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2016年2月

2016年2月27日 (土)

紀伊国屋文左衛門の墓

深川江戸資料館の講座にでるのに、地下鉄で行ったのでは行動範囲が狭まり、ぶらぶらできませんでした。あらためて自転車の時間を計測したら20分。これならデイサービスの帰宅に余裕で間に合います。   
天気が回復したといっても気温も冬に逆戻り。コートを厚くすると輪行中に熱くなるのは困りものです。
      
以前、資料館の案内ボランティアに教えてもらって、そういえば清澄庭園の場所はかつての文左衛門宅地と言われていることを思い出しました。没落したとも、豊かな老後だったとも言われてますが墓所が近くにあっても納得です。    
ミカン船をはじめ、大概の逸話は創作だそうですが、深川浄等院に葬られたことは山東京伝が伝えています(by竹内誠先生)。    

その成等院は深川資料館から50mいくかいかないか。その墓地の隣に、区切って大きな区画を紀文墓所が占めています。おそらく寺の管理から離れているのでしょう。入り口も別に道路に面していて一番奥に記念碑が見えます。紀文は子孫もなく、「紀文会」が管理しているらしく、入り口の門柱にそう大きく刻まれ、和歌山県知事やら国会議員の奉納した石柵が並んでいます。   
しかしその会は現在機能していないとのことで、東日本震災のときに倒れた墓石などがそのまま放置され、入り口も黄色のテープで封鎖してあります。   
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資料館、「長屋の暮らし」講座第2回は深川地区の開発の歴史を学びました。まだまだ長屋暮らしの話題は出てきません。

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2016年2月20日 (土)

深川江戸資料館講座「長屋と庶民の暮らし」

長期展示企画の「長屋と…」に併せた有料講座です。ホームページで気にしていたのに、申し込むのが遅かった。窓口で問い合わせたら、参加者が定員に達して受付終了になっていました。   
もの欲しそうにしていたからでしょうか、5回講義のうち1~3ならば追加の要望が多く、若干名を受け付けると教えてくれましたので、申し込みをしておきました。   
   
後日通知が届き、講習料を近くの窓口に払い込めば申し込み完了となりました。3000円強でしたから、1回1000円の計算で、全5000円強と計算が合います。   
その第1回が先日ありました。すぐ近くの深川図書館で本を借りて時間まで暇をつぶして早めに会場に入りました。受付で追加分が別紙の名簿にあってとまどい、担当者に伺ったら今回は埋まるのが異様に早かったとのことでした。残り2回は会場を離れてのフィールドワークも含まれるので人数を増やすわけにはいかないようです。   
今回はテレビで何度か解説を見かけた元板橋美術館長の安村敏信先生の「のぞいてみよう江戸の暮らし~浮世絵を窓口として~」です。開口一番、浮世絵で長屋の生活はありません。そりゃそうですね。購買層の人たちの生活を描いても売れるはずもないでしょう。だから浮世絵が描いている対象に関する入門的な口座だったので、美術をまったく知らない自分にはちょうどよい話ばかりでした。   
特に今は北斎の娘の応為を追っているそうで、その光線描写を称賛していました。ただ落款入りの作品はあまりないそうで、北斎の代筆をしたものがかなりあるのではないか、また有名美術館蔵のものがかわいそうに真筆ではないと目しているそうです。   
浮世絵に興味を持った若いころはまだ豊国なんかも数万円で買えたのが今では数百万値が上がっている、今だったら揚州周延がキレイだし将来性があるのではとお勧めしてしてましたが、きっと海外への流出を止めたいんだなと思いました(TV番組でくやしがっていた)   
   
お話の後、こういう機会に質問しなければもったいない。歌麿の「深川の雪」について情報をお願いしました。美術・美術史の立場からは、あの筆致であれだけの大作を描ける偽作者はいないだろうとのお答えをいただきました。   
どの作品でも賛否の立場から証拠を出しあうものだとのことでした。

おまけで、携わっているこれからの展示会の紹介。東京都美術館の若冲展と江戸博の妖怪画展、江戸博のは企画展かと思ったらダ・ビンチと肩を並べる特別展です。何か大がかりな仕掛けもありそうなのかな?

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2016年2月19日 (金)

千束稲荷神社、二の午の地口行灯

この神社は以前、年寄りと田端まで自転車で七福神めぐりに行ったときに休憩をとったことがあります。あれがうちの年寄りの最後のサイクリングになりました。   
そのときはひっそりと静かなたたずまいでしたが、吉原神社で教えてもらって一巡遅らせた初午祭りに出かけました。めあては夜、灯の入った光景です。 でもまず昼間の景色を見ておきましょう。   
   
上野のヨドバシで買い物を済ませてから鶯谷へ向かって旧日光街道から三島神社で千束に向かい、国際通り手前で左折。たぶんこれが昔の道だろうと思いながら自転車をすすめました。   
   
神社には外側まで地口行灯が飾られていて、亀井鵬斎の文字が刻まれた鳥居にも飾り付けが吊るされています。境内にあがると数人が御朱印を求めて並んでいます。行灯はぐるりと境内をとりまいて並んでいるほか、ご神木を中心にV字型にしつらえた柵にも行灯がつられています。その数87。みんな氏子の寄進でその年限りのもの、気合が違います。
Andonfes1     
一番本殿に近いところに例の「ゴミ取り眼」、片口を傾けて「片口まどの月を見し哉」など同タッチの絵付きです。こないだ吉原神社で聞いた話だと、元絵のあるものばかり、とのことでしたが明らかな明治以降のネタもあります。新作がまったく許されないというわけでもなさそうです。   
奉納したと思しき氏子の方々が集まってご自身の行灯を見て嬉しがっていました。その気持ちがあればこの初午祭りは続くのでしょう。   
    Andon_3pei
今夜放送予定で、収録がちょっと前にされたBSNHKの「浮世絵ツアー 冬の巻」の出演者、林家三平と女優の村井美樹の作った地口行灯が鳥居わきに飾られてました。「早起きは三平のとく」、まぁ同じくらいのレベルですかね。女優の「ご縁を結んでくだサル」には猿の絵がついてますが、本歌がわかりません。   
   
陽が沈むにはまだ時間がありました。近くの根岸図書館で暇をつぶすつもりだったのですが、館内整理で閉じていたのは当てが外れました。自転車でふらふらジョイフル三ノ輪あたりを巡りました。   
暗くなるのもずいぶん遅くなったものです。ようやく月も輝きだして夜景を撮影しましたが、本殿から解析が終わった氏子たちが解散すると、またひっそりとした境内に戻りました。   
かつてはどこの稲荷でも行われた行事だということですが、各地で復活まではしなくても、ここにもっと人が集まってもよいのにと思いました。
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点灯はまだ明るいうちでしたが、9時くらいに消灯、21日の日曜夜までは展示されるそうです(天候次第)。

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2016年2月12日 (金)

「隅田川のあそび」講演会

江戸東京博物館館長の竹内誠先生の講演が、無料で(年間パス)聞けるとあって朝、いさんでたばこと塩の博物館に整理券を取りに行ったまでは先に記事にしました。

とても楽しみにしていた講演会でしたが、予定の時間になって3階の会場に移動すると、ロビーで大勢が開場を待っています。整理券番号順に入場したのでせっかくだから前のほうに陣取りました。
「あそび」がタイトルですから、ご自身の隅田川での遊びから話が始まりました。
日本橋で生まれ、ポンポン蒸気で浅草に遊びに行ってデパート屋上の遊園地で遊び…というのは著書・対談集「江戸は美味い」でも繰り返し思い出として語っておられます。
そして途中で見える旧国技館(蔵前)から大相撲の話題に脱線し、名勝負の裏話を楽しそうに話していました。
終戦直後、付近の工業生産が停止したわずかの間、清澄を取り戻した隅田川で泳いで遊んだ思い出が強かったようです。その後、すっかり隅田川は生活から切り離されてしまいました。

個人的な遊びの思い出の後は江戸・明治の隅田川の遊興についての話題に移りました。三社祭は古くは隅田川に神輿が渡御する川祭りだったこと。男尊女卑の時代であっても夫が棒手振りで外に出ている間に、女だけで参拝と称して川沿いの遊山に出かけたりしたこと。大名家臣が深川あたりで大いに接待に励んだことを資料を示して説明してくれました。
特に幕末から明治にかけての外国人が隅田川近辺を愛でたたえたことを強調していました。
また、研究者の見地から、隅田川で「水練」をしていたことは分かっているけれど、遊びとして「遊泳」した記録が見つからないのだそうで、近頃はその資料を探しているそうです。わずかに「熈代勝覧」で日本橋の向こうに遊んでいるような姿があるくらいだとか。
川の近くに住む子供が川で泳いで遊ぶのは自分の経験からしても当たり前のような気がしますが、日常過ぎて資料に残らないのかもしれませんね。

近年水上交通などが復活しつつありますが、先生は、「首尾の松」の完全復元を願っているそうです。今のような蔵前橋のたもとに申訳のように植わっている松ではなく、もっと本来の位置で川にかかるような姿を取り戻したいようです。

やはり経験と深い研究に裏打ちされた話は面白い。浅草寺日記の整理に尽力された経緯から総代の一人になられて、また8年申年生まれで年男であることから今回の豆撒きに参加することをここで知りました。こういうお話を無料で聞けるのだから、東京は恵まれていると痛感しました。

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2016年2月 9日 (火)

新年度の教科書を入手する

年が明けて、学校の授業を先行しているおまけ塾では今年の教科書範囲を教え終わりました。そうはいっても教えたら身に着くものというものではないので、何度も反復しています。例えば2年生の「比較」は10月終わりから教え始めて、まだ毎回扱います。「言わされた英語でなく自ら発した英語でないと見に着かない」というモットーからすると本当に身に着く教材を開発しきれていないということかもしれません。   
   
教科書は読みの材料としてしか使っていません。あと、教える内容の順序を決めるのに使っているか。合わせて日頃の学校授業の理解に役立たせないといけないですから。    
だから、教科書本文に教科書CDの音声を組み込んだ、自作電子教科書を作ります。もちろん外に出せるものではありませんので、自家使用だけです。電子教科書が販売されるようになる前から、学校の教室でそうやって使っていました。    
本文を投影しながら、ボタンクリックで1ページ読み上げたり、1文をクリックするとその文をリピート用に二度読み上げるのが主機能です。教科書を読みながら英語を教えるのではなく、単語や発音、用法・文法、関連文化を教えた後、いきなり読み下して理解するやりかたを取っているので、市販品では合わないでしょう。    
   
思い出すと新任教師のころはカセットテープで、キュルキュル巻き戻ししながら使ってました。    
CDの時代には巻き戻しが難しいので、1ページ読むトラックと1文ごとにリピートする空白がはさまれたトラックがありましたが、何度も反復したい文を取り出すことは難しくなりました。    
一般には知られていないと思いますが、バーコード付きのテキストでCDをコントロールする「CDリピーター」という高価な教育機器を買ってもらって活用しましたが、よく故障もしたし、私以外の先生にはなかなか広まりませんでした。
Cdrepeater     
   
また、生徒が教科書を読むとき下を向いて喉を狭めるのが嫌で、OHPにテキストを書いて色シートで文を指定して、自分やALTの声をリピートさせました。    
   
プロジェクターと自作電子教科書でそのへんの問題をクリアできたのです。PCさまさまです。Flashで作れば文字と音の連携や再生タイミングなど自由に作成することができます。    
   
来年度は教科書が改訂されます。教科書会社と一部の学校管理職との不透明な金のやり取りが報道されましたが、採択教科書もこのタイミングで選びなおします。(本当は毎年検討だし、改定時の選択変更もめったにありません。私の教員生活中一度だけ変更になり、また戻っただけです)
Textbook       
   
電子教科書も作り直しになりますが、今、来年度の教科書は年度が替わるまで一般に手に入りません(展示場で期間を切って閲覧は可能:学校には「見本」が届いているので事前準備に使えます)。    
教科書はたいていの自治体で禁帯出図書になっているので、めんどうです。以前に文京区は貸し出ししてくれることがわかっていたので、今回もお世話になることにしました。ところが、真砂図書館が改築中で梱包されていて出すことができないことがわかりました。他の図書館には二世代も三世代も前の教科書しかありません。加えて、真砂のも現行最新にとどまり、新年度のものはないこともわかりました。    
   
途方に暮れていたら、救う神はあるもので、唯一葛飾区で新教科書を貸し出しまでしてくれることがわかったので金町まで出かけて登録し、無事に借りることができました。返すのも次回の借り出しも、荒川一つ隔てた四つ木でできるのでとてもありがたいです。    
音声の購入は、これは教科書そのものではないので、3月近くになれば可能です。それまでは自分の声で我慢しましょう。

WEBで予約して取りに行ったところそばの書架にCDで昨年出た「星寄席」(志ん朝・小三治)がありました。ずいぶん前に文京区でテープを借りて聞いたことがあるし、内容も朗読に過ぎないのは分かってますが、借りちゃいました。

借りた教科書は2社なのですが、どうしたのか”Rakugo”をどちらも題材に扱っています。どうした風のふきまわしなんでしょう?

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2016年2月 6日 (土)

初午の地口行灯

ランチに入った店で、近くに座った80がらみの二人が「今度の初午、お稲荷さんにいくのかどうか」と話すのが耳に入りました。年齢的に地元の稲荷神社の世話役かなんかやってるかもしれないと思いつつ、初午に何をするんだろう?と初めて考えました。   
   
こないだの初天神では、湯島や亀戸などいくつかの天神さまで「鷽替え神事」が行われます。ホントは毎年取り替えるものなのですが、30年ちょっと前に初めて並んで手に入れた鷽を今でも棚に飾ってあります。    
   
総元締めの伏見稲荷の鎮座の日が初午だそうですが、そこで何をするかは全くわかりません。手元のタブレットで検索すると、東京のいくつかの稲荷社では地口行灯を奉納する習わしがあるとのこと。地口行灯は浅草の伝法院通りにいくつか街灯に飾ってあるのは知っていましたが、あれは江戸のよすがとして記憶のためで、「今も生きている行事」だとは思ってもいませんでした。    
Denpoin_lantern
   
そういえば、浅草の街灯でもいくつか、志ん生のマクラで使われた洒落がありますね。あらためてポニーの「火焔太鼓」を聞いてみると   
初午の行灯になんぞ書いてあるんで、乙な洒落がありまするもんですな。ゴミ取りに目がくっついていて「ゴミ取り眼」ですとかな。お地蔵様が電話かけて「地蔵電話」なんて。   
しっかり「初午」って言ってるじゃないですか。   
これは見に行こうと歯科医と講演会(水道歴史館)の間の時間で遠回りして吉原神社に行きました。帰りにもう一度寄って、夜の灯りも見てみたい。   
2月、立春も過ぎたのにまだ七福神の幟があちこちに掲げられてます。吉原神社でも名所七福神のご朱印をもらう人たちがちらほら。吉原神社は遊郭に中のあちこちにあった神社をまとめて一カ所に祭ったものですから、お稲荷さんが含まれていてもおかしくありません。   
Yoshiwara_shrine_lantern1 Yoshiwara_shrine_lantern2
   
社務所の中の人に話を伺うと、かつてはどこの稲荷社でも地口行灯を祭ったものだが、描き手がいなくなって廃れたそうです。本来は凧の絵師が担当したのですが、名人が亡くなる前に吉原神社に今後を託したそうです。本郷で行灯祭と名を変えて子供たちや有名人が行灯の絵をかくのは絵師がそちらにはいなくなってのやむを得ない措置であるとのこと。ここの地口行灯は明治のころから続く元絵を写してあるのです。   
それで、なんと夜に灯は入れないそうです。昼間来てよかった。   
Yoshiwara_shrine_lantern4 Yoshiwara_shrine_lantern3
   
二の午の日(18日)に近くの千束神社でもっと盛大に数多く、夜には明かりも灯すことを教えてもらったので、ぜひ見に行こうと思います。初午を避けたのは節分などの行事と近すぎるからです。   
千束神社にはNHKが事情を取材に来て、同じ日の夜、「浮世絵ツアー 冬の巻」として放送することも教えてもらいました。本家HPではまだ内容未定ですけど、楽しみになりました。四季そろったらブルーレイに焼く予定で待っていた番組です。   
   
すぐ近くの公演で「江戸吉原節分お化けまつり」が開かれていて、仮装した狐が神社に水をもらいにあらわれてぎょっとしました。   
立ち寄ると、いろんな仮装や屋台と見物で埋まってます。ちょうど檜山うめ吉が午後のステージに備えてリハーサルの最中で、こりゃ得をしました。
Yoshiwara_obake_umekichi

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2016年2月 4日 (木)

浅草寺の節分・追儺式に再挑戦

「恵方巻き」という商売に乗る気にはどうもなりません。「恵方」という古い言葉を復活させた功績は…あるのかな?どうせなら「恵方詣り」の習慣が復活すれば落語の役に立つかも。

Sensojitsuina
昨年は傍からながめるだけだった浅草寺の節分の豆まきに満を持して早めに出かけました。11時に本堂わきの特設ステージに到着したところ、待機している人はまだまばらでした。40分ほど待って午前中の式の準備が始まりました。12時と午後2時の回は年男の豆撒き。その名前を入れた提灯が手すりに取り付けられませす。その解除をする人も担当する名前の入った法被を着ているのですから剛毅なものです。   
ややあって年男たちが住職と一緒に登壇します。裃をつけた正装です。ステージはL字になっていて、おめあての竹内先生は遠いサイドに行かれてしまいました。止むをえません。   
Toshiotoko
やがて豆が撒かれました。最前列で待ち構えましたが、それほど多くは拾えませんでした。タブレットで動画を取りながらですから当たり前です。年男も頑張って遠くへ放るよう心掛けたのでしょう。それにしても、投げ始めると必死になって受け取ろうとする自分がいます。本能に訴えるところがあるのでしょうか。これが戦果です。
Sensojisoy     
   
帰宅して年寄りに昼食をたべさして。(浅草寺帰りに寄ったすぐ裏の「アンデスまとば」のアンパンを買って帰っただけですが)   
動画で遠景も欲しくてもう一度2時の回に出かけました。今度は豆を拾わなくていいので気が楽です。御前よりも人は増えていたように思います。外国のTVクルーも撮影してました。   
ひとしきり豆撒きを撮影する途中に、垣根で隔てられた三社さまに、3時から豆撒き神事と予告の貼り紙がでてました。   
そこで予定変更。浅草神社のも最前列で体験することにしました。30分ほどで巫女の舞の奉納、つづけて年男年女の豆撒きと、待ち時間が結構ありました。   
その代わり、豆撒き会場の神楽殿は目の高さで、迫力も豆の収穫も上でした。隣の幼稚園児も結果に満足するくらいの密度で降ってきます。
Sanjasoi

湯島天神と同じで前半がおわると、後ろの人と交代になり、遠景も収めることができました。

   

終わって境内を出ると、浅草寺のほうのステージにまた人だかりができてます。4時からの文化人・有名人の豆撒きを待っているのでした。内海桂子師匠やら、林家兄弟やら浅草ならでの演芸から多数です。総勢77名、四部制に分けるほどでした。   
さすがにこれは待つ気になれなくって撤収しました。

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2016年2月 1日 (月)

「地図で読み解く江戸・東京」(技術評論社)

Chizude
地域ごとではなく、「家康の都市計画」「庶民の暮らしの知恵」「水道」「商業」「遊興」などの項目ごとに地図を参照して解説する書籍です。地図も古地図そのものではなく、古地図から起こしたものを使っています。全ページカラーだし、判型がA4とやや大きく、地図が見やすくできています。   
古地図だけでなく、現代地図との比較はもとより、浮世絵・図絵・組織図・グラフなどを駆使して江戸を解説しています。内容はやや初心者向けというか、江戸の知識をまとめた総合的なものです。    
   
総合的な視点は時として必要なもので、江戸中期の神田・玉川上水以外の上水廃止は、幕府財政のひっ迫と、井戸掘り技術の進歩・価格値下がりが重なってできたという指摘は新鮮でした。言われてみれば、学者(室鳩巣)の風水的な意見一つでライフラインを簡単に削れるはずもありません。   
   
総ページが121ページで、地図がかなりの部分を占めていますから、各項目ごとの説明が概説になるのは仕方のないことです。下に引用させてもらったのは近郊野菜栽培MAPです。    
    Chizudeyomitoku
ここで使用された地図の一部は「今昔散歩重ね地図」(ジャピール)を加工したものです。もちろん、拡大して各地を表示するのにつかわれますが、土地利用や消火組織の分担を色分け加工した大江戸図が使われるケースが多いです。   
   
何年か前に「江戸明治東京重ね地図」を買った後、その後継版ともいうべき地図ソフトがジャピール(ジャパン・アピールの意味だそう)から出ました。「重ね地図」を入手したばかりだったのと、インストールが2回限りと制限されるものだったことから、PCの買い替えや、私の場合頻繁なリカバリに堪えられないと思われて手を出しませんでした。現に暮れからまた不調をきたしたメインPCのリカバリをはじめ、1か月たっても終わってません。   
ところが、発売からそうたっていないはずの「今昔散歩…」が在庫なしになっています。発売元のサイトでもSoldOutの表示。ちょっと気になったのに惜しいことでした。

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