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2016年2月 4日 (木)

浅草寺の節分・追儺式に再挑戦

「恵方巻き」という商売に乗る気にはどうもなりません。「恵方」という古い言葉を復活させた功績は…あるのかな?どうせなら「恵方詣り」の習慣が復活すれば落語の役に立つかも。

Sensojitsuina
昨年は傍からながめるだけだった浅草寺の節分の豆まきに満を持して早めに出かけました。11時に本堂わきの特設ステージに到着したところ、待機している人はまだまばらでした。40分ほど待って午前中の式の準備が始まりました。12時と午後2時の回は年男の豆撒き。その名前を入れた提灯が手すりに取り付けられませす。その解除をする人も担当する名前の入った法被を着ているのですから剛毅なものです。   
ややあって年男たちが住職と一緒に登壇します。裃をつけた正装です。ステージはL字になっていて、おめあての竹内先生は遠いサイドに行かれてしまいました。止むをえません。   
Toshiotoko
やがて豆が撒かれました。最前列で待ち構えましたが、それほど多くは拾えませんでした。タブレットで動画を取りながらですから当たり前です。年男も頑張って遠くへ放るよう心掛けたのでしょう。それにしても、投げ始めると必死になって受け取ろうとする自分がいます。本能に訴えるところがあるのでしょうか。これが戦果です。
Sensojisoy     
   
帰宅して年寄りに昼食をたべさして。(浅草寺帰りに寄ったすぐ裏の「アンデスまとば」のアンパンを買って帰っただけですが)   
動画で遠景も欲しくてもう一度2時の回に出かけました。今度は豆を拾わなくていいので気が楽です。御前よりも人は増えていたように思います。外国のTVクルーも撮影してました。   
ひとしきり豆撒きを撮影する途中に、垣根で隔てられた三社さまに、3時から豆撒き神事と予告の貼り紙がでてました。   
そこで予定変更。浅草神社のも最前列で体験することにしました。30分ほどで巫女の舞の奉納、つづけて年男年女の豆撒きと、待ち時間が結構ありました。   
その代わり、豆撒き会場の神楽殿は目の高さで、迫力も豆の収穫も上でした。隣の幼稚園児も結果に満足するくらいの密度で降ってきます。
Sanjasoi

湯島天神と同じで前半がおわると、後ろの人と交代になり、遠景も収めることができました。

   

終わって境内を出ると、浅草寺のほうのステージにまた人だかりができてます。4時からの文化人・有名人の豆撒きを待っているのでした。内海桂子師匠やら、林家兄弟やら浅草ならでの演芸から多数です。総勢77名、四部制に分けるほどでした。   
さすがにこれは待つ気になれなくって撤収しました。

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