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2016年8月10日 (水)

佐倉市・武家屋敷

以前、武家屋敷に気付きながら、約束の時間が迫り、近くなのに立ち寄らないで残念な思いをしたことがあります。   
   
今回はその武家屋敷には行っておきたかった。旧堀田邸(殿様)も頭にはあったので自転車を持ち込んだのです。   
観光協会で地図をもらうと佐倉順天堂記念館も思いのほか近いようだったので寄ることにしました。   
   
佐倉は印旛沼のほとりで、沼にそそぐ幾多の河川が台地を刻んだ街です。佐倉城(址)も台地の端に位置しています。駅は谷筋にあり成田街道が尾根筋に駆け上がります。城下町ならではの鍵の手の辻があります。堀田邸も順天堂もその先です。   
   
順天堂は天保14年に創立され、安政6年に移転、その時の建物が残っています。受付を入ると、すぐ裏に病室に改装された部屋が続いてました。
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堀田邸は街道から少し外れたところに保存されています。明治半ばに深川佐賀町を引き払った殿様が建て、農業研究の拠点としたところ。5棟に及ぶ2階建ての主家が当時の調度をそのままに公開されています。広大な邸宅のどの部屋に上がりこんでも、風を呼び込むつくりとなっていて暑さを忘れます。
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街道を戻って城址へ向かうと手前に鏑木小路とよばれた武家屋敷の並ぶ通りがあります。3軒が保存されて公開されていますが、他にも居住したまま残されている家もあります。3軒は天保から弘化年代にかけて作られたものと考えられていて、うち1軒は敷地もそのままに保存されています。またそれぞれ主の石高が異なり、俸禄で定められた建築様式に従っているそうです。
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武家屋敷といってもどれも茅葺の屋根で、やはり地方武士の居宅なのだと知らされます。2軒には上りこむことができます。実際の生活様式にはその身分による制約があったはずですが、地方の庄屋の家のつくりとそんなに変わりがありません。土間に立つとうちの田舎の祖父の家と同じにおいがします。   
江戸の街中の旗本・御家人の屋敷もひとつくらい残っていればと思いましたが、貴重な見学体験でした。   
   
城址には遺された建物はありませんが、土塁が復元されたり、空堀を覗き下ろすと思いもかけない急峻な崖が現れるなど、城の地形をよく遺すものとなっています。   
国立歴史民俗博物館はこの城内にあります。   


城下町の佐倉新町おはやし館入り口には、2体の山王神幸祭りの山車人形が飾られていました。市内にはさらに3台の山車が今でも現役で、祭りで披露されるそうです。今年の神幸祭りには1台が里帰りしたわけです。

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