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2014年11月

2014年11月26日 (水)

防火のつどい

 酉の市に向かう、台東区l循環バス「めぐりん」車内で広告に気づきました。これから乾燥した時期を向け、各署で啓蒙活動「防火のつどい」があるようです。功労者の表彰。火災の予防にも消火にも地域の人間の協力は不可欠です。報酬を出せない代わりに表彰するのは、役所の常套手段ですが、大切なことでしょう。
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 ついでに講演会もよくあること。ただし、浅草消防署と日本堤消防署の防火講演講師は、噺家です。浅草署は春風亭一之輔、日本堤のほうは一朝となっています。この「講演」は落語-火事に関する-にちがいない。浅草署のほうは終わっていたので、塾の日程を変えて日本堤署のほうに、今日いってきました。

 会場は台東生涯学習センター。中央図書館と同じ建物です。入り口には消防署の方が受付を。招待者かきかれ、ちょっと気が引けました。でも、広告には「おいでください」あったのだと、足を踏み入れると来賓とは別に、一般の受付があり、「区外」の分類で歓迎してもらえました。
 ホールの入り口には、時節柄、熊手が飾り付けられてました。台東区なのでパンダ、そして消防署関連の飾りは署員手作りだそうです。
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 あいにくの雨でしたが、場内はいっぱいでした。表彰式と、来賓あいさつ。署長が一人、火災現場に出動中で不在との紹介にはさすがと思いました。。

 やはり、講演会は「火災予防落語」です。前座時代の稲荷町のエピがマクラです。私のような落語目的の不埒な人間とちがい、一朝の登場にもざわつきがつづいていた会場も、前座時代に稲荷町に通い、餅カビ、痛む足と反対も同い年、アーモンドチョコの種、のおなじみの話が、しっかり客をつかんで引き込んでいます。
 場所柄、廓噺もありかとも考えていましたが、マァ「火事息子」をたっぷり(14:10- 15:58)。楽しみました。
 終わると主催者から賞状と花束を授与されたのは、驚きました。まさかのノーギャラ?

 休憩をはさんで、消防庁音楽隊の演奏。クライマックスの美空ひばりメドレーとアンコールの東京ブギウギには会場がわいていました。
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 これが無料とは、味をしめて来年もあるようならと、ずうずうしく考えました。出口で、防火メッセージの入ったお土産をもらったのは悪かったかなぁ。
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2014年11月22日 (土)

足立区の鷲神社

 日が変わって、今日は二の酉です。東京に生活基盤を移したので、一の酉の日にも浅草の酉の市に年寄りの散歩がてら出かけていましたし、埼玉から家族も来るので今夜も出かける予定です。

 新宿花園神社の酉の市など、いくつか有名なものがありますが、調べていて、足立区西新井付近にも鷲神社があることを知りました。

 さいわい年寄りはデイサービスに預け、一日フリーでした。久々に自転車で行動してなまった体にカツを入れることにしました。
 白髭橋を渡って山谷を抜け、三ノ輪から千住大橋を渡ります。そこで隅田川沿いに移動して、帝京科学大学の入り口に置かれている、千住お化け煙突の名残を眺めました。
 尾竹橋通りに入り、荒川は西新井橋で超えました。わずか5kmあまりの行程なのに怠けていた体が悲鳴を上げます。

 旧日光街道をしばらく北上して、鷲神社を見つけました。翌日に熊手の売り出しを控えているのに、小屋掛けもなくひっそりとしていましたが、市ではきっとにぎわうことでしょう。

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 案内板によると、ここは古代の海岸線の近くで、地名は「島根」となっています。本殿の背後の林はその名の通り、微高地となっており、あの下町を襲った明治の大水でも水につからずに残りました。あの、百花園や堀切菖蒲園を壊滅状態にした洪水です。
 建物は代替わりをしていますが、本殿隣の小さな境内者に向かっておかれた鳥居のみ、江戸初期、享和年間の古いものです。貫は関東大震災で被災したため鉄材で補強してあります。江戸の遺構を見ることができるとは思っていませんでしたので、満足して帰路につきました。

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2014年11月20日 (木)

新卒切り3

 おりしも日テレの内定切りが話題になっています。内定切りに関してはすでに最高裁の確定判決があり、みだりに行えないようになっていて、そのあと頻発するのが新卒切りとのこと。

 さて、退職勧告を言い渡されて(一度はあいまいに応じかけた)しまったわけですが、まだ実際に、切られていはいなかった。=法的対抗手段はない。ただそんな会社がコンプライアンスを厳守する保証はないので、退職して次の職を探すにも、経済的な不利益は避けたかった。ただでさえ貧乏な家なのですから。

 部長から再度勧告を受けたその足で、職場に向かう途中で、労働基準監督署に次男と一緒に寄りました。不当な扱いを厳しく指弾してくれるわけじゃないですから、「アトピーを理由に退職勧告を繰り返さないでほしい。また監督署に話をしたことで不利益は与えないでほしい」ことを会社に伝えてくれるように依頼するのみでした。

 数日後に、役所から社長に話は行ったそうです。(常務同席で部長から勧告されたのでその上に話してほしいと頼みました)

 次の休日には、次男の大学の就職課に、卒業生への職業あっせんができるか問い合わせたうえで、相談に行きました。協力はしてくれるとのことでしたし、その際に次の卒業生のためにと今回の経緯を詳しく伝えてきました。

 地元のハローワーク、東京で一緒に暮らさせようと区のハロワ、都の労働局のハロワにもいかせました。

 今年は大学生の就職は上向いたようですが、本当の新卒ではないので説明会にもいけませんし、結局思うような会社は見つからなかったようです。
 近所の会社も受けさせましたが、これはもともと無理があったようです。

 すっかり職を探すのをやめてしまいました。大学ともそれ以上相談に行かないためか、まったくその後あっせんがありません。そのまま普通の顔して勤務していますが、辞めさせようとした会社が抵抗した社員を歓迎しているはずがありません。
 その後、常務からは「勤務を続けてくれ」と一言あったようですが、試用期間は規定限度いっぱいまで延ばされました。
 今後、何か理由が付きそうなら、真っ先に切り捨てられることでしょう。口を酸っぱく説いても職探しに動きません。

 8月だったか、たまたま出会った本社の人間に、去年まで学校での説明会に呼ばれてたのに、今年は声がかからないんだよなーとは聞きました。大学は私たちの訴えにちゃんと反応してくれたようです。次の卒業生は守らないと…

 こんな感じでぐだぐだ状態が続いているので、私も悩んでいていいのかという気持ちになっている現状です。

 というわけで、また楽しみを書き綴ることを再開しようと思いました。


 これからの新卒の人にぜひ奨めたいのは、「3年間の離職率」を開示してもらうことです。個人でしづらかったら、大学から問い合わせてもらえばいいと思います。一部上場企業には義務付けられているようですが、中小であっても「回転の良すぎる」企業は危ないです。

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2014年11月11日 (火)

新卒切り2

 次男は、しぶしぶ抵抗することを承諾して月曜に出勤しました。

 私のおぼろげな知識では法的な対処法がわかりません。試用期間であっても無下に解雇できないことはわかります。だから会社は「辞めたほうが君にためじゃないの?」という言い方をしているはずです。
 断ったらどうなるか。何か解雇に値する致命的なミスを犯すのを待つだけなのでしょうか。あるいは理由はあいまいでも、会社都合解雇に切り替えるのでしょうか。日曜日の出勤で店長から、そんなことを仄めかされました。
 恐れたのは、解雇理由が正当でなくても、すぐには覆すことができないことです。労働基準監督署に申し出て、「不当」であると裁定されるわけではありません。和解をあっせんしても会社がのまなければ、法廷に出るしかないのです。(そのことは第2の職場で、残業手当で争った時に知りました)

 そこでネットで労働関係に強い弁護士事務所を探して、無料相談で対処を教えてもらおうと予約をしました。

 しかし、わかったのは、現時点では「不当解雇」はまだ行われていないので、弁護士の出番が来るのは会社がそう出た後だということ。また、仮に不当解雇で争うとして、大概は金銭での決着になる。勤めて2か月では、長い時間と手間・弁護士費用をかけて、スズメの涙ほどの金額しか得られないことでした。

 翌日火曜日に、次男は出勤前に本社に立ち寄り、「辞職はしたくない、研修を受けさせてほしい」と課長に申告しました。
 その返事は「研修のリストになく研修先に人数を報告済みであること(そのリストはいつ作って報告したんだろう?)、7月からの正式配属の場所がないこと」を告げられ、先日同様の退職勧告をくりかえされました。

 会社は、翌週、次男を本社に呼びました。部長が対応し、いかに勤務を続けることが次男のためにならないかを力説していました。今回はICレコーダーを忍ばせて、彼の発言を記録させました。次第にやはり、次男が会社のためにならないという話になりました。
 今回、退職を勧めたのは、次男のアトピーがひどくなったように見えるからだそうです。揮発油を扱うガソリンスタンドはよくないのではないか? 会社は、スタッフお客様に良い印象を与えるよう、あいさつやシャツの襟・ボタンの決まりを定めている。「そう努力しても、君はお客様に不快感を与えてしまうのではないか、だからどの店長も君を配下に置きたいと思うものはない、会社は社員を育てるつもりはない」というのです。「この考えは変わらないよ」と念を押していました。

 よくわかりました。要は見た目が悪いものはいらないということです。それなら最初から客に好感度の高いイケメンばかり取ればいいのに。
 そして、「試用期間を延長するから、早く職を見つけるように」となりました。次は「トラックのドライバーがいいよ」と繰り返していました。大型の免許もないのに、そのうち法改正で取りやすくなるはずだそうです。

 今年度の採用は14人でした。人口が減り、若者の車離れもあるのに、ずいぶん採用したものです。次男は3人目ですし、あくまでこれは伝聞ですが、昨年は9名採用して、残っているのは1名だけという話もあります。そして、来年度は19名の採用予定がHPに掲載されています。セルフなのに

 都合よくとってどんどんやめさせる方針としか思えません。

                                      (続きます)

 

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2014年11月 8日 (土)

新卒切り

 さて、起こったことを記します。

 うちの次男は一年前に、Kというガソリンスタンド経営会社に内定をもらいました。大学を優秀に過ごしたわけじゃないですが、内定一番ということで喜んでいました。12月からはバイトという形でスタンドに勤め始め、4月に正式入社を果たしたわけです。

 当然、バイトととは要求が大きく異なり、7時前に出勤し、11時過ぎに帰宅する日が続きました。タイムカードの打刻は操作されます。現在のセルフのガソリンスタンドは人手が必要ではありません。しかし新人のためには、余分に人を配置しなければならず、その分は早く出てきた「ほうがいいのじゃないか」という”提案”をされるからです。

 そのあたりで、「二十四時間死ぬまで働け」というあるブラック企業の理念を思い出してましたが、うちの子に実力にみあった会社はそんなものかもしれません。

 社規では最長10月までは試用期間で、6月から研修を経て正社員登録がなされます。その研修が翌月曜から始まる直前の金曜日に次男は本社に呼ばれました。常務が同席の上で部長から「向かないと思うので、わかいうちに次の職場を探したほうがいいのではないか」という打診でした。
 面食らった本人は、そんなのものかとあいまいに「ええ」とうなずいて帰ってくるしかありませんでした。

 本社は週末は休みですが、スタンドは年中無休です。日曜夜にプライベートで顔を出した常務は「いつ辞表を出す」か質問して帰ったそうです。

 東京で暮らすようになっていた私は、週一の帰宅時にそれを聞き、絶対辞表を出さないように言い聞かせました。

 以前にあった内定切りは企業が批判を受け、入社はさせてそのあと解雇する「新卒切り」が横行していて、それが降りかかってきたと思いました。

 そんな会社に無理に残すつもりはありませんでした。次の職業がすぐに見つかるはずもありません。給料だけでなく保険や年金も負担となってきます。在職のまま探させようと考えたからです。
 月曜に同期は研修が始まりますが、スタンドに出勤して、辞職しないことを伝えるのは、本人は抵抗しました。「言っちゃったんだから」

 どこまで抵抗できるか。次男の話によると5月中にすでに新卒2人が辞めているというのです。自らの都合なのか、辞めさせられたのかどうかはわかりませんが、会社HPには4月の段階のその人たちの抱負が意欲あふれる硬い文章で載っていました。

 これから始まるであろう、「辞めろ」攻撃にどこまで耐えられるかも不安だったことでしょう。

(短くまとまりません。続きます)

 

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2014年11月 4日 (火)

再開の前に

 三カ月をめどに考えていたのですが、子供の「新卒切り」については、袋小路に入って、半年になってしまいました。それでも生活は淡々と進んでいるわけで、その中で「楽しみ」なしってわけにはいきません。記事は書き溜めていませんが、メモを取ってあるのはいくつかあります。

 無視していい状況にはありませんが、元の暮らしを取り戻すためにもひっそりこのブログも再開していこうと思います。

 で、その前に。

 個人的な事情とはいえ、社会現象の一端でもあるので、うちに起こった新卒切りを記録してからにしようと思います。ひょっとしたらこれから就職先を選ぶときの、他山の石となることだってあるかもしれません。

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