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2013年10月16日 (水)

写し絵という芸

 まだまだ知らないことってたくさんあるんですね。テレビ番組で、江戸末期から明治半ばのほんの一時期、写し絵という動画を映写する芸があったことを知りました。三笑亭都楽が創始したものだそうです。

Utushie

 簡単にいうと、ガラス版の種板に描かれたスライドを幻灯機でスクリーンに映すだけのものです。ただし、1キャラクタを1台の幻灯機が担当して、静止画像がスクリーンを移動します。

Utusie2 Utusie4

 スライドの切り替えも重要ですが、特筆すべきはひとつのスライドでも画像の部分を木製のカバーで覆ったり外したりでも動きを出して、ある程度複雑な動きを演出するものです。

Utusie1

Utusie3

 番組では、それを現代に復元した人が、劇場にかけているのを紹介していました。もとは油の灯火で薄暗かったのを現代の光源で鮮明にしています。

 やがて、その動画は活動写真に座を譲って、滅びました。しかし、あらためて復元された芸を見ると、新鮮な驚きがあったのです。

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コメント

 子供の頃の記憶なので非常に曖昧ですが、ウチにテレビが来る前に、幻灯機と云うのがありました。夏休みなどには、父親の妹のおばさんが、近所の子供を集めて上映会をやりました。

 ブリキでできたケースに白熱電球を入れて、セルロイドにプリントした絵をレンズで拡大して壁に映すと云うだけのもので、いわば電気紙芝居でした。子供雑誌の付録には、そう云う幻灯機用の四コマくらいのセルロイドのフィルムがありました。テレビがなかった時代の子供たちは、そう云う静止画を面白がって見ていたんです(^ω^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年10月17日 (木) 20時54分

 そこにないものを映し出すのは、誰しも夢だったのでしょうね。芝居も写真もアニメも映画もテレビも。

 子どもの頃幻灯で遊んだことがありますが、いつも同じ映像ですぐに飽きてしまいました。きっとこの写し絵という芸も似たような理由ですたれていったのではないかと思いました。

投稿: snob | 2013年10月17日 (木) 22時53分

 上方噺の「天王寺詣り」には、「覗きカラクリ」と云うのが縁日に登場しますね。どう云うものなのか実際に私は見た事がないので判らないのですが、箱みたいなものに覗き穴を開けて、安いお金を取って「何か」を見せてたんでしょうね。

 そのカラクリの「何か」がどう云うものなのかを知らずに、今までに幾つもの「天王寺詣り」の記事を書いてました(^ω^)

 あれはどう云う事をやったんですかねぇ。百生や松鶴は八百屋お七の覗きカラクリなんて事を語ってるんですが・・・紙芝居のようなものだったのか、それとも谷中の指人形芝居のように何かの人形を動かしたのか・・・発電機などは無い時代ですから、幻灯をやった訳じゃないだろうし・・・

 雄々散歩の情報ありがとうございました。タイムマシンでチェックしてみます(^∇^)

投稿: 藪井竹庵 | 2013年10月22日 (火) 20時10分

覗きからくりはこんな↓感じ。八百屋お七です。
http://www.youtube.com/watch?v=387EpMmMgMc

千葉県佐倉市の歴史民俗博物館でも展示があったように思います。
ただし、1枚の絵をのぞかせるだけで動かしてはくれなかったのじゃないかと。

上記の動画だと立体的な紙芝居に、ランプを使った若干の視覚効果があるのみですが、からくり人形を動かして見せるものもあったようです。江戸時代の図絵に覗きからくりの屋台から紐がでていて、からくり操作ができるらしきものがあったような。

YouTubeを見ていたら笠智衆さんが映画の中で覗きからくりの唄をうたっている動画がみつかりました。なかなかの名調子です。
http://www.youtube.com/watch?v=XK4ccsCI6Wc

投稿: nam | 2013年10月24日 (木) 00時30分

 namさん、ありがとうございます。たしかこのお七も「謎解き江戸のススメ」で2月に紹介していたそのものだと思います。
 その録画は消してしまいましたが。

 笠智衆はびっくりです。それだけ人口に膾炙したものだったのでしょうね。

投稿: snob | 2013年10月24日 (木) 04時07分

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