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2015年2月

2015年2月27日 (金)

江戸幕府の財政政策

 最近、ちっとも本を読んでいません。   
   
 BSで、「松平定信が通商を求めたロシアに対し柔軟で巧みな対外交渉を行い、彼の政権が短命でなければ幕末動乱はなかったのでは?」という趣旨の番組がありました。    
愛読の「風雲児たち」という創作の中の定信像がとても優れて凡庸だったのでそれに引きずられた定信評価を持っているので、本当なのかという会議の気持ちで番組を見ました。    
   
 ん~、ちょっと過大評価かなという印象です。寛政の改革・天保の改革は改革という前向きな意味合いはまったくなく、単なる反動におわったという認識なので、なんか番組では、まだまだ納得できませんでした。    
   
 そこで定信研究が何かないかなとWEB検索で見つけた「甲斐素直の家」という日大法学部の先生のHPをよっぴいて読みふけりました。HPのトップから随筆―随筆―歴史随筆とちょっと改装が深いところにあるので見つけにくいかもしれません。   
甲斐先生は会計検査院の出身でもあるので、説得力に富み、難しい話をかみ砕いて説明してくれています。    
 定信だけでなく、江戸時代の財政政策を通史的に解説し、その時代の為政者がいかに近視眼的に物事をとらえ、幕府が崩壊に向かうのは歴史の必然であると再確認しました。特に「財政」がわかってないから、家康時代への回帰を志向するものでしかない。   
   
 今回目あての定信の外交政策について書いてありませんでしたが、曲がりなりにも近代経済への脱皮を目指した田沼(彼の限界も指摘してあります)の改革を潰した時代錯誤な人が開国を目指しリーダーシップをとるというのは考えづらいと再確認しました。   
   
 いつであれ、リーダーには本当に有能な人が必要なんだなあとを痛感しました。果たして現在は?

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2015年2月21日 (土)

小村井の梅園

 買い物がてらの散歩で、香取神社の梅を見に行きました。この神社は千葉の香取神社を勧進したものでしょうが、墨田区の香取神社は、江東区の香取神社と北十間川をはさんでわずか700mほどしか離れていません。これだけの距離なのに交流がなかったのか、当時の村の排他性があったのかと勘ぐってしまいます。   
 江東区のそれは門前の商店街とともにときどきTVで紹介もされるのに対し、ほとんど無名といっていいでしょう。そして、江東区の香取社のすぐわきに広重の浮世絵で有名な臥龍梅のあった梅屋敷がありましたが、こちらにも同じ古地図で広大な梅屋敷があったことが記録されています。三千坪の広大な敷地を持ち、将軍の御成りもあったそうです。   
    Umeyashiki

 そしてこの梅屋敷も、亀戸の梅屋敷・向島百花園や葛飾の菖蒲園を壊滅に追い込んだり大打撃を与えた明治の洪水で同じように廃園となっています。   
   
 その思い出をよすがに、かつて敷地を接した小村井の香取神社が境内に小さな庭園「香梅園」を20年ほど前に造成しました。熱海や安中の秋間のような大規模な梅林の集客は望むべくもないでしょう。そんなことも期待してないでしょうし。   
Omuraibaien
   
 でも、今日から梅祭りを開催し、ぽちぽち人も集まるようですので、まだ閉ざされていた梅園の門をくぐって梅の木に囲まれにまた行ってみようかと思います。

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2015年2月17日 (火)

NHK放送博物館 休館

 今月初めにも放送博物館まで出かけて行って、正蔵の高座「双蝶々」を見に行きました。ただし、CDで発売されている音源で聴取済みですから、映像を確認したにすぎません。一緒に行った年寄りが我慢できなくなったので、残りは見ずに会場を出ました。
 観客は20名を超え、熱心に見ていました。

 どちらかというと、先週で博物館がリニューアル改装のためにしばらく閉館になるというので、しばしのお別れを惜しみに行ったんです。
 博物館でNHK所蔵の落語映像を上映するというのは、今はHPでも見られなくなっていますが、上映歴が記録されていて、それほど前からやっていたことではないようです。

 だから年末の再オープンで、落語番組が残ってくれるのかちょっぴり心配しています。

 今回は、年寄りを連れて行ったので、新橋駅から港区コミュニティバス、ちぃばすを使いました。愛宕山最寄りのバス停は、行き帰りとも虎の門ヒルズの麓にあります。(コミュニティバスにしては珍しく循環しないで片道ずつです)
 本数が少ないのは、オフィス地区であまり需要がないのかもしれません。他のルートのほうが面白そうなので、いずれ乗るためだけに乗ってみるつもりです。
Chiibus

 

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2015年2月15日 (日)

金馬のお墓にお参りしてきました 

 かねてより菩提寺、浅草永見寺の場所は知っていました。吉原遊女ゆかりの玉菊燈籠がある有名なお寺です。先日の法性寺のすぐそば。   
   
 墓所への入り口には「信徒以外立ち入り禁止」の看板が遮ります。実は何年か前に立ち寄ったこともあるのですが、はばかられて踏込じまいでした。今回はきちんと事務所を訪ね、単なるファンですがと断って墓参の許可をお願いしました。記帳を求められ、墓石のだいたいの位置を教えてくれました。さすがに没後50年もたつと訪ねてくる愛好家もいませんね、という話でしたが記帳簿の何人か前にも千葉からやってきた人の名前がありました。    
   
Kinba_haka
 線香の束に火をつけていただいて、おそわった墓所に供えました。ちょっと小ぢんまりした、歴代の墓と刻まれた墓石は金馬本人が建てたもののようです。お経を唱えることもできませんが、墓石に向かって楽しませてくれたことの感謝です。

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2015年2月 9日 (月)

隅田川の桜

 隅田川べりに散歩に行きました。年寄りにひさしぶりに桜餅でも食べさそうかと。はるか昔にこの山本家に材料も卸していたことがあるそうなので、思い出があるようです。

 月曜日は定休日だったので空振りでしたが、1本だけ、十月桜が花を咲かせていました。となりの河津桜のつぼみも膨らんでいます。墨堤に上がっての桜はもちろんまだまだでしたが、春まであとひと月ちょっとです。
Jugatusakura

 そのあと吾妻橋を渡り、雷門近くの甘味どころ「西山」で、かわりに福々まんじゅうでお茶をして脚を休ませました。この店が創業 嘉永五年なのでした。

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2015年2月 7日 (土)

風雲児たち 幕末編25

 休んでいる間に第24巻もでちゃってます。今回の25巻は東禅寺事件とポサドニック号一件。どちらも歴史をちゃんと勉強しなかった自分には新鮮です。
Fuunji25
 日本に開国を迫った諸国の思惑をていねいに説明されると、尊王攘夷派がどうして外国を恐れ嫌ったか納得いきます。
 ロシアの対馬占領に対する幕府の対応も意見がちぐはぐだし、何よりロシア本国内部の意図も複雑。解決にイギリスを利用しようとするがその見返りにイギリスが求めたのは大サービスで伊能忠敬の日本地図という廻りあわせ。   
でも対峙する英露の軍艦は「艦これ」というギャグも秀逸です。雑誌を立ち読みしたときも笑いをかみ殺すのが大変でした。   

 初めてアマゾンから東京に配送させましたが、読み終わったら自宅に置くことになります。何度も何度も読み直したい人なので、電子版がいいかもしれないと思い始めています。それならタブレットに入れてどこでも読むことができます。でも何十冊も単行本で持っていると蒐集が途切れてしまうのもやな気がしてます。じゃあ単行本+電子版というのも贅沢だし。スキャナもかけてみましたが、本をばらさないときれいに取り込めません。さて。

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2015年2月 3日 (火)

浅草寺の節分・追儺式

 去年、湯島天神で豆撒き(を受けるの)を経験して、毎年どこかで…と思うようになったのですが、今年はちょいと用事があって出かけられません。

 告知を見ると、いろいろな社寺で午後3時前後に行われるようで、ちょうど今ごろですね。善男善女が福を授かっている最中かもしれません。だから今年はあきらめました。

 しかし、前に立ち寄った浅草寺で、12時、2時に年男による豆撒きがあると知ったので、出かけるついでに様子を見に行きました。芸能人が舞台に上がるのは4時からということですが、浅草寺では、この早いほうの回がメインのようです。

Senssotuina

 12時半に本堂についたら、ちょうど豆撒きが始まるところでした。舞台の下は人がびっしりです。がんばって遠くに届くように投げてくれて入るのですが、あとから到着した人間には恩恵は届きませんでした。
 HPに「この節分の行事を寺院で大規模に行ったのは浅草寺が最初で、その様子は『江戸名所図会』に見られます」とあります。

 そういうことなら、次回は定刻より早めに待機して降る豆を浴びたいと思います。

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