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2016年2月 6日 (土)

初午の地口行灯

ランチに入った店で、近くに座った80がらみの二人が「今度の初午、お稲荷さんにいくのかどうか」と話すのが耳に入りました。年齢的に地元の稲荷神社の世話役かなんかやってるかもしれないと思いつつ、初午に何をするんだろう?と初めて考えました。   
   
こないだの初天神では、湯島や亀戸などいくつかの天神さまで「鷽替え神事」が行われます。ホントは毎年取り替えるものなのですが、30年ちょっと前に初めて並んで手に入れた鷽を今でも棚に飾ってあります。    
   
総元締めの伏見稲荷の鎮座の日が初午だそうですが、そこで何をするかは全くわかりません。手元のタブレットで検索すると、東京のいくつかの稲荷社では地口行灯を奉納する習わしがあるとのこと。地口行灯は浅草の伝法院通りにいくつか街灯に飾ってあるのは知っていましたが、あれは江戸のよすがとして記憶のためで、「今も生きている行事」だとは思ってもいませんでした。    
Denpoin_lantern
   
そういえば、浅草の街灯でもいくつか、志ん生のマクラで使われた洒落がありますね。あらためてポニーの「火焔太鼓」を聞いてみると   
初午の行灯になんぞ書いてあるんで、乙な洒落がありまするもんですな。ゴミ取りに目がくっついていて「ゴミ取り眼」ですとかな。お地蔵様が電話かけて「地蔵電話」なんて。   
しっかり「初午」って言ってるじゃないですか。   
これは見に行こうと歯科医と講演会(水道歴史館)の間の時間で遠回りして吉原神社に行きました。帰りにもう一度寄って、夜の灯りも見てみたい。   
2月、立春も過ぎたのにまだ七福神の幟があちこちに掲げられてます。吉原神社でも名所七福神のご朱印をもらう人たちがちらほら。吉原神社は遊郭に中のあちこちにあった神社をまとめて一カ所に祭ったものですから、お稲荷さんが含まれていてもおかしくありません。   
Yoshiwara_shrine_lantern1 Yoshiwara_shrine_lantern2
   
社務所の中の人に話を伺うと、かつてはどこの稲荷社でも地口行灯を祭ったものだが、描き手がいなくなって廃れたそうです。本来は凧の絵師が担当したのですが、名人が亡くなる前に吉原神社に今後を託したそうです。本郷で行灯祭と名を変えて子供たちや有名人が行灯の絵をかくのは絵師がそちらにはいなくなってのやむを得ない措置であるとのこと。ここの地口行灯は明治のころから続く元絵を写してあるのです。   
それで、なんと夜に灯は入れないそうです。昼間来てよかった。   
Yoshiwara_shrine_lantern4 Yoshiwara_shrine_lantern3
   
二の午の日(18日)に近くの千束神社でもっと盛大に数多く、夜には明かりも灯すことを教えてもらったので、ぜひ見に行こうと思います。初午を避けたのは節分などの行事と近すぎるからです。   
千束神社にはNHKが事情を取材に来て、同じ日の夜、「浮世絵ツアー 冬の巻」として放送することも教えてもらいました。本家HPではまだ内容未定ですけど、楽しみになりました。四季そろったらブルーレイに焼く予定で待っていた番組です。   
   
すぐ近くの公演で「江戸吉原節分お化けまつり」が開かれていて、仮装した狐が神社に水をもらいにあらわれてぎょっとしました。   
立ち寄ると、いろんな仮装や屋台と見物で埋まってます。ちょうど檜山うめ吉が午後のステージに備えてリハーサルの最中で、こりゃ得をしました。
Yoshiwara_obake_umekichi

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