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2015年4月

2015年4月27日 (月)

根津神社のツツジ

新緑がまぶしく輝く季節に変わり、花の主役も交代です。あちこちの街路樹の植え込みにもツツジが満開ですが、名所の根津神社に行きました。   
何度も言ったことはあるのですがこの季節は避けていました。    
   
年寄りもいるので自転車はなしです。鉄道で行くと乗換が面倒なのですが、今は浅草から台東区のコミュニティバスで一本で行けます。そういってもコミュニティバスなのであちこち寄って遠回り、時間もかかるし最寄停留所は千駄木駅になります。それでも乗換がないのは気が楽です。    
   
メトロ千代田線千駄木駅はこのあたりでは不忍通りの下をとおっていますが、古地図を見ると、その不忍通りは江戸時代には千駄木には通じていませんでした。不忍池から根津神社までの参道だけです。    
   
だからということではないのですが、団子坂を上がって、汐見坂へと左に曲がります。そこは藪下通りといって、昔から動坂のほうまで続く道だったようで、のちには森鴎外も住居を構えて、現在は記念館になっています。崖沿いに根津神社の裏門まで歩きます。    
崖下には汐見小学校など、おそらくかつては海が臨めたのだろうと想像させます。    
   
さすがに神社は人でいっぱいでした。本殿参拝にも行列ができていました。肝心のツツジ苑も、この時期は有料にもかかわらず、通路には人が数珠つなぎに行列を作っています。つつじが一望できるようにと斜面いっぱいに植えられていますが、その坂も年寄りにはつらいだろうと外から眺めるだけにしました。    
Nezuazarea
代わりといってはなんですが、臨時の甘酒、酒饅頭の店が開いていて、池に面した席でお茶も振舞っていたので、6個入りひと箱を買って、半分ずつ食べちゃいました。このまんじゅうはどこから持ってくるのでしょう?
その席からはつつじ苑は見とおせず、池の周りの何本かの植込みがあるだけでした。
Nezumanju     
   
表門から、不忍通りに出ると、千駄木には戻らず、そのまま動物園、不忍池へと抜けてまたバスに乗って帰りました。

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2015年4月20日 (月)

浅草の流鏑馬

台東区の墨田公園を通り抜けたとき、職人が作業していました。通路に砂を敷き詰めて馬が走れるようにしていたのです。   
浅草で行われているのは知っていましたが、時期を承知していませんでした。これは週末の見ものだと、出かけてみました。   
   
馬が走り抜ける中で何度か的を射かけます。ちょうどいい場所は限られていると思っていましたのが、定時ちょっと前についたら堤防沿いに少しまだ隙間が残っていました。かろうじて的が見通せます。   
緋毛氈を敷いたベンチが的前に用意されてましたが、有料予約席で2,000円は高く感じました。   
   
ただ、あいさつが長い長い。予約席にスピーカーが向いていて声もとぎれとぎれで、かえって煩わしい。   
馬や射手が顔見世に通り過ぎてからもなかなか始まりませんでした。それでも無料の人だかりは厚くなる一方で、堤防の壁にのぼって注意を受ける人もいました。   
   
ところが。   
流鏑馬が始まると、立て続けに息をつかぬかのように馬が出撃します。予約席の前の的に当たる率もたかく、的が二つに割れ飛び、歓声が沸きます。走り抜けて姿が見えなくなっても次の的に当たると声が響きます。それを聞くとまた感心の声がたちます。
Yabusame    
   
流鏑馬はテレビで何度もみましたが、生の迫力は物凄いもので、再認識です。今は演芸趣味は江戸古典落語とそれにともなう色物に範囲をとどめ、講談や浪花節、いや上方落語さえ聞こうとしていませんが、そういうのも生で触れると違うのかもしれないなぁと考えました。   
   
馬のスピードは思ったよりもあり、タブレットPCのカメラでは抑えるのが難しかった。ちゃんとしたデジカメを持ってなきゃダメでした。動画はかろうじて、です。   
   
まだすべての騎射が終わらないうちに帰りはじめ、言問橋を渡りかけると、その下がちょうど走路の終わりで、馬が駆け込んでくるスペースでした。そこでのスピードも結構あり、射手の熟練は大したものだと感じさせました。   
   
橋の下の隅田川には屋形船が浮かび、なぜかその屋根の上で、大勢が「ラッセーラー」の掛け声とともにねぶたのお囃子を演奏し始めました。酔狂な人たちがいるものです。

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2015年4月19日 (日)

姥ヶ池のカンザン

今年は東京の桜をいろいろと自転車で廻りました。2月の河津桜から始まり、上野でカンヒザクラが先駆けで、ソメイヨシノが一気に盛りを迎えて散り、「おいらん道中」のイチヨウザクラで見納めかと思ったら、スカイツリー敷地内の桜が今も満開です。てっきり、ソメイヨシノの時期に何もなかったので、若木だからなのかなと漠然と考えていましたが、ゴテンバザクラという種類のようですね。   
   
そして、また浅草をうろうろしていたら、通りの向こうの公園にピンクの雲が見えました。近づくと、やはり桜で種類はカンザン、桜湯に入れる塩漬け桜になるやつです。   
Ubagaike

場所は花川戸公園。ニ天門から馬道通りをまっすぐ超えたところにあります。通りが団体バスの降車場所になっているらしく、外人の団体さんがぞろぞろ歩いていて桜にカメラを向けていました。このあたりは明治時代に埋め立てられるまでは「姥ヶ池」という沼があったそうでその記念碑がありました。さらに沼をしのんで人工の池が近年しつらえられ、稲荷神社が建っています。   
   
この地は浅茅ヶ原といわれ、鬼婆伝説が伝わります。浅草寺の縁起にも含まれていて、旅人を寝ている間に石枕で頭を潰して金品を奪う老婆を、その娘が旅人の身代わりとなることで諌めるのですが、老婆を導くために観音が旅人に化身したものだったということ。   
たしか、浅草寺の大絵馬の題材にもなっていたはずで、伝法院庭園公開(現在も実施中)で見た覚えがあります。

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2015年4月13日 (月)

花魁道中

奇しくも吉原に向かって自転車をこいでいるとき、街角で「花魁道中」のポスターが目に入りました。吉原ったって、台東区の一葉記念館に行ったのです(しかもカン違い)が。浅草観音裏の商店街の催しで、おいらん道中再現をやるとのこと。   
中央図書館によってチラシをもらって帰りました。花魁道中というと、吉原遊郭解体後、一時期、はとバスも立ち寄る伝統ショーとして復活し、またいつか消えていった、そのままだと思っていました。   
でも今年で13回を数える立派な催しのようです。正式名は「浅草観音うら一葉桜祭り」。これは行ってみるに限ると予定日の11日を心待ちにしていました。しかし予報も実際の当日も雨。HPで確認すると順延が早めに決定したので、日曜は晴れとこれも予報で決まっていましたから、安心して待つことができました。   
   
昼前に観音裏に着いて、会場近くで昼食の場所を探しました。会場は北めぐりんも通る、浅草警察署と富士小が並ぶ小松橋通りです。浅間神社にはかつて浅草富士がありました。   
柳通りとの交差点にメインステージが設営され、その向かいに客席がしつらえてありましたが、この時点で満席でした。少女歌劇団ショー、花魁ショー、狐舞などがプログラムされてますが、今回はあきらめて、おいらん道中を通りのどこかで見ることにしました。   
すでにあちこちの桜が散り終わった中、一葉桜小松橋通りは街路樹の桜が真っ盛りです。八重桜の街路樹はあまりほかに内容で、差別化を狙ったのでしょう。   
   
千束通りまで歩いて昼食をすますと、通りにはさっきまでいなかった人だかりができていました。まだ隙間はありましたが待っている間にもどんどん人が増えています。   
遠くに何か赤い髪を振り乱す者が見え、道中が始まりました。先頭は狐舞がつとめ、金棒引き、禿に先導され、若い衆の肩に手をかけて黒塗り高下駄で外八文字を描きながら二人の花魁がゆっくりと歩みを進めます。

Oiran

もちろん本当の遊女であるわけはなく、地元の女性が時間をかけて訓練してここにいるわけですが、江戸のその当時も、現在ただいまも、客を寄せるためにあえて行っているイベントであることにはまったく変わりがなく、土地の記憶を正しく継承しているホンモノだということもできるでしょう。

同行した年寄りもキレイキレイと疲れを忘れてはしゃいでいました。

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2015年4月 6日 (月)

ソメイヨシノ原木?

前回書き込みをしてから、録画機の番組表を見ていたら、ゆうべNHK「サイエンスZERO」でソメイヨシノ原木のことを扱っていたので予約して見ました。   
   
番組の前半は、森林総合研究所の展開する、ソメイヨシノがクローンであることのDNA分析による確認でした。   
そして江戸の園芸技術の例として変異アサガオの話を挟んで、原木特定の仮設紹介です。まずはこれまでの通説。近隣の染井村で育成された品種が売り出されたという、由来ですね。駒込駅近くにある染井吉野桜記念公園が映されました。ここは豊島区立駒込図書館の手前にあり、何度も通ったところです。   
続いて、千葉大の説。ソメイヨシノは全部クローンですから、遺伝子からでは原木は特定できません。上野公園(寛永寺)の焼けなかった場所にある桜の木の配置が、どうも兄弟桜が並んでいるように見えるそうです。交雑種を並べて育てて比較して、その中から選んだのではないかということです。   
この時点ではあくまで仮説ですので、さらなる検証が必要のようですが、もしその通りで、全国に流布しているソメイヨシノの最初の1本が現在でも見られるとするなら、貴重な遺産です。   
新聞記事では樹齢に疑問符がついていましたが、原木なら江戸の人もまちがいなく目にした樹木ということになります。   
   
Genbokuposi
東京から地元に戻るついでに、もう盛りを過ぎてしまいましたが、上野公園に原木?を見に寄ってきました。番組で丁寧に場所を紹介していたのを頭に叩き込んでおきました。上野駅公園口から動物園正門に向かう途中、小松宮親王像のある一角です。近い種類のコマツオトメ(この場所にあるから)の原木…これは碑文があるからすぐわかります…の隣のソメイヨシノです。一時期はこれがソメイヨシノの親であるとも取りざたされました。   
あいにく、手前に花見のゴミ箱が置かれてしまい、アングルに困りました。   
Someiyosino1

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2015年4月 3日 (金)

江戸の桜

隅田川、上野、飛鳥山と、何度も訪れたことのある手近な花見を繰り返しました。最後に、これもかねてから情報に触れて、この季節を待っていた一本の桜を訪問しました。   
   
品川区清岸寺の古木、「祐天桜」です。樹齢は250年を超え、二十三区最古の桜です。寛文年間の創建時、祐天上人手植えと伝わり、樹勢に衰えは見られるというものの見事に花を開いていました。(目黒祐天寺は上人の死後弟子が創建) 
Yutenzakura  
   
周囲に9つの寺がまとまっており、時代の変遷で廃寺や転入などでいれかわりましたが、大部分が芝の増上寺の塔頭。明暦の大火後に麻布狸穴に移転していたものが、4代将軍綱重の屋敷地とするために再移転して、大崎の増上寺として古地図にのっています。   
この清岸寺のみ戦災を免れ、山門も江戸時代のものが残っています。   
   
高輪の木戸の外、江戸の外ですから、この桜を江戸の人たちが見たかどうか。今でこそ古木ですが、昔はそうでないわけで。でも桜目当てでなくとも増上寺の一部ですから、参拝に来る善男善女はいたことでしょう。   
   
いまでこそ花見の名所の桜はみな、ソメイヨシノですが、吉宗が庶民の楽しみに場所を整えたころは在来のこの木のような種類だったはずです。そして当時は白金の台地の上に位置し、崖下を見下ろすとすぐに高輪の海岸が迫っていました。そんな往時をしのびます。   
   
先月のことですが、その新しい品種、ソメイヨシノの原木は上野公園にあるのではないかという説が唱えられました。染井の植木商によって作られた品種ですが、繁殖できないF1ということで接ぎ木で増やされ今や日本全国を席巻しているものの、すべてがクローンです。その最初の一本が動物園正門近くに規則的に並んで植えられたものの中にあるのでは?というのです。樹木医の推定樹齢とは合わない面があるようですが、桜の寿命を考えると、最初の一本が残っているとしたらすごいことです。

さて、この祐天桜は、組織培養によって、後世に引き継ぐ試みが4年前に行われ、苗木が成長して、本家の脇に花をつけるまでに育っています。
Yutenclone

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2015年4月 1日 (水)

国立博物館庭園の桜

東京に住んで初めての春です。地元を中心に、毎日のように花見を楽しんでいます。 というか、年寄りを連れて歩くと自動的に花見になってしまうんですね。
Kinshi_cherry
手近な墨田川堤防も何度も。気温もぐっと上がった満開の週末はどちらかというとどれくらい人が出ているかを見るような心持でした。芸者のお茶接待所など他にないものもありますし、何と言っても屋形船をはじめとした花見の船がすごかった。   
Sumida_cherry
   
そんな中、上野に足を延ばす途中。これも浅草から「めぐりん」で外を眺めながら移動しようと停留所に目をやると、長蛇の列。乗る人も多いのですが、バスが来ないので客が滞留しています。年寄りには列の後ろにつくのは得策ではないと、浅草寺境内を抜けて国際通りまで花を見、ベンチで弁当をつかって移動しました。   
バスは1時間遅れでした。先のバス停が「雷門通り」「浅草駅」ですから、ごそっと降ります。そして乗り込んできた人たちは間違いなくさっきも並んでいたに違いありません。タブレットPCで運行状況を見るとバスが後ろに詰まってます。交通渋滞をtraffic jamといいますが、べっとりくっついて動かないんですね。   

上野駅に向かうも駅前から公園の高台に上がるのに30分かかりました。そんな時間に、PCをのぞいていると月曜日の休館日なのに動物園も博物館もオープンしています。これだけの人を逃すのはもったいない。   
   
そこで、去年シーズンが終わって気づいたので心待ちにしていた、国立博物館の庭園を訪れることにしました。この庭園は裏庭に当たり、通常は閉鎖、この時期のみ入れます。道路を挟んでさらに裏に寛永寺徳川墓地の勅額門がありますが、その道路からは庭園を囲む木々が遮って見ることができません。料金は国立博物館通常展のもの。博物館の庭だけあって京都や三溪園などから移築したものが並んでいたりします。綱吉が奉納した銅製の五重塔もありますが、これも京都から。   
まず周囲をぐるりと回って、そののちに泉水が見えてくる作りです。この池も江戸の寛永寺そのままではないでしょうが、古地図にも存在が確認されます。   
Kohaku_garden
この園内の桜が他と違うのは、通常解放していない庭だけに、高木となっているところです。これまで見てきた桜の名所はみんな手の届くところに枝が整えられています。   
Kohaku_cherry
庭園を拝見し終えて本館も一巡しました。最奥の部屋から庭園を望めるテラスに出られるようになっていますが、このドアもこの時期だけ解放されるそうです。   
   
そしてそのまま上野公園を山下まで歩きましたが、その人の多さ!   
はるか昔、人心を満たす(不平からそらす)ために上野・墨堤・飛鳥山・御殿山に桜を植えた吉宗は、その意味では見事な政治家だったのでしょう。今でもこんなに人を呼んでやまないのですから。
Ueno_cherry_2

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