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2017年5月16日 (火)

神田祭

東京に住んでいくつか祭りに出会いました。有名な祭り、歴史ある祭りでも神輿単騎が町内を練り歩くのはどこもそれほど違いがなく、やはり祭りは参加するものだと認識しました。   
   
週末に終わってしまったのですが、「橋を渡る 東京から江戸へ」と題したイベントのパンフをもらってありました。「江戸も東京も川と橋野町でした」と始まるキャッチで、風景と暮らしの変遷の展示に誘っていました。   
タイミングが合わずに最終日になりましたが、行ってみました。   
   
蔵前通りを秋葉原に進んで、中央通りに差し掛かると、歩行者s天国が復活していてちょうど昼を過ぎたところで、各町の神輿が集まって休憩をとるところでした。   
    Kandafes Kandafes2

バラバラではあたりまえの風景だった神輿がたくさん集まると、景色が変わります。見ている間にも続々と神輿が集結してくるのはエキサイティングでした。   

会場のアーツ千代田3331は、そのまま神田明神に向かう通りのファミレスの裏辺りでした。元小学校をアートスペースに変えたもので、入ってすぐのスペースには、各町の祭りの手拭いが飾られていました。   
    Artschiyo Artstowel
展示会場は奥まった部屋で、日本橋・常盤橋などの橋、埋められた龍閑川、柳原古着市などの移り変わりをパネル展示していました。   
一番奥には神田祭の歴史が古写真とともに解説・考察されていました。   
もともと各町の山車の行列が祭りの中心だったものが、明治になって神輿がとってかわったけれど、それが電線のせいだというのは俗説で、市民が祭りを変えていったのだと説いています。   
Artschiyo2 Artschiyo3 Artschiyo4
それでも、仮装行列(附け祭りという)は現代風のものもまじえて、江戸から変わらず人気だといいます。   
   
こりゃそれも見てみたいと神田明神に行きましたが、とんでもない。男坂を登っても裏参道からでも出店屋台に狭められた境内に人がびっしりでした。表の参道は、宮入の神輿が次々やってくるので入ることもできません。参拝も本殿にはわきから入ってわきへ抜けるしかありません。幕で宮入は見られません。資料館も見学なんて思ってましたが、こりゃ出直しです。   
    Kandafes3_2 Kandafes4

祭りはそのあと翌月曜で閉じたようです。

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