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2017年5月11日 (木)

圓朝の旧居(跡)がありました

遠出するでもなく、移動中に、北斎美術館前の公園の案内図を眺めていたら、江川太郎左衛門英龍旧居後の記述がありました。「風雲児たち」の一時期の主役の彼は伊豆代官で、プチャーチン対応、台場建設などに忙殺されたあげく体調を崩して亡くなりましたが、その終焉の地とありました。一時期愛宕下の屋敷(浜離宮の南東角:こないだ通った湾岸通りの個所)に慶應義塾が置かれた話を読んだことがありましたが、墨田区にも屋敷があったことは知りませんでした。   
Egawa_monu    
何年も前、世界遺産に指定される前に、そのマンガの舞台になったということで韮山(現・伊豆の国市)の江川邸と反射炉は見学に行ったことがありました。きちんと保全されていて立派な史跡でした。   
そのような残る実物は何一つないのですが、説明で、よすがをたどることができるのもよいものです。   
   
墨田区では以前から鬼平の実際の屋敷=遠山の金さんの屋敷というのは取り上げられていたし、記念の説明板もありました。近頃、区も観光資源化を考えているのか増やしたのかもしれません。   
   
公園の案内図に、意外なものを見つけました。「三遊亭円朝旧居跡」です。新宿(花園公園)に旧居跡があるのですが、こちらは初耳でした。   
やはり近くなので探してみると、ネットの誤情報に惑わされてぐるぐる歩き回ってしまいました。これもまた公園(亀沢第一児童遊園)の一角に小さな説明板がありました。位置が低くて何度も見逃したようです。
Encho_monu Encho_monu2    
新宿のほうは立派な石碑もあるようですが、屋敷の遺構はのこってはいないでしょう。それは東京というスクラップ&ビルドの都市では仕方のないことかもしれません。

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