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2017年11月23日 (木)

江戸始図でわかった江戸城の真実(宝島社新書)

日比谷図書文化館の展示会に触発されて読むことにしました。松江市から真田丸の図面の調査を依頼されて初期江戸城の図面がそれまで想定していた連立天守であったことを確認できたという、奈良大の千田教授。まさにうってつけの人物に依頼をしたという幸運。教授にとっても図面にとっても最上の組み合わせだったようです。   
ただし、全6章194ページ中、千田教授の担当は第1章、64ページです。図面で新発見となった天守閣の構成以上の研究はまだこれからなのでしょう。    
城郭考古学の第一人者ですから、江戸城以前の家康の城の分析、後の徳川家の城との比較などそれまでの研究と絡めた説明は面目躍如といったところでしょうか。    
残りの執筆者の歴史研究家・森岡知範の章にもでてくるので、史学の中で共通認識になっていることなのかもしれません。先祖からの土地から江戸に移封された家康はマイナスにめげずに跳ね返した、というだけでないという指摘が自分には新鮮でおもしろかったです。    
独立性の強い三河家臣団に地元では苦労させられたこともあった家康が、基盤のない土地では彼らを束ね、絶対的な立場を得ることができたとのことです。まさに禍福は糾える縄の如し、ですね。おそらくは家康の力を削ぐ目的で秀吉が江戸に転封したのでしょうが、かえって昔のくびきを解いて大名としてステージが上がるなんて。    
   
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2章からは江戸城と江戸の町をどう作り上げていったか、順を追っての説明です。第5・6章では一転、古代からの江戸の歴史と、江戸城以前の家康を解説しています。

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