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2016年4月 7日 (木)

墨堤通り

今日はあいにくの天候ですが、昨日は花見には最高の日でした。このところ模型製作で外出が減っていて、桜を見に歩いていませんでした。これまでははっきりしない天気が続いていたし、今日の予報も出て花盛りも過ぎるということで良いチャンス自体がわずかでした。   
   
さすがにこれを逃してはならないと、身近な隅田川の桜を見に出かけました。もともとですが自転車ではよけい酒は飲めませんからパンとスポーツドリンクを持って。    
桜橋に一気に上がるには4、5回折り返す登坂路を通ります。桜橋の真ん中にいくと上流側・下流側も台東・墨田両区の隅田公園の桜が広がります。
Bokutei1 Bokutei2 Bokutei3

墨田区側の堤防に戻ると頭上を桜が覆っている道を下ることになります。    
その道も東武鉄道の橋梁で途切れますから左に堤防を下りるとそこは旧水戸藩邸です。関東大震災で崩壊するまで水戸家の住まいでした。公園をぐるりと回り込むように戻ると、牛島神社、そして言問橋のたもとを渡ってすぐ墨田文化資料館があります。何度も入館しているのですが、この時期、特集展示「墨堤の桜ー江戸から近代へ」を開催しているので見学に行きました。    
所蔵の浮世絵や写真資料が展示されていてます。長命寺桜餅の山本や店内でも見たことがある、桜餅の包みを下げた花見客の浮世絵もあります。その隣には、桜餅をくるむ葉を塩漬けにして納品した壺も並んでます。    
近代の、土からコンクリートの堤防、それでも水害を防ぎきれず人と水辺を隔てた”カミソリ”堤防へと変わった写真記録も貴重です。   
現在、隅田川に限らずその堤防内に親水テラスが設けられ再び人が見ずに近づいたのはよかったと思います。 
墨堤通りは区役所あたりで地下にもぐり、堤防わきに出てきて高速の下を通ります。高速ができたときの桜の移植も展示されてました。   
   
通りは長命寺を過ぎたところで右に曲がります。言問団子を左手にすぐ左折。これは幅こそ違いますが古地図の桜並木をなぞっています。今は倉庫が並んで桜はほとんどなくなりますが、もともとはもっと上流の木母寺あたりからが並木の始まりだったそうです。   
現在の墨堤通りがかつての自然堤防の上を走っていることは右端から1~2m下がって町が続くところからわかります。   
   
しばらく道なりに進んで子育て地蔵のところから白髭神社までが、やや左カーブした現在の通りから切り離された、古い墨田堤です。かつては入り江になっていて白髭の渡しがありました。やはり右側が落ち込んでいるので過去の堤防とわかります。
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