館でも恒例の忠臣蔵資料展示もやってます。

 江戸東京博は、展示の大部分が模型です。実物大の長屋などもあります。ただ眺めるだけじゃなく、大名駕籠には乗れるし、千両箱を持ち上げる、火消しの纏を振るなど体験型の展示もあります。でも一番ジオラマが好きです。小さな子も「入ってみた~い。かくれんぼしたら隠れるとこない~」と食いついていたのは、江戸城の大広間と松の廊下でつながる白書院の模型でした。
 ここのジオラマはわりと広範囲なものが多く、備えられた双眼鏡が意外な効果を生みます。ちょっと角度を変えるとピントがずれるのが難ですが、肉眼より3D感がでてくるんです。
Edohakumokei

 博物館ですから資料保護のため暗くしてあります。おかげで持って行った本の内容をその場で確認できなかったのは誤算でした。でも模型には減光はいらないわけで、撮影許可マークがあちこちについているのは、博物館としては珍しい。

 両国橋西詰のジオラマには、見世物小屋・芝居小屋・床店が軒を並べていますが、冒頭の書籍に、「浄瑠璃小屋と寄席がならんでいる」とあったのでそれを探しました。入口にボランティアガイドの受け付けもあったのでそれを頼むのもよいと思いましたが、自力です。ちゃんとジオラマの配置がパネルになっていて、模型の端に見つかりました。正蔵の噺の会が開かれているようです。
Edohakuyose
(手前左が浄瑠璃小屋、右が噺の会

 江戸ゾーンを見終わって、いったん昼食のために外出し、図書館の返却も済ませてから戻って、明治・昭和ゾーンはさっと巡りました。

 常設展示には、一角に大幅な模様替えをする企画展がときどき含まれます。12月11日から「浮世絵の中の忠臣蔵展」と「笑う門には福来る展」が始まります。今日はそれに間に合いませんでしたが、1月2日・3日は常設展示(企画展含む)が無料ということなので、も一度いってもいいなと思いました。
Edokikaku

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2012年12月 7日 (金)

風雲児たち 幕末編21

 ちょっと前に発売になってアマゾンで買いました。唯一能動的に読み続けている「風雲児たち」21巻です。

 落語もそうですが、若いころこのマンガに出会ったのが、それと別に”江戸”に興味を持つようになったきっかけです。ただの文字列だった歴史が、画像になって(マンガだから当たり前ですが)飛び込んできます。
Bakumatu21

 今回は桜田門外の変の朝から始まります。ギャグマンガなので大名行列を見に、武鑑を手にやってくる見物人は、現代のオタクの会話をします。「こうまで寒いとかえってファイトがわくなあ」と雪の早朝に見物にやってきた侍が言います。「さよう夏は炎天下と汗のにおいに耐えてこそ大名オタ」「拙者は晴海の時代から通い詰めておるわ」と。そして足音だけで「御三家、尾張公じゃっ」と飛び出してはケータイで行列の写メを撮ります。
 作者、みなもと太郎さんの作風で、そのあと襲撃と後始末はシリアスに続きます。月刊誌の連載で7回を費やしてもまだ終わらないのですが、間に1コマ、印象に残るシーンが描かれています。

 惨劇が短時間で済んだあと、ようやく気付いたすぐそばの井伊家の家臣たちは、他の大名の行列のために現場を清めなければいけません。夜になって、その何もない、ただどす黒く汚れた雪の地面だけのところに提灯片手に野次馬が集まっている図です。彼らは輪になって現場を覗き込んでいる。後ろには行列見物客あいての屋台があり、奥には大名屋敷が漆黒の背景に浮かび上がる。それがページ全面に描かれている、その現場感覚がたまらなく好きなのです。

 このマンガが明治維新を迎えるにはまだ何年もかかるはずです。ぜひご一読を。

※追加

うっかり書き忘れていました。「風雲児たち」と別に書かれて、のちに外伝として、さらに出版社が変わって本伝に組み込まれた「宝暦治水伝」がJコミでまるまる1冊無料公開されています。ギャグパートが少なめです。
Chisui

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2012年12月 6日 (木)

落語手帖(講談社)

 矢野誠一さんの本、現行のものは「新版・落語手帖」(講談社・2009年)となりますが、古本で以前のものも手に入れることは不可能ではありません。だから最初の版(駸々堂・1988年)、講談社α文庫版(1994年)も図書館で借りてみました。手元に置くなら文庫版という主義なのですが、様子を確認したほうがいいでしょう。一度に見比べることができるのはありがたいことです。

 それというのも、後の版でかなり手を入れているようなのです。「新版」の前書きにその違いが記述してあります。
「新たにといっても、二百七十四篇おさめた駸々堂版から二篇を割愛し、新たに二篇を書き下ろしたこと、その後にあった落語家の襲改名にともなう代数の表示、若干の誤植修正」です。α文庫版の凡例には「二三八作品を選んだ」とあります。
 となるとその入れ替えた二篇は何なのか気になります。α文庫版はそこまで割愛されているなら候補としなくてよいでしょう。
 駸々堂版の「按摩の炬燵」「松田加賀」がぬけ、新版には「松竹梅」「田能久」が加わっています。
 どの版も巻末に「落語の演目」の索引があります。目次と違って、550席を超える題名が並び(別名も含む)、うち本書に記録されているものを太字で表現しています。その部分にも若干の違いがあります。
 α文庫版では判型から2ページ見開きで1席、他の2冊は1ページ1席で組まれていて、見やすいです。
 買うなら「新版」というありきたりの結論になりましたが、割愛された2篇はせっかくなのでコピーしておくことにします。
Techo

 さて、「時そば」は

 時そば ときそば = 時うどん
【梗概】 往来を流している夜鷹蕎麦をよびとめた男。看板がいい、あつらえてすぐできる、割箸を使っている、丼がいい、だしがいい、蕎麦が細くて腰がある、竹輪が厚いと、さんざほめちぎったあげく、「いくらだい? 十六文、銭は細かいよ。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何どきだい?」「九つで……」「とお、十一、十二……」と、うまく一文ごまかしてしまった。これを見ていた、少しばかりぽおっとした男、俺もやってみようと翌る日こまかい銭を用意して、別の蕎麦屋をつかまえた。前日の男のやったとおりにお世辞をいおうとするのだが、割箸も、丼も、だしも、蕎麦も、竹輪もすべてがひどくてほめようがない。勘定を払う段になって、「一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、何どきだい」「四つで」「五つ、六つ、七つ……」。
【成立】 一七二六年(享保11)『軽口初笑』「他人は喰より」、一七七三年(安永2)『坐笑産』「あま酒」、一七八二年(天明2)『富久喜多留』「甘酒」と原話とみられる小咄は少なくない。大阪は『時うどん』
【鑑賞】 死ぬ一と月ほど前に会った時、3桂三木助は、「こないだ”とんち教室”で秋田へ行ってきたんですが、汽車ン中で、みんな鰻弁当だの駅弁なんかをうまそうにやってるんですがね、あたしも食べたいなァと思いましたが我慢して、食堂車へ行ってトーストとポタージュってやつを食べたんですがね」といっていかにも淋し気であった。やがて寝たっきりになって、ほとんど何も喉を通らなくなってからも、蕎麦だけは「食べたい」「食べたい」といっていた。蕎麦が大好物だった。だから―というわけではないが、彼の『時そば』の中にはさむ”味覚談議”は、あたりまえのことを、さらりと喋って、しかも非常に面白い。江國滋
【藝談】 やっているあいだに、ただ喋っているだけで気分が出ないとダメなんです。『時そば』だってそうですよ。寒いところでなくちゃいけねえ。その中の前の男と真似した男とは、人物がやっぱり変わらなければいけない。それがこの頃はかわってないんです。みんな同じやつが来てやったということになる。それではサマにならない。5柳家小さん
【能書】 夜鷹蕎麦を「二八蕎麦」ともいうのは、小麦粉との割合や、十六文の値段から。

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2012年12月 3日 (月)

たばこと塩の博物館2

 対談のちょっと前に集合して、整理番号順に会場に入りました。

 この博物館と柳家小満んさんの出会いは、業者から持ち込まれた煙草入れ40点を購入した後、「文楽」の名を見つけ、鑑定を依頼したときだとのことです。
 のちに、「わが師、桂文楽」(平凡社・1996年)を上梓するときも岩崎主席学芸員が仲介したそうです。この書籍、図書館で読みました。すでに絶版(河出文庫で刊行中)ですが、博物館で買い取りをしたものが30冊ほど残っていて、今回の講演の前に「日々元日」の言葉とサインを入れてもらい、後で販売してました。

 小満んさんが入門前、文楽の会に10日間通い詰め、その時に舞台でちらと見えた煙草入れ。のちに文楽は収集を止め、真打昇進祝いなどに煙草入れをプレゼントし始めました。そのときの煙草入れが猛烈にほしかった。でも順番が回ってくる前に煙草入れはなくなる勘定でした。
 ある日、内弟子の小満んさんが文楽宛の”親展”封筒をおかみさんに差し出したところ、針と糸で封筒の底を開けて、女性からの慰謝料請求だとわかったそうです。その夜帰宅した文楽と悶着があったようで、後日、煙草入れコレクションをまとめて売ってその費用にあてました。余った分で指輪を買わされました。
 そのコレクションが、まわりまわって博物館に持ち込まれたのだそうです。…例の煙草入れが特別展の会場にあるので、「あれはあたしンです」。

 他に日々の生活や癖をあれこれ話したあと、落語研究会最後の高座の話題になりました。すでに体調の良くなかった文楽は、仕事をセーブしていましたが、「大仏餅」ならと受けました。いつも身支度を整えて、一度弟子の前でさらうのですが、前日の東横前にはさらったけれど、研究会の日にはそれをしなかったのは知られた話です。東横の高座のときに、
「失敗したらどうしよう」と不安でいましたが、「勉強をしなおしてまいります」というのはどうか?と弟子にたずね、「いいですね」「それでいきましょう」と平静を取り戻しました。そしてその日を迎えました。
 文楽の前に小満んは「宮戸川」をやりましたが、帰りの車の中では自分のことはいわず、「お前の『宮戸川』はよくなりますよ」といってくれたそうです。文楽も「『宮戸川』をやりたかったが、あたしには『明烏』がありますから」。で、温めていた「宮戸川」のクスグリを教えてくれました。

 最後に質問を許されましたが、質問したのは私だけでした。小さんの話題はたくさん出たので、「文楽からみた志ん生・三木助・圓生」を尋ねました。

 志ん生は、一番仲が良かった。あるとき二人で飲むことになって、文楽は酒を用意し、志ん生がつまみを用意するのになかなか帰ってこない。ようやく戻ってくると買ってきたのは塩豆。それを湯でもどしてしょうゆをかけて、「旨いだろ?」と。貧しい中での工夫に感嘆したと小満んさんに話しました。

 三木助は、柳橋門下から協会を越えて移ってきましたが、大好きな文楽にも芸では口答えもしたそうです。あるとき、一門の前で文楽が「芝浜」を演じると、金を拾った喜びはそんなもんじゃない、と批判しました。博打で儲けた時の気持ちでやらなきゃ。
 すぐあと、三木助が「芝浜」を完成させて、高座を見た文楽は「富士山は一夜にしてできたというけれど、そのとおりだ」と感心しました。そして自分の「芝浜」は封じました。

 圓生との二人会の誘いはとても嫌がりました。「同じ色がふた色あってもしょうがない」と、芸風の相似を認識していました。「このごろは上手くなってきた」と上から目線でしたが評価していたそうです。「四宿の屁」なんかが気に入ってました。
 志ん生・圓生が満州で行方不明だったとき、志ん生の家族・弟子も面倒を見ましたが、圓生の家族にも気を配っていて、圓生のおかみさんは「文楽さんを頼りなさい」と長男に言いきかせていたそうです。

 「おまえが文楽を継いで、あたしは文翁になって二人会をやろう」とかわいがられた、小満んさんは明けて、3月にここで落語会を開きます。

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2012年12月 2日 (日)

たばこと塩の博物館

 「芝浜」で三木助は魚勝に夜明けの浜辺で一服させます。”はたして、屋外で気軽に煙管の煙草に点火できるのか」という課題が示されました。確かにテレビや映画でそんなシーンを見た記憶がありません。そのときすぐにネットで検索をして、屋外での点火法についての資料を見つけましたが、検証したい。

 うってつけなのが渋谷の「たばこと塩の博物館」です。専売公社時代からある施設で、JTも順調のようで、入館料100円で、いくつもの催しをしています。すぐ近くの東京電力「電力館」は閉ざされているのが対照的です。

 博物館の学芸員の話がもし聞ければありがたい。

 それにちょうど「たくみのたくらみ」という題で、煙管・煙草入れ・煙草盆といった江戸時代の喫煙具の特別展をやってます。(来年1月14日まで)

 そこでは桂文楽の煙草入れのコレクションを展示しているのです。

 おまけに、今日は「八代目桂文楽とたばこ入れ」 と銘打った講演がありました。柳家小満んさんと岩崎主席学芸員の対談の形です。これは行くなら今日です。正午に到着して、講演会整理番号13番をゲット。定員は80人です。講演は2時からで展示をゆっくり見る時間があります。

 学芸員の姿がありませんでしたが、受付のスタッフに点火について質問しました。すると慣れれば十数秒で火口に火がついて、煙草を吸うことができるそうです。問題なくマッチのない時代でも屋外に煙草を持ち出せますね。
Tabacofire
 特別展でもその点火道具が展示されていました。なんと、江戸時代のライターまで。ワンタッチで火をつけることができたのは一般庶民ではないとは思いますが。
Tabacolighter
 この博物館には、文楽の煙草入れが40点収蔵されているそうです。煙草入れが種類ごとに分けて展示されています。そのたいていの場所に「文」の字がプレートにつけられた、文楽コレクションが入っています。33点まで数えました。

 特に、文楽が後ろ盾であった五代目左楽から送られたものが目を引きました。のちに遺族から寄贈された煙草入れ用のからくり箪笥とともに、置かれています。
Tabacobun
 吉原の花魁、花扇が使ったといわれる煙草盆も、落語関連ですね。

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2012年12月 1日 (土)

幕末太陽傳が放送

 図書館から帰って、TVをつけたら、スカパーが無料の日(毎月1日)で、「幕末太陽傳(リマスター)」をスクランブルなしでやっていたので、ついつい見てしまいました。左下に「表示消去の手続き」の表示がでてうるさいので、B-CASカードを抜かなければなりませんでしたが、また楽しめました。

 今日は、いつも見に行っているブログのプロフィール欄からYoutubeの映画の映像にジャンプしました。良き時代のハリウッド映画の、佳品で、子供のころサントラLPを買って楽しんでいた、「5つの銅貨」の映像だったのです。

 DVDの時代に折に触れては、探したのですが、ずっと市販されずにいましたが、今度検索をかけると、先月に発売になっているではありませんか。
 いまやDVDも千円あまり、今日は映像に縁のある日でした。

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