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2016年3月

2016年3月24日 (木)

平賀源内の墓

白髭橋を渡って台東区に入ってすぐの地域が橋場です。明治通りから1本それた入り組んだ道に平賀源内の墓があります。   
   
これまでも自転車であてもなくうろついているときに江戸の著名人の墓に出会うことがありました。亀田鵬斎や上水事業の玉川兄弟の墓を浅草近辺でふと見つけてこんなところにと感嘆することたびたびです。   
   
源内だけは墓の場所をあらかじめ調べておきました。マンガ「風雲児たち」の一時期の主役であったこともありますが、源内については子供時分のNHKドラマ「天下御免」で強く興味を持っていたからです。   
時事問題も盛り込んでわかりやすく、源内が先進的な魅力的に描かれていました。賄賂政治の田沼意次を好意的に扱う先見の明もありました。   
毎週食い入るように見た覚えがあり、いまでもテーマソングが頭の中にすぐ浮かんできます。最終回だけ都合で見ることができず、破天荒にも家族に源内が気球で国外脱出をした…と聞き、惜しがったものです。   
   
実際の源内は獄につながれその生涯を閉じました。罪人ですから遺骸は下げ渡されず、遺品のみ葬られました。その寺はなくなりましたが、源内の墓のみ残されました。   
東京に住むようになって、その墓がいつでも行けるくらいすぐ近くにあるとわかりました。5分ほどです。   
   
行ってみると壁に囲われ、入り口の鉄扉が閉まっていました。以前は常時は入れたわけではなさそうですが、今は閂を開けて自由に入ることができます。
Gennai1 Gennai2    

中には源内とその従者の墓のみがあります。マンガで紹介された親交のあった杉田玄白の追悼文は大きな石碑…の裏側に刻まれていました。昭和になるまで罪人の墓碑は建てるのがはばかられたことの証左でしょうか。狭い土地なのにぐるぐる探しまわっちゃいました。
Gennai3

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2016年3月16日 (水)

「大江戸今昔マップ」(KADOKAWA)

もう江戸古地図と散歩をからめた書籍は花盛りですべてに目を通すことはできないように思えます。    
この書籍は嘉永初めの尾張屋版切絵図を見開きにならべ、その上にトレーシングペーパーを重ねるように現代地図を載せています。切絵図がそのままなので、現代地図のほうが切絵図に合わせて再構成されているのがちょっと変わってます。つまりホントの地図じゃない。    
Oedokonjaku

また実際に透けるのではなく、現代地図に切絵図が薄く印刷されているので透けているように見せて、ずれがないように仕上げてあるのがおもしろい(紙が薄いので少しは映る)。      
次のページから「散歩のポイント」のタイトルで地図各所の見どころ15カ所ほどの解説が続きます。写真付きで80文字ほどの簡単な説明です。

実はこの本を手にしたのは、内容を知りたいというより別の興味があったからです。   
PCソフトの「今昔マップ」絶版と同時にスマホ向けの同アプリも配信停止になっていることがわかりました。    
また、そのソフトのタイトルと似たこの本も不自然に短期間で新版が重ねられたことも知りました。旧版・新版を比較しようと借りましたが、そうするまでもなく理由がわかりました。差別地名問題があったのです(新版ではその他年表などの加筆があります)。    
新版のあとがきにきちんと「資料は改変しないことが原則だが、差別を助長しかねない地名は削除した」ことが書かれています。おそらくソフト・アプリにも同じ問題があったのでしょう。    

現役だった時は人権教育も職務の一つでした。子どもたちのバイキン遊びを見つけると背筋が凍ります。人を下に見て喜ぶ気持ちはそのつど潰していくのは忘れてはいけません。 自分自身、息子たちの通う幼稚園をそのことで問題視する人に出会ったときは問題の根深さに打ちのめされたました。    
それから二十年余、同和問題に関心も薄れていましたが、今回を契機にネットで探ってみると若い女性の親の出身地をめぐって彼氏の親に反対されて悩んでいる相談や、自分の住所が同和地区かどうか心配だから知りたいとか未だに見かけます。「心配」なんていう限り、知った後の事が思いやられます。まだ地名で人を判断することはちっとも止んでいないのです。   

場所を隠しておかなければいけないのは不条理なことではありますが出版社の配慮が足りなかったことは間違いありません。   

ついでにタイトルの良く似た「大江戸幕末今昔マップ」(新人物往来社・2012)も検索にかかったので借りて比べました。    
構成が同様で、見開き古地図の上に現代図が重なっています。地図の次のページに記事が続きますが、それが幕末、維新の事件の解説であることが違います。使っている古地図は同じもので、こちらのほうは「日本橋南」「白金」など 十葉余りを省いてあります。地図に続く記事は幕末のものにすっかり置き換わっています。

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2016年3月 6日 (日)

本駒寄席

文京区本駒込図書館で落語会が開かれました。小さんのCDを借りに行ったときに管内のチラシで気が付きました。数年間、落語音源機器集めで通いましたが、うっかりしていたのか初耳です(小石川図書館で毎年落語会が行われているのは知っていました)。二週間前に、申し込みを電話かあるいは来館で、先着70名までの会です。その日9時の開館時に電話を入れたら話中だったのでこりゃ即完売か(無料だけど)と思いましたが、10時前にダメもとで再電話するとまだ席がありました。60番目でした。氏名と電話番号を伝え、当日入場するときにその番号を言うとのことでした。   
   
今日は幸い雨の予報が変わり、午前中にぽつぽつきましたがすぐに止んで、自転車で行けそうです。白髭橋をわたって明治通りをすすみ、道灌山通りに折れて西日暮里駅の切通しで文京区に入りました。早目に図書館に着いたので、あちこちの本を手にしているといつの間にか会場の集会室のドアの前に行列ができていました。   
番号で名簿のチェックを済ませて真ん中あたりのパイプいすに座りました。満席です。高座はというと、テーブルを二つ組み合わせて赤い布をかぶせ、高座に上がる段は、書棚の上のほうの本を取るときに使う短い脚立でした。
Honkomayose2
    
今日の演者は古今亭菊丸で、志ん馬が駒込に馬生が日暮里に住んでいたが間の本駒込には来たことがない…と噺の口火を切りました。   
    Honkomayose1

さすがにベテラン真打、達者なものでどんどん笑いを取っています。やがて「蕎麦ぁうぃー」の売り声からネタだしの「時そば」に入りました。何をいってもうなずいて笑い声をあげるおばちゃんたちがいて、場を盛り上げてました。   
近頃は欠けたドンブリを強調する演出に多く出会った気がしますが、オーソドックスな高座でした。   
今回は一人会で、仲入りの後「寝床」を始めました。こちらはそんな大きいネタがかかると思っていなかったのでうれしい驚きでした。   
古今亭ですので、フルにはやりません。店子たちの前で義太夫を始める前、旦那が蔵の中の番頭に語りこむところで冗談落ちにしました。ドイツにもいかず、政党に入党もしないのは師匠の円菊の型なのかどうか。   
   
どの客も満足した顔で会場を後にしました。東京の人は恵まれた環境だととしっかり認識すべきです。   
   
帰りには風が強まり、本降りになるかと思わせる天気になりました。折りたたみ自転車で泥除けがないので、アスファルトに水が浮いたところに突っ込むと背中が悲惨なことになります。ゆっくり撥ねを上げないようにこぎました。これもまたすぐに回復したので助かりました。

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2016年3月 5日 (土)

小村井の梅香園再訪

出かけるときの肌寒さでコートを着て出ると失敗する時期になりました。湯島も亀戸も毎年のぞいていますが、たいていのところでこの週末までが梅まつりです。小さな小村井香取神社も再会した梅まつりを続けています。
   
ここの梅園は近年再興されただけあって狭く、逆にそのせいで梅の木が密集していて盛りには溢れるように視線を埋め尽くします。
Omkatori1 Omkatori2    

知られるようになってきたのか、平日にもけっこう人が訪れるようになってました。そして休日には神社関係者がテントを立てて茶の接待と、社殿の開放をしています。   
    Omkatorishaden

ふだんは閉じてある社殿の中に入れてくれたのですが、戦災で昭和26年に建て直した建物が木造であることにそこで気が付きました。立派な太い木の柱です。多くの社寺が鉄筋コンクリートで再建されているので思い込みを訂正です。   
非公開の(賽銭箱の位置からは見ることができない)天井絵を解説もしてくれました。枡天井一枚一枚に見事な日本画です。一人の画家が手掛けただけに統一感があります。撮影禁止なので外に一部が掲示されていたポスターを載せておきます。
Omkatoritenjoe
四隅には朱雀などの四神、十二か月の花と鳥。枡からはずれたところに雀が一羽遊んでいて祈祷が終わった人が帰りがけに目にするように置かれています。    
   
まつりと同時に梅の花も終わりかけています。出かけるならまた次のシーズンがいいでしょう。

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2016年3月 3日 (木)

円朝祭の小さん(小学館)、全巻そろう

完結してから、4ヶ月。少し時間がかかりましたが、文京区に全巻そろいました。毎月発売していたシリーズ、1巻が蔵書となって2・3は順調に入っていましたが、最後の巻はちょっと間が開きました。さっそく借りて、聞いて返却を済ませたのでレポートします。   
1が1985~1988、2は1989~1992、3には人間国宝になった1995前後の1993~1996、そして4には1997~2001で倒れた後の音源となります。小さんも85歳を迎えました。
Enchomaturi1 Enchomaturi2 Enchomaturi3  Enchomaturi4
   
解説の長井さんがいくつか触れています。たとえば、第2巻の「蒟蒻問答」で、湯灌場踊りの歌詞を忘れてしまい、それを噺中の人物が忘れたようにしてくすぐりに変えたのか、堂々と「本に忘れただよ。勘弁してもらうべえ」と権助に言わせて大喝采をもらっています。次の「あくび指南」にも数カ所気になる個所がありましたが、全然問題にはなりません。    
それが4巻になってはっきり衰えが見られます。この時期の音源は販売されたこと自体が珍しいのですが、息切れした感じの個所もいくつかあります。    
   
かつて細々と落語を聞き続けていたのが、ぷっつり止めたのは小さんの無表情で単調な高座を放送で聞いたからでした。「もう落語はいいや」と思った記憶があります。    
だから小さんについては発売されていない音源、個人が放送を録音録画してある音源がたくさんあるはずですし、出たら聞いてみたくなっちゃいますが、これより後のは出なくてもいいかなとも感じます。   
   
最後の高座といえば圓生の習志野の「桜鯛」は聞いてみたいと思いますし、文楽の「勉強しなおして…」はまた別の意味で、ありえないことですけれど放送しないかなあ。

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