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2018年1月

2018年1月23日 (火)

向島の雪

東京の雪は黒潮大蛇行の影響による、ということが確実らしくなってきています。4年ぶりの大雪ですが、4年前はまだ東京で暮らしていませんでした。うちの年寄りはわずか3年でひどく悪化したということでもあります。だから翌冬にはスコップもスノーシューズも用意してあったのが今年役に立ちます。

かつて江戸の雪見の名所であった向島。酔狂にも雪降る中隅田川の土手に向かいました。雪の中では自転車は使いません。札幌で友達の新聞配達の手伝いをしてその怖さは身に染みています。バス停で待っていると、バスが数メーター行き過ぎてあせりました。桜橋のたもとで降りて、土手に上がりました。
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寒冷期(小氷期だったとも)だった江戸時代、いまよりもっと対岸が雪に煙る景色が見られたのでしょう。墨堤通りを桜餅の店のほうへと歩きます。言問い団子の向かいの冬桜も雪をかぶっていました。
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長命寺は入口に幼稚園があり、お迎えの姿はちらほらありましたが、その奥の境内はすっかり静まり返っていました。「いざ行む雪見にころぶ所まで」の句碑も今日は、ふさわしく雪に囲まれていました。隣には長命寺の名前の由来となった伝説の井戸があり、江戸の人々はそういうものを見に来たのでしょうか。
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そのまま降りたバス停に戻ります。昭和初期からの料亭も、幕末から続く足袋屋も、等しく雪の中。遅れてきたバスに乗ってスカイツリー経由で戻りました。
雪も夜半には止み、朝から晴れる予報です。まばゆい雪景色になることでしょう。

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2018年1月21日 (日)

関ヶ原は合戦の主戦場じゃない?

歴史についてちゃんと講義を受けたことがなかったので、今になっていろいろ知るのが楽しくなったのだと思います。江戸時代のスタートとなった関ヶ原の合戦については、はるか数十年前に例の「風雲児たち」で要領よくまとめられていて、戦いの推移を初めて知ったのでした。だからみなもとセンセならどう描いていたんだろう?と考えながら見る・読む楽しみがあります。   
先のBS「諸説あり」でその関ヶ原合戦を取り上げていて見応えのあるものでした。歴史学は二次資料を排除する傾向で、西軍の鶴翼の陣、小早川に対する「問鉄砲」などよく知られた関ヶ原ストーリーは、明治の陸軍参謀が軍記物語などの二次資料によってまとめた疑わしいものだといいます。 
・主戦場は関ヶ原ではなく山中という隣接地域だった    
・西軍は当初から小早川を討とうと動き、逆に大谷などがすぐ撃破された    
・石田光成の陣も定説に根拠がない    
・家康本人も関ヶ原に来てもない    
そんなことを考えたこともありませんでした。時々ある歴史のトンデモ説なんかじゃぜんぜんなくって、繰り返し見返しました。もし「風雨児たち」で描いたころに作者のミナモトせんせの耳に入っていればどんな作品に仕上げただろうという興味もあります。    
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番組の基となった「歴史群像10月号」の解説が紹介されたので、早速図書館に当たります。しかし軒並み「貸し出し中」となっていました。番組の影響かといぶかしみながら文京区のものをWeb予約をしました。    
記事では合戦の9月15日に向けて両軍がどう移動して戦闘に突入したか、時間を追って解説しています。上杉討伐に向かった家康が引き返して軍議を持ったとのいわゆる「小山評定」にも疑いがあるというところから、小早川対大谷を応援しようとして、思いがけずに家康軍に追撃を受けた石田軍と、短いページながらこの天下分け目の戦いを合理的に説明してくれます。    
勝者が自分の都合よく歴史を書き換えるのは常ですが、面白さ優先でストーリーができていくのもアリなのですね。また、何にでも懐疑的と言っては言葉が悪いですが、検証をしていこうという姿勢は必要なのですね。   
   
さてテレビ番組のほうに話題を戻すと、関ヶ原の西の藤下ではきちんとした発掘は行われていないけれど、関ヶ原町のほうでは見つからない、当時のものと思われる弾丸が出土、といって資料映像を映し出しました。    
戦国時代に撃ちまかれた弾丸は広い範囲で400年たった後も表土の下に眠っている、という思えば当然の事実に初めて思い至りました。意外な近さに慄然としました。

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2018年1月15日 (月)

藁細工を追いかけて

北斎のデザインが残されている。東海道・大森の名物で浮世絵の中にたびたび描かれた。江戸末期から明治にかけて輸出工芸品のひとつだった。と立て続けに知識が増えた大森の藁細工。たばこと塩の博物館での「和モダンの世界」展、そのギャラリートークを締めくくりに聞きに行きました。   
展示物の全てのコレクターのお話とあってぜひ聞きたいと思っていました。会期中三回ほど実施されたのですが、会期末の最終回に行ったのは間違いでした。いつもは程よく空いている会場に人があふれています。二班に分けてトークを行うとのアナウンスが入ったほどです。   
   
大勢を引き連れては会場を解説して歩くわけにはいかないようで、コレクターの金子氏の挨拶だけで、あとは会場で質問を待つということになりました。通常展のたばこ会場をのぞいて時間をつぶしてから会場に戻りました。これらの輸出作品は、金子氏が買い戻してコレクションにしているものです。現在のヨーロッパでの評価はどんなものなのかを聞いてみたかったのです。   
   
現在は価値はそれほどあると思われていないそうです。遺族が遺品として大切に扱う気持ちはあるけれど、アンティークとしての価値が認められている状態ではない。だからコレクションはしやすくなっていて、数万点集めることができた(会場にはその中から200点ほど)そうです。ただし近頃は中国人が目を付けて、値が上がり始めてはいるとのこと。   
   
この明治期の工芸品ブーム、暮れに度々焦点の当たったジャポニスム、同じ根っこのような気がします。確かにそれは100年近く前にはあった。でもそれはもうないのです。あらためて気づかされました。   
   
通常展のたばこ会場。浮世絵が架け替えられていました。「有卦に入る」…ことばにかすかな記憶があります。「無卦」とペアで運気の流れとは知りませんでした。その絵が集められています。   
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また、コレクションギャラリーでは引き続き、青貝細工の工芸品の展示が続けられています。   
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2018年1月 4日 (木)

ドラマ「風雲児たち」

十数年前から、ドラマ化・アニメ化を望む声が聞こえていました。かねてからファンであることを公言している三谷幸喜脚本でとうとうNHKドラマとして放送されました。三谷組ということなのか、おととしの大河ドラマ「真田丸」の出演者がそろっています。あのドラマも関ヶ原の運びが「風雲児たち」と同じだとファンは騒いでいましたが、ドラマ化というと原作とかけ離れて失望することも多々あります。   
   
今回は「蘭学れぼりゅうし編」と副題にあるように前野良沢・杉田玄白らが解体新書を上梓するまでを描いた1時間半です。教科書にものった「蘭学事始」のエピソードは間違い(フルヘッヘンドは記載がない)ので別のエピソードと替えた翻訳の苦心、主宰の前野良沢の名前が載らない裏の思いや主君の暖かい扱い、腑分けのようすなどマンガの骨子をこわさない筋運びで、期待した感動をほぼそのまま味わえた作品となりました。    
なにしろ30有余年の連載から切り出すので、他にいくらでも見たいエピソードがあります。他のエピで主役を張る高山彦九郎や林子平もワンシーンずつ登場していました(しかも今回の本筋とまったく関係ない)ので、評判次第で続編ありの意図がマンマンだと思いました。    
平賀源内のマゲも肖像通り再現されてました(鬘作成の都合上、時代や個性にに合わせるのは難しい)。子供のころの名作ドラマ「天下御免」よりちゃんとしてました。他の考証も気合が入っていたようで、人骨転がる千住骨が原なんてめったに映像化されていないのではないでしょうか。
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2018年1月 3日 (水)

深川七福神めぐり

恒例にしている七福神、今年は深川七福神にしようと予定していました。江戸時代に始まった七福神巡りは下谷七福神・隅田川七福神が明治以前の歴史があるようですが、後年まとまったものだとしても1日のうちに歩いて巡れるのが基本なので、車イスが必要なうちの年寄りを連れてもそう困難なものではないのがありがたい。特に東京はあちこちにあるので、バリエーションが豊かです。

そうしたところ、暮れの凄惨な事件です。縁起が悪いと家族は言いましたが、凶事を神主側が引き受けてくれたと考えて出かけることにしました。地下鉄東西線のエレベーターのある出口から深川不動の参道がすぐにあります。深川不動は江戸時代は成田不動がたびたび開帳したところで、会場となった寺院は廃されています。参道の入り口からずうっと参拝の列が続いていました。車イスがあると行列をすり抜けて店舗を眺めるのも無理でした。境内を通るのはあきらめ、参道を外れて裏側を回ることにしました。高速道路の下がう回路になります。
八幡は、思ったよりも人がいませんでした。参道はスカスカで本殿まで見通せます。屋台も客がおらず暇そうです。報道によって数字は違いますが1/3とも1/10の参拝客数ともいいます。本殿前のテントでは神職や巫女さんが手持無沙汰です。
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目的の七福神・大国は脇の社に祭られていて、数人が詣でていました。色紙を買い、執印を押してもらいます。それとは別に無料の案内地図に押すゴムスタンプも置いてあります。どの七福神でも他に集めるアイテムが頒布されています。隅田川七福神で素焼きの宝船とそれにのる七福神人形を集めることができますし、ここ深川では 笹に七福神像を飾る「鈴懸七福神」を一つずつ受領できます。

昼食をはさんで、弁天・毘沙門・寿老人と進みます。深川は寺町なので目的の寺以外にもたくさん軒を並べています。ついでと言っては失礼ですが閻魔堂のあるにもお参りしました。ここは本堂に上がると中の平面いっぱいに地獄極楽図で埋められているそうです。
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また、川越の時の鐘ゆかりの寺とか、白川藩主・松平定信の菩提寺もあります。深川七福神の寺社もリーフレットに間宮林蔵・中村歌右衛門・矢部定謙・後藤三右衛門などと歴史上の人物が満載です。指示副腎めぐりは、深川が戦災で灰燼に帰し、昭和40年代に復活したそうです。
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ゴールは深川神明社。この土地を開拓した深川八郎ゆかりの社で地名のもととなったところです。昼食をはさみおよそ3時間ですからよい散歩コースでした。また来年は次の七福神を選ぶことになります。

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北斎美術館でお正月 2018

今年の年越しは久しぶりに東京で過ごしました。家族は紅白を見ていましたが、興味がないので、除夜の鐘でも静かに聞こうかと外に出ました。大晦日のTV番組は「孤独のグルメ」を録画しといたのであとで楽しみます。
下調べをしないでペダルをこぎだしてしまったので漠然と浅草寺に向かいました。これもずいぶん久しぶりのことです。だからあんなに混雑しているとは考えが及びませんでした。浅草寺境内は屋台で埋め尽くされていてそれ以上に人が集まっていました。ぐるりと迂回して六区にまわるとホッピー通りも呼び込みの必要がないほど店内がいっぱいでした。十二時を目前にまだ年越しそばを食べられる店も何軒か。吾妻橋のバーガーキングも今日は終夜営業です。雷門通りは警察が車両止めをしていて、参拝客が雷門からあふれでて、藪そばのあたりまで列が伸びていました。どこからかカウントダウンの声が聞こえてきました。もういちど弁天山の鐘楼に戻ると、番号札をとっての参拝客の鐘撞きが始まっていました。
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スカイツリーを経由して地元の神社に行ってみると、そちらも行列ができていたので、初詣は延期しました。あとでわかったのですが、アニメとコラボすることになって参拝客が増えたようです。

今年は江戸東京博物館が改修のため休館です。すみだ北斎美術館の正月イベントに行きました。ときどき行く講義室が会場です。
端は獅子舞でした。獅子舞なんて、幼いころ路地奥の自宅に来たモノクロの記憶がかすかに残るくらいしかありません。獅子がいくらポーズをとっても面白く思わなかったような気がします。落語じゃあ、若い者が寄り集まってご祝儀目あてに町々をまわる話がありますが、あの頃、うちには誰が来ていたのだろう。
久しぶりに見ると所作に意味があるようで違った味わいがありました。ミカンをくわえたりだんだん眠りが深くなったり。見ていて結構面白味のある芸でした。江戸の町にはさまざまな門づけ芸があったようですが、見物を楽しませなきゃ祝儀は出ませんものね。今では金に困った若い者もいないし、祝儀を切ってもみたいというものでもないのでしょう。このように伝統を引き継ぎたいというグループが伝えるしかないのでしょう。
獅子舞は最後に見物の頭を噛んで祝うのが決まりですが、何組か来場していたうち、興味津々で見つめる子も、獅子の開いた口が近づくと悲鳴を上げ身をよじってのけぞる子もいました。子供には新しいも古いもないですね。
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続けて、吉原狐舞いです。これは完全に途絶えた芸を、わずかな記録を基に復活というか再構成したものだそうです。会場の壁面にも北斎の浮世絵で狐舞いの場面が映し出されました。吉原の町内の(面をしているので定かではありませんが)若い人たちが苦心したパフォーマンスで、吉原のイベントで何度か見たことがあります。吉原の狐面だけ、笑顔なんだそうです。口上は不慣れだったりしますが、勢いのある舞いでした。おひねりを投げる客もいましたが、サクラだったかも。お囃子を含めて列を作って会場を出るのが幕引きでしたが、あとで野外でも実演していました。
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