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2016年1月20日 (水)

いざさらば雪見にいかむころぶまで

この芭蕉の句は本当は居留していた名古屋で詠んだものだそうです。それなのに句碑が向島の、桜餅で有名な、長命寺にもあります。安政5年(1858)建立。
Yukimikuhi    
それだけ「隅田川の雪見」は江戸の文人たちの趣味に合っていたのでしょう。    
NHKの「浮世絵ツアー」シリーズも「江戸の街」「東海道」ときて今年度は「江戸の四季めぐり」をやっていますが、2月中旬に最後の「冬の巻」が放送されます。きっと番組でも雪見は取り上げるだろうと予想しています。     
   
月曜の夜半に強い雨が雪に変わって音が変わりました。で、ちょいと風流を味わいに外に出ようと待ち構えてました。    
積もった雪はすべてを覆い隠し、降る雪が遠景を霞ませ、現代と過去の境をぼかしてくれるはず。昨冬も雪見を楽しむことはできませんでしたが、今回も明け方に雨に戻って空振りに終わりました。向島の雪の取材は次のチャンスを待つことにしましょう。     
   
雪の日の落語というと思い出すのが「和歌三神」。志ん生の音源を聞き、「志ん生全集」で読んだのみですが、酒飲み噺であるだけに気持ちよさそうに演じてますね。    
雪の日に、俳人である主人が権助に鍬で雪をかくようにいうと、鍬は売ってしまったという。で、言い訳に歌を詠む。雪見に出かけた向島で見かけた三人の乞食にふるまうと、あだ名がみんな和歌の名手=和歌三神であって、それぞれがちなんだ和歌のパロディを披露する。    
実際の権助やお菰さんがそのような教養をもっていたかはわかりませんが、すくなくとも聞いている客の方にはあった。    
「千早振る」などの百人一首を題材にした噺もそうですが、時代が違えば庶民一般の教養も変わるのはならいとはいえ、捨ててしまったことに寂しさを覚えます。    
それだからか、この「和歌三神」、放送などで手が届く範囲ですが、かかったのを聞いたことがありません。    
理由としてこの噺の欠陥はいくつか考えられます。一つは和歌三神は今はわからないので、それについて仕込む必要がある。このへんは廓噺なんかも同じでエイヤって説明なしに乗り切ってしまう手もあります。    
落ちの「和歌三神だねぇ」「イヤ馬鹿三人でございます」がつまらないのは、そんな噺はいくらでもあって、主人-権助のやりとりにクスグリを足して、向島の雪の風情を深めればいい噺になるような、そんな気がしてなりません。    
   
一人のお菰さんのあだ名は、「古典に鑑みて不適切な…」では言い訳の立たない欠陥です。「なりんぼうの平吉=(在原)なりひら」だというのですが、さすがに「なりんぼう(らい病人)」は使ってはダメでしょう。だいたい今は通じないし。それを説明するのはおかしい。    
そこでそこを変えることを考えてみました。「もとは相場で財を成したが、放蕩で使い果たして実を落とした」と設定を変えて、「元は成金の平吉で、なりひらだ」と逃げるのはどうでしょうか。和歌パロディも「千早振る神や仏に見放されかかる姿に我はなりひら」のまんまでいけると思います。    
   
ふと向島の雪景色が惜しくなって思った戯言でした。プロならもっとちゃんと考えるでしょう。    
   
それにしても、実際は現行の「志ん生大全集」からは、外されているのに、Amazonなどの検索だと第20巻に含まれているように記されています。どうしたんでしょ?
Waka3jincd

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