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2013年2月23日 (土)

柳田格之進(4)

 先月、「柳田格之進」の原話として囲碁の棋譜と逸話を集めた本「爛柯堂棋話」を記事にしました。集めた本というからには元があるわけです。
 復帰した2chで質問を投げかけたところ、「雲萍雑志(うんぴょうざっし)」という本を紹介していただきました。

 世界大百科によると、”江戸後期の随筆。柳沢淇園(きえん)著。1843年(天保14)刊。4巻4冊。淇園は郡山藩の重臣であって,その20巻余の自筆本を,大坂の木村蒹葭堂(けんかどう)が1796年(寛政8)に入手し,これを桃花園中山某が校訂し《雲萍雑志》と題し,江戸の書肆が請いもとめて刊行したもの”だとのこと。さきの「爛柯堂棋話」が1849年ですから、出版はその6年前、書かれたのはさらに50年さかのぼるとすると、ここから来た可能性はありますね。

 もちろん私は崩し字の読めない人なので、図書館で借りたのは、岩波文庫(1936年)の読み下し文です。息の長い本で1987年に7版を数えています。”岩波文庫創刊60周年記念 リクエスト復刊”の帯がかかっていました。
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 また、埼玉県立図書館が、原本をデジタルライブラリーにおいてPDFで公開しています。
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※前回の(2)で、「娘のほうも身請けを断った」という内容の現代文にしてしまいましたが、「娘が身請けも…」という原文なので、「娘の身請けも(父親が)断った」が正しいようです。前記事も修正しておきます。

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コメント

 私には難しい事は判りませんが・・・「柳田格之進」とか「井戸の茶碗」と云う演目は、武家の噺であり東京落語独特の物ではあるのですが、一般庶民が関係した問題とはかけ離れた噺であり、そんなに寄席でもてはやされた演目ではなかったと思います。

 だって一般庶民はそんな噺を聴いたからどうだって事はなくて、溜飲が下がる噺でもなくて、噺家が自己満足でやった演目ではなかったか・・・相変わらず辛口(^ω^)

 庶民は「鹿政談」や「佐々木政談」のような演目を好んだと思います(^∇^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年2月25日 (月) 09時57分

>一般庶民

 そうだと思います。両著作とも武家の手によるものですから。この手の話は武士の矜持を表すものだったのでしょう。
 「不当な疑いをもたれたとき弁明せず一切を捨てる」というのは訴訟社会の欧米ではまったく理解されないでしょうね。でも少しは先祖が百姓の私にもわかる気がします。

 速記も残っているそうですが、今の「柳田」は志ん生の掘り起こしのおかげですよね。
 守備範囲外の講談「碁盤割」もどうストーリーが違うのか、読んでみようと思って探し始めてはいます。

投稿: snob | 2013年2月25日 (月) 10時25分

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