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2014年5月 8日 (木)

寛永寺・特別参拝

 先日、日暮里を訪れた後、鶯谷駅南口につながる新坂をのぼり、寛永寺根本中堂まで足を延ばしました。その時、ポスターで特別参拝を募集しているのを知りました。徳川家の墓所を特別公開しているのです。

 数年前に同じく将軍家菩提寺の芝増上寺が墓所の特別公開を始めて、参拝したことがあり、日光東照宮には家康、輪王寺には家光が葬られ、それははるか昔に意識なしに見学しています(いずれ改めて伺いましょう)。また、最後の将軍慶喜のものは谷中の墓地にあります。
 だから、寛永寺の墓所も機会をうかがっていました。過去には見学会が催されたり、ハガキ抽選の見学があったようですが、今回は広く一般に公開です。しかし訪ねて行ってそのまま見られるのではなく、予約が必要とのことでやり方をうかがっておきました。

 すると、5人以上をまとめて、ホームページから申込書をダウンロード・印刷をして、各月5~7回の公開日から希望日など必要事項を記入してFaxを送り、先着順で受け付けるとのことでした。…参拝を希望する高齢者にはちとハードルが高いかと…。HPには来寺でも受け付けるとありました。

 で、GW中にまだ空いている日があったので、さっそく申し込んだというわけです。翌日には連絡をいただき、受理の印が入った申込書を返送してもらいました。

 寒い日でしたが、わくわくして再び根本中堂前に集合しました。時間になって堂内に案内され、説明が始まりました。寺内の塔頭の住職が回り持ちで案内をしてくれるそうです。

 まず、将軍家墓所参拝です。屋内だけでなく、子孫の意向もあり撮影は禁止でした。このページの写真は、たまたまBS-TBS「謎解き!江戸のススメ」で、「ぶらり探訪~寺社編」として増上寺・寛永寺の将軍墓所を筆頭に解説してくれたので、そのキャプチャです。
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 上野戦争で寛永寺の大半は焼失して、根本中堂も川越喜多院からの移築ですが、墓所にはいくつか往時のままのものが残されていました。
 初めは五代綱吉の霊廟。勅額門から説明が始まります。墓所は直前の門まで。綱吉の宝塔や門は銅葺の、今は緑青が吹いて落ち着いていますが豪勢なもの。幕府中興の祖の八代吉宗のものは、財政再建を反映して、綱吉の墓所を拡張、門はなく墓石も石造りです。
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 そして、十三代家定と、その妻篤姫の並んだ宝塔を遥拝しました。現・徳川家墓所も近くにあります。

 根本中堂に戻り、裏手にある、慶喜蟄居の間に案内されました。鳥羽伏見の戦いで敗れ恭順の意を示すために狭い二間の家屋です。慶喜は安政の大獄時にも蟄居してますから慣れていたかも…。
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 部屋に張られた双葉葵の壁紙は、絵師が慶喜蟄居の図を想像して描いた時の背景から逆に生み出されたものというのは面白い現象でした。

 また根本中堂に戻って解説を受けて解散です。帰り道、国立博物館の裏手を通って上野駅に向かいましたが、今回参拝しなかった他の将軍のうち、四代家綱の勅額門が、道に面して残っています。
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 同じ道筋に輪王殿正門となっている、寛永寺旧本坊表門もその黒漆塗りの姿を見せてくれます。

 

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