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2016年5月

2016年5月20日 (金)

国芳・国貞展

開催場所がらか「俺たちの…わたしたちの…」というポップな形容が付いた浮世絵展に行きました。TVで煽っていたことも大きいですが、葬られた亀戸の寺の脇を通って気づいたことで、気持ちが後押しされました。国芳の石碑も近所の三囲境内にあります。   
   
6月4日までの会期をわずかに残すだけですが、週末でなければそれほどは混雑しなくてすみそうです。    
チケット売り場も列はなく、入り口すぐの展示が混んでいたくらいで何度か行き来してみなまじかに干渉することができました。    
国芳も国貞も「クール・ガイ」「エド・ガールズ」などのテーマごとに混在して展示され、の標識が脇に示されます。最初のほうは役者絵、冒険物語の武者絵が並びます。役者絵はあんまり興味はありませんが、ヘタウマで書いた「壁のむだ書き」は江戸時代とは思えない発想でおもしろい。TVで先に見ちゃっていて後追いの確認みたいな形でなければ新鮮に驚けたのに。    
   
半ばで美人画のパートに変わると印象ががらりと変わります。遊女を描くことが禁止されたので、町娘を描くように変わった時代。そんな天保の改革の証拠が時代を飛び越えて目の前に現れるんですね。    
こちらは女性単独のものもありますが、その背景が実際の風景(写生とは限りません)であることも多くひきつけられました。遠景で隅田川の土手に三囲神社の鳥居が見えても、常夜灯は見つかりません。また同じ鳥居に土手から降りたところには小さな石橋があることもわかりました。   
江戸の眺めも十分に楽しめ、行った甲斐がありました。   
   
同じ時期に都美術館で開催されている「若冲生誕300年展」もTVに煽られていきました。美術館始まって以来の集客で3時間待ちは当たり前。こちらは京都の人ですし、題材が動植物の写実表現で、時代を超えた感動を与えてくれます。   
   
それに対して国芳・国貞展は江戸の息吹そのものでした。

…そういえばいろいろな人々を記録した浮世絵ですが、噺家ってないみたいですね。今回の展覧会で芸人関連は、国芳の幇間芸「松づくし」と軽業の早竹虎吉はありましたが、観覧者は集めてませんでした。

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2016年5月11日 (水)

歌丸極上人生(祥伝社)

先ごろ、笑点司会引退を発表した歌丸の半世紀、山本進さんがまとめたものです。それをその発表直前にたまたま借りました。文庫ですからカバーをかけて外出に持ち出して少しずつ読んで、ちょっと前に読み終わりました。
Utamarugokujo    
一年前に、今月に笑点50年を控えて出版されたもので、読んでいる途中で引退の発表があって、来るべきものが来たとはいえタイミングにちょっと驚きました。   
   
口跡の良い、聞いていると引き込まれる噺家でもありますので、一度は生の高座も味わいたい人です。   
もともと笑点40周年を控えて発行された「極上 歌丸ばなし」(うなぎ書房)に加筆したものです。目次を比べると、笑点40年→笑点50年×2と書き換えたくらいのようです。   
   
もともと歌丸の一代記には、現代の人ですからあまり期待をしていませんでした。なかなか他にはない、この人ならではのことは、遊郭の生まれ、という点くらいでしょうか。でもそのころは歌丸の子供時代なので詳しくは描かれていません。   
   
歌丸が一度芸協を飛び出して、米丸門下に直って復帰したことや、笑点つながりで五代円楽と、歌丸が発掘した「おすわどん」をネタ交換したこと、本当は小円遊とは仲が良かったとか。   
三遊協会分裂時に誘われたけれど、復帰のいきさつから芸協を裏切ることはできないと断ったことなど。このへんは、他でエッセイか何かで読んだことがありました。   
   
しかし、修業時代に、明治生まれの名人たちと楽屋をともにした人はさすがにもう少ない。いくつかの交流エピソードは貴重なものでした。なにしろ、あの「五代目」で呼ばれる左楽からワリを受け取りに行ったことがあるのです。三木助から「ちょっと貸しな」とバチをとりあげられて鳴り物を教わるのです。わずか数行ですが、そんな場面にゾクゾクします。(普通の読者じゃないですね。ちょうどスターウォーズ・フォースの覚醒でハン・ソロが出てきた場面の感じ)   
そういえば三木助は芸協にいて、落語協会にずっと移りたがったんですね。可楽も芸協で、鳴り物に力を入れるようになった歌丸を気に入り、「反魂香」のドロは「今児(歌丸)に限る」とハマったとか。   
そのほか、どういう修業をしたかというのは興味深かったです。   
   
歌丸は司会引退後もまだ噺を覚えたいと意欲を持っています。そんな人はやはり稀有な存在です。

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2016年5月 5日 (木)

亀戸に寛永寺石灯籠

時々催される東武鉄道のスタンプラリー、今回は亀戸線をフィーチャーしています。昭和33年当時のカラーリングを復活した電車を走らせていますし、いつもの下町スタンプラリーとは違った場所、キラキラ橘商店街なんかにもおいてあります(6月末まで)。
Kameidoline    
亀戸天神にもその一つがあるのですが、あとであとでと思っているうちにちょうどよく藤の季節になったので天気につられてでかけました。

Fuji2016     
   
平日にもかかわらず多くの人手があります。このGWは富士祭りの締めとなっていてさらに混み合っていることでしょう。   
新しいスタンプを台を社務所入り口に見つけ、退出しました。その次にキラキラ商店街のスタンプも押して、のちにスカイツリーで景品のステッカーと記念賞に引き換えました。   
   
向かう途中、天神社の裏手にはいくつもの社寺が集まっているのですが、その一つ光明寺の説明板に目が留まりました。上野寛永寺に新発田藩が寄進した石灯籠が移転されてあるようです。他にも文化財がいくつかあるようで、また門前には2代豊国=国貞の墓所を示す石碑があります。   
Komyoji
整頓された境内に入るとすぐに寛永寺石灯籠が見つかりました。
Komyoji_toro

どうも寛永寺のものはいくつも散逸しているようです。そういえば今の上野公園部分も境内でそこにあった物が上野戦争か太平洋戦争か、何かの折に放出されたのかもしれません。   
豊国といえばいま渋谷文化村にボストン美術館から作品群が里帰り展示されています。そんな宣伝めいたものも全く見当たりません。墓所内を探してうろつくのもはばかられましたから、そのまま今回は去りました。またちゃんとお参りしたいものです。

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