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2014年5月22日 (木)

川崎大師の赤札

 江戸に?が付いちゃいますが。

 年寄りを動かすのに、神社仏閣は効果的です。○○神社は××将軍が○○したとこなんだって。などと誘い出すとうちの年寄りは、じゃあ行ってみっか、となること請け合いです。

 しかもそれに「特別」とかつけば効果てきめんです。こないだの寛永寺将軍墓所特別公開も大喜びでした。その辺は昔からある「御開帳」は江戸市民をひきつけること大だったことでしょう。落語「開帳の雪隠」なんかを聞いてもわかりますよね。自分もその例には漏れているわけじゃないんですが。

 というわけで、子供のころ連れてってもらって以来行ったことのない川崎大師にも行こう、とネットを見ていたら、10年に一度の本尊御開帳が目が留まりました。寛永寺も秘仏(見せない)で前立を拝む、浅草寺も秘仏(誰も見たことがない)なので、こりゃいいやと誘いました。

 都営地下鉄と京急を使えばわけなくいけます。一段低いホームの大師線に乗り換えてすぐです。川崎大師駅に昼前につきました。しかし、この駅は表参道までずっと川崎大師の横を回り込むんですね。裏の入り口ならすぐなのに。
 参道は、痰きり飴を切る「トントントン」という軽妙なリズムがいくつかの店から聞こえてきます。実際に飴を切らない時もリズムをとってます。中にはしょぼいロボットがリズムを刻みます。

 川崎大師平間寺は開基は1128年ですが、残念ながら、震災と戦災の被害はひどく、すべての建物が戦後のものです。(不動門は古いが福島県からの移築)
 本堂に入る前に短い行列がありました。回向柱が建っていて、そこから本尊に仏縁の紐がつながっています。それを握るのを待つ列でした。

 本堂に入ると、御朱印を求める列がありましたが、本尊を拝めるのはそれではありませんでした。本堂のわきのテントに数百人が待っています。しかも「最後尾」の看板はそれをはるか離れたところを指していました。

 ずっとまわって平間寺の駐車場まで列が続いています。本尊を礼拝すると、この期間に限って「赤札」という特別なものが配られるらしい。
 ちょっと並んでみるかということになって、年寄りは日差しにすこし弱りましたが、1時間強並ぶことになりました。しかし、並んでも赤札授与はあるかどうかは、他の行事の都合によるそうで、決まってあるとは限らないそうです。

 太鼓が打ち鳴らされて、今日のこの時間は有りと決まって、列が動き始めました。一まとまりごとに入れているらしい。順番が来て再び本堂に入り、奥に回り込んで本尊の弘法大師像を仰ぎ見る場所に着きました。拝めるのは、後ろに待つ人もいるので、ほんのわずか通り過ぎるだけです。仏縁を結ぶ紐はちゃんと本尊まで届いていました。

Akafuda  そこから別棟に歩いて、最後の出口で赤札をいただくのですが、お坊さん勢揃いで読経しています。こりゃ他の行事があればできないはずです。
 知らないで行って手に入れた赤札ですが、年寄りは喜んでくれました。この御開帳は五月いっぱいなのであと一週間です。

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コメント

 神社仏閣ってのは調べてみれば何らかのいわれがありますね。いわれがないのにでっち上げるのが新興宗教(^ω^)

 東京の神社仏閣は、ほとんどが徳川将軍家関連ですが、それはあくまでも将軍家が神仏信仰を政治に利用したのであって、徳川幕府以前から古い神社仏閣はありましたね。根津神社なんか一応は、五代将軍関連なんですが、その起源は日本武尊にまで遡ると云うとんでもない古さです。

 初詣で客ナンバーワンの明治神宮は、明治天皇と昭憲皇太后を祀った神社なので、神社が完成したのは大正9(1920)年で、その歴史はまだ百年にもなってませんね。

投稿: 藪井竹庵 | 2014年5月25日 (日) 14時05分

 都市は変わっていくのが当然、それが田舎との違いです。社寺そのものや関する行事に何かが残ることが多いので、惹きつけられちゃうんですね。

投稿: snob | 2014年5月26日 (月) 23時12分

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