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2013年11月29日 (金)

山手線内最高峰

 いわゆる江戸府内で、自然地形としては、愛宕山だそうですが、人口地形を含むと新宿の箱根山です。標高44.6m(最寄りの新大久保駅で31mあります)。
 おりしも紅葉の季節。都内でもあちこちで便りが聞かれます。

 新大久保の駅で降りました。すぐ近くなので、山手線外側へ一歩でて、皆中稲荷神社に立ち寄りました。鉄砲組百人隊行列が有名です。さらに外に行くと地名は柏木です。
 元このあたりは、幕府直参が江戸警護のために住まっていたところで、古地図をみると、独特の細長い区割りがされています。そういえば皆中稲荷も細長い境内を持っています。
 平日のこともあり、神社は閑散としていましたが、懸っている絵馬を見ると、時節柄年末ジャンボ当選の祈願ばかりでした。
Kaichu

 そこから、コリアンタウンを通って、明治通りを渡ります。箱根山は戸山公園の奥なので、まっすぐ進まず、裏に回ります。戸山の町は意外な起伏です。カシミールで確認しても
 もともと戸山公園は尾張下屋敷の跡で、公園の外側は、屋敷の泉水だったところで、あちこちからの水を集めて広大な池だったあたりです。そのまま道なりに早稲田に抜ければ大熊庭園やらへも出られるのですが、戸山公園内に入りました。

 尾張屋敷は明治になって陸軍の施設になって戦後は公園となった後楽園と似たような経緯をたどっていますが、大名庭園としての名残はほとんどありません。幕末に火災焼失後再建されなかったからです。GHQに接収されて中流施設にもなっています。この箱根山と下に広がる起伏のある谷地形くらいでしょうか。すべて潰されていないだけましということになりますか。周辺は都営団地になっていて、以前に訪問をしたことのある区立図書館もあります。何冊か庭園の本を借りて読みましたが、わずかなページしか触れられていません。
 尾張の殿様は屋敷内に東海道の宿場を模した建物を配して喜んでいたようですが、箱根山=築山はそのころ磨ヶ獄と呼ばれていました。樹木も若いものばかりですが、色づきの見事なものもありました。
Hakone1

 箱根山はふもとからわずか1分で登れますが、現在じゃぶじゃぶ池となっている方面を見下ろすと高さを感じることができます。山頂には座る場所も用意されています。中央に360度の景色を説明した銘板もあります。もっとも今はビルのほうが高いのですから、眺めはよくありません。周囲の灌木と都営団地だけです。
 立札があり、自己申告で登頂証明書がもらえるとありました。

Hakone2  Hakone3

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