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2016年8月

2016年8月21日 (日)

江戸の妖怪~東京江戸博「大妖怪展」

春、たばこと塩の博物館での安村先生の講演の終わりに、こんな展覧会を企画しているとお話を聞きました。領国に用事で出かけた時に、お盆休みでピークだったのか、「入場制限中」の掲示がでていて、子供を呼ぶのに成功したんだとわかりました。
先日の「ぶらぶら美術・博物館」の番組内で、会期後半には大徳寺真珠庵版の「百鬼夜行図」(伝土佐光信)が展示替えで見られると知り、腰を上げることにしました。

自分たちの子供のころの妖怪といえば、鬼太郎です。鬼太郎誕生で命を落とした父親の目玉がこぼれ落ち、目玉親父になるシーンは今でもおまけ宿の授業で引用させてもらいます。連載もずっと読んでいましたが、時々雑誌の特集で紹介される図鑑様式の妖怪紹介記事が好きでした。寝静まった町中を跋扈する「火車」なんかは子供心に怖かった。

特別展・常設展示室、共通入場券で会場に入ると、まず「江戸の妖怪」ゾーンです。江戸時代に妖怪が大増殖したからです。妖怪というと人間に理解のできない恐怖心を体現したものといわれ、会場にも野ざらしとなった死骸が腐敗・変化するありさまを描いたもの、目に見えない病気の原因が妖怪の元となったと展示されていますが、同時に妖怪を笑いの種とする作品も多かったことが判ります。
幽霊絵も集められていますが、いくつかは全生庵のコレクションです。
浮世絵の中の妖怪となると国芳などのおなじみの作品に再開できます。

中世の妖怪ゾーンに目あての「百鬼夜行図」がありました。巻物なので一部だけ開かれていますが、仏具や楽器が古くなって妖怪化した部分を見ることができます。

次は地獄を描くなどの仏画のゾーンです。地獄に対する恐怖から浄土へ導く改心を促す目的で描かれた怪物が、のちに妖怪に発展したという趣向。
さらにさかのぼって、縄文の土偶が異形のものとして、人間の不安感の現れだといいます。
最後に、「妖怪ウォッチ」のキャラクタ造形の展示。今の子供はやっぱりこれですね。縄文から平成とつないで副題の「土偶から妖怪ウォッチまで」がとなります。でも、昭和の水木しげるについてまったく触れていなかったのはちょっと残念でした。

常設展示室の企画展は「伊東晴雨 幽霊画展」と「山岡鉄舟と江戸無血開城」。妖怪ついでに見ようと共通券を選びましたが、柳家小さんの幽霊画コレクションが中心=昨年、全生庵で見たものでした。鉄舟も全生庵にある遺品がほとんど。なんだかまた落語とつながっちゃいました。

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2016年8月13日 (土)

没になった熊

この夏休みは地球の裏側のオリンピックで毎日もれなく寝不足です。近くのスカイツリーもどうやら金メダルの色になっているようで、日本選手の活躍の反映でしょう。
Goldtree

おまけ塾では夏休み中に、2年生は不定詞、1年生は三単現を先取り・定着をはかります。   
   
特に三単現は理屈を教えてもとっさに使えるようにはなかなかなりません。手を変え品を変え、身近な人の行動を言わせることを繰り返します。そうやっても、自分がコーヒーを飲むかどうか言わせた後、父親がビールを飲むかどうか言わせると My father drink と ‘s’ が平気で抜けるのは当然のこと。学校の授業で扱うのは2学期なので、2か月以上かけて定着を図ります。   
   
否定や疑問で does がでてくると ‘s’ はなくなるのも並行して練習をつづけなければなりませんが、言わせる題材のバリエーションに困ってきます。   
   
テレビで仕入れた情報が目先を変えてくれるので重宝します。だいたい映像がもれなくついてくるので助かることが多い。   
   
そんなわけで「ツキノワグマが何を食べる・食べないか」というテレビ番組の特集は何年も役に立ってくれました。番組ではハチミツ・ケーキなどの甘いものを好み、鼻先に肉や魚を突きだしても関心を持たないと見せてくれました。   
だから子供たちに何を食べるか It eats meat. と予想させた後、 It doesn’t eat meat. と教えてやると生徒が英語で新事実を知る体験ができたのです。   
   
しかし、今年の初夏からニュースでたびたび取り上げられましたが、ツキノワグマの被害が頻出しました。これまでは突然出くわして襲われたり、母子熊で子供を守ろうと攻撃されたりはあると聞かされていました。   
でも今回はどうも襲われた後、かじられた形跡があるというのは驚きでした。しかもクマがカモシカを追いかけて食いつく映像も流れましてショックを受けました。   
雑食といっても植物・昆虫が主で、山に入るときは出くわして驚かせないように鈴やラジオを鳴らす、と決めつけていた小賢しさをあざ笑われた気もします。もちろん長年使ってきたクマの食性教材はボツですが、実はラジオの音を聞いてエサのありかを知らせておびき寄せるのかも、と思うと空恐ろしいことです。

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2016年8月10日 (水)

佐倉市・武家屋敷

以前、武家屋敷に気付きながら、約束の時間が迫り、近くなのに立ち寄らないで残念な思いをしたことがあります。   
   
今回はその武家屋敷には行っておきたかった。旧堀田邸(殿様)も頭にはあったので自転車を持ち込んだのです。   
観光協会で地図をもらうと佐倉順天堂記念館も思いのほか近いようだったので寄ることにしました。   
   
佐倉は印旛沼のほとりで、沼にそそぐ幾多の河川が台地を刻んだ街です。佐倉城(址)も台地の端に位置しています。駅は谷筋にあり成田街道が尾根筋に駆け上がります。城下町ならではの鍵の手の辻があります。堀田邸も順天堂もその先です。   
   
順天堂は天保14年に創立され、安政6年に移転、その時の建物が残っています。受付を入ると、すぐ裏に病室に改装された部屋が続いてました。
Sakurajunten
   
堀田邸は街道から少し外れたところに保存されています。明治半ばに深川佐賀町を引き払った殿様が建て、農業研究の拠点としたところ。5棟に及ぶ2階建ての主家が当時の調度をそのままに公開されています。広大な邸宅のどの部屋に上がりこんでも、風を呼び込むつくりとなっていて暑さを忘れます。
Hotta Hotta1 Hotta2_2  
   
街道を戻って城址へ向かうと手前に鏑木小路とよばれた武家屋敷の並ぶ通りがあります。3軒が保存されて公開されていますが、他にも居住したまま残されている家もあります。3軒は天保から弘化年代にかけて作られたものと考えられていて、うち1軒は敷地もそのままに保存されています。またそれぞれ主の石高が異なり、俸禄で定められた建築様式に従っているそうです。
Buke Buke1_2
武家屋敷といってもどれも茅葺の屋根で、やはり地方武士の居宅なのだと知らされます。2軒には上りこむことができます。実際の生活様式にはその身分による制約があったはずですが、地方の庄屋の家のつくりとそんなに変わりがありません。土間に立つとうちの田舎の祖父の家と同じにおいがします。   
江戸の街中の旗本・御家人の屋敷もひとつくらい残っていればと思いましたが、貴重な見学体験でした。   
   
城址には遺された建物はありませんが、土塁が復元されたり、空堀を覗き下ろすと思いもかけない急峻な崖が現れるなど、城の地形をよく遺すものとなっています。   
国立歴史民俗博物館はこの城内にあります。   


城下町の佐倉新町おはやし館入り口には、2体の山王神幸祭りの山車人形が飾られていました。市内にはさらに3台の山車が今でも現役で、祭りで披露されるそうです。今年の神幸祭りには1台が里帰りしたわけです。

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2016年8月 7日 (日)

佐倉市・歴史民俗博物館

真夏に、しかも日中にサイクリングなんてするもんじゃありません。でもうちの年寄りをまる1日見てなくてもよいというチャンスもなかなかありません。

久しぶりにバッグを持って駅に着き、自転車をたたんで電車に乗り込みました。近頃の駅はエスカレーターやエレベーターをもれなく装備しているので楽になりました。車内では自転車を支えていなければならないのでシートの端の席しか座れませんが、今回は確保できました。

佐倉に着いたのは10:30ごろ。バッグから自転車を出すにも地面の熱気で汗だくです。予定していたのは歴博と武家屋敷でしたが、佐倉順天堂や堀田邸を加えてたので、肝心の歴博に着いたときはヘロヘロでした。室温の低い企画展「よみがえれ!シーボルトの日本博物館」からの見学を勧められたのはシャツの汗を気の毒に思ってくれたのでしょう。
Rekihaku    
   
「シーボルト」は2室に分かれていました。B室は来日以来のシーボルトの業績。A室ではシーボルトが本国で開いた日本に関する展覧会の再現です。シーボルトは興味深い人物です。日本という異国に対してなぜあれだけ情熱を持てたのか。マンガ「風雲児たち」でも生涯を追っています。今回は帰国後のシーボルトが本国で開いた日本展覧会の様子を抜粋して再現して伝えるという企画です。   
シーボルト事件は帰国時に機密の伊能日本地図を持ち帰ったことが判って没収・追放にあい、日本側の協力者が罪に問われたものですが、取り調べの間に地図の写しを作って持ち帰りました。その地図も展示されてました。

「シーボルト」はこの後、江戸博の特別展、そして各地の博物館を巡回します。    
   
レストランで休憩した後、通常展示を見て回りました。また入り口から入り直しです。展示室は原始・古代(改装中)、中世、近世、民族、近代、現代と6室に分かれています。   
中世では「洛中洛外図屏風」とそれを基にしたジオラマが素晴らしい。延喜式などの基調文書も展示されてます。   
目あては近世の「江戸図屏風」でした。家光の時代の埼玉県の鴻巣あたりの鷹狩の様子を、以前の記事で参考にしたものです。その実物をぜひ見ておきたかったのです。といっても原品は厳重にしまわれ、展示されているのは精巧な複製ですが。(高精細のデジタルデータも公開)   
やはりこの展示室がもっとも興味をひきました。疲労もあってあとの展示は駆け足で過ぎてしまった感があります。   
   
もう一つの目あては、ちょっと離れたところにある、併設・くらしの植物苑でした。夏の期間(9/11まで)だけ、変化朝顔を見ることができるのです。   
朝顔市に見られるように、今のアサガオの流行は大輪系ですが、江戸のころ武士や庶民が熱中したのは葉や花が裂けたようなものもある、変化朝顔でした。   
一度はその実物を見ておきたいと、この炎天下のサイクリングとなったのです。   
ところが、植物苑に着いたのは昼過ぎ。そう、アサガオはしぼんでいたのです。暑さのせいでよけいに。すっかりアサガオの性質を忘れていたという…オチが付いちゃいました。   
それでも小屋掛けの中にいくつかは見られたので満足でした。
Henkamg

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