« 英文法って?2 | トップページ | 処分! »

2013年10月30日 (水)

教師

 「話せる英語」が必要だ、と言われ続けているのに、授業が変わらないのはなぜでしょう。

 それには「教える」ということの本質が関わってくると思っています。

 ”おばあさん”が長寿で存在したことが、人間社会を変えたという説があります。生殖期間が終わった女性が、子育てに関与することと、知恵を継承することが有利に働くというものです。

 つまり、「教える」「教わる」ことが人間を人間足らしめる…つまり、だれでも「教える」ことには参加できるのです。
 だから、幼稚園児同士でさえ、「これはねぇ…」と得意げに教えるシーンが見られます。

 そのときの「教え」は、「自分が教わったことをそのまま教える」ことがほとんどのはずです。それだから、学校の教師は自分が数十年前に教わったことを教えるのです。それは大学・高校入試でも同じで、入学試験には「話す力を測ることができない」というもう一つ大きな問題点がありますが、過去にあった似たような問題が延々と出題され続けるのです。

 だから授業の経験のない外国人(ネイティブ)がなんの訓練もなく、学校現場に配置され、多くが生きるテープレコーダーの役を振り当てられています。

 それに気づいている大学の教育研究者もいます。しかし、圧倒的多数の中に押されて、授業の改革はなかなか進みません。

 そして、民間の学習塾ではその傾向がはなはだしく、テストの問題の解き方を教えるので、英語が使えるようになる学習塾・進学塾は少なくともうちの近くにはありません。親の要求は点数ですから、効率よくやるにはどうしてもそうなります。

 ま、そんな中、蟷螂の斧と知りつつ、子供たちが英語を使えるようになるといいな、という、うちのおまけ塾も生徒の卒業を控えて、滅びを迎えることにはなるでしょう。今すぐじゃなくても、一人でもここの記事を目にとめて、考えてくれる先生がでればいいなぁ。

|

« 英文法って?2 | トップページ | 処分! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教師:

« 英文法って?2 | トップページ | 処分! »