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2013年1月21日 (月)

柳田格之進(2)

(承前)

 「私は京都で宿の者に誘われて島原遊郭にあがったことがございます。江口という太夫を呼びましたが、そのあと二年ごとに上京するたびにまた登楼しました。この江口が、その師匠の娘で、そのとき返すべき金子のために身を売ったそうでございます。そうだとすると人の災難はどこにあるか、この定めのない浮世ではわからない、はかないものでございます」

 と答えたのを、豪商の番頭が問屋から伝え聞いて主人に事の由を知らせた。主人は大いに喜んで、番頭を呼んで「そのほう、どうにかして京に上がって島原に行き、江口という太夫を身請けしなさい。あわせて、まず猪飼さんの行方を尋ねて、私の行き届かないことをよくよく詫びてきなさい」と多額の金を渡して江口のもとに行かせた。「父は郡村というところに、縁者を頼って、今は人の小作をして暮らしております」と泣く泣く所を書いて番頭に渡した。いさんで郡村に行って尋ねると、わびしい家だった。人がいないのであたりの者に尋ねると、「野良にでてるんでしょう。会いたきゃいってごらんなさい」と教えてくれた。

 畑で鋤を持っている人がいたので、近づいてよくよく見ると、あの師匠だった。その身なりは昔とは様変わりして同じ人とは思われないようだった。よくよく見ると間違いがないので、事情を述べ、主人の詫びを伝えた。「あのときお持ち帰りにならなかったのであればなぜ有りのままおっしゃらなかったのですか」というと、

 「人の疑心は言葉で解くことはできないことでござる。われ、かくなる疑いを受けた以上、どんな言葉を尽くしても得心を持って許されることはあるはずもないのが人情。後で真実が分かるにしてもその場ではどうする術もござらん。よって、娘を売って調達申した。武士は筋の通らぬものは受けぬ。まして金銭はなおさら。そのほう、会わなかったことにしてすぐ立ち去れ」

 と再び振り返ることもなく、畑を鋤き返した。こうなったら、番頭はさまざまに詫び言をいって金を渡そうとしたが、「強いてそのことを繰り返すなら、その方を身の障りと致すぞ。とっとと失せい」とまで言われれば、もう京に戻らざるを得なかった。奈良屋という者を頼んで詫たが、「娘の身受けも、あのような賤しき志の者どもを許すことはありえぬ」とまったく聞き入れなかった。

 返された五十両には手も触れず、郡村に生涯を終えた。

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 この話、落語を研究している方にはよく知られているのでしょうか(注釈には「碁盤割り」「柳田格之進」の原話と記述)。匿名掲示板なので知るよしもありませんが、どんなかたがレスを書かれたのでしょう。
 今現在、連座してアク禁になっているので、質問もできません。

 爛柯(らんか)とは囲碁の事だそうです。他に「笠碁」の原話らしきものもあります。伝聞で集まった話と思いますが、林はこの師匠を変わり者「奇士」と評していますので、江戸時代でもありふれた人物ではなかったようです。その人にしてその娘ありといったところでしょうか。

 この書籍は版元絶版、流通在庫のみですが、各地の図書館にまんべんなく在庫するようです。

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コメント

面白く読ませて頂きました。

林元美という人は御城碁を勤めたり、著作も多く、碁の歴史では重要な方のようですね。
アク禁とのことですが、携帯電話かスマホからなら書き込めるかもしれませんよ。

親を助ける為に娘が苦界に身を沈める例は多く、その場合は親孝行者とされ蔑みを受けることは無かったと最近読みました。
「図説 吉原入門」(永井義男)か「江戸吉原誌」(興津要)のどちらかだったと思います。
どちらの本も一通りのことが書かれていますし出典が明記されているので信頼が置けそう。
永井氏の方は来月辺りに文庫化されるようなので買おうかと思っています。

投稿: nam | 2013年1月21日 (月) 08時48分

有難う御座います。
現実は噺の様にはいかなかったのですね。
美ししくも寂しい話でしたね(^^)

投稿: hajime | 2013年1月21日 (月) 09時37分

永井さんといえば、WEBマガジン「江戸の醜聞愚行」で、女郎を妻にした話を紹介なさっています。はじめこそ男性関係が気になったもののしばらくすると普通の夫婦となったそうです。

関心は、武家での扱いで、娘の身持ちの悪さでその家が処罰されたこともあったようなので、そのあたりの事例が見つかればよいのですが。

吉原関係は人気のためか内容がいい加減なものも多く、私もご紹介いただいた2冊を読んでみたいと思います。

投稿: snob | 2013年1月21日 (月) 09時50分

hajimeさん、「生涯を終えた」で結ばれているので、著者の林元美よりも少なくとも一世代前の話です。もっと前かもしれません。伝聞となると脚色も当然入ってくるのでどこまでが現実かはわかりません。

でも著者はこの猪飼の心構えをほめてはいるので、あってしかるべき姿ということなのだと思います。この話では娘のほうの覚悟が、発見でした。再仕官がかなう落語よりストーリーは自然かも。

投稿: snob | 2013年1月21日 (月) 09時58分

 先生のご推察にはいつも感心させられるのですが・・・でも落語は、私の持論ですがリアリズムではなくてファンタジーなんだと思います。

 娘が吉原に身売りして金を得ると云う演目はそれこそ落語にはたくさんありますが・・・先ず最初の疑問点はそんなに簡単に金を得られたのかってのがあります。50両(400万円)と云えば大金であって、そんなに簡単に吉原の店の主人が金を出したのか? ってのがあります。

 でもそう云うリアリズムを考察したら落語なんて成立しません。だから、ある程度の不具合には目をつぶって話を進めるのが落語なんだと思います。火焔太鼓は本当は大きいものだから、馬生が大八車に乗せて運ぶってやったら志ん生は怒った。客は火焔太鼓なんか知らないんだから、甚平さんが担いで行く方が落語としては面白いんだってね(^ω^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年1月21日 (月) 19時54分

 さすが藪先生、実は私もこの資料の50両は怪しいとふんでいるのです。吉原への身売り金は武士の娘で18両という資料もあるようですし、切りのいい数字をもってきたのではないかと。とすれば話のどこまでが真実なのか…それこそ藪の中ですね。

>ファンタジー
 私もそう思います。
 でもこの柳田の件は本当にいろいろなところで疑問が投げられます。私は志ん生の押さえ方でいいと考えてはいますが、プロの落語家さえも自分の解を求めて工夫しているのも事実です。

 落語が時代を超えて生き残るには、後の時代の人も飲み込みやすい形にするのもアリかなと。
 みんなで知恵を出し合うのもおもしろいじゃないですか。

投稿: snob | 2013年1月21日 (月) 20時36分

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