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2013年6月

2013年6月30日 (日)

居酒屋で(続)

 酒が(彼らの)進むにつれ、学校での悪事について盛り上がってきました。こちらは(1杯で)限度なので聞き流していました。
 煙草や喧嘩、部活で体罰を受けた話。「ぼっこぼこにされたよな」「その先生の結婚式には行った」「今じゃ教頭だ」
 なるほど、そういう先生に教わっていたんだ。

 「保健室でな」「そうそうそのあと校長室呼ばれた」
 話が変わってきました。話に集中しなおすと、仮病を使って何人もで保健室のベッドにもぐりこんだそうです。そして20代の養護の先生を寄ってたかって裸にむいたのだそうです。さすがに「最後まではしなかった」と言ってました。

 もう彼らも中年で、”いい思い出”なのでしょう。

 校長室に呼ばれて、「二度とするな」と指導されたそうです。その子たちの担任は、イスを蹴飛ばして怒鳴ったそうですが、「あれはみせかけだったよな」と。
 もちろん、警察に突き出されることはありません。生徒の更生を願って指導するのが学校ですから。

 自分が、その子たちの担任だったら…?あるいは今だったら?”先生が若い女で一人でいるのが悪い”となるんでしょうね。

 「この居酒屋はうちの社長が常連で、先生、いつ来て社長の払いで飲んでもいいよ」。私の学校の卒業生が言ってくれました。

 それからそこにはまだ行ってません。

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2013年6月29日 (土)

居酒屋で

 酒が飲める人がうらやましい、と思います。どこどこの地酒がおいしい、とかこのワインはふくよかな味、この料理にはこの酒がぴったり、といった話を聞くたびに、自分は世の中の喜びを知らないのだなあと残念です。

 ビールならコップ1杯、ウーロン杯も1杯までです。すぐに赤くなって眠りこけます。
 初めて飲んだのは、ジンギスカンの羊々亭で、ジョッキ一杯でトイレに駆け込んだのを覚えています。(そのくせタバコは初めの一服からウマかった)

 だから晩酌はしたことがありませんし、付き合い以外で酒場を訪ねたことがありませんでした。それが何を考えたか、何か月か前に、一人で新しくできた焼き鳥屋に行ったことがあります。

 焼き鳥とドリンクを注文して、食べ始めました。座った席のひとつ奥のテーブルに8人くらいの職人がにぎやかに飲んでいました。

 地元だからそういうこともあるのでしょう、その中の一人が私を見て、「先生…?」と声をかけてきました。顔を上げて相手を見ても覚えがありません。
 「…?」「×中の先生でしょ?」「そうだけど…」

 教え子を忘れることもあるでしょう(担任なら忘れません)。話を聞いてみると、担当学年の一つ下の子でした。子でしたと言っても今は30半ばです。
 全員が、私の中学校の卒業生ではありませんでしたが、他の子は私を知らない、その一人だけが、うっすら覚えていたようです。相手も私の名前までは知りません。
 なにしろ学年10クラスまであったようなマンモス校です。自分の学年でも一度も教えたことがない子もいます。まして、他の学年となるとわかりません。

 そうはいっても、自分の学年以外のヤンキーたちには進んでぶつかっていった口ですから、その子の記憶のどこかにあったのでしょう。
 当時の自分の学年のヤンキーたちの話をしていったら、おぼろげに話が符合します。みんな、中学校のときは”ワルかった”と口々に言います。
 私の科目を聞くので、英語と応えました。

 すると、これは他校の卒業生でしょうか、「あのころ英語勉強しときゃよかった」と言いはじめました。型枠工などを含む、建設会社の社員の集まりでしたが、外国の建設現場にたびたび行くそうです(おもに東南アジア)。「英語教えてよ」とこれは酔った口。

 ふうむ、やはり国際化した今、実用的な英語が必要なのだな、と納得しかけたところ、「女に、英語ができないって馬鹿にされるんだよ」

 外国花魁に値下げ交渉するにはどういったらいいんだ?と。そんな実用英語は私も知りません。

 この話じゃあ、生徒に「誰でも英語が使えなくてはいけない」という実例にして聞かせることができません。できませんが、英語の話せない日本人は夜の姫君から下に見られるというのは考えなくてはなりませんね。

※このような過去の生徒の話題にはあえてフェイクを加えてあります

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2013年6月28日 (金)

再来週への期待

 たった今、”I,Robot”のテレビ放映を見終わりました。スクリーンでも見ましたが、マザーコンピューターが黒幕って映画、いつまで作り続けるんでしょう。もう陳腐です。劇場でもがっかりしました。

 さて、この枠でジブリ特集ということで再来週は「平成狸合戦ぽんぽこ」をやるようです。果たして冒頭の志ん朝パートをやってくれるのか? 図書館やレンタルでは手に入らないだけにちょっと興味はあります。35分の枠延長なので…

 HD放送で、入手したビデオテープよりはずっとよい画質になるでしょうから。

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2013年6月27日 (木)

見つかった江戸復原図

 自分が間違えて、うれしく思うことは多くありませんが、今回間違えて記事にしたおかげで、このブログに気づいてくださった方からコメントを頂き、教えてもらって胸がすきました。
 解決したのです。

 以前、「江戸復元図」と検索してしまったため、本家東京都立図書館でも見つからないと書きましたが、正しくは「江戸復原図」であるとのことです。それで検索しなおすと、やはりほとんどの区・市で見つかります。

 とあるブログ記事でこの本を知り、そこに「元」の字で登録されていたので、そのままコピペで検索したからでした。
 そんな言い訳せずに、都内で見つからないことに気づいたなら、まず自らを疑うべきでした。

 「復元図」で見つかった江戸川区では、「復原図」でも2冊見つかります。誤字による検索に備えたのではなくて、登録間違いでしょう。他にも小平市・多摩市なども間違っています。(多摩市はおまけに、「江戸復元図(大版)」と記載されていて、大阪?と不思議に思ってしまいました)

 埼玉県立・千葉県立にも蔵書を確認しました(おそらく寄贈)。そこでは禁帯出資料になっています。都内でも貸出しませんが、複数冊ある図書館では、葛飾区・大田区・墨田区など貸し出し本もあるようです。
 荒川区など都内で所蔵していないいくつかの市・区はいったいどうしたのでしょう。

 …というわけで見に行ってきました。「江戸復原図」(東京都教育庁・1989年)。あまりの大判に借りて帰るつもりはありません。書籍ではなかったのです。40×60㎝、国土地理院の1/5000都市計画図を32枚閉じた冊子でした。現代の地図はそのまま薄く印刷され、その上に、切絵図などから考察した復元地図がカラーで印刷されています。
Edofukugen1

 そういう意味では、ソフトの「江戸明治東京重ね地図」の元になった「復元・江戸情報地図」と同じ形式です。
 見比べてみましたが、屋敷の境界線が若干違います。縮尺も違っていて、「情報地図」で5cmの辺が8.5cmになります。
 範囲も違います。こちらでは北は大塚・日暮里までで、板橋や足立・葛飾まで載っている「情報地図」「重ね地図」より狭いです。

 また、都市計画図の区切りはそのままなので、例えば西端の「大久保」では、江戸図は右側にほんのわずかだけ、「大塚」でも地図の1/3ほどを占めるのみで、現代優先の感があります。
Edofukugen2

 地理院の1/50000、1/25000地形図をたたむとき、隣の地図と並べて地形を続けられるように、四辺の余白をまず折りたたんで…と、高校地理の時間に折り方を習ったのを思い出しました。

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2013年6月24日 (月)

大江戸美味草紙・酒道楽(リイド社)

 もう数年前のマンガですが、今でもときどき単行本を本棚から取り出して読み返してしまいます。
Oedodoraku  Oedozosi

 「酒の細道」など酒場で飲み食いするだけの作品で有名な漫画家、ラズウェル細木の2作品。近ごろでは主人公が毎回ウナギを食うだけという連載も展開してました。

 この作品でも江戸時代の酒肴のうんちくを語るのは変わりません。でもそれが、その時々の江戸の季節を上手に考証してマンガに仕立ててあると、現代ものと印象が全く違います。

 美味草紙のほうは、女戯作者のヒモである亭主があちこちで飲み食い、酒道楽では棒手振りの酒売りがあちこちで商売しつつ、飲み食いするだけなんですが、その背景となる江戸の風物がリアルに迫ってきます。
 握り飯ほどの大きさだった寿司が小さくなったエピソードや、江戸にもあった促成栽培の野菜など食うんちくもいいですが、待乳山や隅田川などの実際の土地が背景に描かれると、ギャグ漫画のタッチにもかかわらず、なんか本当に眺めているような感じがするのです。

 もともとリイド社の雑誌に連載されていたものですが、その雑誌の本筋である時代劇マンガではストーリーがあります。なにか事件が起こって解決したり。怪異譚だったり。

 この作品では、やっぱり落語的な感じがするのが気に入っている理由のような気がします。生活感がたっぷりなんです。ときどき街なかで出会うどこかの若旦那は、白塗りのカブキ野郎だし。友人が見合いをする話では、江戸解説本で読んでいたしきたりが、絵になって納得です。こんな感じだったんだ。

 同じ雑誌で、のちに連載された作品は、まだ”本を増やさない”掟を破るまでにはさせてくれません。。この主人公たちで描きつづけていってほしかった。 

 都内の図書館では葛飾区・江東区・中央区に置かれているくらいです。単行本も何種類か出ているので、手に取ってみてほしい本です。

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2013年6月22日 (土)

「猪買い」は江戸でできるか 8 ≒ファイナル

 思い出したように、江戸の肉食や近郊の狩猟について検索をしてます。

 すると、この作業に決定的な資料を見つけることができました。
 タイトルに惹かれてダウンロードしたPDF文書「近世農民の害鳥獣駆除と鳥獣観」。11ページの論文で、筆者は法政大学教授の根崎光男さん。

 そうです、NHKの公式サイトもとうに閉じられてしまった、ブラタモリで解説をしていた先生です。以前にはこの「猪買い・・・」の記事の中で著書「将軍の鷹狩」には触れました。でもあの番組で見ると上つ方だけに興味があるのではなく、庶民の暮らしもたくさんご研究でした。

 2001年のこの論文は、まだ書籍に収録されていないのだと思います。CiNii(国立情報学研究所の書籍・論文のデータベース)などに登録されていて、そこからアクセスできます。

 該当部を引用すると

 番人の見張りによる害鳥獣の防除は古くから行われていたものであったが、慶応元年(一八六五)七月、武蔵国埼玉郡・葛飾郡、下総国葛飾郡内の二七か村は、「近年猪鹿多田畑諸作喰荒候二付、村毎昼夜二かきらす番人付置候得共、防方何分不行届」として、「花積村へ壱挺、梅田村へ壱挺、都合弐挺御拝借奉願上、外村々へ猪鹿来り田畑諸作喰荒候ハ、早速右弐ケ村へ罷越、前書鉄砲借受打威候様仕度」と鉄砲の拝借を幕府代官今川要作に願い出て許可されている。そして同年二月には、「遠村二てハ拝借人方へ及沙汰、同人駆付候迄ニハ諸作多分被喰荒甚難渋仕候間、今般村々一同相談之上増拝借御願奉申上傭」として、拝借鉄砲を増やしてくれるように要請している。この地域では村ごとの番人設置による対応から拝借鉄砲による防除へと変化した。拝借鉄砲の要請は、必ずしも一村単位で行われていたわけではなく、組合村という村連合によってなされることもあった。このことは村々の結束を強めることにも作用したのである。

 安政七年(一八六○)三月、下総国葛飾郡藤原新田の村役人は害鳥獣駆除のために鉄砲を領主から拝借した際に、「田畑作毛荒候畜類之外、鳥類者勿論、外殺生堅仕間敷癖」という内容の文書を提出している

 最初の部分は、現在の春日部市と旧岩槻市の境あたりの地区が、番人では間に合わないので鉄砲での駆除を申し出たものです。まさに維新前夜で、江戸からの距離は30km。

 後の部分は、船橋市で、競馬場の少し北、市川市との境界で将軍家の鷹場・小牧原にもちかいところです。これも幕末、もうすぐ桜田門の変です。江戸から20kmあまり。

 論文末に参考文献があるので、その春日部市史と船橋市史を図書館で確認しました。論文では「打ち威し」となっていますが、のちには「玉込め鉄砲」を借りる願いを出していますので、狩猟したことでしょう。船橋市では「(鷹の餌となる)鳥は打ちません」と断っているので、間違いありません。

 江戸で商品取引されている獣を近郊で狩猟したのですから、売ったか売らなかったはともかく、江戸者が食べに行くことはできます。
 これで「猪買いは江戸で…」は決着していいのじゃないかと思います。春日部だと関所もないし、日光御成街道一本。神田-本郷までは中山道。分かれて飛鳥山をまわって王子、赤羽・川口で川を越えて岩槻。大阪―池田より近い。噺にするにもいいルートかと思います。

 いつの日か本当に江戸落語にならないかなぁ。

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2013年6月20日 (木)

何番目?

 失敗談です。つい教えることだけを考えて身の回りに外国人がいない環境にいるとどんどん忘れてしまうものです。

 生徒たちに、文章を読んで、内容について互いに質問を作る作業を設定したのですが、複雑なことを聞こうとする生徒と、何?誰?のような単純な質問を作る生徒に分かれています。
 最初からみなが複雑なことができるわけはないので、放置し、いずれ単純な質問に飽きるのを待ちます。
 実際は週1回のおまけ塾ではそれほど余裕はないのですが、ここであせっては生徒ができなくなります。

 さて、今回の文章はインドのお祭りについてのもので、1日目はこういう意味、2日目の目的はこうという内容でした。
 すると、一人の生徒が、何日目?質問しようとしました。あっと思いました。英語には何番目という疑問形式がないんですね。こちらがどう英語でアドバイスしようかと考えあぐねている間に、本人が、回避策を見つけて、Whenを使って質問をしました。

 自分が今生きた英語を使っていないので、こんなことはすっかり失念していました。英語では「リンカーンは何代目の大統領?」と聞くことができず、「リンカーンの前に何人大統領がいた?」としか聞けないんですね。ま、そのときに"were there?"をつかうか"preceded"を使うかで、子供っぽさが変わりますけど。

 次の機会に、あらためて、そのことも教えることにしましょう。

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2013年6月17日 (月)

呼んで名付けて

 英語の教科書には便利なところもあって、だいたい教える順番は理にかなっている面もあるので、「教科書で教える」のであって「教科書を教える」のではない、というのは現役のころにもさけばれていました。
 学校が違っても、いっしょに教えることができるのは大助かりです。

 これから、文型に関わる学習が続くのですが、ほとんど意味のない用語なのでSVOとかSVOCとかを使うことはありません。どれもその動詞の性質として片付いてしまうからです。

 手始めにcall。
 15年くらい前にオーストラリアに行って以来、回転ずしの呼び名をsushi trainというのだと、ネタに使ってました。でも今度それを教科書に取られてしまったので、ネタを整理しました。
 あんまりマニアックなことをいっても生徒にピンとこなければいけません。

 ニホンザル:snowmonkey
 axthorotol:ウーパールーパー(日本)
 回転寿司:sushi-go-round
 インスタントラーメン:miojio(ブラジル)
 カニカマ:surimi
 温州ミカン:satsuma

 こんなところが、呼び名に説明をつけなくてもわかってくれるでしょうか。ちなみにラーメンとカニカマの件はTVで仕入れた知識です。くだらないことも多いですが、情報知識バラエティみたいなものが結構役立ってくれます。satsumaは、昔イギリス人ALTから教えてもらったことですが、Harry Potterを読んでたらちゃんと出てきたので感心しました。

 昔はこの後に、生徒たちのあだ名を紹介したものですが、近ごろの子供のあだ名は名前を短くしたものばかりであまりおもしろくないのでやりません。
 動物呼ばわりすることもほとんどなくなったのはいい傾向ですが。

 最後にnameの使い方をちょっと教えておしまいにします。

 

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2013年6月15日 (土)

スロットマシンでお願い

 中学校であつかう不定詞の最後は、tell, ask +不定詞です。余分に使役の原形不定詞はそうとは言わずに教えるとは思いますけれど。

 これは簡単なので、例文を見せて、教えるだけでわかると思いますが、それじゃ使ったことにならないので、今回は指示やお願いを生徒が受けて、こんな風に言われたと報告させましょう。

 だから、直接話法・間接話法という説明はしません。次回は母親が子供に命令している絵でも見せて、関連を考えさせることにします。

 では、どうやって生徒に指示を出すか。互いに’stand up’とか’open the notebook’なんて言わせても面白くないので、ゲームを考えました。
 Flashでスロットマシンを作ります。生徒には5枚ずつ小さなステッカーを渡しておいて、スロットの結果で、パソコンから指示が聞こえます。            

 回転ドラムの左端で、男性はJohn, 女性はEmiです。Johnが出たら命令しますし、手を合わせたEmiはお願いします。中央は実際には生徒の写真が回転して、止まった生徒に対しての指示ということ、右端はそれを聞いて何枚ステッカーをボタンを押して止めた生徒に渡す数字です。生徒が順にボタンを押して、tell, askを使って私に対してレポート(John tells Takeshi to give all stickers to me.)できた時点で、その子にステッカーが移動します(だから本当なら、私がスロットの結果を知らないほうがいい)。何枚集まるかを競います。

 サンプルを見て簡便に作った代物なので、スロットマシンとして不満があります。ドラムが回転してボタンを押したらスピードを緩めて止まるようにしたいし、だいたいボタンを押した生徒に対してステッカーを渡せと指示が出ちゃいます。それはハズレなんですけど。
 おいおい、作りかえていきましょう。

 生徒は大騒ぎして楽しく遊んでくれました(すぐにスロットの目押しを狙い始めた!)し、英文は単純なので間違えずに言えました。

 なお、PCの音声はサイトで合成してもらいました。

 

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2013年6月13日 (木)

父、圓生(講談社)

 静岡の方のブログで、古い落語番組を紹介していただきました。圓生の二男の佳男さんがゲストでした。この方は、お子さん、つまり圓生の孫といっしょに、長らく圓生の手伝いもしていいて、放送では圓生の最後の日を淡々と語っていました。それだけにかえって、はるか昔の出来事が今起きているような、手に汗握る臨場感を感じました。
 また、義理の祖父、つまり五代目圓生の最後の高座にもいあわせたそうです。というのも、圓生は貧乏暮らしの中、子供の何人かを、義父に面倒を見てもらったそうで、めぐり合わせたのです。
 
 まだあの志ん生と一緒に満州に行く前、佳男さんの兵舎に面会に来た時の、父親らしい愛情も、珍しい一面でした。

 そんな放送録音を聞いてしまったので、「父、圓生」(1987年)を手に取ることにしました。
 これはその放送から数年後にまとめられたエッセイ集で、六代目の臨終から幕を開きます。
 面会の件のほかに、圓生の本にはなっていない満州でのエピソードいくつか、柏木の家のこと、協会脱退後の小さんとの顔合わせなどが書かれていました。
 何より、事件後、老骨に鞭打って働きづめだったことがわかります。

 最後の章は五代目圓生の話題で締めくくっています。

Papa

 おどろいたのは、巻末に時代ごとの圓生演目リストがあるのですが、圓生になってからの持ちネタに「芝浜」が入っていたことです。

 文楽同様、三木助が売りものにしたから封じたのでしょうか。

 京須さんの本に、「百席」を録り終えた後、圓朝以来の三遊亭のネタである「芝浜」はと水を向けたが、いい返事はもらえなかったとあったのを思い出しました。

 聞いてみたかったですね。

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2013年6月12日 (水)

堀切菖蒲園

 いよいよ、東京行脚も荒川を越えました。向かう先は、堀切菖蒲園です。この時期一番の名所でしょう。

 東京に、家族の実家があるのですが、荒川を渡ってすぐの場所に20数年行かなかったのは、花に関心がないからです。でも、堀切地区の菖蒲園は、江戸時代からの歴史があります。私は、花は好きではなくても、花を求めて人が集った場所には興味があるのです。

 堀切菖蒲園は、この地にいくつかあった江戸由来の菖蒲園の後を追って、明治に開園しましたが、他の菖蒲園が次々閉じていく中で、生き残ったものです。江戸の流れを途絶えず伝えているといえるでしょう。
Shobuenmeiji (明治時代の彩色写真)

 今日は、老母たちと連れだったので、自転車ではなく、電車です。堀切駅前の商店街は平日の昼間でさほど人通りがありませんでした。
 しかしアジサイに導かれて菖蒲園につくと、みんな驚きました。こんなに整備されているとは思っていなかったのです。それに訪問客の多いこと!
Shobuennow

 いろいろな庭園の一部に菖蒲池がありますが、そんなものを想像していたら大間違いでした。3年ごとに移植される株の大きさがそろい、すべての株に品種の札が置かれています。職員が、井戸水をくみ上げる菖蒲田の藻をすくい、代わりに水草を水面に広げていました。
 牡丹、桜、萩、季節ごとの花も植わっていますが、主役の菖蒲の前に霞んでしまうのも無理からぬことです。

 庭内の静観亭から菖蒲を楽しむ人もいっぱいだったので、恐縮しつつもあつかましく、ご主人の菖蒲園さんを喫茶室に訪ねていきました。お忙しい中対応いただいたし、家族ともども楽しい時間をすごしました。

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2013年6月11日 (火)

お言葉ですが…(文芸春秋)

 千字寄席のサイトで、「柳田格之進」の原話に関する記述が加えられました。どうも職業柄かお節介な性格からか、自分の書き込みをきっかけに、管理者の方が考察を経たうえで、「爛柯堂棋話」「雲萍雑志」の猪飼某の話を原話と判断していただいたようです。

 書き込みには、”2chで聞いた話”を図書館で確認したと断っておいたのですが、私に謝意をいただいてしまいました。考えれば他にしようもなかったでしょうが 。

 そのあとも、ずっと誰が教えてくれたのか気になっていました。

 どうもキーワードは高島俊男とのことで、著書の「お言葉ですが…」の中に、教えていただいた話があるようです。

 図書館で探したら、これは週刊文春に長らく連載されているコラムで、単行本は何冊もあります。地元の図書館にはそろっていなくて、あらためてWEB検索で該当巻を確認して、隣町で借り出すことができました。

 それが「お言葉ですが…9 芭蕉のガールフレンド」(2005年)です。後には文春文庫に入っています。
Okotoba

 「柳田の堪忍袋」は、馬生の「柳田」を”まじめな噺家が真面目で正直な武士の悲劇を演ずる”と格段に評価することで始まります。(2003・11・27)

 単行本は同じテーマのコラム記事を並べて再構成してあります。次のコラム(2004・2・12)では「柳田」の”元ネタ”を探ります。

 まず、柳枝の「碁盤割」。私も開いた「明治大正落語集成 2」を参照し、その解説ではハッピーエンドは圓楽がつけたと引用しています。私は解説までは読みませんでしたが、これは誤認ですね。

 ただし、講釈ダネであるが、明治の講談は見つからない、読者から「爛柯堂棋話」のことが知らされたと続けています。あらすじを述べ、編者の林元美が写した元は不明と話を閉じています。

 それが次々話(2004・3・11)で、やはり読者二人から、「雲萍雑志」の件で連絡がきたと報告しています。しかもその「雲萍雑志」は自室にあって、赤線まで引いてあるが、失念していたというオチ。「爛柯堂…」は幕末に書かれたが、世に出たのは明治末。だから「碁盤割」は「雲萍…」のほうを継承したのだろうという推論は納得。

 週刊文春と言えば超メジャー雑誌ですから、連載記事かこの単行本・文庫から助言が来たような印象です。

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2013年6月10日 (月)

台東区立図書館

 圓生率、99と演芸の町浅草・上野を抱える台東区としてはあまり多くない印象を受けます。ただし、「古典落語名作選集」のビデオで状態の良いものがあるのは助かりました。

 また、郷土資料コーナーはどこの区にもあるものですが、さらにそのなかに演芸のコーナーがあるのが浅草らしい。

 それとは別に、「東京かわら版」が57号(1979年)あたりから、合本されてずっと保存されているのが珍しい。ただし初めのころは数冊抜けてはいるようです。もちろん国会図書館には全冊(初期号はコピー)保管されているのですが、何の手続きもなしに、本をぱらぱらめくれるのは素晴らしいことです。研究者は抜けているものだけ国会図書館に行けばよい。
 もちろん禁帯出です。

 どうも、雑誌というのはどの図書館でも直近の数年だけ保管して、どんどん破棄しているらしいです。だから他の区にある「東京かわら版」は3年前くらいしかさかのぼれません。
 今度ひもといてみようと思っています。

 中央図書館は浅草・金竜小学校の間近にあります。かっぱ橋商店会を抜けたところといったほうがいいですか。
 池波正太郎記念館などの併設されたガラス張りのビルの合同庁舎にあります。2階が郷土資料と視聴覚資料。CDの専用試聴機が珍しいです。写真が撮れないので説明が難しいですが、ヘッドホンの付いた公衆電話という感じ。
Taitochuo

 谷中コミュニティーセンター図書室は、ひところ、北区滝野川・豊島区駒込・文京区本駒込・荒川区日暮里と連続して資料を借りによく足を運びました。
 いまは改修・閉館中です。場所は谷中全生庵のすぐ裏の広場に面しています。昨年、圓生祭りが行われたところですね。
Taitoyanaka

 他にも、秋葉原駅から5分くらいのいきいきプラザでも、リクエストしての借り出しと返却ができます。

 このところ、ずっと管内の資料閲覧だったのでわからなかったのですが、図書館HPでログインしてみたら、貸し出しカードの発券要綱が変更になったことがわかりました。
 それが、普通っちゃ普通なのですが、区民・在勤在学者・都民のみの利用となったのです。私のカードの寿命もあとわずかということになりました。

 なんだか、恋人に拒絶された感じ。でも、これまでありがとうございました。

 この後、視聴覚資料の総ざらいをして、借り残しがないようにしなくっちゃ。

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2013年6月 9日 (日)

浄閑寺と吉原神社弁天池

 南千住から浅草に向かう途中に三ノ輪があります。国道4号から明治通りに曲がる角、その少し奥に浄閑寺があります。ここは吉原の遊女たちが葬られた場所でした。寺のHPによると、例の安政地震のとき、多くの遊女が逃げ遅れて無縁仏となり、それ以来「投込寺」と呼ばれたとあります。

 「風雲児たち」にも捕縛された高野長英の娘が売られ、安政地震で犠牲となりここの過去帳に記録されたというエピソードがありました。(未検証)

 だから一度来ようと思っていた場所でした。その供養塚を昭和になって立て替えた総慰霊塔は寺本堂の真裏にあります。
Irei_jokanji

 その足で、吉原を抜け、吉原神社に移動しました。廓の中のいくつかの神社を明治になってまとめたものです。さすがに祭神は弁財天。
 すぐ近くに弁天池跡があり、もとあった池には関東大震災で多くの遊女が逃げ場を求めて水に飛び込み圧死・溺死したといいます。
 その供養の観音像が、埋め立てられて縮小された池の跡地に建てられています。
Irei_benten

 梅雨の中休みで、妙に天気がよく時々吹き抜ける風に、供養のためなのかいくつも吊るされた風鈴が音を立てていました。

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2013年6月 5日 (水)

図書館の「重ね地図」

 切絵図を復元した地図のことを書いて、ひとつ忘れていたことを思い出しました。PCソフトの「江戸明治東京重ね地図」が、図書館に置いてあるという話です。
 さっそく図書館で検索・確認して、冊子あり321pとあったので、「復元・江戸情報地図」のように、単行本に印刷された地図があって付録のDVD-ROMは、おまけであって。実行できない状態だろうと判断しました。

 では、その実際を確かめてみようと考え、南千住図書館を訪ねたのです。他に新宿区や世田谷区・中央区などにもあります。

 荒川区のOPACでは2冊登録があるようになっていますが、誤りで、1冊は「江戸東京重ね地図」(エービーピーカンパニー・2001年)でした。分厚い本の他にCD-ROMがついています。
 そしてもう1冊が「江戸明治東京重ね地図」(エービーピーカンパニー・2004年)で、冊子が2冊で、DVD-ROMが封入されています。

 そして、その冊子は、番号と施設名、住所の羅列だったのです。つまりディスクに収められた名称データの印刷物。電話帳みたいなもので、読める本ではありません。

 つまりこのセットも、PCでの閲覧が前提ということになります。いままでいくつもの図書館を訪ねてきましたが、本の付録のパソコンソフトを実行できる環境を見たことがありません。禁帯出(館内専用)資料ですから持ち出して自分のPCでの実行も不可です。

 つまり、買ったはよいけれど、誰も見ることのできない資料だということです。
Edomeijitokyo

 荒川区図書館をあげつらうつもりはありません。納入本を決めるときにそこまでは分からなかったのでしょう。もしかしたら私のように地図が印刷されていると思ったのかもしれません。
 現在の係の人も、どのようにすればよいのか頭を寄せ合って悩んでくれました。いつか閲覧PCが置かれるといいですね。

 図書館によってはPCを持ち込めるところもありますが、「江戸東京…」はCD-ROMから実行できますが、「江戸明治東京…」はPCへのインストールが前提となっているので、権利的にアウトです。

 と書きましたが、世田谷区ではOPACで見た限りは借り出せそうな感じです。区民でなくてもカードは作れますし、いつか訪問することがあればどんな塩梅か確認しようと思います。

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2013年6月 3日 (月)

黒門

 上野の黒門町の地名の由来となったのは、寛永寺の門です。浮世絵や図絵などにもたびたび描かれています。
Koromon (東京都立図書館デジタルライブラリから)

 上野戦争で、大村益次郎率いる官軍がたてこもる彰義隊に砲を打ち込み、上野の山は大部分が灰燼に帰しました。
 清水堂などわずかに残りましたが、惜しいことをしたものです。

 ただし、その黒門は別の場所に保存されていたことを知ったのは何年も前です。で、ようやく自転車で南千住方面にターゲットを移して、門を見てきました。国道4号沿いの円通寺にあります。
Kuromonphoto

 戦争後、上野の山は明治政府に没収されて公園などになりましたが、もう門は不要だったのでしょう。

 今は置かれている、といった状態で、金網に囲われて門の機能はなく、触れることは出来ません。しかし上野戦争時の弾痕などを見て取ることが出来ます。
 元の場所ではありませんが、大勢がにぎわう広小路の奥に、時刻になると閉ざされてたたずむ門を想像して偲びました。

 南千住図書館に寄った帰りで、その後いくつかの史跡を訪ねました。

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2013年6月 2日 (日)

How to ...はいいけれど

 T字パズルを引き続き、使います。homebaseやhouseをくみ上げるのに四苦八苦しているのを見て、Shall I teach you how to ... と疑問詞+不定詞を教えます。この事項は見れば意味の見当がつくものなので、あっさりと。
 パズルをくみ上げられたら、You know how to make ...で賞賛できますし。

 where to ... やwhat to ...も実地に使う練習を策定しなければ。とりあえずは文法説明で濁してあります。

 三年生での不定詞の発展はあとのこすところ、ask/tell + sb + to + v だけです。正直、これはいまだにうまく使わせることができてないんです。
 その事前段階で、want + sb + 不定詞ならやりやすいかと、What do you want your brother? などと水を向けても、うちの生徒たちはどうも要望がないらしい。まだこちらの引き出し方がうまくないんですね。
 有名人をひきあいにしてみたら、”アニマル浜口”に「want him to be quiet"がしぼり出たくらいで。まさか檀蜜に"want her to take ..."なんて言わせるわけにもいかないし、いうはずもなし。
 まだまだ改善の余地ありです。

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2013年6月 1日 (土)

風雲児たち 幕末編22

 Amazonは遅くなったのでしょうか?最近は新刊を買っていませんが、たいていは予約してあると発行日に届いたものです。
 それが今回は2日遅れ。

 これも以前からの継続で4年ぶりに注文をしたStar Trek Into Darknessも発送が再来週の予定だし。

 でも「風雲児たち」22巻をようやく手に取ることができました。雑誌連載中に全部立ち読みで読んでいるんですが、単行本で所有するのが楽しみなのです。追加もありますし、細かな訂正も入っています。

 22巻では、桜田門の変の見届け役たちの始末と、後半では咸臨丸のアメリカ到着。正使に先立ってサンフランシスコについた咸臨丸がこんなに大歓迎されたとは知りませんでした。みなもと先生の筆をとおってはいますが、目からウロコのことばかりです。
 今回は、咸臨丸日本人乗組員の名誉を守ったアメリカ人船長の逸話が白眉。ぺらぺら浮かんだことをしゃべるのは、芸人くらいでいいんですね。

 アメリカは間もなく南北戦争に突入するのですが、この日本使節団訪問も影響したんじゃないか、なんてことを雑誌今月号では言ってました。そんなはずはないんで、せいぜいバタフライ効果くらい程度、ギャグだと思うんですが、南北戦争の終了は戊辰戦争に武器の流入という形で日本に影響してきます。

Fuunji22

 ご存じない方のために付け加えておくと、もともとこのマンガは幕末を描くために、関ケ原からページが始まるという、マンガとしてはとてつもない構想から始まりました。
 そして日本が開国に向かうには、蘭学の発展を書き込んでおかなければならないと、「解体新書」の出版がなかごろのクライマックス。
 「蘭学事始め」とは違う感動を味わえます。教科書にも載っていた”フルヘッヘンド”の逸話は、「解体新書」の”鼻”の項には”フルヘッヘンド”がないことから、杉田玄白の創作ではないかということもこのマンガで知りました。どうやら”フルヘッヘンド”は”乳房”の項にあるらしい。
 蘭学者たちは辞書もない中、理詰めでオランダ語を暗号のように解読していくのですが、このあたりは私の授業指導観にも影響をしています。今は翻訳の時代じゃない、と。

 鎖国の中の外国とのかかわりでは、井上靖「おろしや国酔夢譚」で題材になった大黒屋光太夫の足跡を丹念に追っていきます。高田屋嘉兵衛も描きたかったのに、編集部と意見が対立してすっとばすのを自虐ギャグにしています。
 幕末の志士たちも面白おかしくも悲しく表れて消えますが、ジョン万次郎もまた大きく光が当てられます。井伏鱒二の「ジョン万次郎漂流記」などよりもっとくわしく。このジョン万次郎だけで大河ドラマになるんじゃないかなあ。

 今、私も含めて読者はこのマンガが無事完結することを祈って、進行をハラハラしながら見守っています。そして、あと何日か、何度も何度も読み返すことでしょう。

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