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2017年6月27日 (火)

津の守弁天と策の池

荒木町に行く目的は池。江戸時代は高須藩・摂津の守の屋敷で、庭園の中に広い池がありました。将軍ゆかりで「策(むち)の池」と名付けられました。荒木町の窪地にあたり、かつては崖から滝になるくらい豊富な湧き水が注いでいました。明治には滝と池で行楽地となったくらいです。そしてそれが荒木町の歓楽街のもとになりました。そしてその池が縮小されつつも残り、弁天がほとりに祭られているのです。   
   
外苑東通りを通って近づきました。入口を探して1本東側には津の守坂と名ついた道もあります。
Arakimapカシミールによる凸凹表現 Arakislope Tsunokam     
現地はすり鉢状の地形をしています。降りる道は何本かありますが、自動車が通行可能なのは1本。自転車なら、かろうじてもう1本を登ることができるかというところです。行ってみてわかったのですが、池は家屋・道路に完全にふさがれていて水の出口がありません。今は小さいたまり水の池だからいいでしょうが、滝から入った水はどこへ消えていたのでしょう?   
    
去年、この策の池を浚ってきれいにする様子をTV放送しました。池の水は濁っていましたが、メタンの発生するような腐ったヘドロではありません。実は腐葉土で、番組ではその土から水分を抜いて、ビル屋上での農業に活用しようという意図でした。だから狭まったとはいえ生物の住める環境だったのです。池に酸素を供給するのは底から湧きだす地下水だといいます。   
ポンプで1時間ほど水を抜くと、その湧き口が確認できました。水の道は都市化によっても完全に断たれていなかったのです。そして生物も姿を現しました。鯉・オイカワ・モツゴ・ミシシッピアカミミガメ・ブラックバス、そして年経た巨大スッポンも見つかりました。   
腐葉土を掬ったあと、水と動物を戻しました。番組では特定外来種は除去するのがよいが、アカミミガメ・バスは1匹ずつで繁殖の恐れがないから戻したと説明しました。   
   
近頃、池の掻い掘りと外来生物除去の番組をたてつづけにやっていますが、実は鯉も琵琶湖の一部以外は古い時代にアジアから持ち込まれた外来種なのだそうです。とはいえ、ここまで日本人の生活に浸透してしまうと判断は難しいですね。   
   
さて、すり鉢底の池に着いてまず弁天に詣でました。これも摂津の守の屋敷神だったのでしょうか。
Tsunokami2 Muchipond    
半年以上たっていましたが、水は透き通っていました。上からなんでも見えます。小さいモツゴは陰に隠れる習性なのでわかりませんが、コイやオイカワは確認しました。そしていくつもの石の上に何匹ものアカミミガメが!番組の説明と違います。それとも放送後に放流しに来た人がいるのか…   
そして、悠々とパトロールするかのように池の中を泳ぎまわる巨大スッポン。在来種とはいえ、江戸の昔から生き残るはずもなく、1匹では繁殖ではないでしょう。誰かがどこかの段階で放したのだと思います。オイカワ・モツゴはもしかしたら先祖代々住み着いているやつかもしれない、と眺めながらぼんやり考えました。
Sppon    
   
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その後、ネットで策の池は江戸時代に出口を締め切られたものだという情報を見ました。発掘調査で締めた土塁下に放水の遺構が見つかったそうです。ちかぢか図書館で資料に当たってみましょう。

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