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2014年3月

2014年3月30日 (日)

スカイ座(MX)

 今朝で、曳舟寄席の録画放送、「東京スカイ座 一朝一席」が市馬「傘碁」で最終回を迎えました。アナログ時代は電波の状態で録画ができないこともありましたが、地デジ完全移行後は地方局で唯一スカイツリーの高さから電波を発射するという漁夫の利を得て、きれいに録画できていました。再放送が多いとはいえ、貴重な寄席中継でした。最終回なのに、別撮りMCの歌丸が「やっぱり日曜の朝は東京スカイ座一朝一席」といつもどおりに〆ていたのは、ローカル放送局らしい…
Skyza Skyza2

 会場のすぐそばに家族も住んでいるので、一度は公開を見に行く気もかすかにあったのですが、放送だけじゃなくこのホール落語自体もこれから先があるのかわかりません。

 掲示板には別の演芸番組について書かれていましたが、番組表には載っていないので、ガセだったのでしょう

 こないだ、テレビ東京が一週間だけ、浅草演芸ホールの録画を流していましたが、あれは果たしておためしだったのか。評判が良ければ再開があったのかもしれません。

 あとはチバテレの「浅草お茶の間寄席」を ―地元には電波が入らないので― 東京で録画したのを見るくらいですか。

 NHKの演芸図鑑が今朝は珍しく再放送になってました。来週からは「柳亭市馬の…」になるみたい。

 「日本の話芸」は、圓歌でした。”ババアの佃煮”のいつもの話でしたが、久しぶりに聞くと、引き取った老人がみな亡くなるまでのパートがついてたんですね。圓歌も80で、先代の50回忌をやるんだといってました。あの滑舌のよかった圓歌もずいぶん口跡が衰えていましたね。

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2014年3月29日 (土)

浅草寺伝法院庭園

 伝法院は浅草寺の本坊です。ここ4年は毎年公開されています。入園料の一部で震災の義捐金にあてるためです。それ以前は秘庭とされ、近年で初めて代替的に公開されたのはブラタモリのあとだったと思います。

 浅草寺は伽藍も五重塔もすべて戦災で焼けてしまったのですが、この伝法院の庭は比較的よく残ったようです。台東区は都心と違ってそれほど高いビルがないので、庭園としても江戸時代の風景をよく残しているほうでしょう。
 庭園が公開されるときは、浅草寺の大絵馬、本堂の高いところに寄進された額ですね、それが同時に展示されるのが常です。入場すると最初に絵馬に出会うことになります。
 秀忠や家光(伝)が奉納した神馬をはじめとして、当代一流の絵師が制作した貴重なものです。

 それがなぜ残されているか。度々の火災をくぐり抜けてきましたが、東京空襲のときは蔵にしまわれていたそうです。戦況が悪くなって、予見があったのでしょうね。

 本堂も現在はコンクリート建て、瓦はチタン製の軽量瓦となっていますが、木造建築で、この額が掲げられたところというのをぜひ見たかった。

 絵馬の展示は当然、撮影禁止ですが、ネットで探しても画像がほとんど見つかりません。隠し撮りを疑わせるようなものならありました。ぜひ、一度は見ておいて損のないものです。

 展示場を出ると、回遊式の庭園です。現在の五重塔の裏手に当たります。五重塔はこちらから見るのが良い、という意見もあります。初めの池を超えてある書院で、今回はお茶の接待を受けました。座って飲みながら池を眺めることができます。
Dennpoin

 そして、池をぐるりと回る。途中、入り口と反対、柵の向こう側鎮護堂が見えます。逆に普段伝法院庭園をうかがい見ることができるのはここだけになります。
 池の反対から五重塔とスカイツリーが並んで見えます。早咲きの種類が花をつけていましたが、ここのソメイヨシノももうじき咲くでしょう。

 

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2014年3月26日 (水)

小名木川

 家族に誘われて、砂町銀座へ出かけました。まっすぐ帰らず、西にそれて小名木川沿いを走りました。よくテレビにも出るクローバー橋を渡るのは、自転車で来た時でないと難しい。

 ご承知のように小名木川は今は荒川とつながってしまいましたが、かつては中川と隅田川を結ぶ通運の要所、行徳塩田の塩を運ぶための運河です。
 貨物線(越中島支線)をくぐって、気づきましたが、川と土手の間を隔てるコンクリートの堤防の高さが削られている最中です。そして土手のほうには緑道が、堤防の下には親水テラスが作られています。
 川面に視線が自然に降りるようになってきたのは、水質の向上のおかげでしょう。近代化で分離された陸と川が、昔に戻る(安全は確保して)方向に動いているのがわかります。
Onagi

 すぐに目的のクローバー橋に達し、向きを北に変えて墨田区へ戻ります。堤防の内側に木道が設けられていて、水面近くを走りました。途中に猿江恩賜公園がありますが、これは幕府の貯木場だったものが皇室に移管して、のちに埋め立てられて公園となったものです。
 その一角に、貯木場のよすがに作られたわずかな池があります。かつての広々とした貯木場を想像するにはちょっと無理がありました。
Choboku

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2014年3月19日 (水)

クラス編成 その2

 得点以外の各項目を偏らないようにバラすには、しるしのついた生徒を横の同じくらいの点数の生徒で無印のものと交換をします。できるだけ同じ段のカードを交換しますが、多少の点数の差は問題ではないので、前後2段くらいから選びます。

 やはり気を使うのは、リーダーと問題行動です。生徒同士には上下関係(動物のマウンティング)がありますので、+と-でゼロにはならず、食われてしまう場合があるので、互いの関係にも気を付けます。
 ピアノ素養や運動リーダーは日常的には、表面に出ないのであっさり決まります。

 問題行動まで行かなくても、生徒の組み合わせは気を付けます。日頃のトラブルをよく把握して、“××とはつけない”といったメモ書きをして、その条件を満たすように、類似成績ランクのカードで交換します。
 まれに、“△△とつける”とメモをする場合があります。子供の中には依存関係もあるからです。ただし、一方的にある生徒に頼って生活した場合、関係が爆発する場合もあるので慎重に行います。

 すべてがこのようかどうかはわかりませんが、中学校では生徒同士の関係がかなり生活に影響をするので、時間をかけて組み合わせを決めます。

 親についてメモがつくことがあります。今のようにモンスターペアレンツの問題が表面化する前から、突飛な行動をする親というのはありました。また、過去に親同士がトラブルを起こしたこともあったりして、把握していれば考慮します。

 もちろん、生徒と教師の人間関係も考慮しなければいけない場合もあります。ときどき、自分の部の部長は自分のクラスにほしい、ということもあります。

 こうやって、2日くらいかけて、男子・女子それぞれに仮クラスを作ります。それは新学期まで封印し、新しい学年が組織されたら、その教師たちの責任で再検討・再調整をして、男女のクラスを合わせます。組み合わせる時にも条件を見直します。
 男女を合わせたときに、合計人数があわないこともありますので、最終調整します。

 それでも教師の認識していない問題は隠れていることは多々あるので、ふたを開けてしばらくはこちらも緊張がとけません。

 

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クラス編成 その1

 桜の情報も聞かれるようになりました。

 先週から来週にかけて各地で卒業式を迎えます。月末には終業式。まもなく春休みを迎えます。教師も異動の時期ですが、授業が終わってから次の学年の準備を始めておかなければなりません。移動がなければたいていは学年は持ち上がりで受け持ちます。だからよく知った現在のメンバーで仮のクラス編成を済ませます。

 クラスは、成績が均等になるように、また生徒のリーダーなども散らします。そのために、生徒一人一人の個票を作って、そこに現在のクラス・テストの点数・リーダー素質・サブリーダー・運動リーダー・ピアノ素養・問題傾向・部活動を、記号で記入します。
 私が勤務した学校はクラスカラーを決めていたので、一目でわかるように票の端を塗ります。

 その他には、これまでの経験から、一緒にしてはいけない生徒や、問題の多い親などを簡単にメモします。

 運動リーダーは体育祭・球技会でクラス対抗をするためです。ピアノ素養は、これも合唱コンクールが学級対抗なので必要です。たいていクラスに2~3人いるのが常でした。

 まず、各担任が記入した個票を、テストの合計点順に並べます。どのテストを基にするかはその時々の決めになります。

 男女別に個票を順に、仮1、2、3…に置きます。次は5、4、3…と降順に置き、それをくりかえします。これでだいたい点数的にはバラけます。どうせ何度かの複数回の合計で数点の差があっても誤差の範囲でしょう。

 まず、リーダーを入れ替えます。クラスの個票を縦にみて、リーダー欄の記号(◎や○あるいはL)の数を調整します。教師から見てリーダークラスの生徒は各クラス1~2名しかいません。リーダーといっても、年齢によってこれまで務めてきた生徒がもう限界に来る場合もありますし、育ってきてこれからが有望といった世代交代もあります。
 また、特定の教師のもとにリーダーとしてふるまえる場合もあり、実は個票に記入するときや並べているときも常に、議論を加え、記号は書き換わります。

 続いて問題傾向。個々の生徒の行動歴は、悪いものなら特に、学年の教師で情報を共有していますから、細かなことは書きません。ただ記号(×、●など)で数のバランスがわかるようにします。

 まれに、問題生徒に強い教師がいる場合は問題傾向の生徒を固めることもありますし、新人の女性教師の場合は配慮することもありますが、たいていは数をそろえます。

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2014年3月15日 (土)

風雲児たち外外伝

 ブログの更新が… 実は掲示板のまとめサイトにここ1か月ハマってしまいました。虚実取り混ぜなのはわかっていますが、人生の苦しみ、暴露、再生など小説以上のものがありまして。でももう軌道修正、元の生活に戻ります。

 さて、愛読コミックの「風雲児たち」ですが、実は「外伝」があります。プロの漫画家なのに同人活動を行っていて、コミケなんかに本編に入れられなかったエピソードを出版しているんです。

 今回は”外外伝”と銘打ってあります。本編は幕末を描くものなのに対し、これは筆者、みなもと太郎の祖父、漆原松吉について、自身の幼いころの記憶、母(松吉の娘)などからの話を思い出しながら、明治の日露戦争・朝鮮併合・満州建国の裏話を断片的につづり合わせていくものです。

 江戸に関係ないしどうしようか数か月迷った挙句に買ってしまいました。やはりエピソードのつなげ方がみなもと太郎文法で、とても面白く読み切ってしまいました。
 なにしろ、博奕うちの子に生まれながら、優秀で明治の近衛兵(天皇直近)から、憲兵隊に、そして朝鮮の警察署長として周辺の治安を一手に引き受けて、愛新覚羅溥儀とも面識があり、部下の甘粕正彦が下っていたという…とんでもない人です。

 証拠なんかまったくありませんが、日露戦争時にロシアの諜報機関をまるごと日本が買っていたとか。一気に、まあマンガですから時間をかける必要はありません、読み終わり、なかなかすすまない本編(現時点でヒュースケン殺害)に思いをはせました。
Gaigaiden

 ただし、正編の単行本と判型が異なり、それに送られてきてから気づいたのが残念でした。本棚で並べられない…。(復刊ドットコム・1470円)

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2014年3月 8日 (土)

亀戸水神

 JR亀戸駅と東武曳舟駅を結ぶ、ごく短い東武亀戸線があります。子供のころからのりつけた路線です。

 亀戸駅の次が亀戸水神駅。ホームには「ここは亀戸天神最寄駅ではない」という断り書きがあるくらい、誤認して降りる人があるのでしょう。

 逆にここからすぐの水神には行ったことがなかったので、自転車で足を延ばしてみました。駅入り口から踏切を渡ってしばらく進み、Y字路になったところが亀戸水神です。江戸時代の古地図と重ね合わせてみてもこの道はそのままです。境内の広さもそれほど変わらないようです。
Suijin

 水神ですから、もっと近かった海に関係するのかもと考えたこともありましたが、農耕・田の神、水害からの守護神社だったようです。江戸開府より少し前の創建のようです。

 この辺りは高いビルもなく、住宅にうもれていますが、きっと開けた田畑の間にぽつんとあったのかもしれません。今は隣が交番です。

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2014年3月 5日 (水)

亀戸天神の梅

 亡きばあちゃんが住んでいたこともあって、合格祈願はいつでも亀戸天神でした。ですから受験の季節=梅の季節で何度も来ていたはずです。あるいは梅の盛りの前に絵馬を書いていたのかも。雨の合間に久しぶりに天神様に来ました。
Kameume2

 すると予想もしなかった梅の満開です。先の大雪のせいか、今年は遅れているそうです。あと2週間は続くのではないかという話です。浮世絵にもなった人間が転がり落ちるくらいの太鼓橋はいまはコンクリートの階段も付いた楽な設備になっています。子供のころは苦労して登った記憶があります。
Kameume

 もちろん、震災と戦災で被害を受け、そのまま保存されているものではありませんが、境内の梅を順に眺めていると、「塩原太助奉納の石灯籠」に今更ですが、気がつきました。落語をちゃんと聞くようになった効能ですね。

Tasuke

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