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2013年1月

2013年1月31日 (木)

三島市立図書館

 老母のお供をして、久々旅に出ました。行先は三島市です。時間があったので、図書館によることにしました。それというのも、歴史のある街なのでもしや落語も、と考えて調べたのです。するとクラウンの廓噺・艶噺集成CDが28点すべてそろっているではないですか。都内でも府中市に26枚あるのが最高なので、これは珍しい。何しろ、圓生率が60の図書館です。

 市外の人間、旅行者であっても視聴をさせてくれる図書館は多いので、心配しないで入館しました。1階が図書、2階に視聴覚の立派な施設です。試聴をお願いしたら、カードを作るか聞かれました。東京・埼玉には住所を問わずにカードを作ってくれる場所はあります。
 まさか?と思いましたが、三島には三島の事情があるようです。会社が近隣で単身赴任で住民票を移していない住民にも貸し出しカードを作るのだそうです。
 旅行者であるので該当しませんでしたが、利用者の便を図ろうとするのは良いことです。以前にカセットで聞いて音が劣化していた作品を視聴させてもらいました。時間があればもっと聞いていたかったです。
Mishimalib

 ちなみに家族への土産は「三島コロッケ」を買って夕食にしました。

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2013年1月29日 (火)

長命寺桜餅

 冬とはいえ日差しがあれば暖かさも感じます。ヨドバシに修理に出すついでに上野の旧岩崎邸に家族と出かけてきました。明治の重文の建物で、近年東京都に移管されました。先日の後楽園と同じでボランティアガイドのお世話になりましたが、よく説明していただいてよくわかりました。でも、一緒の息子は理解できない話もあったようで、してみると自分の、本とかテレビからの知識が無駄ではなかったのでしょう。

 帰りに、久しぶり、向島長命寺の桜餅を買いによりました。子供たちが幼い時に来た以来ですか。
 ここは屋号を山本といい、正岡子規が若き日に寄宿したこともあるといいます。江戸時代から続く銘菓です。享保二年からこの土地で桜餅を売り続けています。
 もちろん今となってはどこにでもある和菓子の一つとなっていますが、この値段で江戸の味を楽しめるのは貴重です。材料は流通の貧しかった江戸とは比べ物にならないものを使っていることでしょう。店の前も高速道路に覆われています。
Sakuramochi

 くるんでいる塩漬けの桜葉を一緒に食べるかどうかは人によりますが、今の私ははずして皮と餡だけ味わいます。

 吉宗が江戸市民のために植えさせたという桜の名所に人が集まるのもあと少しです。

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2013年1月27日 (日)

エイトマン コンプリート

 子供の頃はマンガは読み捨てるものでした。弟と1年分のサンデー・マガジンを積み上げてまとめて廃品回収にだしてました。単行本もあったのでしょうが、高校のとき「鉄腕アトム」全集がでて、読んだことのない話を読みたくて買ったのが初めてだったでしょう。
 大学生になってバイト代も入り、これは全部連載で読んだはずの「エイトマン」との単行本を懐かしさで買いました。「エイトマン」はマガジンで連載されていたのに、後発チャンピオンの秋田書店から出版の単行本でした(全5巻)。これは、そのころの最大の趣味だったSF雑誌、「奇想天外」に、原作者による最終話のノベライズが載ったのがきっかけです。

 「エイトマン」は漫画家、桑田次郎の不祥事で最終話は再録されることがなかったのです。そこで原作、平井和正が幻の最終話を小説の形で世に出したという経緯でした。
 たしかに秋田書店版には連載最終シリーズ・魔人コズマ篇そのものがそっくり抜けていました。それだけでなく、ヤマ場でバッサリ切れてるなど、ところどころつながりのおかしいところがありました。
8mana

 時がたって。1989年に、「エイトマン」を連載当時の姿で再現する単行本がリム出版から出ました。そこでようやくいくつかの短編とともに魔人コズマ篇も収録されたのです(全7巻)。ところが、最終話はアシスタントが描いたということで、桑田次郎の手で初めて作画されることになりました。これには大いに期待をしましたが、微妙に絵柄が変わってしまいました。表現形式も原作の文をそのまま載せるような形で、直前の連載回と落差が大きく残念さも感じたのです。(リム出版倒産後に扶桑社から再刊)
8manr

 Wikiでもそこまでしか記事がありませんが、その後、2011年に実際の連載最終話が世に出たのを知りました。パンローリング社の復刊シリーズです(全5巻)。その第5巻に、少年マガジン連載版の最終話・リム出版の桑田次郎最終話が掲載されています。また特典で原作ノベライズも読めます。(第4巻には初収録短編もあり)
 ノベライズ・桑田次郎版は持っているので、また買うのはちょっと…。しかし図書館には見つかりません。そこで国会図書館です。ようやく子供のころに読んだはずのものに再会です。さすがはアシスタント、絵柄に全く違和感はなく、前話からつながります。
 しかし、当時の少年誌なので原作に手が入っていることも分かりました。敵のコズマは死なずに元の姿に戻り、その妻ノラもコズマに食われません。

 でも、エイトマンが事務所から姿を消してしまうのは変わらないのです。
8manp

 

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2013年1月26日 (土)

圓朝全集

 時代に従って、絶えず改訂されている落語。時としてそのおおもとに触れてみたいことがあります。圓朝全集もそのおおもとの一つです。圓朝より前に落語の速記自体が存在しないのですから、それより以前にはたどり着きようもありません。
 志ん生もぼろぼろになっても、高座を引退してからも、読み続けたといいます。さすがにどんな口調かまでは再現できないのは当然として、ストーリの飾りを取り払うことができます。

 ところが、これがどこにでもある本というわけにいきません。昨年暮れから岩波書店での再刊が始まりましたが、手に入れる気になりません。もっとも良いのは、青空文庫に全収録してもらうことです。ボランティアによる入力ですからなかなか進まないのは仕方ありません。

 また、この青空文庫が、圓朝自身の著作権保護期間が切れているのは自明として、入力の底本の編者の著作権について追及したページ「『圓朝全集』は誰のものか」がおもしろい。結果として編纂者・鈴木行三さんの業績をあぶりだしています。

 結論として、「よって鈴木行三氏の著作権は、2013年1月1日まで切れない」けれども、青空文庫化は問題がないとして、現在42編を公開しています(今年は切れたわけですね)。完結には時間がかかるでしょう。
 現在演じられない噺も多くありますが、「文七元結」などをみても、どれだけ変化しているかわかります。

 それまでは書籍の圓朝全集を図書館で見ることになります。
 全集には、おおもとの春陽堂版(1926)、世界文庫版(1963など)、角川版(1975)があります。
 東京都立図書館には、刊行中の岩波版を含めてすべてそろっていますが、どれも館内閲覧のみで、区立図書館への貸し出し協力もないようです。
 春陽堂版は、千代田区などに数点ありますが、戦前の書籍とあって貸し出すところはありません。世界文庫・角川版については地域図書館にあれば貸し出し可です。船橋市・鎌倉市でも春陽堂は禁帯出。しかし、熊谷市では13巻中12巻を貸し出し可で登録しています。

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2013年1月25日 (金)

歴史秘話ヒストリア

 間に柳田の噺がはさまったのは偶然ですが、昨夜のNHK「歴史秘話」は花魁の真実ということだったので、楽しみにしていました。研究されつくしている気はしますけど。

 前に明治の花魁の記録を読んでいたので、次に大正でしたが、経営者側の記録を開きました。
Konnnatoko
 福田利子「吉原はこんなところでございました」(筑摩書房・1986)です。大正12年に3歳で引手茶屋「松葉屋」の養子となって、後年経営を引き継ぎ、赤線廃止ののちには、花魁道中をはとバスの名物コースに仕立て上げた人が著者です。この著者には、家業への疑いはみじんもありません。女の子たちへの同情はありますが、生活をしていけない女性が生活の糧を得る場ととらえています。確かに江戸時代には廓が女子の最後のセイフティネットであったとすれば悲しいことで、戦後に消滅するのは必然でしょう。
 この書は、江戸から引き継いだしきたりの当事者の記録としては貴重です。

 さて、「ヒストリア」ですが、BSの「江戸のススメ」でも暮れに、花街と遊女というタイトルで放送がありました。どちらも珍しい浮世絵をふんだんにつかって光の部分も影の部分も放送時間の制約の中で描いていました。
 あらためて認識させられたのは度重なる火災で吉原内部の文書は残っていないという事実でした。遊女を逃がさないために門を開けなかったというくらいですから。
 それでもNHKは、外部の記録から花魁のエピソードを見つけてきてました。歌麿が遊郭から芸術を生み出したという視点も強調していました。
 でも、テレビですから私が最も見たかったのは、映像でした。ドラマなどだとストーリーの都合が優先されますが、情報番組なので。
 どちらの番組も吉原のセットは映画村のようでした。

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2013年1月22日 (火)

柳田格之進(3)

 ご理解いただきたいのは、私のスタンスは「落語はあまり変えないで継承してほしい」です。

 ただし、落語の寿命は長いものですから、時代に合わないので理解しやすくする。パフォーマーとして他の演者との差別化も宿命なので自分なりに解釈する、のはやむをえません。

 「藪入り」の”お釜さま”のサゲや、「三十石」の”権兵衛蒟蒻しんどがり”はなくなって当然でしょう。金馬の”チュウのおかげ”はそろそろ寿命かなと思います。小三治は”ネコババ”にかえましたし、現圓楽は”ネコをかぶる”にしましたが定着したわけではありません。(でもネズミの懸賞金という設定は、仕込んだ上で残しています)
 でも”お見立て”という言葉自体が死語だから使いたくない、というのは大反対。廓でお見立てをしたという仕込を入れて残してほしいです。

 「柳田」も、もともと「身請けをしなかったが、それは武家には戻ることは許されなかったから」と脳内設定をして自分を納得させていました。身請けについてあれこれ言う必要はない、という意見です。身請け不可も時代の味。
 でもざっとウエブ内を見渡すだけで、身請けなしは理解不能という意見が多くあるのも事実ですし、たくさんの噺家が試行錯誤しています。

 「柳田」の噺は志ん生を経由して現代に伝わりました。あらためて聞くと、最後に「親子の縁を切ったから俺の娘ではない、好きにいたせ」と言っているではありませんか。だから身請けは慮外だということです。
 志ん朝では、柳田は娘に斬れなかったことを詫びますが、身請けしないことはまったくふれません。現代娘なら「冗談じゃないわよ!」で笑いを取っています。
 馬生は、身請けをしたけれど白髪の老婆のような姿で言葉も出せない廃人となったので、二人を斬る、という設定です。身請けしないのはおかしいという判断でしょう
 さん喬もそれに倣っています。でもこのやり方はどうも受け入れられません。病気にかかるならともかく、覚悟して身を売って廃人はないだろうと。
 志の輔の場合、柳田は身請けした娘を連れて店に行き、碁盤を斬ったとき娘が許します。最近構成が変わったという話もブログにありました。
 小満んが、身を売ったが見世にでる前に帰参がかなって身請けしたとする情報も。音源があるかどうか。生志は自分のブログで大幅に変えたとだけ報告しています。
 圓楽のはまだ聞いてませんが、いろいろですね。

 というわけで、私の結論。今回の原話を生かして、「柳田は身請けしようとしたが、娘のほうから柳田の武家に戻れる体ではないと断る」一言を入れれば、いいような気がします。(町家はOK)

 それはそれで、「断るなんて理解できない」ってことになるかもしれませんが。


※その後、圓楽のものを聞きました。前半の語りの迫力が半ばを過ぎて間合いが崩れていたと感じました。彼の展開では、柳田が番頭と再会した時に娘の身の上を打ち明けて、萬屋に行ったときには身請けをされて連れてこられていました。
 主従の思いに打たれて碁盤を切って許したあと、引きあわされて、番頭との婚礼を求められます。そして子供のない萬屋の夫婦養子になります。

※再放送で志ん輔の柳田を確認しました。帰参と同時に娘を見受けし、仏門に入ったという設定でした。娘に幸せはやってきません。

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2013年1月21日 (月)

柳田格之進(2)

(承前)

 「私は京都で宿の者に誘われて島原遊郭にあがったことがございます。江口という太夫を呼びましたが、そのあと二年ごとに上京するたびにまた登楼しました。この江口が、その師匠の娘で、そのとき返すべき金子のために身を売ったそうでございます。そうだとすると人の災難はどこにあるか、この定めのない浮世ではわからない、はかないものでございます」

 と答えたのを、豪商の番頭が問屋から伝え聞いて主人に事の由を知らせた。主人は大いに喜んで、番頭を呼んで「そのほう、どうにかして京に上がって島原に行き、江口という太夫を身請けしなさい。あわせて、まず猪飼さんの行方を尋ねて、私の行き届かないことをよくよく詫びてきなさい」と多額の金を渡して江口のもとに行かせた。「父は郡村というところに、縁者を頼って、今は人の小作をして暮らしております」と泣く泣く所を書いて番頭に渡した。いさんで郡村に行って尋ねると、わびしい家だった。人がいないのであたりの者に尋ねると、「野良にでてるんでしょう。会いたきゃいってごらんなさい」と教えてくれた。

 畑で鋤を持っている人がいたので、近づいてよくよく見ると、あの師匠だった。その身なりは昔とは様変わりして同じ人とは思われないようだった。よくよく見ると間違いがないので、事情を述べ、主人の詫びを伝えた。「あのときお持ち帰りにならなかったのであればなぜ有りのままおっしゃらなかったのですか」というと、

 「人の疑心は言葉で解くことはできないことでござる。われ、かくなる疑いを受けた以上、どんな言葉を尽くしても得心を持って許されることはあるはずもないのが人情。後で真実が分かるにしてもその場ではどうする術もござらん。よって、娘を売って調達申した。武士は筋の通らぬものは受けぬ。まして金銭はなおさら。そのほう、会わなかったことにしてすぐ立ち去れ」

 と再び振り返ることもなく、畑を鋤き返した。こうなったら、番頭はさまざまに詫び言をいって金を渡そうとしたが、「強いてそのことを繰り返すなら、その方を身の障りと致すぞ。とっとと失せい」とまで言われれば、もう京に戻らざるを得なかった。奈良屋という者を頼んで詫たが、「娘の身受けも、あのような賤しき志の者どもを許すことはありえぬ」とまったく聞き入れなかった。

 返された五十両には手も触れず、郡村に生涯を終えた。

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 この話、落語を研究している方にはよく知られているのでしょうか(注釈には「碁盤割り」「柳田格之進」の原話と記述)。匿名掲示板なので知るよしもありませんが、どんなかたがレスを書かれたのでしょう。
 今現在、連座してアク禁になっているので、質問もできません。

 爛柯(らんか)とは囲碁の事だそうです。他に「笠碁」の原話らしきものもあります。伝聞で集まった話と思いますが、林はこの師匠を変わり者「奇士」と評していますので、江戸時代でもありふれた人物ではなかったようです。その人にしてその娘ありといったところでしょうか。

 この書籍は版元絶版、流通在庫のみですが、各地の図書館にまんべんなく在庫するようです。

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2013年1月20日 (日)

柳田格之進(1)

 この噺を聞いて誰もがひっかかるのが、帰参がかなった柳田が娘を身請けしないことです。あちこちのブログでも話題になります。
 この演目は志ん生を経ての流れであると思いますが、いろいろな落語家が無理なく解釈できるように工夫をしています。

 私も自分を納得させるためにむりやり解釈をひねりだしました。実話でなくとも、実際のところを想定するには江戸時代の武家の娘の身売りと身請けについて資料を見つけたいです。貧窮武士の娘の身売りは珍しくなかったようですが、売った家族はどう考え、どう扱ったのか。

 さて、最近2ちゃんねるの掲示板で、「柳田格之進」の原話について発言を見ました。初めて耳にする説でした。
 というのも、「千字寄席」では、「釈種であるが柳枝の速記に随筆があるとされるが不明」とあります。「落語事典 増補」や「落語大百科」では言及がありません。「落語三百題」にいたっては項目がありません。

 さすがに2ちゃん情報をそのまま記載するわけにはいきません。幸い、原典の明示がありましたので、昨日の図書館めぐりのコースに組み込みました。

 「爛柯(らんか)堂棋話」は、囲碁の棋譜と逸話を集めた本で、江戸時代の棋士・林元美が1849年に著したものです。その後大正時代に出版され、1978年に平凡社から「爛柯堂棋話 ~昔の碁打ちの物語~」1・2として復刻されています。今回はそれを借りました。
Rankado

 巻2に「処士、金をあがなう事」と題された一文です。思い切って全文をつたない現代語訳で。

 昔、泉州に豪商がいた。囲碁を好んだので、各地から碁の達人がやってきた。その中に江州の何某が城勤めをしていたが、讒言によって身を引いて、浪人となって堺にやってきた。手習いの師匠として多くの弟子を集めて生活をしていた。
 その浪人は、ときどき豪商の宅で囲碁の相手をつとめたが、あるとき、碁を囲んでいるときに、番頭が50両を紙に包んで「得意先からの利息でございます」と、主人に渡した。豪商は碁に夢中であったために「そこにおいておきなさい。後でみます」といって、対局にもどったので、番頭はそのまま去った。
 後で、番頭がその金のことを再び主人に申し出ると、「受け取った覚えがありません」といった。「渡しました」と問答になったが、金は出てこない。よく考えると番頭が来たことは覚えがあるが手に取った覚えがない。主人に思い及ぶのは「その時ほかにやってきた者もないし、居合わせたのは手習いの師匠の猪飼さんだけだ。金に目のくらむ人とも思えないが、人はときとして心持が変ずるものだ。もし貧しさに負けて持ち帰らなかったとはいえません」
 番頭は「それはまず、猪飼さんに間違いありません。それとなく聞きただしてみましょう」といって、ついでをよそおって猪飼のもとに行き、話題にした。

 「このほど、あなた様が主人と囲碁を打った時に、わたくしが金子を持ってまいりましたが、それが見当たりません。あなた様をお疑いするわけではございませんが、他にその席に参ったものもございません。お帰りになった後になくなったものですから、何かと取り違えてお持ちになったようなことがございませんでしょうか。主人の心やすいあなた様ですのでお伺いするのですが」

 すると、しばし猪飼はしばし首をかしげた。「さようでござるか。流浪の身のはかなさ、金額に目がくらみ、知られぬうちに持ち帰リ申した。くれぐれも他言はしてくださるな。夜明けには金を整えてお返し申す。しばしお待ちくだされ」というので、番頭は帰宅して主人にそれを告げた。主人もそうだったかと驚いた。

 そのあと十日あまりして、金五十両を持って来、主人に詫びて渡して帰宅した。一人の娘を連れてどこへとも知らずいなくなった。豪商のうちでは「人は見かけによらないものだ」とそしったものだった。
 しかし、その年の暮れ、すす払いの時に、座敷の長押に反故に包まれた金五十両が出てきた。だれもが「これはどうしたこと」と集まって改めてよく見たが、あの折の利息金で手習いの師匠を疑ったときの金とわかり、互いに顔と顔を見合わせて、取り返しのつかないことと後悔をした。相談をしたが師匠の行方がしれないので、是非もなくそのままであった。

 そして五年がたち、小刀・包丁の類を仕込みに来た尾張の商人があった。堺の問屋の店で「こちらの土地に、手習いの師匠をなさった猪飼というかたがございませんでしたか」と質問をした。その家の主人が「五年ほど前に、浪人をなさって貧しさのあまり、豪商の家で金五十両を盗んで、どこへともなく去った人がおりました」と答えた。尾張の商人は「それは本当ではありません。その金は手習いの師匠が盗んだものではなく、だれか他のものだそうですよ。私ども、その師匠の娘さんと会って、詳しく話を聞きました」。問屋の主人が「どこでお聞きになりました」と問うと、

 (つづく)

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2013年1月19日 (土)

地図塗り分けのVBA

 万が一つでも誰かしらの役に立つかも…と未完成ながら記事にします。セルに県名を入れると、その県に色を塗るという課題に取り組みました。

 エクセルのマクロをいじるなんて、何年ぶりでしょう。初めてかも。123のマクロだった?
 とりあえず、ベクトル図形の地図を読み込んで、一つ県を選択して色を塗る作業をマクロにしました。そのマクロに手を加えて、セルに入れた県名と同じ名前の図形に色を塗るように変更しました。今はここまでですが以下5位までループさせればよいでしょう。

Sub Macro1()
'
    Dim Prefname As String
    Prefname = ActiveSheet.Cells(3, 2)       '変更部分.いったん文字列変数に代入が必要
 
    ActiveSheet.Shapes.Range(Prefname).Select
    With Selection.ShapeRange.Fill
        .Visible = msoTrue
        .ForeColor.RGB = RGB(255, 0, 0)       'この色指定はループでは配列?…汚くなりそう
        .Transparency = 0
        .Solid
    End With

End Sub

 アクセスのVBAなら結構仕事に使ったのですが、今でもBasicの知識が有効だなんて驚きです。Cには何度も挫折したままですから…orz。
Excelmacro

 こんな感じです。マクロを完成させて、作物ごとのデータ入力、マクロ実行、画面キャプチャ、Flashに貼りつけてコンパイル…。

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2013年1月17日 (木)

値段と生産量

 年が変わって受動態の指導を始めましたが、並行して比較表現も深めています。moreのための、もう定番となったネタばかりなのですが、いまも子供たちにウケたのは、値段比べです。ネットから採った写真をみて、どれが高いか英語で言うのです。教科書では出てこないexpensiveを使うことになりますが、私はこういう単語こそ日常にあうものだと考えて導入します。
 まず、高級チョコ。子供たちは見たことがありませんから色とデザインで自分の考えを決めます。この自分の考えを言うことが私の授業の骨子です。次は指輪とペンダントの宝飾品。宝石店のサイトから写真をお借りしますが、商売上とても美しい写真です。こどもの思いがけない値段がうれしい。そして回らない寿司。大トロが高いという知識はありますが、活けクルマエビがそれに勝るのは意外です。最後は数年前なら身近であったはずの駄菓子を見せると自信たっぷりに the most expensive を使います。値段を覚えてますか?
Dagasi

 more, most を長めの形容詞と組み合わせてばかりだと、本来の”多い”という意味での比較ができないままです。
 そこで用意してあるのは、ちょっとお堅いですが、県別の農作物生産量です。小学校の社会科ではわりととりあつかうんですが、中学校ではあまり重視されません。左ペインに並んだ野菜をクリックすると右ペインに5位までの県が数値・グラフと一緒に表示されます。英文は Fukushima grows the most peaches. のようになりますが、子供たちはかすかに残った記憶をたどって熱心に答えようとします。米の生産は新潟というアテが外れて、北海道が一番だったりするのです。
 次回に続きをやるというと、調べてくるという反応も返ってきました。

 これはマズい。
Products

 このフラッシュは現役だった時に作ったもので、もう数年前のものです。グラフと地図を提供しているサイトがあったので、利用したものです。子供が調べてきたらその当時のデータと変わっているかもしれません。
 授業が終わった後、元サイトを探しましたが見つかりません。どうも”事業仕分け”でなくなったようです。
 農水省の公表データをもとに自分でグラフを作らなくてはならないかも。グラフはすぐできますが、ExcelでA1のセルが北海道なら、地図の北海道を赤で自動的に塗ることは可能でしょうか?

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2013年1月16日 (水)

年明けの誤り

 おまけ塾の記事もたくさん書くつもりで始めたブログですが、ネタがなくって久しぶりになりました。

 他の教科と違って、「言葉は間違いを訂正して覚える」のだから間違いでも恐れずに言いなさいと言いきかせてあります。赤ちゃんの時から大人の話し方はできないですから。
 で、生徒の言い誤りを見ていると日本語と英語の構造に原因があるものがあります。

 小学生に動詞を使わせ始めているのですが、I play soccer.やI play basketball.を各自のスポーツクラブや放課後の遊びに応じて言えるようにしました。いわゆるSVOの文型ですね。
 次の発展で、頻度をsometimes, often, usuallyをつけて言わせたのですが、指導したのが去年で、年明けの授業ではずいぶん間が開いてしまいました。すると、I often sport is socc...と言おうとする生徒が何人も続きました。日本語では「僕はサッカーをよくやります」よりは「良くやるスポーツはサッカーです」のほうが普通だと思います。その影響が現れたのかな。
 だから次は楽器で、本で、と対象を変えながら繰り返し練習する必要があります。

 関東の昼のローカル番組で”マイライク”というタイトルが使われているのですが、”マイフィエバリット”にするのは無理だったのでしょうか。これもよくある子供の誤りです。言いたいことはわかるのですけどね。

 同じように、どっちが好き?と質問するときのbetterを中学生は忘れてました。日本語にはない言葉ですから。

 日本一をいろいろ言わせるのに、ミス日本の写真を使いました。ファイナリストから選んで英語で言うのですが、子供たちの意見はさまざまでした。
 次に以前のミス日本の写真を見せます。ここでwasがすぐ出るようなら何も心配はありません。さかのぼって練習します。そのあとに東京タワーの写真を見せると、It was the tallest.と過去で言えたの生徒が一人だけいました。大いに褒めて刺激しておきます。

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2013年1月15日 (火)

雪の休日

 気象庁も予想しなかった激しい雪でした。降りしきる雪に囲まれると訪れる静寂は何とも言えずいいものです。

 成人式の出席者も大変な思いをしたようです。
 私には成人式はありませんでした。大学時代に選挙に合わせて住民票を移動したので、先では成人式が済んだあと(19歳)、地元ではその前(20歳)というタイミングだったので呼ばれることがなかったのです。

 卒業生の成人式には旧担任は呼んでもらえるのですが、1度出席したら会場内は騒がしいだけだったので、そのあとは会場外で生徒の顔を見るだけにしました。
 自分たちが祝辞を聞きたくて集まるのではないので、長くあっていなかった友人に会えば、高揚するのは当たり前の話です。埼玉県の蕨市が成人式発祥だそうですが、今の時代にこういう式典をもつことが時代錯誤なのだろうと思いました。少なくとも来賓祝辞は誰得という感じですね。

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2013年1月14日 (月)

小三治(オフィスシマ)

 圓生が好き、といっても「高瀬舟」などの朗読作品はまだ耳にしていませんし、志ん朝が好きといっても「鬼平犯科帳」を録画したりしません。やっぱり落語がいいです。

 知る人ぞ知る、ドキュメンタリー映画「小三治」。2009年に上演されたとき、わざわざスクリーンでなくてもいいやと思って見に行く気はありませんでした。それがDVDになって図書館の書棚に並んだとなると別です。先日の記事の「仕事の流儀」もそうですが、間違いなく高座の一部は見られるわけだし。
 小三治の高座のDVDは落語研究会でずっと以前出たっきりでした。CDもSONYとキングなどから30枚ほど。
 映画の中でも語っていますが、記録を残すのが好きじゃない。理由は「まだ変わる」のだから。でも「変わる」が噺が減るということであるなら、古いものもどしどし出してもらいたいものです。
 去年になって落語研究会DVD(上)が出て、ということは(下)も出るわけです。小三治一門会のインタビューでは(中)も、とジョークを飛ばしてました。このように多くの人を楽しませる・役に立つことができる人は、応じた対価を得てほしいです。

Moviekosanji

 人間・小三治を対象としているので落語以外の部分がNHKのものより多いです。趣味や歌のコンサート、親友・扇橋と温泉、スキーなどのシーンもありますが、そういうのは飛ばして高座の部分を楽しみました。
 もう一般の販売店では扱っていないようですが、制作サイトでは通販を受け付けています。

 図書館では北区に初めに入りました。当時は予約が集まった記憶がありますが、現在落ち着いたようです。次に武蔵野市が収蔵しました。久々に検索すると江戸川区・豊島区に入っています。豊島区では15人待ちになってます。

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2013年1月13日 (日)

体罰

 また生徒の痛ましい自殺がありました。大阪のバスケ部の場合は生徒同士ではないので、今後、経緯が詳細に報道されることでしょう。

 こういう事件が起こると、当たり前ですが、学校への締め付けが強くなります。元現場にいたものからすると、こういう顧問がいて事件を起こすから、学校が委縮していくんだとため息をつきます。

 私は部活の強いところに在籍したわけではありませんし、自分が担当した部活も強かったことがないです。でもスポーツのミスを制裁でなくすことはできるのかは疑問です。大阪の当該校は強豪だというのですから、制裁による指導で成功体験があったに違いありません。でも結局日本のバスケは世界に通用するレベルにならないのが現実です。
 英語の授業で、誤答があったらビンタするなんてやり方で学力がつくはずもありません。

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2013年1月12日 (土)

小三治・プロフェッショナル仕事の流儀(NHK)

 ドキュメンタリーですが、部分的にいくつもの高座が垣間見ることのできるDVDです。以前に放送は録画して持っていたのですが、うちはアナログTVの時代だったのでフルサイズでみたいな、と思って探しました。NHKのドキュメンタリーは結構な数の図書館に入っているのですが、この小三治の回は下の数点しか見つかりませんでした。

 台東区・豊島区・港区・あきる野市、埼玉県立・さいたま市、匝瑳市

Prokosanji

 内容は、小さんに「面白くない」と否定されたことをバネに、落語の面白さを追求して自然体に行きついた。そして持病を抱えながら、夏の池袋演芸場の定演に臨むというものです。

 MCの脳科学者・茂木さんはほとんど落語の事情を知らないと見えて、蕎麦喰いの仕草を見せてくれだの、隠居や若旦那の演じ分けをやってくれだの、見ていてあまり気分の良くない番組でした。
 小三治が、(年のせいか)以前できていた噺がだんだんできなくなって、どうしたらよいかと聞いているのに、脳科学者が答えをはぐらかしたのが残念でした。
 「練習しなさい」(しか答えはないと思いますが)、とでも言ってくれ、誰だって衰えるのですから、あの小三治が補うべくもっと練習すれば(それはそれで常人を超えた努力になるでしょうけど)、寄席や落語会でもっともっと多彩な噺を聞くことができたんじゃないかと、放送の時に歯噛みをしながら見てました。
 少なくとも噺が減らないで済めば…。今の演目はどうも決まったものになっている気がしますから。

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2013年1月11日 (金)

五代目柳家小さん 落語傑作選(NHK)

 映像資料を残す機会に恵まれた小さんはDVDの個人全集をいくつか残しています。図書館で借りることができるのは、やはりNHKのセットだけです。日活の記録した製品にネットレンタルできるものもありますが、スタジオ客なし収録です。教科書としてはいいでしょうが、ライブにはかないません。

 全十巻、20席。落語研究会の高座よりは短めだと思いますが、いくつか特典映像が入っていて得意とした「百面相」も見られます。

Nhkkosan

 全巻揃いは、港区、鴻巣市、千葉市・成田市・市川市・白井市です。

一部欠落なら、荒川区・葛飾区・台東区・武蔵野市、さいたま市・上尾市・蕨市にもあります。

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2013年1月10日 (木)

古典落語名作選(NHK)

 久しぶり、図書館に落語音源を予約しました。前に借りたところで傷があったので、他所のものを確かめたかったのです。音源レポートもずいぶん間がありてしまいました。まず、わずかにあるDVD資料を済ませましょう。

 落語研究会DVDは未だ貸し出しになりませんが、NHKのものは早くから出回っています。そのあたりは「公共」放送の面目躍如といったところです。その中で私の対象となるのは2種類、「古典落語名作選」はその一つです。ビデオでも出ていますし、それも多くの図書館にありますが、劣化していることでしょう。
 ビデオは20本組、DVDは5巻組です。この際、DVDのみについて記述します。
1巻に志ん生「風呂敷」、2巻に圓生「妾馬(八五郎出世)」と可楽「今戸焼」、3巻に金馬「藪入り」と正蔵「中村仲蔵」、4巻に柳橋「蒟蒻問答」と馬生「笠碁」、5巻に圓生「火事息子」という内容です。金馬と可楽の映像は、惜しくもこの1点ずつしかないはずですから、貴重でもありありがたいことでもあります。他には今輔や柳朝に小南、なぜか若き日の扇橋などが収められています。
Nhkdvd

 古典落語名作選+NHKで検索しても、文字が一部一致するので、先に記事にした古典落語名作選集(別巻)がひっかかります。図書館によっては300点以上のノイズがのることも。

 ビデオは都立図書館や埼玉県立図書館、千葉市立図書館にそろってありますが、DVD全巻揃いは、品川区・江戸川区・台東区・中央区・千代田区・港区・あきる野市・八王子市・町田市・瑞穂町。深谷市・行田市・加須市・宮代町・坂戸市・小川町・川口市・さいたま市・戸田市・朝霞市・和光市。富里市・市川市・白井市・
 部分的に収蔵するのは、足立区・墨田区・豊島区・稲城市・調布市・羽村市・武蔵野市、久喜市・越生町・鴻巣市・蕨市、成田市・君津市・印西市。隣接地区を組み合わせれば難しくはないと思います。

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2013年1月 6日 (日)

三遊塚

 こちらが木母寺境内にたてられた三遊塚です。明治22年に現役バリバリ、隆盛を極めた圓朝が一門を集めて建立したものです。
Sanyuzuka

 地元の人間のはずの家族さえ、三遊塚はともかく、梅若伝説やこの木母寺を知りませんでした。隅田川七福神に入っていないからかなあ。そういえば他の七福神めぐりをしたことがないから、今度予定してみましょ。

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2013年1月 4日 (金)

柳島妙見堂

 近いとなかなか行かない、とはよく聞く話です。そこで今年は妙見様に初詣をすることにしました。まずスカイツリーまで墨田区コミュニティバスでいき、乗り継ぎのチケットをもらいます。乗りついて最寄りのバス停まで行っても結構距離があるので、ツリーから法性寺に歩きます。で、ツリーへ戻ってチケットでバスに乗ってJR両国駅にいくのです。

 妙見様は、北斎がご利益を得て画家として大成したというゆかりの地です。つい最近では”逆さツリー”がみられる場所として人を集めた十間橋のたもとにあります。
 戦災のひどかった場所で、昔の面影はなく、マンションビルの1階に御堂はすっぽり収まっています。中村仲蔵もここに祈願にきて、定九郎の姿を思いつく筋立てになってますね。
Myoken

 これは知らなかったのですが、三遊派と覇を競った柳派の記念碑「昔ばなし柳塚」があるのに気づきました。圓朝を中心とする三遊派は近くの木母寺に三遊塚を立てていますからそれに対抗して明治33年に建てられたようです。また近年近松門左衛門の供養碑も一部が発見され、芸事には深い関連があります。
Yanagi

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2013年1月 3日 (木)

江戸東京博物館 企画展

 いやー正月早々、おなかを壊しちゃいました。だから昨日は一日動かず、今日江戸博の無料公開に行ってきました。通常展だけだったら先月見たばかりなので必要ないとおもってましたが、入ってみてびっくり。

 日本橋を渡る前に琴の演奏がありました。橋の上から芝居小屋を見下ろすと、そのまえにからくり人形が並んでいます。一日3回の実演があるので、欄干にもたれて待ちました。儀衛門の茶運び人形、弓射り童子、文字書き人形などおなじみのからくりをじかに見られました。
 また、橋を渡った江戸ゾーンには町人(お店のおかみ・町娘・芸者・火消しなど)がうろうろしていて、会ってスタンプを集めると、次回の割引券(100円分)がもらえるラリーもやってました。
 今回の目的の企画点は、忠臣蔵の描いた浮世絵でした。義士銘々を描いたものを何種類か。最後に山崎街道の起こし絵が組み立てられて展示されてました。定九郎は仲蔵以降の型でした。

 通常展は頻繁に行くものじゃないですけど、これなら毎年無料展にいってもいいなぁ。

Edohaku_ny

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2013年1月 1日 (火)

江戸のおせち

 明けましておめでとうございます

 初日の出中継から始まり、正月の特番ばかりですが、NHKでは大河ドラマが幕末に戻ってくることもあってワープステーションのオープンセットから江戸の正月風景を再現して放送しました。

 では放送された江戸の長屋のおせち料理をどうぞ。

Osechi

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