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2013年3月19日 (火)

「愛宕山」のコチャエ節

 文楽・志ん朝の「愛宕山」で一八が景気づけに歌う「コチャエ節」ですが、「お前待ち待ち蚊帳の外」で始まるので、長らく気づきませんでしたが、「お江戸日本橋七つ立ち」と同じ曲あるいは替え歌だったのですね。

愛宕山での「コチャエ節」

お前待ち待ち蚊帳の外 蚊に喰われ 七つの鐘の鳴るまでも コチャ

七つの鐘の鳴るまでも コチャエ コチャエ

お前は浜のお庄屋様 潮風に吹かれてお色が真黒け コチャ

吹かれてお色が真黒け コチャエ コチャエ

 江戸の俗謡にはまったく知識がないので、ネット情報の受け売りになってしまいますが、明治に「コチャエ節」として流行したのは天保期の「羽根田節」のリバイバルだそうです。その「羽根田節」も元は甲斐地方の盆踊り歌とか岡山備前太鼓唄が元とかかいてありましたが、備前太鼓唄を検索すると”天保期以後、江戸の流行歌「こちゃえ節」の替え歌”とか見つかるので、ネット情報を鵜呑みにしてはいけません。
 ※その後、天保の「コチャエ節」が明治に「お江戸日本橋…」になったという江戸研究家の書き込みも見つけました。どれが正しいのか…

「東海道中上り歌」の一部

お江戸日本橋 七つ発ち 初上り 行列揃えて アレワイサノサ 
コチャ 
高輪 夜明けて提灯消す コチャエ コチャエ

恋の品川 女郎衆に 袖ひかれ 乗りかけ御馬の 鈴ヶ森 
コチャ
大森 細工の松茸を コチャエ コチャエ

 こういう録音も楽譜もない時代の流行歌は、伝わる中で歌詞が作り変えられ、メロディも変化していくのは必然だったのでしょう。また、俗謡はメロディそのものもそれほどダイナミックではなく同じように聞こえる曲もあるので、「お江戸日本橋」と「お前待ち待ち」が同じ曲とは認識してませんでした。岡山のを聞くと、民謡っぽくこぶしが利かされて、別の曲にも聞こえます。
 囃し言葉のコチャエが共通するのが特徴ですね。

「備前岡山太鼓唄」

備前岡山 西大寺町 大火事に 今屋が火元で 五十五軒 コチャ

今屋が火元で 五十五軒 コチャエ コチャエ

 私が30年以上前に卒業した大学は、今でもそうかはわかりませんが、飲んだら(飲まなくても)校歌・寮歌を歌いまくる学校でした。
 その一つに「ストームの歌」というのがあって、よーく考えたらこいつも同じだ!と気付いたのはつい最近でした。

札幌農学校は蝦夷ヶ島 熊が棲む 荒野に建てたる大校舎 コチャ

エルムの樹影で真理解く コチャエ コチャエ

札幌農学校は蝦夷ヶ島 手稲山 夕焼け小焼けのするところ コチャ

牧草片敷き詩集読む コチャエ コチャエ

札幌農学校は蝦夷ヶ島 クラーク氏 ビーアンビーシャスボーイズと コチャ

学府の基を残し行く コチャエ コチャエ

 で、青森県立青森高校(旧制青森中学)にもほとんど同じ歌が伝わっているようで、HPで発見してびっくりです。

青森高校は陸奥の国 夷住む 荒野に建てたる大校舎 コチャ

ポプラの木陰で 真理とく コチャエ コチャエ

青森高校は陸奥の国 津軽崎 夕焼け小焼けのする所 コチャ

クローバ片敷き 詩集読む コチャエコチャエ

 距離も近いし、あまりに似ているので、どこかで歴史が交錯していると思われますが、不明です。青森高校卒業の北大生に話を聞いてみたいものです。
 いずれにせよ、落語にも残る江戸の流行歌が各地に伝わった様相が残されていて興味深いものでした。

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コメント

 文楽と志ん朝は同じ歌詞だったと思いますが、上方の先代 文枝版は歌詞が違います。

曇らば曇れ 箱根山 晴れたとて お江戸が見ゆるじゃあるまいし こちゃ構やせぬ こちゃえ~ こちゃえ~
登らば登れ 愛宕山 登ったとて 一銭のポチ(小遣い)にもなりゃしょまい あのしみったれ・・・

 ですね。

投稿: 藪井竹庵 | 2013年3月19日 (火) 18時08分

上方の情報ありがとうございます。テレビラジオで放送すると知識のために見ることはあるのですが、楽しめなくって探してはみませんでした。

コチャエを全国で探すときっといろいろ出てくるでしょうね。

投稿: snob | 2013年3月19日 (火) 19時12分

恥ずかしながら、ストームがお江戸日本橋と同じものだとはsnobさんに言われるまで気がつきませんでした。
メロディが大分変わってしまってますものね。

それに青森にも似たものが有るとはびっくり。
ネットで他を探してみると、宇都宮大学コチャエ節ってのが見つかりました。
この大学も農学部から始まった様なので北大となんらかの交流が有ったのかもしれません。


〉元は甲斐地方の盆踊り歌…

関係無いんですが「盆踊り」で思い出したので書いちゃうと、バハマママという70年代のディスコソングはご存知ですか?
数年前に都内の某町内会の盆踊りでこのバハマママで踊っているのを見たときには目と耳を疑いました。
浴衣きたおばちゃんたちが違和感を覚える風も無くごく普通に踊ってました。
振り付けも普通の盆踊りと。ただ、腰に手を置いてお尻を振る一節が洋楽テイストかも?
ネットで見てみるとけっこうアッチコッチの盆踊りで踊られているようなんですね、バハマママ。

その後、同じくディスコソングのジンギスカンで盆踊りをしているのにも出くわしました。
ちょっと脱線が過ぎましたが、庶民風俗ってのは雑食的にいろんなものを取り込んでいくんだなあと。

投稿: nam | 2013年3月19日 (火) 22時17分

大丈夫、私も気づいたのは去年かそこらのことだったと。

宇都宮にもありますか!あちらは新制大学でしょうから果たして交流かどうか。メロディは「お江戸日本橋」に近いようですね。地域的にもあるいは別ルートかもしれません。

バハマママというのは寡聞にして知識がありませんが、ジンギスカンも盆踊りになってしまいましたか。バイタリティですね。

投稿: snob | 2013年3月19日 (火) 22時46分

 メロディは違いますが旧制高校で学生たちが歌った歌として有名なのがデカンショ節ですね。デカンショとは、哲学者のデカルトとカントとショーペンハウエルをくっ付けた造語だとよく云われますが、「出稼ぎしよう」を転訛した単なる掛け声に過ぎないとする説もあります。

 デカンショ~デカンショで半年暮らす~ アヨイヨイ
 あとの半年しゃ寝て暮らす~ ヨ~オイ ヨ~オイ デッカンショ

投稿: 藪井竹庵 | 2013年3月19日 (火) 23時57分

 デカンショ節をうたう学生というのには会ったことがことがありません(^^;

 出稼ぎや杜氏のこととするとまた味わいが変わりますね。

投稿: snob | 2013年3月20日 (水) 11時13分

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