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2015年6月

2015年6月28日 (日)

偽史

愛宕山の鳥居の脇に、井伊直弼を討った水戸浪士が集合したという碑があります。
「一説によると」と前置いてですが、「ここから直弼の登城行列が出たのを見て襲撃にでた」という話が、円楽の江戸番組で紹介されました。桜田門近くで待ち構えていたとばかり読んでいたので、初耳でした。井伊家の門から桜田門まで地図で確認すると500mあまり。愛宕山から現場までは約1500m。山頂から駆け降りたとして間に合うはずがありません。ましてや時期外れの降雪で見通しがあったかどうか。
まあ、報道のない時代、そんな噂も出たということなのでしょう。

先週はニュースで「江戸しぐさ」について特集があったので録画してみてみました。「江戸しぐさ」というのはNPOが提唱して、一時期ACの広告でも取り上げられ、地下鉄でもマナー啓発ポスターが作られました。手に取ったこともありませんが、書籍もたくさん発行されています。
それが今や教科書(民間の公民と文科省の道徳)にも取り上げられているといいます。子供たちに江戸の昔から続くマナーを教えるというのはちょっとよさそうです。
ところがどうやら眉唾ものらしい。商道徳として「秘密に口承されていた」ものが、「一般市民にも周知された」ものだったり、2時間に一度、しかも不定時法で鳴らされた鐘でしか時刻を知りえないのに、分刻みで遅刻を戒めてもいるそう。
はては、明治政府にとって都合の悪い内容だったため、「資料はすべて焼きつくされ」て、「江戸っ子を大虐殺」したとのこと。
さすがに教科書からは外される模様です。

世間って簡単に踊らされるんですね。

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2015年6月25日 (木)

プール開き

自転車で学校帰りの自動とすれ違う時に、プールバッグを持っていることに気付きました。雨のときなどまだ肌寒いこともありますが、決められた気温に達すれば6月半ばにはプール開きを済ませた学校が多いはずです。   
   
夏休みまでの約ひと月水泳の授業が続くことになります。おそら学校のくプールでは子供たちの歓声が響いていることでしょう。   
子供たちの夏休みは昔と変わっていて、ラジオ体操のスタンプ集めもありませんし、プール開放も日数は極端に減りました。生活の多様化もあるのでしょうが、一律に何かを強制的することはなくなりました。   
   
中学校では体育の水泳授業で見学ががたんと増えます。いや1年生のうちはそうでもないのですが、2・3年になると女子のほとんどがプールサイドで休んでいることもあります。   
担任だったあるとき、校舎からプールを見下ろしてそれに気づきました。女子ですから水に入れない日もあるでしょう。しかしそれにしても多い。工程での運動なら平気で出来るのですから、思春期特有の羞恥心です。羞恥心といったって、日頃スカートの丈をウエストで折り込んで短くし、腿をあらわにするのは止めたってしたがるのですから、矛盾しています。   
   
実は大学時代、子どもの水泳の指導者で水難訓練をやっていた身からすると捨ててはおけません。海のない土地で大切さがわかっていないのです。私の友人は紋別出身で、子供は大人が漁船で港に連れ出して、海に放りこむのだそうです。   
そこで、生徒たちに話をしました。   
日本は海に囲まれた国で、将来どこに住むかわからない。テニスやバスケができなくて死ぬことはないが、泳げなくて命を落とすことはある。5mでも10mでも余計に泳げるように訓練しておけば、それで助かることもあるかもしれない、というようなこと。   
   
翌日のプールの体育授業は見学が減りました。その子たちが実際に泳力を必要とすることはないのでしょうが、去年韓国で修学旅行生を乗せた船が転覆しました。多くの学生が犠牲になりましたが、聞くところによるとかの国の学校にはプールがないそうです。   
あらためて自分の言ったことは間違いではなかったと思い出しました。

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2015年6月20日 (土)

江戸川区へ

梅雨の晴れ間。この機会を逃さず自転車を繰り出すことにしました。たまたま昨晩チケットぴあの自動メールが江戸川区主催の落語会を知らせてきたからです。以前申し込んだことがあるから、北とぴあの一門会のお知らせが来るのですが、今年はこないうちに完売となっていました。   
江戸川区のは9月の会で、小三治と扇辰と一琴の顔ぶれ。ちょっと高いけど人間国宝となった後の小三治を一度は聞いておいてもよいか。   
   
江戸川区のHPを見ると、会場の窓口販売は9:00からで、ネット販売は10:00から。江戸川区のサポーターには一週間前から発売していることがわかりました。アイドルではないから瞬時売り切れということはないと思いますが、直接行ったほうが確実みたいです。で、朝になったら誘うような青空。   
   
江戸川区に自転車で行くのは初めてです。墨田から荒川を木根川橋で越すと葛飾区、川沿いに平和橋通りを南下しました。やがて新小岩駅を過ぎるとすぐに江戸川区の看板が見えました。交わる道がことごとく斜めなのは荒川が放水路として掘削された後に並行してつくられた道なのか。   
   
江戸川文化センターには思ったより早く30分で付きました。ドアを入るとすぐに整理券を渡されました。5番です(歌舞伎など他にも同じ日に前売りがある)。なんでもチケットは100枚だけ残っているのだそう。時間が来て順番にチケット購入、落語会としては3番目でした。10数人しか並ばなかったので、ネット販売も十分にあったことと思います。   
   
さて、目の前が江戸川中央図書館です。図書館で借りられるだけの落語音源は借りつくしたのですが、そういえばテープだけでCDで聞いていないの志ん生音源が江戸川区にありました。   
クラウン廓噺・艶噺「坊主の遊び」です。CDのほうが音がよい保証はありませんが、せっかくここまで来たのだからと、カードを作って、どうせなら借りて帰ろうと所蔵する小岩図書館にさらに足をのばしました。   
   
3年前に移転したというのにタブレットのBingの地図では昔の場所を示して迷わされましたが無事に借りて、今度は奥戸街道を通って帰りました。   
潮の加減か昨日までの雨のせいか、中川も綾瀬川も荒川もあふれるような水を流していました。   
   
久々のブログ本筋の話題でした。

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2015年6月15日 (月)

葛飾区立 郷土と天文の博物館

東京の家の近くを曳舟川と同じ流路で下水道の暗渠となって流れています。かつては短い期間で廃止された亀有上水の一部でしたが、その後はもっぱら水運に使われ、広重の浮世絵にもなっています。   
   
今は荒川で分断されていますが、綾瀬川をおそらく伏せ越で横切ったのでしょう。葛飾区では親水公園となっていて、流れが小規模に復元されています。 もちろん水源は本らのものではありません。    
   
その親水公園の最上流に葛飾区が郷土と天文の博物館を設けています。散歩のついでに寄ってみました。    
Katsushika_muse

入り口を入ると奥の正面の壁に大きな熊手が飾られています。メインはプラネタリウムのようで、HPトップになってます。郷土の展示は2階で、葛飾区の地勢や中世からの歴史については戦国時代の葛西城が中心です。昭和の暮らし再現ではダイハツミゼットも置いてノスタルジーを誘います。    
   
江戸時代はこのあたりは農村で、下町の長屋などはありませんが、実物大の肥船を肥桶とともに展示してあるのがすばらしい。
Kasaibune
      
葛飾・江戸川の農家が江戸市中の屋敷・長屋の屎尿を買って肥料とした、あの落語の「汲みたて」なんかで出てくるやつですね。あの落語は映像化してはいけない話、話芸だからこそのものだと思いますが、ふと訪れた博物館で実物大模型を見られたのはよかった。    
   
葛飾郷土かるたにも「の 農村と江戸を結んだ葛西舟」が入っているそうです。江戸のいわゆるエコ社会の一翼を担う大切な存在でした。

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2015年6月12日 (金)

水道歴史館

文京区にある都立の博物館です。後楽園の近くのもともとの浄水施設のスペースに啓蒙施設として作られました。 神田上水ゆかりの区ですからふさわしい。
   
入場無料で、忘れがちな水の大切さを知らせるためにいろいろな展示があります。    
当然、上水道つながりで1階の現代や明治だけでなく、2階に江戸の町の上水についての展示がしっかりあります。発掘された木樋の実物やお茶の水の懸け樋の模型、玉川上水の模型もあります。この辺、江戸東京博物館の展示とかぶります。    
   
発掘された上水井戸も展示されているのですが、一番奥のスペースに江戸の長屋が原寸復元されていたのはちょっと驚きでした。    
たぶん、上水の利用の末端ということなのでしょう、井戸端を中心に据えた展示です。いったい都内にどれくらい長屋の復元展示があるのでしょう。    

Suido_nagaya  Suido_nagaya2
   
訪ねたときちょうどイベントをやっていて「東京水」のグラスをもらいました。せっかくなので現在愛用しています。    
   
水道歴史館はこれだけではありません。いったん外に出て、館を裏側、長屋展示の外側にぐるりとまわりこむと、公園となっていて、一部に屋外展示があります。    
昭和の終わりに本郷で発掘された神田上水の石樋です。大洗堰から分かれて間もなく、いわば水道本管にあたる部分でしょうか。ちゃんと保管されていたのです。

Josuiro

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2015年6月 8日 (月)

江戸川公園の上水取水口と関口芭蕉庵

神田川沿いの江戸川公園、東京東端の江戸川ではなく、神田川が江戸川と呼ばれていた時代があるので、橋や地下鉄駅などにその名残があって、混乱を招く地名となっています。   
   
その江戸川橋駅のところから上流に向かって神田川沿いに江戸川公園が伸びています。橋から下流は水道町。神田上水が川から分流して上水道が流れていたからの町名です。上水はやがて水道橋あたりで水戸藩の後楽園に引き込まれたのち、もとの神田川を懸け樋で越えて市中に給水されました。    
   
上水の取水堰が、江戸川公園を遡って久留里藩邸、現在の椿山荘にたどり着く直前にありました。だからこのあたりの地名が関口。もう少しのぼると、細川藩邸、以前に訪ねた新江戸川公園になります。そのときまでは本物が残っているとは気づかなかったので再訪しました。
    
神田川自体が改修を受けて垂直なコンクリート壁の水路になってフェンスで遮られます。そして本郷台地が神田川でえぐられた崖に挟まれた幅の狭い、江戸川公園は舗装されて遊具もあり、ベンチはあり、春は桜の名所です。    
   
公園の一角に、神田上水の水路はふさがっていますが、かつての取水口=大洗堰の遺構が復元されていました。これを見るだけのために下町から自転車をこぎ続けたかいがありました。
Syusuizeki
   
前回、休館だった関口芭蕉庵にも寄ることができました。芭蕉が上水に携わったことがあるようで、数年ここに住んだんですね。特に直接芭蕉につながるものがあるわけではないですが、芭蕉を忍んで立てた庵…が消失して戦後の建物…をぐるりと裏に回るとつくばいがあります。
Basho Basho_tukubai

竹樋がちょろちょろと水を落としていますが、これがどうやら、残された数少ない湧水点の一つのようです。

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