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2018年1月21日 (日)

関ヶ原は合戦の主戦場じゃない?

歴史についてちゃんと講義を受けたことがなかったので、今になっていろいろ知るのが楽しくなったのだと思います。江戸時代のスタートとなった関ヶ原の合戦については、はるか数十年前に例の「風雲児たち」で要領よくまとめられていて、戦いの推移を初めて知ったのでした。だからみなもとセンセならどう描いていたんだろう?と考えながら見る・読む楽しみがあります。   
先のBS「諸説あり」でその関ヶ原合戦を取り上げていて見応えのあるものでした。歴史学は二次資料を排除する傾向で、西軍の鶴翼の陣、小早川に対する「問鉄砲」などよく知られた関ヶ原ストーリーは、明治の陸軍参謀が軍記物語などの二次資料によってまとめた疑わしいものだといいます。 
・主戦場は関ヶ原ではなく山中という隣接地域だった    
・西軍は当初から小早川を討とうと動き、逆に大谷などがすぐ撃破された    
・石田光成の陣も定説に根拠がない    
・家康本人も関ヶ原に来てもない    
そんなことを考えたこともありませんでした。時々ある歴史のトンデモ説なんかじゃぜんぜんなくって、繰り返し見返しました。もし「風雨児たち」で描いたころに作者のミナモトせんせの耳に入っていればどんな作品に仕上げただろうという興味もあります。    
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番組の基となった「歴史群像10月号」の解説が紹介されたので、早速図書館に当たります。しかし軒並み「貸し出し中」となっていました。番組の影響かといぶかしみながら文京区のものをWeb予約をしました。    
記事では合戦の9月15日に向けて両軍がどう移動して戦闘に突入したか、時間を追って解説しています。上杉討伐に向かった家康が引き返して軍議を持ったとのいわゆる「小山評定」にも疑いがあるというところから、小早川対大谷を応援しようとして、思いがけずに家康軍に追撃を受けた石田軍と、短いページながらこの天下分け目の戦いを合理的に説明してくれます。    
勝者が自分の都合よく歴史を書き換えるのは常ですが、面白さ優先でストーリーができていくのもアリなのですね。また、何にでも懐疑的と言っては言葉が悪いですが、検証をしていこうという姿勢は必要なのですね。   
   
さてテレビ番組のほうに話題を戻すと、関ヶ原の西の藤下ではきちんとした発掘は行われていないけれど、関ヶ原町のほうでは見つからない、当時のものと思われる弾丸が出土、といって資料映像を映し出しました。    
戦国時代に撃ちまかれた弾丸は広い範囲で400年たった後も表土の下に眠っている、という思えば当然の事実に初めて思い至りました。意外な近さに慄然としました。

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