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2015年1月23日 (金)

浅草・本法寺のはなし塚

都心から強い風に後押しされての帰り、どの橋を渡ろうかと迷います。このまま蔵前橋ではこないだと同じだし、厩橋にしようか、吾妻橋までさかのぼろうか。鳥越のおかず横丁にはいりこんだり、テキトーに走っていました。
Honpoji

すると変わった外塀に足を止めました。積んである一つ一つの石に赤い文字が入っています。文治・文楽・志ん生・円歌・圓生・正蔵と落語家、芸人の名前です。

門のすぐ近くは、日本放送協会やTBSなどの放送局。そして寄席の名前も見えます。

首をかしげつつ、自転車を降りて境内に入りました。狭い敷地なのに山門の両脇に神社が設置されています。一番奥に本堂。台東区教委のおいた説明板には、「太田道灌時代に紅葉山にあったが、明暦大火で移転して、やがてこの地に」といったことが書かれています。

落語との関係は? ときょろきょろして、わかりました。はなし塚です。あの戦時中に禁煙落語を封じ、終戦後にそれを解いて、代わりに戦時落語を納めたあの石碑です。   
Hanasiduka

ああ、それで落語関係者の名が外塀に刻まれているのか、と腑に落ちました。

いつかは訪れるべき場所でしたが、思いもかけずに出会うと嬉しいものです。帰宅してさっそく、ちょうど落語を聞く環境が大きく改善されたばかりでもあり、廓噺を楽しみました。

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