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2013年6月30日 (日)

居酒屋で(続)

 酒が(彼らの)進むにつれ、学校での悪事について盛り上がってきました。こちらは(1杯で)限度なので聞き流していました。
 煙草や喧嘩、部活で体罰を受けた話。「ぼっこぼこにされたよな」「その先生の結婚式には行った」「今じゃ教頭だ」
 なるほど、そういう先生に教わっていたんだ。

 「保健室でな」「そうそうそのあと校長室呼ばれた」
 話が変わってきました。話に集中しなおすと、仮病を使って何人もで保健室のベッドにもぐりこんだそうです。そして20代の養護の先生を寄ってたかって裸にむいたのだそうです。さすがに「最後まではしなかった」と言ってました。

 もう彼らも中年で、”いい思い出”なのでしょう。

 校長室に呼ばれて、「二度とするな」と指導されたそうです。その子たちの担任は、イスを蹴飛ばして怒鳴ったそうですが、「あれはみせかけだったよな」と。
 もちろん、警察に突き出されることはありません。生徒の更生を願って指導するのが学校ですから。

 自分が、その子たちの担任だったら…?あるいは今だったら?”先生が若い女で一人でいるのが悪い”となるんでしょうね。

 「この居酒屋はうちの社長が常連で、先生、いつ来て社長の払いで飲んでもいいよ」。私の学校の卒業生が言ってくれました。

 それからそこにはまだ行ってません。

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コメント

 私は酒飲みなんですが、私以外の人間が酔っ払ってるのを見るのは嫌いなんです。だから大勢でガヤガヤ飲むのは大嫌い。一人でゆっくり飲みたいんですねぇ。

 酒と云えば志ん生です。近年は特に志ん生の飲み方に付いて考察しているのですが・・・志ん生も大勢で飲むのは嫌いで一人で飲むタイプだったようです。深川の「みの家(や)」と蹴飛ばし屋(馬肉料理)には志ん生は弟子を連れずにいつも一人で行って二階の片隅で黙々と飲んでいたようです。

 志ん生が「お直し」で芸術祭賞をもらったあとの神田川での金馬さんとの「歳末対談」の音源が残ってますが、盛んに飲んだり食ったりしているのは金馬さんだけで、志ん生は金馬さんに勧められた時だけ飲んでる感じで、あれほど酒好きと思われている志ん生が、金馬さんと一緒だとほとんど飲まないんです(^ω^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年7月 1日 (月) 00時12分

>一人で…

 となると家飲みでしょうか。私はとにかく酒の味わいがわからないので、料理がないとだめなんです。

 住んでいるのは小さな町で、焼き鳥屋も本格的なのはありませんでしたが(チェーン店ばかり)、新しくできたので試しに行ってみたら、卒業生と出くわしたというわけです。

>志ん生

 動坂から谷中あたりを歩くと、きっと志ん生や志ん朝が通ったような店もあるんだろうな、と思います。

投稿: snob | 2013年7月 1日 (月) 00時32分

 私ははっきり云って・・・酒乱だと思います(^ω^)

 若い頃は怖いもの知らずですから平気で外で飲んでは数々の事件を起こしました(^ω^)
 カーネル・サンダースおじさんをタクシーに乗せて家に持ち帰ろうとした事件は、タクシーに乗せるのが困難で窃盗未遂事件に終わりましたが、道端に捨ててある自転車に乗って帰るのは占有離脱物横領罪になるし、選挙ポスターをはがしたら、選挙違反だとして東京地検にまで出頭しました(^ω^)

 歳を取って分別が付いてくると、ウチまで送り届けてくれる酒を飲まない保護者と一緒ではない場合は、怖いので外では出来るだけ飲まないようになりました。志ん生は酒飲みだと云われますが、酔っ払った失敗談を読んだのは皆無です。おそらく志ん生は知ってる店(馬肉のみの家と池之端のおでん屋)以外では飲まなかったのかも知れません。

 ぞろっぺだと見せてちゃんと落語をやるのが志ん生。酒飲みだと見せて外では紳士的な飲み方をしていたんだと思います(^∇^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年7月 6日 (土) 08時47分

 伝記的小説「志ん生一代」や美津子さんものなどを読むと”紳士的”とは思えませんが…(^^;)
 震災時・空襲時のエピは普通じゃあないし。でもそれより博打・商売女の程度がひどかったようですが。

 あれだけ破滅的な生き方で…勲章までもらうに至るのはおりんさんのおかげでしょうね。あと仲間。

 でも後半生は幸せだったでしょうね。うらやましいほどに。

投稿: snob | 2013年7月 6日 (土) 10時02分

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