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2015年12月

2015年12月31日 (木)

掛取りとふみたおし

「掛取り」、あるいは「掛取り漫才」、ときとして「ふぐは口(福は内)」とタイトルが変わる噺。さまざまな手管を使って、掛取りを撃退するのが楽しいのです。サゲとなる三河万歳は、どこかに記憶があります。昔、テレビででも見たことがあるかもしれません。   
きっと、今は万歳のくだりまで演じる噺家はいないと思いますが、自分の得意芸を取り入れて膨らませたりが自由にできる構成で生き残る力がある噺です。

実在の噺家でも、明治期の狂馬楽でしたか、武将が立て籠もった故事になぞらえて家を封鎖して撃退した話も残されています。

でも噺を楽しんだ後、つい、この主人公夫婦はこのあとどうなるのか気になります。本当に春になったら払えるのか。次もまた待ってもらえるのか。その間、買い物はできるのだろうか?家賃まで待ってもらって、やがては追い出される羽目になるのか。次に住むところは見つかるのだろうか?

また、払ってもらえなかった各商家はどうするのか。ここ数年越しの課題になっています。

一般論をもって想像すると…

江戸の職人は所持金がなくても仕事があればまとめて支払われて、そのときまでのツケを片づけることができます。だから商店は地域の人であればツケで売るし、待つことができるのでしょう。

ただし、待つ分の金利・取りはぐれのリスクを考えても掛け売りは値段が高くなるのは当然のことです。

逆に住人も、現代のように安いから、といった理由で町内を越えた買い物はしない習慣でした。見知らぬ間では信用貸しは成り立ちません。
現在の下町でもその痕跡はあって、商売人同士であればふつうは近所の店を利用しあうのが常です。

リスク管理ができていれば、多少の取りぞこないがあっても商売を営んでいけます。実際に親戚筋がかつて営んでいた酒屋では、鷹揚に見逃すこともあったと聞きました。
しかし、度重なればそうもいかなくなるはずで、冒頭に書いた「春になっても返せない人間は実際どうなったか」の実例がなかなか見つかりません。職人よりも下層の日銭稼ぎの町人の生涯というのは記録に残りにくい案件なんでしょうね、町人研究の書籍を目につくたびにページを繰るのですが見当たりません。(研究されてる「町人」とは大商家だったりする)

文学に目を向けても西鶴の「世間胸算用」「日本永代蔵」に年の瀬の掛取りの話題はいくつか取り上げられていますが、あとあとまで追跡した話はありませんでした。

頭の中だけで想像したって結論はでません。飢饉のときの農民の餓死を知っているだけに町人が無事で済んだのか、そういう研究がなされてるのなら、ぜひ出会いたいのです。 

そういえば、思い出したのですが、「志ん生一代」では、一家は笹塚の貸家から夜逃げをします。もちろん米屋の払いをはじめもろもろを踏み倒した上です。ただし、逃げ先として家賃無料のなめくじ長屋があってのことです。ただし重ねた改名の効果か面倒なのか、のちに追及された様子はありません。

ごく最近になって、明治の制定以来120年ぶりの民法大改正のことを知りました。メインは敷金の返還や保証人保護の規定ですが、債権の時効に関する改定があるそうです。
債権=借金にも10年の時効がありますが、民法では家賃・小売商の代金は2年で消えるのだそうです。その他飲食店の支払いは1年の時効などの職業別短期消滅時効の廃止。

これはフランス民放に倣ったとの話もありますが、それが当時の日本の暮らしに合っていたからなのでしょう。だいたいのツケは2年でチャラ。ちょっと前の江戸時代でもそれが常識だったのかもしれません。   

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2015年12月29日 (火)

千住のやっちゃば跡

久々のスターウォーズ新作。つきあいは40年近くになろうとしています。最寄りの映画館は錦糸町のTOHOで、他にポイントカードもいくつかありましたがTOHOに絞りました。幸い、6ポイントがたまってここのサービス鑑賞ができます。   
   
問題なのが、錦糸町では3Dか日本語吹き替えで、できれば避けたい。
となると日本橋か西新井になります。今回のSW、系列無視で売りまくった結果、地方では空席が目立つという情報がありますが、確かに日本橋の席は予約で埋まっているのに、西新井はそうでもない。それに南千住図書館に本も返したい。…ということで西新井に向かいました。   
   
千住大橋を渡りきったところに中央卸売市場足立市場があります。まだ10時チョイ前でしたが、市場の食堂がやっているので早昼食に立ち寄りました。   
国道4号から市場のところで斜めに別れる道が旧日光街道で、すぐに「やっちゃば南詰」の看板に出会います。
Yacchaba
そこから京成のガードをくぐって600mほど、江戸時代から戦前にかけて青物問屋が連なっていました。足立市場の成立や空襲で跡形もないのですが、移築された土蔵や、元の屋号を掲げているくらいが往時をしのばせます。
Yacchabasign
   
ただ、名残というか、足立市場から独立した山柏という青果市場があります。ここを通過したねぎだけが「千住ねぎ」を名乗ることができます。「千住ねぎ」は品種ではなくて、修業を積んだネギ商がみとめたブランドです。ときどき近くのスーパーにも並ぶことがあります。
Senjunegi
   
やっちゃば北詰が墨堤通りとの交差点です。まっすぐ行けば北千住の宿場町通り商店街で、左折すれば西新井。   
   
交差点にあるのが、源長寺という立派なお寺で、ちょっとのぞいてみたら、三遊亭円朝寄進の石灯籠なんてものがありました。 
Encho_toro
 
そしてそこからは寄り道せずにSWまっしぐら。、

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2015年12月26日 (土)

人形町末広圓生独演会(小学館)

また、文京区がやってくれました。世界一の落語図書館の地位はゆるぎないですね。
Ningyoshosuehiro    
   
さすがにCD16枚組のこの商品は1セットだけの納入で、あとに60件近くの予約待ちの人が待機しています。なにせ長講ばかり25席。全部聞き終わるのに時間がかかりますが、楽しみにしている人に迷惑をかけるわけにいきません。 急いで聞いて、すでに返却を済ませました。   
残念なことに借りてすぐ、ケースの中で音がするのに気付きました。CDのスピンドルホールを抑えているプラスチックの爪が何カ所か折れていました。CDに所蔵印を押して戻す時にちょっと無理をしたのかな? 下手をするとケースを開けたときにCDが滑り落ちる危険性もあるので気をつけて欲しいところです。    
   
CDの25席のうち、19まではアポロンからテープで発売されていたものです。さすがに違いを見つけるだけの時間はありませんが、こちらがノーカットであることは間違いないです。録音の草柳さんも、あえて咳払いや白湯をすする音を残していると書いています。    
ブックのほうは、圓生の現役時代を知る人、この人形町の独演会に通っていた人たちの話です。冒頭、「寄席育ち」から「(自分の芸が)ふつふつと煮え立ってきた」と引用されている、圓生伸び盛りの独演会ですから、見ていた人たちの思い入れも強い!   
   
変わっているのが、「松葉屋瀬川」。アポロンテープで83分ほどの高座が8分と75分の前後に分かれているのです。後付けの出囃子を削除して、8分の前編というのは例がありません。後編と数秒かぶっています。編集の草柳さんによると、CDの規格を越えて再生できる機器は多いかもしれないが、あえて、とのこと。   
もちろん、音質は格段に上がっています。   
   
数年前に、圓生の遺品の中から練習用の音声を含むテープがみつかったとの情報がありましたが、これのことだったのかもしれません。人形町以外の音もあるんじゃあ?と期待してしまいます。

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2015年12月25日 (金)

すみだ文化講座と郷土文化資料館で忠臣蔵

まだまだ人気があるんですねえ。この暮もテレビ各局で取り上げていました。NHKでは米団治が「10分ちょっとでやったことはない」といいながら「七段目」を大急ぎで演じてました。歌舞伎役者の2人がそれぞれの歴史番組で取り上げたのは思い入れもあるでしょうから当然でしょう。他のBSの歴史番組でも、お坊さんバラエティーや朝の情報番組でも吉良邸から泉岳寺までのコースを取り上げてました。   
今更、新情報なんて出てこないでしょうけど、今年は「切腹最中」が大活躍でした。唯一、凱旋する義士をもてなしたという甘酒(日本酒という説も)が、この討ち入りの時期に無料でふるまわれるということは知らなかったので、覚えておいて、次のシーズンに突撃しようと思いました。   
   
近くのひきふね図書館で、学芸大教授の大石学先生の「元禄赤穂事件と忠臣蔵」という題の区民講座を開催したので、前もって登録した上で、受講しました。ちゃんとした歴史の講義は受けたことがないので、勉強になりました。おおまかにいうと、近年、人心を落ち着かせる意義を再評価されている「生類憐みの令」と事件前の幕府の姿勢に関連がある可能性を考察していました。そして、事件の現場あとはいろいろなドラマの考証を担当して、「あんな簡単に人を殺さない」を主張しているという話をしてくれました。   
お写真を撮らせていただいたのですが、流さないでね、と言われたので載せられません。   
   
あわせて、言問橋近くの「すみだ文化資料館」でこれまで蒐集した忠臣蔵の浮世絵と義士関連の手紙を展示しているので見学しておきました。入館料100円。この展示は1月17日まで。
Chusinukiyoe
    
この施設は1Fに墨田区の地誌、2Fに明治の隅田川花見のジオラマ(時間経過に合わせて動く)、旧吾妻橋の模型、空襲の記録を展示しています。
Sumidabunkadiorama

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2015年12月24日 (木)

茨城のしっぽく蕎麦

自転車以外の遠出はしない主義ですが、好奇心に負けて、とうとう土浦市まで出かけてしまいました。   
以前にアド街を見ていたら、ここの老舗蕎麦屋が紹介され、メニューにしっぽくがあったのに気付いていたのです。    
東京都内に継続したしっぽくが見つからないなら、探索は周辺に広げるのが手です。    
土浦市は水戸街道沿いの霞ケ浦の港町として栄えたところで、江戸との流通の要衝。その文化が流れてくる場所としてふさわしい。そこに明治のはじめに開業した蕎麦屋、吾妻蕎麦総本店があります。    
   
土浦には今回が初めてです。朝思い立って出発、昼過ぎには着きました。駅は宿場の中心部からは離れているようです。土浦城に向かって歩き、旧水戸街道に出ると、そこは歴史地区として保存されている建物がいくつもありました。鉄道に近くなかったのがよかったのでしょう。    
吾妻総本店は、十分それに伍する店舗でした。
Azuma_2       
   
暖簾をくぐると、店内は広い。柱に貼られた「100年人気天ぷらそば」が目を惹いちゃいますが、目的は決まっています。「志っぽく蕎麦」を注文しました。お品書きには「五目」の但し書きが添えられています。    
すぐに蕎麦が運ばれてきてその速さにビックリしました。具はナルト・カマボコ・海苔・しいたけ・麩・鶏肉・インゲン、吸い口にユズと これまでいくつか試した「おかめ」と大差ありません。蕎麦は細くて(たぶん機械打ち)コシもあり、汁もうまい。
Sippoku_azuma_2
      
食べ終わり、ふとメニューに目を落とすと…「おかめ蕎麦」を見つけちゃいました。何が違うんだろう? 蕎麦1杯のために土浦に来て、後日再び1杯を食べにくるのはさすがにできません。    
Azuma_menu_2

幸い、この日の朝を食べていず、腹にもやや余裕がありました。思い切って注文です。前より早く出てきたような気がします。それがこれ。
Okame_azuma_2       
   
蕎麦も汁も同じ。具は鶏肉の有り無しだけが違いました。ある方が「しっぽく」 で150円ちがい。   
円楽の番組で専門家が言ってました。蕎麦が麺の形になった(そば切り)後、最初の種物が天ぷら、しっぽく、卵とじだったそうです。定まった形のないしっぽくが、いつか「おかめ」が生まれたとして、たぶん名前を変えただけに近かったのでしょう。両立したこともあるでしょうが、やがて「おかめ」に駆逐された―そんな図式が浮かびます。   
   
このところ何度か「おかめ」も食べました。もうどこでも「おかめ」の顔をかたどっている店も見つかりません。名が形を伴わないものになっています。いや若い人には「おかめ」自体が不明になっているのかも。将来、とんでもない名前に変わるかもしれませんね。   
Okame_kinjo_2 近所の「おかめ」 Okame_sunaba_2 砂場本店の「おかめ」

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2015年12月19日 (土)

水道歴史館の落語会

往復はがきで申し込んでしばらくのち、返信はがきが返ってきました。受付番号は28番で、十分余裕はあったようです。(定員90人)   
   
今日がその会でした。春日通を都心に向かうと、暖かかったこの冬もいよいよ本性を見せてきたようで、向かい風に厩橋を登るのに苦労しました。湯島の切通しになっても同じで、自転車をこぐ足がくじけそうになります。でもペダルを踏みきったときに足がほぼまっすぐになるようにサドルを調整しているので、信号以外ではできるだけ止まりたくありません。   
   
宝くじ売り場を3つ通り過ぎました。今日の演題はひとつだけ、「水屋の富」が示されているので、ちょいと気になったのです。御徒町駅近くの売り場だけ行列ができていて「最後尾」のプラカードを持った警備員も出てました。きっと何かしらゲンのいい売り場なんでしょう。   
   
会場には15分ほど前に着きました。エレベータで上った3階で受け付けるのにまだ間があるというので、2階の長屋の展示を見て事前の盛り上げをしておきました。   
   
受付ハガキを見せて会場に入り、しばらくして桂文雀の出です。「テレビで私を見たことがある人」という問いかけに、会場の3人が手をあげました。「ありがとうございます。私、テレビに出てないんです…」と自虐ギャグで笑わせて、マクラ短めで本編に入りました。やや硬かったかな。サゲの水屋の安堵が弱いように思いました。   
持ち時間は1時間なので、つづけて「水に関係ある噺を」ということで「鯉がめ」を始めました。祝いの用箪笥の仲間外れにされた2人が買い物に行く前に「その店で信用されるようにならないとツケがきかねえ」というセリフに初めて気付きました。だから銭がないのにその銭でしか買えない…   
   
この会場にはエレベーターしか利用できません。階段は非常用なので90人が下りきるには時間がかかります。エレベーター前の図書室で水道の資料を調べながら最後まで待ちました。   
水道歴史館で落語を催すのは初めてだったようで、「よかったですよ」と受付に伝えると「上司にあげておきます」   
   
もしかすると、次回があるかもしれません。

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2015年12月13日 (日)

江戸の人々の暮らし大全(河出書房新社)

今年、2015年発行で、江東区では見かけたけれどまだ墨田区には入っていない本だったので、そのまま借りて帰りました。こういうときタブレットPCを持ち歩いていると便利です。図書館によっては利用者に開放しているPC(けっこう古いものが多い)を使って確認もできます。   
   
「庶民の暮らし」「江戸のお仕事」「江戸の男と女」「江戸の社会」「江戸の武士」「将軍と大名」の6章立ての構成で、「食」「美容」などに分けられた節に、200を超える項目について書いてあります。   
Kurasidaizen

ひとつひとつの項目は600文字から800文字で説明され、たとえば「庶民の暮らし」「食」の蕎麦の項目には、   
・最初は食としてはうどんが主で、蕎麦は菓子屋が売っていた   
・けんどん屋で一杯盛り切り、掛け値なしのスタイルが江戸っ子に受けた   
・関東の醤油の発達などで蕎麦がうどんを逆転した   
・初期の種物は天ぷら、卵とじ、花巻、しっぽくなど   
といった内容が語られています。   
   
たばこと塩の博物館の記事でふれた、たばこの葉切り職人についてもこの本からの情報でした。   
   
どれをとってもどこかで聞いたことのある内容ですが、総花的に江戸を眺めるにはいいでしょう。あとがきにも触れていますが、KAWADE夢文庫の「江戸の庶民の朝から晩まで」など過去の6冊に、大幅な加筆・修正を行って再構成したものです。   
修正は当然として、捨てた項目もあるはずですから(たとえば肉食の話題は全くない)、いずれ元の本もあたる必要があるかもしれません。   
項目が多くて読むときに煩わしさを感じるからだと思いますが、ほとんどの項目に出典が銘記されていないので、内容を確認する作業はやりにくいでしょう。

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2015年12月11日 (金)

たばこと塩の博物館 リニューアル

かつて渋谷区神南にあった企業博物館が2013年に閉館となって、スカイツリーの眼下、墨田区横川のJT工場敷地内にリニューアルオープンをしたのがこの4月。もう半年以上たちます。   
「近いと後回し」の法則どおり、ずっと放置していましたが、ようやく入館しました。 入館料は100円で据え置きです。   
   
元の施設とは床面積も倍以上になったそうで、新築の建物の中はロビーからしてゆったりとしています。新・旧とも「塩」フロアと「たばこ」フロアに別れているのは同じですし、コロンビアの岩塩柱など引き継がれた展示物も見られます。   

もっとも興味があるのは、「江戸時代の日本のたばこ文化」ですから、塩フロアやたばこの南米コーナーはさっと通過しました(それにしてもたばこの伝播速度にはいつも驚かされます)。   
あたらためて、煙管などの昔の喫煙具に向き合いました。刻みタバコの細かさには以前は気づきませんでした。読書中の本に「葉タバコを載せる台と包丁があれば誰でも始められたので貧乏長屋の住人や…」という記述がありましたが、とてもじゃないけど自分には出来ない、そんな細さでした。   
実物大のその、刻みたばこ屋が展示されています。あとで確認したら渋谷のほうでもあったディスプレイですが店名やのれんなんかも変えてあります。職人と女房と、お使いの少女の三人の人形がいますが、そちらも再出演なのかどうか。隣には新しく、煙管などの道具をまとめて売る店も作られています。
Tabakoya1_3 新・旧刻みたばこ屋  Tabakoya1

そして、所蔵の浮世絵も並んでいました。忠臣蔵ばかりだったのでもしかすると十二月にあわせての展示なのかもしれません。たばこと伝統芸能のパネルには、小三治(人間国宝)が「長短」でたばこ飲みの仕草を見せていました。   

フロアの出口には昭和のたばこやセット。「業平たばこ店」となっていますが、渋谷では違う名の店でした。   
Narihiratabako

旧との違いですが、以前の様子を全く思い出せなかったため、4階の図書室に寄らせてもらいました。主に自社資料を管理、提供する施設です。市販書籍以外は申請して複写できます。

11月から、「リニューアルオープン記念展」として「浮世絵と喫煙具」展が開かれています。入ると最初に掲げてあるのは春信の「笠森おせん」です。それをはじめとして役者も花魁も素人美人も、例外なく煙管をくわえていたり、方向を示すのに雁首を向けていたり。   
喫煙具も美術工芸品が並んでいました。前にみた、左楽からもらった文楽の煙草入れにも再会できました。

この特別展は明後日、13日までです。   

次の特別展も来年1月から決まっていて、「隅田川をめぐる文化と産業」展です。やはり所蔵の1,800の浮世絵から選んで、写真とともに披露されるようです。こうやって特別展が度々あるなら年間パスポート500円を考慮してもよさそうです。特別展が年に4回ならとりたててお得とはなりませんが、こないだの小満んの講演会のように関連行事がいくつも組み込んであるようなので。

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2015年12月 8日 (火)

日本製PC

1988年に初PC購入。だから秋葉でマイコンをいじっていた先駆者にはまったく及びません。

当時は8ビットマシンが16ビットになろうかという節目で、富士通タウンズやシャープX6800もとても魅力的でしたが、友人の88をいじらしてもらっていたので、NECにしました。PCM録音ができることとフルカラーが扱える、アニメーションが作れるので授業に使おうかという気持ちがありました。

文字を読ませて訳ができればOKという授業はしたくなかったですね。ここで、ソフトが発売されないという事態に直面。ないものは作ると、友人にならってプログラミングを始めました。

その後、ノートPCで98を4台買い替え。途中でWindows3.1、3,3を使い始めて事務仕事もMSOfficeプログラムはVisual Basicに移行しました。「高水準言語」でできることも少なかったですが、その後も成長してくれました。
そのあと、Sony VAIOに切り替えたのはAdobe Premereが付属していたからで、今でもメインで使えています。
ノートは教室まで持ち運ぶことを考えるともっと小さい方…となって視力もよかったので、東芝Librettoを使い倒してました。生産が終わってノートもVAIOに。OSやソフトは肥大化する一方で、3台ずつ買い替え。
SONYがVAIOを切り離し、まだデスクトップは能力十分なものの、ノートはパワー不足になって、東芝に復帰してダイナブック。
おまけ塾に通えない子が出て、出前授業のため、という名目でタブレットに興味があったので、でも作業を考えるとPC以外は考えられず、富士通のArrowsを入手、その生徒が卒塾した今は移動中のデバイスです。

だらだら書きましたが、NECがレノボになり、SONYがPCを止めたのも嫌な感じでしたが、今回不正会計の影響か、東芝がPCを手放そうとしています。富士通と一緒になってくれればいいのですが、そううまくいくかどうか。

若者の使い方を見ていればiOSやアンドロイドで足りちゃうんでしょう。PCを使いこなせる若物の数は世界の中でも低いほうだそうです。それは学校でのPC教室の使い方を見ても納得です。
秋葉のマイコン世代のような、PCの「低水準言語」を使いこなして創造的な作業をする人が日本に少ないとしたら、世界をリードしていくことができなくなっていくような気がするんです。

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2015年12月 1日 (火)

しっぽくそば

しっぽくはもともと長崎の異国風料理が伝わったもの。関西ではしっぽくうどんとして人口に膾炙しているようです。京都では南座の地下の松葉のメニューに「しっぽくそば」がありますが、昔、数回行ったのに看板のにしんそばばかりを注文して気づきませんでした。   
   
また、ちかごろ長野市でご当地蕎麦として定着させる動きがあります。そういえば高速道路が開通する前は、長野のスキー場は関西からの客の比率が高かったといいます。志賀高原あたりでスキー修学旅行生を見かけると関西の学校でした。    
   
九州、そして関西から伝わってきて江戸にはいり、そして今は「おかめそば」にその地位を奪われてしまいましたので、そのしっぽくに出会うのは容易ではなさそうです。 「花巻」は以前に浅草・尾張屋のものをレポートしました。
WEBで検索して見つかるのは、「上野の老舗で出していたが閉店」「黒門町の蕎麦屋でおかめとしっぽく両方味わえる」「喬太郎プロデュースの店が深大寺にある」「田無市で食べることができる」などです。    
このうち黒門町・利休をついでのときに、様子を見に行くのですがずっと閉めっきりのままです。    
そしてもっともWEBにレポートがあがるのが、日本橋 の立ち食いソバ「わたなべ」で提供しているものです。   
ときどき蕎麦屋さんで質問してみると、老舗の名前が帰ってきますが、そういう店のメニューにはもう載っていません。    
   
深川から「わたなべ」足を延ばしてみることにしました。日本橋といっても新川で、永代橋を渡ってすぐ、深川祭りの氏子の土地にあたります。
Watanabe Sippokunobori    
店はすぐに見つかりました。入口ののぼりには「しっぽくそば」の文字が翻ってます。ウィンドウにも「時そば」の紹介が。ここは上に書いた深大寺の店(閉店)と同じ経営とのことです。要は落語に寄り添うように作られた店で、しっぽくそばを伝えてきたわけではありません。   

さっそく券売機で購入して注文しました。具を見ると竹輪のテンプラ、かまぼこ、ほうれんそう、しいたけ、そして大きな車麩。味はそんじょの立ち食いソバよりは上です。(ちなみに立ち食いでは浅草駅地下のが断トツだと思います。)   
Shippoku_watanabe    
きっと江戸の振り分け屋台(かつぐやつ)で出していたのはこんなに具は用意できないでしょうし、花巻と同じ値段ですから、噺にあるように竹輪だけあるいは麩だけだったんでしょうね。   
   
後日、上野の老舗・翁庵でおかめそばを食べてみましたが、具の内容も似かよっています(かまぼこ、伊達巻、なると、ほうれんそう、しいたけ、たけのこ、麩)。   
Okame_okina
ちなみに、翁庵には好楽、木久翁とならんで、志ん朝の色紙が飾られていました。

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