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2013年2月18日 (月)

教育と体罰(2)

 録音した演芸番組を電車の中で聞いていたら、漫談に「雀の学校」がでてきました。すっかり歌詞は頭から抜けていましたが、”鞭をふりふりチイパッパ”は体罰だというクスグリです。この鞭は教鞭のことだそうです。
 二十数年教鞭をとった私も教鞭って見たことがありません。

 教育とはなにも学校の場だけで行われるものではありません。職業の場でもプロフェッショナルになるためにという理由で、かつて暴力は振るわれました。徒弟制度の中ではげんこつで叱られるのは通常だったそうです。調理の世界にもちょっと調べただけで、ちょっと前は「毎日、殴られ蹴られた」といった話がごろごろしてます。
 もちろん全部じゃありませんが、お稽古事だって、昔は体罰で仕込んでました。文楽の「あばらかべっそん」には、間違ったときに煙管でたたくおばあさんの思い出が綴られています。

 そういう環境も当然、時代の変化に応じて、暴力を排除していきます。

 残っているのが、スポーツの育成。大阪の高校の事件以前は、スポーツ指導者が「体罰を行う」と公言している例はいくつも見られました。しかも効果的だとしています。プロ野球の監督で鉄拳制裁で知られた人もいます。

 なぜかというと、人間は暴力にはすこぶる弱いからです。反社会勢力はその力を暴力に依存します。どんな国家も国内向けには警察機構という実力行使期間を持ちます。国際関係でも最終手段としてどの国も兵器を常備しています。

 だから、体罰で技術が上がることはあり得ないにもかかわらず、行われるのは、モチベーションが下がった選手に、一見そうじゃない姿勢を取らせることが簡単にできます。図らずも柔道のヤワラちゃんが、体罰指導はなかったといっていましたが、トップレベルの選手にそれがないのは、自分でモチベーションを保っているからです。

 結果が出なかったとき・レベルの低い時・初心者など、簡単にモチベーションが下がります。それを、話し合いで高めるのはとても難しい。そして時間がかかります。短絡的に体罰指導をしてうまくいくことだってあります。
 そのたまたまの成功体験は、自らが指導者となったときに繰り返されるのです。

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