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2013年1月 6日 (日)

三遊塚

 こちらが木母寺境内にたてられた三遊塚です。明治22年に現役バリバリ、隆盛を極めた圓朝が一門を集めて建立したものです。
Sanyuzuka

 地元の人間のはずの家族さえ、三遊塚はともかく、梅若伝説やこの木母寺を知りませんでした。隅田川七福神に入っていないからかなあ。そういえば他の七福神めぐりをしたことがないから、今度予定してみましょ。

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コメント

 圓朝は志ん生が十歳の時の明治33(1900)年に60何歳かで亡くなったんですが、50代の頃には既に肺病か何かで高座を引退して落語作家に徹していたので、志ん生が子供の頃に親に連れられて鈴本で圓朝を聴いたと語ってるのは記憶違いの筈です。

 圓朝が建立した三遊塚ってのがあるんですねぇ。私は初めて知りました。

投稿: 藪井竹庵 | 2013年1月11日 (金) 17時49分

 圓朝の頃は三遊派を盛り上げて、柳派としのぎを削っていたので一派の結束を図る目的があったようです。私は柳塚(妙見さま)をついこないだ知ったばかりですが、それも両派の対抗のあらわれでしょう。
 しかし、しばらくして圓朝は弟子の切り崩しで席亭との対立に敗れ、寄席から引退しました。ですから、この塚のころが絶頂でした。

 最晩年には弟子の助演で何度か寄席にでることはあったようなので、志ん生との遭遇の可能性ゼロではありませんが誰も証明できないでしょう。

投稿: snob | 2013年1月11日 (金) 19時00分

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