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2015年6月 8日 (月)

江戸川公園の上水取水口と関口芭蕉庵

神田川沿いの江戸川公園、東京東端の江戸川ではなく、神田川が江戸川と呼ばれていた時代があるので、橋や地下鉄駅などにその名残があって、混乱を招く地名となっています。   
   
その江戸川橋駅のところから上流に向かって神田川沿いに江戸川公園が伸びています。橋から下流は水道町。神田上水が川から分流して上水道が流れていたからの町名です。上水はやがて水道橋あたりで水戸藩の後楽園に引き込まれたのち、もとの神田川を懸け樋で越えて市中に給水されました。    
   
上水の取水堰が、江戸川公園を遡って久留里藩邸、現在の椿山荘にたどり着く直前にありました。だからこのあたりの地名が関口。もう少しのぼると、細川藩邸、以前に訪ねた新江戸川公園になります。そのときまでは本物が残っているとは気づかなかったので再訪しました。
    
神田川自体が改修を受けて垂直なコンクリート壁の水路になってフェンスで遮られます。そして本郷台地が神田川でえぐられた崖に挟まれた幅の狭い、江戸川公園は舗装されて遊具もあり、ベンチはあり、春は桜の名所です。    
   
公園の一角に、神田上水の水路はふさがっていますが、かつての取水口=大洗堰の遺構が復元されていました。これを見るだけのために下町から自転車をこぎ続けたかいがありました。
Syusuizeki
   
前回、休館だった関口芭蕉庵にも寄ることができました。芭蕉が上水に携わったことがあるようで、数年ここに住んだんですね。特に直接芭蕉につながるものがあるわけではないですが、芭蕉を忍んで立てた庵…が消失して戦後の建物…をぐるりと裏に回るとつくばいがあります。
Basho Basho_tukubai

竹樋がちょろちょろと水を落としていますが、これがどうやら、残された数少ない湧水点の一つのようです。

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