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2017年8月 4日 (金)

向島百花園の文化講座

百花園を開設したのは、東北から江戸に上って事業に成功した佐原鞠塢という人物です。文化年間に向島の武士の屋敷を買い、植物を鑑賞する場所としました。人寄せのために、仲間の文人たちと七福神めぐりを開設したことも記録されています。   
明治43年の東京下町を襲った洪水では、下町から1カ月間水が引かず、亀戸の梅屋敷も向島百花園も壊滅状態になりました。そして亀戸と小村井の梅屋敷は廃業。百花園については支援者の援助で復旧はしましたが、経営を譲渡、さらに空襲で再び破壊されて、運営を都に委ねて復旧することになりました。その時は野球場にしようという案もでて、議論を呼んだそうです。   
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そんな話も佐原家の子孫の人から、当事者として伝わっている話を聞く機会がありました。園内に再建された御成屋敷で応募者を集めて墨田区の歴史を知る講座の一環です。   
義父が存命であれば地域の人の知り合いもあったでしょうが、すっかり何もわからなくなった年寄りを世話している現状ではそれも望めません。いい機会でした。   
   
空襲では水分の多いイチョウなど何本かは生き延びたそうですが、中には焼け出された近所の人が薪として取りに来たという、見た人ならではのエピソードも聞けましたし、家に伝わる逸話も楽しめました。
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今回、初めて知ったのは隅田川焼きです。対岸の今戸で焼き物が盛んだったのは適した土が取れたからです。そういう土はこちら側にもあって、都取りなどをモチーフとした土産物でした。また来園者が作陶体験するという、今にも通ずるようなアトラクションでもありました。   
やはり戦災で耐えましたが、戦後一時復活したのに、火災の危惧から廃止となったそうです。今でも佐原家が経営する園内の茶店でレプリカが販売されています。   
園内も案内してもらいましたが、元は蓮が池に植わっていたとか、山道を模していたとか現場で育った人ならではの話も楽しかったです。   
   
今回入場するときに、年間パスポート600円があるのに気づきました。本当の植物好きなら、頻繁に訪問して季節を楽しめるでしょう。この時期は「大輪朝顔展」が開かれていて、TVでも紹介されました。
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